それとセリフを入れる機会がなかったのですが恭也も話の中にいます。
「あらためて自己紹介させていただきます。月村重工とクオン・テクニクス社の共同開発で作られた、《新型エーディリヒ》および《QON-P0XX》――ファリン・K・エーアリヒカイトです! もう見知らぬ方はいらっしゃらないと思いますが、これからもよろしくお願いします!」
そう言ってかわいらしい敬礼をするファリンさんを俺たちは唖然としながら見る。それに対して、眼鏡をかけた黒髪の男性――この家の主である
「新型エーディリヒとはのう! 儂の知らないところでそんなものを作っていたとは。お主らもなかなかやりよる。まあそのおかげで助かったがのう! わっはっはっはっ!」
「お義兄様が総当主様への報告を怠るとは思えませんが。おおかた適当に聞き流して忘れてしまったんでしょう」
「あー、そうかもしれんのう。何しろ今になって新しい自動人形を作ろうなどと言い出す者が現れるとは夢にも思わなかったからの。ところで“クオン”とはなんじゃ?」
孫であるさくらさんと軽口を叩きながら、ヴィルは『クオン・テクニクス社』について尋ねる。そこへ紫色の髪を短く切り揃えた整った容姿の女性――
「最近色々な分野で目覚ましい活躍を見せている『クオングループ』の系列会社です。IT関連でも優れた製品を出していて、ファリンの開発にお力を借りる事に。あなたたちも名前ぐらい聞いたことあるでしょう?」
「うん。私とアリサちゃんがよく聞く曲も『クオン・ミュージック』が出してる曲なんです!」
母親に話を振られてすずかはヴィルにそう説明する。ヴィルは「ほう」と言って。
「じゃあ、あの武装もクオンとやらが作ったのか? じゃとしたら恐ろしいの。イレインをあっさり倒してしまう武器を民間企業が作っておるとは」
「まさか、あれは私が設計したものよ。ある小説をヒントにしてね。本当は指から電撃が出せるようにしたかったんだけど、さすがに難しくて。まあ腕につけた分、砲身も太くできて威力も上がったけど」
険しい顔でつぶやくヴィルに忍さんが片手を振って否定する。それにさくらさんが付け足した。
「軍需産業でもないのに会社ぐるみであんなもの作ったら違法でしょう……まあ私たちは護身用という事で……。クオンには人工知能の開発に協力してもらったのよ。そうでしたよね?」
「ああ。その代わり、自動人形の仕組みをあちらに教える事になったけどね。――もちろん彼らが信用に足ると思ったからです。そうでなければ易々と《一族》の技術を教えたりなんかしません!」
さくらさんに応えつつ、俊さんはヴィルに向かって弁明する。それにヴィルは「まあ、お前がそう判断したのならいいじゃろう」と答えながら再びワインを口に含んだ。
やはり月村家の当主より一族の総当主の方が立場が上らしい。そんな相手の手前の席で、俺は細々と食事を口に運んでいた。
すずかとアリサを救い出し、遊たちを警察に引き渡してから約二時間後。俺たちは忍さんやノエルさんの車に乗せてもらって、月村邸に来ていた。
移動している間、ファリンさんは量産型イレインを倒すのに大量の電気を消費したためノエルさんの車でぐっすり眠っていたが、屋敷に到着してすぐ車に積んでいたバッテリーを入れた途端、元気に動き回るようになった――バッテリーを入れる所は見ていない――。
そして忍さんとすずかの両親に招かれて夕食をご馳走してもらうことになり、今に至る。
話がひと段落したところで、ヴィルはふいにワインを置いてアリサに頭を下げた。
「アリサ殿、健斗殿、我々《一族》の騒動に巻き込んですまなかった。氷村家は今も純血種の血筋を保っておる分、人間への憎しみと選民意識が他の家よりも強くての。遊もその影響を受けておったようじゃ。あやつには厳しい罰を与え、二度とこのようなことが起こらないようにする。それで許してくれ」
「安次郎については私からも謝罪する。安次郎は元々私から借りたお金で事業をしていたんだが、失敗が続いて大きな損失を出すようになって、それでも懲りずに危ない事業に手を出そうとしたため、やむなく出資を打ち切ったんだ。しかし、結局別の所から借りた金を事業につぎ込んで失敗し、このような事を。すずか、アリサちゃん、本当にすまなかった!」
ヴィルに続いて俊さんも頭を下げる。そんな彼らに――
「いえ、悪いのはあの人たちですし……」
「それに、私がおじさんの立場でも安次郎って人への出資は打ち切っていたと思います。でも、ノエルさんたちを売るだけで借金を返せるほどのお金になるんですか?」
アリサの問いに俊さんは首を縦に振って言った。
「さっき総当主と話していた通り、彼女たち自動人形には現代の科学技術でも解明されていないロストテクノロジーが組み込まれているんだ。それをうちやクオンの競合会社に売却すれば、かなりのお金が入って来るだろう。安次郎はそれで再起を図ろうとしたんだと思う」
「おそらくすずかお嬢様と遊様の婚約に際して、持参金の代わりに私とファリンを要求し、安次郎様が受け取る約束が交わされていたのだと思います」
俊さんの説明を補足するように、ノエルが隅から進み出てきてそう付け足す。そこへ俺が口を挟んだ。
「だが、それならイレインを売ればよかったんじゃないか? 性能ならあっちの方が上だと思われていたし、人格も矯正したんだろう?」
「それは難しいじゃろうの。あの屋敷で話した通りイレインは過去に暴走を起こし、多くの者を殺めた機体じゃ。遊たちはイレインの精神に手をくわえて自分たちを害しないようにしていたらしいが、根本的な欠陥を修復したわけではない」
「そんな欠陥を直さずに製品化なんてできないわ。多額のお金をかけて造ったロボットが殺人なんか起こしたら、それこそ安次郎は破滅よ。散々責め立てられた挙句どこかの海に放り捨てられるでしょうね」
ヴィルと忍さんの説明に俺はうなずき、納得を示す。
確かに、いくら性能がよくてもいつ暴走するかわからない自動人形なんか売りに出せるわけがない。だから安次郎は欠陥がないノエルやファリンを奪おうとしたんだろう。ファリンの方は性能面でもイレインを圧倒していたしな。
「そうか……ところで、ヴィルやさくらさんが何度か言ってる数年前の騒動って何だ? それらしい事件なんて聞いたこともないけど」
俺の問いにさくらさんはヴィルを見、彼がうなずくのを確かめてから視線を戻し口を開いた。
「数年前、私たちの通っていた学校――
そう言ってさくらさんはぎゅっと唇を結ぶ。その様子に俺とアリサは首をかしげる。遊に接触したことが原因でさくらさんとあの人との間に何かがあったらしい。気になるがそのことには触れない方がよさそうだ。
「とにかく色々あったけど、私たちは遊を懲らしめて学校から追い出すことに成功したのよ。でも、遊にそれ以上の制裁が下ることはなかった。私と彼のお父様がかばったから……今さらだけど後悔してるわ。人間を憎む気持ちは理解できても、一族が定めた掟を破って人に害をなそうとしたからには相応の罰を与えるべきだった」
そこまで言ってさくらさんは息をつき、乾いた喉を潤すためにワインを口にする。
そういえばさくらさんと遊は腹違いの兄妹だったな。さくらさんが言った『私と彼のお父様』という言葉はどちらの意味なんだろうか?
『“私と彼のお父様”』なのか、それとも『私と“彼のお父様”』なのか、そのどちらかによって彼女の言葉の意味は大きく変わる。さくらさんの言い方だと『私と“彼のお父様”』のようだが。
アリサもそれを察してしばらくの間沈黙を挟んでいたが、さくらさんが落ち着くのを見計らって再び口を開いた。
「なんで遊って人は人間を憎んでいるんでしょう? あの人は口を開くたびに、私たち人間の事を家畜や下等生物って呼んでいました。お金持ちだからとか由緒ある家とか、そんな理由とは違う侮蔑と憎悪を抱いていたように思えるんです。あの人の事は許せないけど、さくらさんやヴィクターさんの話を聞いてるとますますそれが気になって……」
それを聞いて俊さんとさくらさんはヴィル――いや、総当主ヴィクターを見る。春菜さんと彼女の娘たちもそれに続くが、俊さんたちのそれとは違って純粋な興味による視線だった。
ヴィクターはワインを揺らしながらつぶやくような声量で言った。
「……そうじゃの、お主たちには話してもいいかもしれん。《一族》の中でも若い者は知らなかったりおぼろげにしか聞いておらん者も増えたことじゃしの……それに“あやつ”が関係している話でもある」
あの人が《夜の一族》の話に出てくるのか!?
驚く俺に視線をやってから、ヴィクターはグイッと残りのワインをあおり、唇を舐めて語り始めた。
「昔は吸血種や獣人種のような“人外”は世界中のどこにでもおってな、《夜の一族》もその中の一部じゃった。じゃが、人間が文明を持ち、国を作り、いたる場所に版図を広げるようになってから、我々のような人外は住処を追われ迫害されるようになった。特に“教会”は千年以上にわたってしつこく我らを追い回してきおったの。人外はすべからず神の意に反する存在じゃと。傲慢もいいところじゃわい。それなら我々より人間からかけ離れた動物や虫、細菌などはどうなる? あれらも神の意に反する存在なのか? 結局人間たちが強い力を持つ我らを勝手に恐れて、追い立てるようになっただけじゃ」
そう言って鼻を鳴らすヴィクターに俺もアリサも何も言えなくなる。アメリカで幼少期を過ごしたアリサは“教会”や彼らの教えと無縁ではなく、俺の故郷であるベルカの宗教組織もヴィクターの言う“教会”に近いものだったからだ。俺自身はシュトゥラやフロニャルドでの経験があったからか、獣人に差別意識を持ったことはないが。
「それに加えて儂ら吸血種は“ヴァンパイアハンター”を自称する狩人たちにも追われておっての。儂の弟や友の何人かは奴らに殺された。その時の恨みは今も忘れておらんよ」
そう言ってヴィクターはぎろりと俺たちを睨み、俺たちは思わず背筋を震わせる。赤くなったその瞳には遊よりはるかに強い憎しみが宿っていた。
すくみ上がる俺たちを見て、ヴィクターは我に返ったように目をつむり、瞳の色を青に戻しながら続ける。
「そんな追っ手から自身や一族を守るために、当時持っていた技術の粋を集めて作ったのが《自動人形》じゃ。儂らはそれを使ってハンターを返り討ちにし、報復として何百何千の人間を連れ去りその血を吸いつくした。じゃが、それがかえって人間たちを煽る結果になっての。奴らは儂らを血を吸う鬼――“吸血鬼”と呼び、手段を選ばず根絶を目論むようになった。そうして人間も吸血種も互いに知恵と力の限りを尽くして殺し合うようになった……300年前まではの」
「300年前……その後からは違うという事ですか?」
春菜さんの問いにヴィクターはうむとうなずく。
「儂が亡き父に代わってキルツシュタインの当主を継いだばかりの頃じゃ。儂は数日がかりの執務を終わらせ、少ない護衛を連れてミュンヘンの森を散策していたのじゃが、そこをハンターたちに狙われての。護衛を殺され、儂自身も抵抗むなしく殺されそうになったところで彼女が現れたのじゃ――妙な術を使う
ハンターたちはしばらくの間あやつと言い争っていたが、あるハンターがとうとう痺れを切らし、女に銃を向けてここから去るよう脅し付けた。じゃが女は引かず、儂を逃すように訴え続けた。そしてついにハンターたちは儂と女両方を始末しようと決め、銃弾を撃ち放ってきた。じゃが女は腕の先に“三角形の文様”を広げて弾を弾き、袖に忍ばせていた短剣で敵を切り裂き、あらぬ所から出現した縄で敵をふん縛り、最後は儂を両手に抱えて空を滑空して逃げたのじゃ! さすがの儂も夢でも見ているのかと思ったわい」
ヴィクターの話に皆はまるで物語でも聞かせられているかのような反応を示す。だが俺の方は確信が強まった。
ヴィクターを助けたのはベルカの魔導師だ。バインドや飛行魔法――なにより銃弾を弾くときに使った“三角形の魔法陣”がそれを示している。
「その後は? まさかそこで別れたわけじゃないだろう」
俺の問いにヴィクターは首を縦に振る。
「もちろんじゃ。人間とはいえ、助けられた礼もせず放逐するほど薄情ではないわい。そのまま娘とともに屋敷まで行動を共にした。“アリエル”という名を聞いたのもその道中じゃ。儂はアリエルを連れて屋敷に戻り、そこで十分な恩賞を与えようとした。じゃがアリエスは恩賞を受け取らず、そればかりか町へ戻ると言いながら反対方向の森の奥へと行こうとしたのじゃ。儂が見かねて聞いてみたところ、アリエルは観念したように自分はこのあたりに来たばかりで道がわからないと言い出したのじゃ。当時あの森は《一族》の根城となっており、人間は極力森に入らんようにしていた。町までの帰り道も作らず森に入る者がいるわけがないのじゃ。儂らは首をひねり、助けてもらった埋め合わせと万が一の監視を兼ねてしばらく女を屋敷に置いておくことにした。
そして翌日、アリエルは使用人に紛れて家事を行っておった。周囲からの疑いの目も気にせずてきぱき雑務をこなしながらな。そして一週間も経つ頃には、アリエルは当たり前のように使用人の一列に加わっておった。それからしばらくしてアリエルも《一族》の事や人間との因縁を知ることになるが、あやつは変わらず屋敷に留まり続けた。吸血による“洗礼”に縛られたわけでもなくの。
そんな彼女を見て、儂をはじめ一族の者たちの心のトゲは少しずつ溶けていった。こんな人間もいたのじゃとな。それから《一族》は少しずつ人間との共存も視野に入れるようになった。《一族》が高度な技術を失った一方で、人間の文明は産業革命によって急激な進歩を遂げ、戦っても勝ち目がなくなったというのもあるがな」
ヴィクターの話に皆は呆気にとられた様子で聞き入る。すべての人間を目の敵にしていた《一族》が、たった一人の女性によって変わるとは。その女性が……。
「やがて儂はアリエルに惹かれるようになった。正直に言えば最初に助けられた時点で興味はあったが、その頃の儂は同族から娶った妻がおってな、気にしないようにしていた。じゃが、ある時彼女に血を飲ませてもらっての。その時にちょっとの……」
そこでヴィクターの顔が赤くなり、アリサやすずかを見て言葉を飲み込む。
まさかこいつ、血を吸った後にアリエルと……それも奥さんがいる身で……。
皆から冷めた目を向けられる中、ヴィクターはゴホンと咳払いをし、
「と、とにかく、それから数年後、吸血種の間で流行った病によって妻に先立たれてしまっての。独り身となった儂はアリエルに求婚し、彼女を新しい妻にした。それからしばらくして彼女は女の子を産んだ――それがさくらの母親じゃ」
「えっ? ……それは本当ですか?」
さくらさんからの問いにヴィクターは笑みとうなずきを返す。
しかし、さくらさんは浮かない表情でヴィクターに手を突き出して言った。
「待ってください。アリエルという方はベルカという異世界から来た人間で、グランダム王国の先王の庶子だって言ってましたよね?」
「うむ。あやつはそう言っていたの。儂も本当かどうかはわからんが」
ヴィクターの説明を聞いてもさくらさんの困惑は収まらぬまま、
「健斗君はグランダムの王様の生まれ変わりだから、アリエルさんとは姉弟にあたるわけで……私はそのアリエルさんの孫だから…………つまり健斗君は私の――大叔父様!?」
頭に手をやりながらぶつぶつつぶやいた末に、さくらさんは突然部屋中に響く声でそう叫ぶ。一方、俺も信じられない目でさくらさんを見ていた。
――この人が俺の又姪だと?
そんな俺たちを見て、ヴィクターがかっかっと気持ちのいい笑い声をあげていた。
「感動の対面じゃのう! 儂が許す。この場で熱い抱擁を交わせい!」
「そんな真似できるか! っていうかその後はどうなったんだよ!? アリエルや一族は?」
「どうもこうも、その後は特に語るほどのことはないのう。アリエルは天寿をまっとうし、儂が一族をまとめた結果、《夜の一族》は人間の社会に紛れる形で歴史の表から姿を消して今に至る。他にも小さな出来事ならいろいろあったが。そんな事よりお主の方こそ聞かせてくれんか。アリエルは本当にお主と同じ世界から来た人間なのか? さくらやすずかたちも気になるじゃろ?」
ヴィクターが問いかけると、アリサやすずか、さくらさんまで俺に目を向ける。
「確かに、アリエルさんについてはあなたの方が詳しいはずよね?」
「うん。健斗君――ううん、ケントさんのお姉さんについて、私も聞いてみたい!」
「そうね。話してもらえるかしら、私のおばあさまについて。“大叔父様”なら知ってるでしょう?」
四者からの有無を言わせぬ眼光に屈し、俺はぬるくなった紅茶を飲んでから口を開いた。
「とりあえず大叔父様というのはやめてください、さくらさん」
かつて、グランダムの王宮で働いていた侍女の中にアリエルという女性がいた。髪は俺やティッタと同じ色の茶髪で瞳は両方とも緑色。
父上の世話をしていた侍女の娘で父親はいない。その上彼女が侍女になった時から、父上は俺に何度も『アリエルには手を付けるな』と言っていたからすぐにわかった。アリエルが自分の姉だと。
父上が戦死して俺が王になってからもアリエルは王宮で侍女を続け、“あの日”まで王宮から去ることはなかった。
「という事は守護騎士さんたちやリインさんも……」
「ああ、知ってるよ。直接言ったことはないが、俺の腹違いの姉ということも多分気付いてる。顔立ちは母親譲りだが、俺や父上に似ている所もあったからな。……でもまさかアリエルが地球に移住してるとは思わなかったな。ましてや、あの人の孫がさくらさんとは」
それどころか、血の繋がりがないとはいえ、さくらさんの姉である春菜さんまで俺の又姪ということになってしまう。そうなると忍さんとすずかは……あまり考えたくないな。
「まっ、そこは深く考えなくていいじゃろ。前世といっても違う所もある別人じゃ。同一人物だとしても忍やすずかとの血縁はかなり遠い……じゃから、ちょうどいいかもしれんの」
ヴィクターがつぶやいた一言に俺たちが首を傾げる。そこへヴィクターは――
「すずか、健斗、《夜の一族》の総当主としてお主たちを婚約者として認める。ここで婚約の契りを結ぶがよい!」
「「――ええっ!?」」
「ちょっと、本気?」
「――なっ!?」
「――っ!」
「まあ!」
「あらあら」
ヴィクターが言い出したことに俺を含めほとんどの者が仰天し、春菜さんと忍さんも口に手を当てたり軽く声を上げていた。
そんな中、俺はヴィクターに問いかける。
「婚約の契りって……俺とすずかがか?」
「無論じゃ。“秘密厳守の誓約”も交わしておるし、年齢的にも丁度良いじゃろう。何よりお主にならすずかを任せられると判断した。ここは素直に応じておけ」
「ま、待ってください総当主! いきなりそんなことを言われても――」
椅子から立ち上がり抗議してくる俊さんに、ヴィクターは不思議そうな顔で応じる。
「なんじゃ俊、お前は不満か? 名門校で一二を争う成績、自動人形を倒すほどの力量、友のためなら迷わず敵地に飛び込む度胸、どれをとっても申し分ないではないか。それに加え前世で一国を率いたことも考えれば、月村家の後継ぎ候補としてもこの上ない逸材じゃぞ」
「それは……確かに健斗君なら認めてもいいと思わなくもありませんが……しかし、すずかの意思を無視して決めるわけには――」
一族のトップを相手に俊さんは懸命に言葉を返すものの、肝心のすずかは……
「私は……いいよ……健斗君とけ、結婚しても……というよりしたい」
「す、すずかーー!!」
顔を赤くしながら答えるすずかに俊さんは悲痛な声を上げる。それを見てヴィクターはおかしそうに笑った。
「わっはっはっ! すずかならそう言うと思ってたぞ! 健斗はどうじゃ? すずかと契りを結んで《一族》に加わってくれんかの?」
「お、俺は……」
できるわけがない。俺にはもうリインフォースがいる。リインをあっさり捨ててすずかに乗り換えることなんてできるわけがない。そんなこと、リインだけでなくすずかに対しても失礼だ。
しかし、不安そうに答えを待つすずかを見てると言葉が出てこなくなった。
そこへヴィクターはさらにとんでもない事実を言った。
「健斗がすずかと婚約してくれれば、この先すずかに起こる“発情期”の相手も頼めるんじゃがな。一応そのためにファリンを付けておるようじゃが、恋を覚えたすずかがファリン相手に満足できるかどうか……」
「あっ――!」
「……そういえばそれがあったわね」
発情期ってあれだよな。一部の動物に起こる生殖活動をしたくなる状態。人間の場合、発情することはあっても、発情“期”というものはないはずだが。思い出したように声を漏らす忍さんとさくらさんの様子を見る限り、《夜の一族》にはあるものらしい。
そんな言葉を聞くと、どうしても頭の中にいかがわしい行為が浮かんでしまう。それに気付いたのか、ヴィクターはにニヤいた笑みを浮かべながら俺の肩を掴み、小声で囁いてきた。
「発情した《一族》の娘は半端ではない。昼夜問わずに求めてきよるからな。すずかの婚約者になれば、発情を抑えるためという名目で思う存分あやつの体を堪能できるぞ」
それを聞いて俺は思わずすずかを視線を向ける。
今はまだ凹凸に乏しいが、腕や足は丸みを帯びてきて、胸のあたりも膨らみ始めているように思える。発情期とやらが訪れる頃にはあちこち凄い事になるんじゃないだろうか。
発情期の意味が分からずアリサともども首をかしげているすずかに、ついよこしまな視線を向けていると……
「健斗君……」
すぐ横から殺気を感じ、俺はあわてて視線を移す。俊さんは睨みつけただけで相手を殺せるような視線を俺に向けてきていた。
もしやあれも“魔眼”か? 少なくとも遊なんかよりはるかに恐ろしい眼だ。
「一応言っておくが、私も《一族》の端くれでね。こう見えても結構強いんだよ。覚えておくといい」
覚えましたけど、なんでそれを今言うんですかね? もしかしてこの人とも戦わなくちゃいけないの? そもそもすずかと婚約するつもりはないんだけど!
「なんじゃ俊。健斗なら認めていいと言ったではないか。すずかも健斗となら契りを結んでよいと言っておる。なら二人が婚約しようとナニをしようと構わんじゃろう。それにすずかが発情したらどうするつもりじゃ? 苦しむ娘に我慢を強いる気か」
「それはこちらで何とかします! とにかくすずかに婚約は早すぎる! 総当主といえどこればかりは譲れません!!」
我慢の限界を迎えた俊さんはついに激昂し、ヴィクターと激しくにらみ合う。その間に挟まれながら、俺はどうしたものかと頭を悩ませていた。
二人の争いを収めるため、そしてできるだけ穏便に婚約を断る方法を考えるまでの時間を稼ぐために、俺はヴィクターと俊さんに言った。
「とりあえず、もう少し落ち着いてから考えてみませんか。俊さんが言った通り、すずかも俺も婚約は早すぎるし、発情期だって今すぐ起こるわけじゃないんでしょう。なら、それぞれ頭を冷やしてよく考えてみた方がいいと思うんです。二人ともそう思いませんか?」
俺がそう言うと二人は不満そうにしながらも、
「……まあ確かに、発情期も婚姻できるようになるのもまだ先じゃしの。いささか不本意ではあるが」
「私はそれで構いません。二人がもう少し成長すれば私も前向きに考えられますしね」
ヴィクターはため息をつきながら、俊さんは眼鏡を直しながら椅子に座り直す。
そんな中、俺たちの様子を遠巻きに眺めていた他のみんなは、俺に呆れた目を向けたりため息をついたりしていた。
とりわけすずかとアリサは不機嫌そうに……。
「健斗君の意気地なし……」
「あんた、その優柔不断な所を直さないと、いつか後ろから刺される羽目になるわよ」
じゃあどう言えばよかったんだよ? あれ以外に丸く収める方法があるのか? あるならぜひ教えてもらいたい。すずかと婚約せずに済み、なおかつ月村家やヴィルとこれからも仲良くやっていく方法を。
俺が思いつける限り最善の方法が先送りだったんだ。そのせいで苦労する羽目になりそうなのは否定できないが……。
ひとまず今は事件解決と、すずかとアリサが無事に帰ってきた事を喜ぼう。
そこでふと思い出した。
そういえば、そろそろ『嘱託魔導師認定試験』とミッドチルダへの“留学”の時期が迫っていたな。
ちなみにその日、もう遅いため俺たちは月村邸に泊まることになったのだが……。
「健斗くーん! 私も一緒に入っていい? お背中流してあげるよ!」
「す、すずか!? バカ、なにやってんだ!」
バスタオルも巻かず入ってきた乱入者に俺はとっさにバスタオルを腰に巻いて下半身を隠す。
そうして俺は望まず、婚約者候補ということになった彼女と風呂を共にすることになってしまった。
ケントの異母姉アリエルですが、『グランダムの愚王』の6話をはじめ、同作の王宮内で出てきたり話に上がる侍女は大抵アリエルです。