『J・D事件』の解決から一ヶ月近くが経つ頃。
フェイトたちが地球での生活に慣れつつある中、テスタロッサ一家の家長にして事件の主犯であるプレシア・テスタロッサの身柄は、未だ本局にあった。
とはいえ、毎日毎時間のように次元犯罪や事故が起こる中、特定の事件の裁判を長々と続ける暇など管理局になく、J・D事件の公判はほとんど終了し、プレシアに下される判決も水面下ではほぼ決定していた。
そんな中、プレシアの証言によって『ヒュウドラ暴走事故』が再び日の目を見る事になり、魔力駆動炉《ヒュウドラ》の開発を請け負っていた『アレクトロ社』に捜査のメスが入ることになった。
そして、事故の本当の原因を究明するための裁判が行われることになり、プレシアも証人として裁判に出廷することになった。
『では、テスタロッサ氏はヒュウドラ開発の責任者でありながら現場から遠ざけられ、作業にあたっていたスタッフへの指示もできない状態にあったと?』
モニターの向こうに映る裁判長の問いに、プレシアは首を縦に振って言った。
「はい! 主任補佐が着任してから、私の意見はほとんど無視されるようになり、彼がスタッフたちに指示を出すようになりました。魔力炉の不備や安全性を確かめるためのチェックもほとんど無視するように、補佐が指示を――」
『ち、違います!』
プレシアが言い終える前に、それをさえぎる声が別のモニターから響く。そこに映っていたのは、プレシアを差し置いて開発の指揮を執っていた、当時主任補佐と呼ばれていた男だった。
突然異論をはさんできた彼は裁判官に着席を命じられるが、あちら側の弁護士の口添えによって発言を許され、彼は立ち上がったまま続きを述べる。
『確かに納期を前にして開発を急いでいたのは事実です。ですが、我々はあくまで安全を重視して開発を進めていました。しかし主任――テスタロッサ氏はなんとしても納期前までに魔力炉を完成させろと、無理やり開発を急がせたのです。我々や上層部は懸命に止めたのですが彼女は聞く耳を持たずに――』
「それはあなたたちの方でしょう!! 私は何度もチェックを強化するように進言しました。ですがあなたたちはことごとくそれを無視して――」
『静粛に! 双方、一度着席してください』
裁判長に命じられ、プレシアと男は渋々席に座る。それに代わってアレクトロ社側の弁護士が立ち上がった。
『先ほど被告が主張した通り、アレクトロ社はあくまでも安全を重視した開発を行うように指示しており、受注先に対しても開発期間の延長を打診しておりました。受注先である、ヴァンデイン・コーポレーション宛てに送った延長打診のメールがそれを証明しています。それに、当時テスタロッサ氏はプロジェクトリーダーの他に『安全基準責任者』という役職に就いており、プロジェクトにおける安全管理を担う立場にもありました。その彼女が現場に入れないどころかスタッフに指示一つ出せなかったなど、とても考えられないことです!』
声高にまくしたててから弁護士は一息つき、元主任補佐とニヤリとした笑みを交わす。それを見てプレシアは思わず唇を噛んだ。
十年前と同じだ。十年前の裁判でもプレシアが安全基準責任者に就いていたことを理由に、監督不行きの責任を追及され敗訴することになった。
やはり安全基準責任者などというポストは、事故が起きた際に備えてプレシアにすべての責任を押し付けるための罠だったのだ。
だが――
――そう何度も同じ手を食らうものですか!
心に決めながらプレシアは立ち上がり、裁判官の許可を得て再び口を開く。
「確かに私は安全基準責任者として、プロジェクトの安全管理を任されていました。しかし、私の指示が聞き入れられたことは一度もなく、主任補佐のもとで危険な開発が続けられていたのです! その事故のせいでアリシア――私の大切な娘が命を落としてしまいました! にもかかわらず、私が事故の責任を被せられるなど到底納得できるはずがありません!!」
机を叩きながら立ち上がり激しい剣幕で訴えるプレシアに、元主任補佐は思わず身をすくめる。しかし弁護士は動じず――
『ではなぜ、告訴を取りやめてしまわれたのですか?』
「――!」
その問いにプレシアは言葉を詰まらせる。それを見計らって弁護士はごほんと咳を払ってから言った。
『テスタロッサ氏、あなたとアレクトロ社は事故が起きてからすぐ、事故の責任の所在を巡って裁判を起こしてますね。私も当時会社側の弁護を担当していましたのでよく覚えています。あなたが第一審で惜しくも敗訴してしまった事もね。その後あなたは二審へ控訴しながら、社から多額の和解金を提示された途端一転して和解に応じています。もし本当にご自身が潔白だというのなら、和解など突っぱねて司法の場で自身の潔白と会社の非を訴え続けるべきだったと思いますが。娘さんを思うのならなおの事ね』
「……っ」
弁護士なる男の口から“娘”という言葉が出てきた瞬間、プレシアはぎりっと歯を鳴らす。すでに生き返ったとはいえ、
それに対して、弁護士は素知らぬ顔で眼鏡のブリッジを指で押し上げながら続ける。
『それを今になって突然翻し、事実とは異なる話を管理局に吹聴されては困りますな。社の方もあらぬ疑いをかけられ非常に迷惑しているとのことです。テスタロッサ氏には今すぐそれらの主張が誤りだったと表明していただきたい。そうしていただかなければ、社も相応の対応を取らざるを得なくなると思いますが』
弁護士がそう言うと、それに便乗して隣に座っていた元補佐までが立ち上がって言った。
『そもそもテスタロッサ氏は何らかの罪を犯して逮捕された犯罪者だそうじゃないですか! 我々の点検不備とやらも事件の取り調べ中に言い出したと聞きます。そんな人間の言うことなど信用できると思いますか? 私には自分の罪を軽くしたいばかりについた作り話にしか思えません!』
その言葉に憤然とし、プレシアも思わず言葉を返した。
「それを言うなら、あの事故の二年後に殺された執務官補佐の件はどうなんですか? 彼を殺害したのは上司の執務官で、ともにあなた方に買収されていたそうですが。あなた方が補佐を消すように依頼したのでは?」
『そんなことをした覚えはありません! あれは執務官がやった事で会社は何も指示していない! 少なくとも僕はそう聞いている!』
『静粛に! 静粛に! 裁判官の許可もとらず勝手に発言しないように! 審理を続けますので双方席についてください』
再び裁判長に注意され、元補佐は弁護士に、プレシアは執務官に諭されながら着席する。いきなり執務官補佐の話を出され元主任補佐も動揺していたが、弁護士の助言と裁判官たちの反応を見て落ち着きを取り戻す。
裁判官たちの何人かはプレシア――が映っているモニター――に対し、好意的とは言えない目を向けていた。次元犯罪者と一介の会社員となると、やはり会社員である彼が裁判官たちからの共感を集めやすいようだ。
不安そうにうつむくプレシアに執務官は彼女に手を重ねながら言った。
「大丈夫です。まだ負けたわけではありません。こちらにはまだ秘策がありますから」
「秘策……?」
プレシアは呆然と執務官が言った言葉をそのまま口にする。そこでまたモニターの向こうからアレクトロ側の弁護士が口を開いた。
『とにかく、テスタロッサ氏の主張には何の証拠もありません。事故の原因となった施工不備があなたの意に反して行われたものだというなら、それを証明する証拠、もしくは証人を出していただきたい。それができないというのならこれ以上の審理は時間の無駄です。評議に移ってもらい裁判官の皆さんに判断してもらいましょう。管理局に告げた主張がすべて誤りだと表明してくださるなら、それでも構いませんが』
それに対し……
「わかりました。プレシア・テスタロッサ氏からの証言は以上とします」
執務官が立ち上がりながらそう答えると、弁護士と元補佐は笑みを浮かべる。そんな彼らを前に執務官は続けて言った。
「ではここで、管理局側は新たな証人を召喚し、話を伺いたいと思います。裁判長、よろしいでしょうか?」
『いいでしょう。次の証人をここへ』
裁判長からの許可と出廷命令を聞いて、執務官はモニターを操作する。
すると関係者たちの前にある人物が映ったモニターが浮かんだ。その人物は長く伸ばした薄黄色の髪と青い瞳の上に眼鏡をかけた中年の女性だった。
彼女を見てプレシアは思わずつぶやく。
「クレッサ……」
『ティミル副主任……』
プレシアと同様、元補佐も彼女を見てうめきを漏らす。そして……
『彼女は、
『なぜこの裁判に博士が?』
プレシアと元補佐のみならず裁判官たちまでが口々につぶやきを漏らす中、執務官は証人として呼ばれた女性に向かって尋ねた。
「証人、名前と職業を教えていただけますか?」
『クレッサ・ティミル。
ティミルに尋ねられプレシアと元補佐はおずおずうなずきを返す。彼女らが見守る前でティミルは続けた。
『結論から申し上げます。プレシア・テスタロッサ元主任が話したことはすべて事実です。主任と私たちが安全管理の徹底を訴える中、補佐たちは上層部の認可を盾にろくなチェックやテストもしないまま開発を続け、そしてあの事故は起きてしまいました。違いますか、元主任補佐?』
『そ、それは……』
先ほどと違い、元補佐は目に見えてうろたえる。
プレシア同様、ティミルもあのプロジェクトに最初から関わっていた者だ。事故の直前で会社を辞めたものの、プロジェクトに関して彼女が知らないことはほとんどないと言っていい。
それにティミルは高名な研究者としての名声に加え、清廉潔白な人柄で周囲から多大な信頼を集めている。何度も聞いた話にかかわらず真摯に耳を傾ける裁判官たちの様子からもそれは明らかだ。
しかし――
『か、彼女の主張にも客観的な証拠は何一つありません! ティミル博士はテスタロッサ氏の直属の部下で親しい友人でもあったそうです。おそらく彼女をかばうために同じようなことを――』
びっしり文字が並んでいるモニターに目をやりながら、弁護士はそうまくしたてる。だがそこで――
『彼女たちが正しい事は私
「――所長!」
声とともに初老の男が映ったモニターが浮かび、プレシアは思わず叫んだ。
髪はすっかり白くなり、顔に皺も浮かんでいるが間違いない。自分たちが勤めていた研究所の所長――自分とティミルの上司だった人物だ。
彼は一冊のノートを手にしながら口を開く。
『あのプロジェクトには二人の他にも私の部下が大勢参加していたのですが、そのほとんどがいわれもない理由で解雇されてしまいました。その部下たちの連絡先はこのノートにすべて記されています。彼らに聞けばすべて明らかになるでしょう。あの事故を起こした張本人も含めてね!』
そう言って元所長は厳しい目で元補佐を睨む。それに対して元主任補佐は観念したようにがっくりとうなだれる。
この瞬間、彼らに勝ち目は一切なくなった。
それからはあっという間だった。解雇された社員の口からもプレシアが言った通りの経緯が明かされ、さらに離反した元補佐側のスタッフからの証言で、ヒュウドラに使われていた燃料も違法性の高いルートから入手した物だった事が判明した。さらに時間を置けばより核心に迫る事実が判明し、元主任補佐や彼に指示を出していた経営陣は逮捕され司法の裁きが下されるだろう。
これで本当にあの事故の決着がついた。
そう思うと急に疲労感が押し寄せてきて、プレシアは椅子の背もたれにもたれかかる。そこで元補佐が映っているモニターが目に入った。モニターの向こうで彼は未だに肩を落としてうなだれている。
思えば彼も不運な人だ。
彼だって事故を起こしたくて開発に従事していたわけではないだろう。むしろ爆発事故を起こし、工場を訪れていたアレクトロの重役やヴァンデイン社員を危険にさらしたことを厳しく責められ、どこかへ左遷させられたのかもしれない。
本来なら愚鈍な主任に代わってプロジェクトを成功させて出世の道を歩むはずが、あの事故のせいで何もかもが狂わされた。そう思っているのかもしれない。
だが、彼を許す気はない。彼は上層部と結託して事故の責任をすべて自分になすりつけ、そのまま逃げていったのだ。それを哀れだからと許す気は毛頭なかった。
しかし、彼がそんな“悪人”だったからこそ、自分はアリシアを取り戻そうと躍起になり、そして今を迎えることができた。それを思うとやはり複雑な気持ちではある。
「プレシアさん、お疲れ様でした」
感慨にふけっているところで目の前に表示されていたモニター群が消え、執務官が右手を差し出しながら声をかけてくる。
プレシアも彼女に右手を出して握手を交わしながら返事を返した。
「いいえ、こちらこそありがとう。おかげで汚名をそそぐことができそうよ。後は執行猶予が付けば言うことはないんだけど……やっぱり難しいかしら」
不安そうに尋ねるプレシアに執務官は笑顔で、
「大丈夫ですよ。ハラオウン総務官や息子さんのハラオウン執務官も各所に働きかけているみたいですし、この裁判の結果も判断材料になるはずです。きっと執行猶予を勝ち取ってお嬢さんたちと暮らすことができますよ!」
そう言ってくれる執務官にプレシアさんは苦笑の混じった笑みを漏らす。彼女が言ったお嬢さんたちにアリシアは入っていないのだろう。アリシアが夜天の魔導書の力で生き返ったことは一部しか知らず、公にはアリシアは今もなお死亡したままということになっている。
執務官はプレシアの手をほどきながら言った。
「ところでプレシアさん、これからちょっとお時間よろしいですか? まだ昼食も取ってませんし、プレシアさんと面会がしたいと言ってる方がいらっしゃるんです。それらを兼ねて」
「面会……?」
それを聞いてプレシアは眉を寄せながらもまさかと思う。そんな彼女に執務官は予想通りの名前を告げ、それを聞いてプレシアも面会に応じる事にした。
プレシアは執務官とともに本局内をしばらく歩いて、小さな個室に辿り着く。
その中には三人分の食事が載せられた机と三脚の椅子、そして……
「久しぶりね、プレシア。思ったより元気そうじゃない」
「……クレッサ」
わかっていながらも、信じられないような口振りでプレシアは彼女の名を口にする。
机の向こうには裁判で自分を助けてくれた、10年ぶりに会う親友、クレッサ・ティミルが笑みを浮かべながら立っていた。