7月上旬。
時空管理局本局 中央センター・トレーニングルーム――嘱託魔導師認定試験 実技試験会場――。
いくつかの窓が点在する広い訓練室の中で俺は試験官と対峙する。
肩に棘のようなものがついた黒いバリアジャケットを着た試験官は、俺がよく知っている人物だった。
「実技試験の監督および模擬戦の相手を務める、クロノ・ハラオウンだ。模擬戦を通して君の戦闘技術を測らせてもらう。遠慮なくかかって来てくれ」
初めて会ったばかりのように、よそよそしい挨拶をしてくるクロノに対して俺も名乗り返す。
「第97管理外世界出身、御神健斗です。模擬戦についてですが、一つだけ確認してもいいですか?」
「……なんだ?」
ある程度予想を付けながらクロノは渋い顔で聞き返してくる。そんな彼に俺はティルフィングを向けながら言った。
「戦闘技術を測るだけということだが……別に試験官を倒してしまっても構わないんだろう」
俺の挑発にクロノも模擬戦用デバイスとなったS2Uを構えながら答えた。
「まだ嘱託魔導師になってもいない奴に倒されてたまるか!」
その返事を合図に俺はクロノに斬りかかり、クロノはS2Uから青い魔力弾を放って応戦してくる。
俺が嘱託魔導師になるための最後の関門――戦闘試験の幕はこうして落とされた。
◇
トレーニングルームに点在する窓の向こうにある部屋では、エイミィが試験の経過を記録し、その後ろで青いジャケットと白いズボンからなる士官服を着た二人の女性が、二人の戦いを観察していた。
一人は総務部に異動したばかりのリンディ・ハラオウン。もう一人は運用部の提督で、違法渡航対策部門の本部長に抜擢されたレティ・ロウランである。
「いきなり試験官に宣戦布告とは、噂通り尖った子ね」
「あれくらい許容範囲でしょう。むしろ本気で戦ってくれた方が今の力量がわかって助かるわ。クロノも減点するつもりはないみたいだし」
レティの感想に、リンディは少々少なめの砂糖とミルクを入れた緑茶を飲みながら答える。砂糖とミルクが少ないのは、健斗に見せられた医療番組で糖尿病の恐ろしさを知り、糖類の量を減らし始めたためだ。
それに密かに安堵しながら、レティは健斗に対する私見を述べる。
「魔法知識はほぼ完璧。一般常識や社会知識は難があるけど、管理外世界在住なら仕方ないでしょう。むしろ一ヶ月でよく勉強した方だと思うわ。同じ世界から来た二人と同じくね」
「三人ともフェイトさんに負けてるけどね。あの子はミッド出身だから当然ではあるけど」
「あら、親バカ? 一ヶ月一緒に住んでただけでもうそこまで入れ込むなんて。そんなに娘が出来たのがうれしい?」
「まあね。羨ましいならあなたも作るか貰ってきたら。グリフィス君も兄弟がいなくて一人じゃ寂しいでしょう」
親バカを否定せず、逆に得意げに言い返すリンディに対してレティはすげなく首を横に振った。
「結構よ。仕事が忙しいし、あの子も今は士官学校の寮で暮らしてるから寂しいなんてことはないでしょう。ただ、あなたには残念かもしれないけど、フェイトちゃんたちと一緒に暮らせる期間はもう長くなさそうよ」
「あら。という事はプレシアさんの判決が決まったのかしら?」
予想とは裏腹に、平然と聞き返すリンディにレティはうなずきながら答える。
「ええ。禁錮125年、それに保護観察付きの執行猶予が付く予定になってるらしいわ。ある程度の監視付きで特定の世界や地区の中でなら自由にしていいけど、犯罪を犯したらその時点で一生刑務所暮らしってことね」
「そう。今のあの人なら大丈夫だと思うけど……でも、これであの人も局から解放されて普通に生活できるようになるのね。うまく行きすぎて怖いくらいだわ」
プレシアの釈放が決まったことを喜ぶ半面、目論見通りに進みすぎている事にリンディはどことない恐怖を覚える。プレシアが行おうとしたことを考えればもしかしたらとは考えていたし、自分もジュエルシードの無断使用で罪に問われることになるのではと思っていた。
しかし、そのようなことが起こる気配はなく。プレシアはフェイトたちともども保護観察や執行猶予という形で釈放。自分も事件解決の功労者としてたたえられ、艦長職からの引退と同時に総務部に栄転する事が決まった。無論それらは喜ばしい事ではあるのだが……。
(本当にうまく行きすぎている。まるで誰かが私たちの考えを読み取ったかのように……これは本当に手放しで喜んでいい事なのかしら?)
「リンディ……どうしたの? 気分でも悪いのかしら?」
「――う、ううん! 何でもないわ」
突然黙り込んだリンディを心配したのか、不安そうに尋ねてくるレティに、リンディはそう言って首を横に振る。レティは訝しげに「そう」と言ってトレーニングルームに目を戻した。そこではまだクロノと健斗が一進一退の攻防を繰り広げている。
あれで不合格ということはないだろう。Sクラスの魔導師ランクを持つ執務官と互角に渡り合う魔導師など、局全体でも数パーセントもいない。むしろこちらからスカウトしたいくらいだ。
そんな人材が守護騎士も含めて九人も局入りを希望してきたのだから、奇跡という言い方でも足りない。
レティからすれば、彼らを見つけ出したリンディの栄転は当然どころか、もっといい立場に就いてもいいと思えるほどだった。
「もう結果はほとんど決まってるから先の話をさせてもらうけど、あの子たちが嘱託魔導師になった後の予定も決まってるのよね?」
「ええ。みんな正式入局を目指しているみたいだから、それを見据えてミッドの陸士訓練校へ研修に行ってもらうつもりよ。彼らの適性を考えたら空士校に行かせたいところだけど、あそこなら8月の間に短期留学させてもらえるし、地上での戦い方も学ばせておきたいとも思って……何よりあそこには“あの人”がいるから」
「ああ、今は訓練校の教官をしてるって言ってたっけ。確かに、あの子たちみたいに
レティの言葉にリンディは無言で肯定する。
先ほどレティが思ったように、あの九人は強い。ほとんどがSSを狙える人材だ。もしかすればかつての《三提督》に匹敵する、《SSSランク》に手が届く者も出てくるかもしれない。
だが、それ故に彼らは力に頼りすぎるという欠点がある。なまじ強すぎるために、格上の相手との戦い方や、追いつめられた時にどう行動すればいいかなどを知らない。
そんな新人たちに“あの人”のしごきはいい経験になるだろう。もっとも、個人戦に不向きなはやてや守護騎士たちには別の教育を受けてもらうことになると思うが。
「それと、短期留学の中頃になるけど、健斗君とはやてさんには一日だけ聖王教会へ行ってもらう予定よ。クロノとエイミィと一緒にね」
「聖王教会に? 8月の中旬といえば『収穫祭』がある時期だけど……まさかそこに?」
レティの問いにリンディはうなずく。
「ええ。カリム・グラシアっていう騎士様から招待を受けてて。その人の弟さんはクロノの友達で、私も知ってる子だから信用はできるわ」
リンディはそういうものの、彼女にもレティにも、それがただのお祭りのお誘いだとは思えない。十中八九、健斗とはやてが古代ベルカ式魔法の使い手という事が関係しているだろう。それにレティにはもう一つ気になることがあった。
教会の騎士の中に、本局の高官と繋がりがある若い女騎士がいるという話を聞いたことがある。“例の部署”に関しても、その騎士と本局長の会合の後に設置されることが決まったらしい。話からするにその女騎士がカリム・グラシアだと思うが……。
「わかったわ。クロノ君とエイミィも一緒だから危ないことはないと思うけど、気をつけるようには言ってね。御神君のことが教会のお偉方に知られたら面倒な事になるから」
「ええ。聖王様に真っ向から歯向かった愚王の生まれ変わりだもの。そこはわかってるわ」
リンディがそう言ったところで、ちょうどエイミィが声を張り上げた。
『試験終了ーー!! 二人とも戦いをやめてデバイスを下ろして!』
◇
互いに最後の一撃を入れる所でエイミィさんの声が響き、クロノは荒い息をつきながらデバイスをおろし、俺は舌打ちをしながら床に座り込む。
「ちぃ、あと少しだったのに」
「馬鹿か君は。僕との勝敗より合否の心配をしろ。試験前に言ったが、これは君の力を見るためのものなんだぞ」
そう言いながらクロノも無念そうに舌打ちをこぼす。これを機会に白黒つけたかったのはあちらも同じだったらしい。
そんな俺たちの頭上にモニターが現れ、そこからエイミィさんが告げてきた。
『はいOK! この場で結果発表をするから、健斗君はよく聞いてね!』
進行係という名前からほど遠いフレンドリーな口調にクロノは呆れながら、俺は苦笑を漏らして立ち上がる。
そんな俺に合否を告げたのはエイミィさんではなく、リンディさんと同じ模様を額に付け、紫色の髪を後ろに束ね、眼鏡をかけた知的な女性だった。
『試験責任者のレティ・ロウランです。早速ですが、あなたの合否をお伝えします』
その言葉に俺は立ち上がりながら、ごくりと唾を鳴らす。全力を尽くしたつもりだが、やはりこういうのは緊張する。一応多く技を見せるように意識していたが、クロノとの戦いに夢中になりすぎた点は否めない。
まさかと思いながら見守る俺を観察しながら、レティ提督は沈黙する。
やがて、彼女はモニターと俺を見比べながら口を開いた。
『魔法に関する知識と技術は文句なし。戦闘に関しても攻防ともに隙がなく、合格ラインを満たしてる。嘱託魔導師としては十分よ』
「じゃあ……」
思わずつぶやきを漏らす俺に、レティ提督は笑みとうなずきを返す。
『御神健斗君、あなたを時空管理局の嘱託魔導師に認定します。魔導師ランクは空戦S。今後の働きに期待してます。頑張ってね』
「はい!! 精一杯頑張ります!」
威勢のいい声で返事をする俺に、レティ提督をはじめエイミィさんとリンディさんも笑みを浮かべる。
そしてモニターには再びエイミィさんの顔が映り、彼女は口を開く。
『これで嘱託魔導師認定試験は終わりです! お疲れ様健斗君。帰るなり本局で休んでいくなり、自由にしていいよ!』
エイミィさんの言葉に俺は一礼を返し、部屋を出ようと扉の方に体を向ける。だがそこでレティ提督が声をかけてきた。
『ああ待って! 休むのはいいけど、帰るのは少し待ってちょうだい!』
「……?」
レティ提督が言った言葉に俺もクロノたちも首をかしげる。一方で彼女の隣にいるリンディさんは、ああと言いかけたように口を開いていた。
『試験とは違うんだけど、あなたにはもう一つ受けてもらいたいテストがあるのよ。そのためにはリインフォースもいてもらわないといけないんだけど、彼女は今、はやてさんの試験に立ち会っててまだこちらに来れないの』
「リインがいないとできないテスト……それってまさか――」
察しがついた俺にレティ提督はうなずく。
『
それを聞いて俺は唖然としながらしばらく立ちすくむ。
普通に考えれば願ってもない話である。だがそれは、はやてとリインを組ませられない何かしらの事情ができたという事を意味していた。
当小説では、クロノはデュランダルを入手した事をきっかけに、J・D事件の解決後にSランクに昇格した設定です。