魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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間話3 東京臨時支局

 健斗たちが認定試験に合格し、時空管理局の嘱託魔導師になってから数日後。

 ハラオウン家の玄関にて。

 

「……母さん」

 

「…………久しぶりね、フェイト」

 

 

 

 数分前、朝食を摂っている頃にチャイムが鳴るが、リンディはなぜか立ち上がろうとせず、リニスもわざとらしく食器を洗いにキッチンへ向かい、アルフもテーブルから動こうとしなかった。クロノとエイミィは“新しい職場”の立ち上げ準備に出かけていて、もう家にはいない。

 フェイトとアリシアが首をかしげた頃に二回目のチャイムが聞こえて、フェイトはたまらず玄関へと向かった。

 そして、玄関へたどり着きドアを開けたフェイトの前に立っていたのは、彼女の母親――プレシアだった。

 

 久しぶりに会う母親を見て、フェイトは夢かと思いぎゅっと目をつぶる。しかし、再び目を開けても彼女の姿が消えることはなかった。

 プレシアもフェイトを見ながらぎこちなく口角を上げる。果たしてこの子に笑みを見せる資格があるのか、プレシアは迷っていた。

 ちょうどそこで――

 

「――あっ、ママだっ!」

 

 その声にフェイトは思わず振り返り、プレシアも視線を少しずらす。そこには案の定アリシアが立っていた。

 アリシアはプレシアを見るとすぐに駆け出し、彼女に向かって飛び込む。

 

「ママ、おかえり!!」

 

「ただいま、アリシア」

 

 無邪気にすがりつく愛娘にプレシアは自然にそう告げ、微笑みながら彼女の頭を撫でる。

 そんな二人をフェイトは複雑な気持ちで見ていた。プレシアはそれに気付くとアリシアを離しながらフェイトに近づく。そして、優しい手つきでもう一人の愛娘の頭を撫でた。

 

「ただいま、フェイト……待たせちゃったみたいね。元気そうで何よりだわ」

 

「母さん――おかえりなさい」

 

 母親からの優しい手つきと言葉に、フェイトは涙ぐみながら小さく返事をする。

 そこでフェイトとプレシアは、近くにリンディたちが立っている事に気付き、フェイトは何度も瞬きをして涙を目の奥へと押しやり、プレシアも照れながら視線をさまよわせる。だが、フェイトの頭からまだ手を放すことはしなかった。

 リニスは苦笑しながらフェイトに詫び、プレシアの前に出てきた。

 

「お帰りなさいプレシア。待っていましたよ」

 

「ただいまリニス。面倒をかけたわね」

 

 プレシアとリニスはしばらく会わなかった友人のように言葉を交わす。

 そんな中、アルフは家族の中で唯一プレシアに声をかけず、ぷいと顔をそらすだけだった。プレシアは少し顔を曇らせながらも「ただいま」と声をかけ、軽く頭を下げた。

 そこへリンディが出てきて――

 

「プレシアさん、よく来てくれたわね。さあ上がって。あなたの分の食事は用意してあるから。フェイトさんは学校があるからゆっくりお話しすることはできないけど、朝食ぐらいは一緒に摂れるわ」

 

 そう言いながらリンディはプレシアの手を引かんばかりの勢いで家に上げ、リニスはスリッパを用意する。それを見てフェイトはようやく一人分余っていた朝食の意味に気付いた。

 どうやらみんな知ってて、自分とアリシアには黙っていたらしい。

 

(知ってたらもっと早く起きて、ちゃんとしたところを見せたのに)

 

 母親の帰還を内緒にしていたリンディたちを少しだけ恨みながら、フェイトも彼女らの後を追う。

 

 

 

 テスタロッサ家の新たな一歩はこうして踏み出された。

 

 

 

 

 

 

「……んで、今はプレシアさんも加えて、リンディさんたちと一緒に住んでいると」

 

 そう尋ねる俺にフェイトはうなずき。

 

「うん。マンションにまだ空き部屋があるからそっちに住めないか、リンディさんが大家さんに掛け合ってくれてるみたい」

 

 そう答える彼女に俺たちは相槌を打つ。

 まあそうなるだろう。甘すぎるように思えるが、保護観察という形をとる以上、テスタロッサ家が保護観察官(リンディさん)から離れた場所に住むわけにはいかない。さすがにずっと同居するわけにはいかないものの、同じマンションに住んでもらった方がいいのだろう。リンディさんが甘いことは否めないが。

 

 そんな会話を交わしてる俺たちの横の席では……

 

 

 

「じゃあ問題出すよ。『たけし君は500円を持ってコンビニへ買い物に行き、120円のパンを二つと100円のジュースを二本買いました。さて、コンビニを出た時たけし君の手元にはいくらお金が残ってるでしょう?』」

 

「えーと……120円のパンが二つで、100円のジュースも二つだから…………えーと…………えーーと……」

 

 七瀬が出した問題に、アリシアは指を折りながら必死で計算するものの、こんがらがった様子で問題文と自身の指を見比べながらうんうんうなる。そこへ――

 

「どちらも二つ買うから、パンが240円、ジュースが200円よ。それを足した値段を500円から引けばいいのよ。240円と200円を足したら――」

 

「ちょっとプレシアさん! ヒント出しすぎですって! これじゃあすぐわかっちゃうじゃないですか!」

 

 横から出てきて、勝手に問題のほとんどを解いてしまうプレシアさんに七瀬は抗議の声を上げるも、時すでに遅く――。

 

「わかった! 60円だ!! ねえ七瀬、60円であってる?」

 

「う、うん…………プレシアさん……」

 

 アリシアにうなずきながら、七瀬は恨めしげな目でプレシアさんを睨む。それにプレシアさんは申し訳なさそうにしながらも、

 

「だってアリシアが悩んでいたんだもの。それを見たらつい……」

 

 そう言って目線を泳がせるプレシアに、七瀬はこれ以上怒りもせずため息を吐く。この人が娘“たち”に甘いのはわかってるし、何より自分が怒るまでもなく……。

 

「プレシアさ~ん、あちらのテーブルの片づけはどうしたのかしら~? まだ食器が残ったままなんですけど……」

 

 後ろから低い声をかけられ、プレシアさんは顔を引きつらせながらそちらを振り返る。そこには笑顔のまま眉間に青筋を立てている桃子さんがいた。プレシアさんは真っ青な顔になって――

 

「も、桃子さん。ごめんなさい、アリシアが悩んでる所を見たらつい――」

 

「ついじゃありません! 早くあっちの食器をキッチンまで運んで洗ってきてください!」

 

 桃子さんに叱られながら、プレシアさんはいそいそテーブルの片付けに向かう。そんな彼女に士郎さんや他の店員だけでなく客たちも失笑を漏らす。この光景もすっかり翠屋の新しい名物だな。

 普段はどんな業務でもてきぱきこなすんだが、娘たちが来た途端仕事を忘れて、そちらにばかりかまけるポンコツ店員と化す。桃子さんが店員を叱るところなんて初めて見たぞ。

 

 

 

 プレシアさんは現在、娘たちと使い魔たちともどもリンディさんの家に厄介になりつつ、新しく開く店の開業資金を稼ぐために翠屋で働いている。

 

 プレシアさんは元々、事故の和解金とその後に就いた仕事の報酬などで莫大な資産を持っていたが、そのほとんどを時の庭園の購入とアリシア蘇生の研究で使ってしまい、その上釈放時に多額の罰金を支払ったため、もうあまりお金が残っていないらしい。

 普通に生活するだけなら数年暮らせる分はあるものの、マンションの部屋の家賃と、フェイトが通っている清祥の学費を引けばすぐになくなってしまうようだ。来年からアリシアも聖祥に入学するとなれば、さらに蓄えの減りが早くなってしまうだろう。

 つまり、今の生活を続けつつアリシアを聖祥に入れるために、プレシアさんはどこかで働かなくてはならないということだ。

 

 とはいえ、ミッドチルダならともかく、地球では表立って出すことができる学歴のないプレシアさんの勤め先を見つけるのは難しく、ミッドチルダで働いた経歴を活かして管理局に勤めるか、アリサやすずかのつてを使ってバニングス社か月村グループに入るかぐらいしかなかった。

 だが管理局は駄目だ。下手に管理局に近づきすぎるとアリシア蘇生がバレてしまう可能性がある。あそことはできるだけ距離を置いた方がいい。

 そうなるとバニングスか月村関連の会社しかないのだが、今はどちらともあるテーマパークの建設に注力しているため残業や休日出勤が多く、家族との時間を取ることは厳しい状態らしい。

 考えた末にプレシアさんはそれらも断り、なんと自分で店を開くと言い出した。

 そして今は、翠屋で働きながら生活費と開業資金を稼ぎつつ、接客のノウハウを習得しているとのことだ。

 そして翠屋で働き出したころから、なぜかプレシアさんの外見が20代前半でも通用しそうなくらい若くなった。年齢は40のままのはずなのに。

 今、あの露出が高い服を着たらほとんどの男の目が釘付けになってしまうだろう。

 

 

「来月くらいから嘱託魔導師としてのお給料も入るし、無理しなくてもいいと言ったんだけど、母さんから自分のために使うか貯金しなさいって断られて」

 

「それは当たり前よ! フェイトはまだ9歳なんだから。働くのはいいとしても、それで得たお金はフェイト自身が使うべきだわ!」

 

 アリサはそう断言し、彼女の足元にいるアルフ(子犬形態(フォーム))はうなずくように何度も首を縦に振る。しかし、フェイトはいいのかなと迷うそぶりを見せていた。

 

「そういえばリニスちゃんはどうしてるの? 最近見かけないけど。もしかしてあの子も翠屋で?」

 

 そう聞いてくるすずかに、俺は首を横に振って答える。

 

「いいや、プレシアさんとは違う店で働いている。もちろん大人の姿でな。あいつもなんだかんだで主に甘いから、働く場所くらいは分けた方がいいという事になってな」

 

「まっ、あの様子じゃそれが正解でしょうね。ところでリニスが働いてる店ってどんなところ? 少し気になるんだけど」

 

「……ここみたいな飲食店だ。そこでウェイトレスとして働いている。普通の喫茶店だから心配はしなくていい」

 

 制服は少し変わっているが。

 アリサに説明しながら、喉元までせり上がってきた言葉をコーヒーとともに飲み込む。そんな俺にアルフは冷たい視線を向けていた。

 そう睨むな。リニスが働く前まではもう少しまともな店だったんだ。それがああなるとは……。

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いらっしゃいませー! 喫茶キティンへようこそー! お席へご案内します!」

 

 美人ウェイトレスに笑顔で出迎えられ、店に来た客たちは思わず鼻の下を伸ばす。それに対しウェイトレスは少し引きながらも、それを表に出さないように努めながら新しい客たちをテーブルへ案内する。

 

 店の中には彼女の他にも何人かのウェイトレスが働いており、皆、健康的と言える程度に露出した制服を着て、ネコ耳カチューシャを頭の上に付けている。

 そんな彼女たちの中でも特に人気なのが、今来店してきた客たちを案内している“リニス・ランスター”だった。

 ウェイトレスとしては年齢が少し高いものの、整った容姿に加え、妹分たちの世話で培ったという丁寧な接客と母性を感じさせる笑顔、そんな姉属性に反して薄茶色の短髪から生えているかわいらしいネコ耳。

 そんなギャップもふくめた魅力で、リニスは多くの男性客から人気を集めていた。

 

「ご注文は何になさいますか?」

「パンケーキとアイスコーヒー、いいっすか」

「オムレツとメロンソーダ」

「俺はなんでもいいや。リニスちゃんのおすすめは?」

「和風パスタとチーズケーキ、それと当店オリジナルのブレンドコーヒーです。そちらになさいますか?」

「オリジナルのコーヒーなんてあるの? じゃあ俺もコーヒーそっちにしようかな」

「はい、かしこまりました!」

「ねえ、リニス姉ちゃんの写真撮っていい? 絶対悪い事に使わないから――」

駄目です! ご注文は以上ですね。それでは料理が出来上がるまで少々お待ちください」

 

 注文に混ぜた撮影の申し込みをすげなく断りながら、リニスは厨房に向かう。

 その直後に、撮影を申し込んだ男は連れの男の一人に小突かれた。

 

「バカ! 露骨すぎんだろう。これが原因でリニスちゃんが対応してくれなくなったら、もうお前は連れてこねえからな!」

 

「わ、悪い。どうしてもリニス姉ちゃんの写真撮っておきたくて。いつまでこの店にいてくれるかわかんないし……」

 

「まあ気持ちはわかるけどな。この店女の子の露出が高い分給料がいいから、すぐ金貯めて辞めちまう子多いし。せめて一度だけでもあの耳を触るチャンスがこないかねえ」

 

 最後の言葉に他の男たちは「えっ……」と怪訝な声を上げながら距離を空ける。それに対して発言した男は慌てながら言った。

 

「へ、変な意味じゃねえよ! あの子の頭の上についてるネコ耳のことだ! 本物かと思っちまうくらいよくできてると思ってな。他のウェイトレスたちがネコ耳付けるようになったのも、リニスちゃんが付けてるネコ耳がきっかけなんだろう」

 

「ああ。最初は帽子被りながら仕事してたんだけど、お辞儀した時に帽子が落ちてネコ耳付けてるところを周囲に見られちまって。けどそれが一部の客に好評でよ、それを見て店長はネコ耳を制服の一部にしちまったって話だ。しかもそれがきっかけで売り上げが上がるようになったんだと」

 

「ネコ耳喫茶なんて今まで海鳴にはなかったからな。そりゃ珍しがって客も来るだろうよ。かわいいウェイトレスたちが付けているとなればなおさら。……で、何の話してたんだっけ?」

 

「こいつがリニスちゃんのネコ耳触ってみたいって話だろ。それぐらい頼めば触らせてくれんじゃねえの。よくできてると言ってもどうせカチューシャだろうし」

 

「変な言い方すんじゃねえ。リニスちゃんの耳が本物じゃねえことくらいわかってるよ。でも、あの耳を見てるとどうしてもなぁ……」

 

 

 彼らの会話は猫並みの聴力を持つリニスの耳にしっかり届いていた。しかし、リニスはあくまで聞こえていないような振る舞いで、出来上がった料理を盆に載せていく。

 しかし、思わずにはいられなかった。

 

(人の耳を取り上げて好き勝手なことを……もう少し考えてから決めるべきでした。あのむっつり愚王が持ってきたアルバイトの話なんて)

 

 

 

 

 

 

《なんでリニスにあの店を紹介したんだい? そもそも、なんであんたが店長に話を通すことができるんだ? まさかあんたもあの店の……》

 

《ちげーよ! いや、何度か行ったことはあるけど。クラスメイトの父親がいくつか店を持ってて、夏に向けて人手を増やしたいから誰か紹介してくれって頼まれたんだよ。そこでリニスに話を持ち掛けたんだ》

 

《クラスメイトから? なのはたち以外ほとんど友達がいないあんたに、なんでそんなことを?》

 

《……『学年のアイドル二人と絶世の銀髪美女を侍らせている御神なら、美人の知り合いぐらいいるだろう。せめて労働力として一人くらいよこせ。さもなきゃ“遂行率100%”がお前を狙うことになる』と言われてな。身の危険を感じて仕方なく……》

 

《……ああ、なるほどね》

 

 俺の説明を聞いてアルフは納得したように首を縦に振る。彼女も俺を取り巻く状況を知ってはいるようだ。

 まあ、リニスは約束通りの条件で働かせてもらっているみたいだし、彼女のおかげであの店も繁盛していると聞く。プレシアさん同様、開業する前の修行にもなるし、ここで辞めさせる必要もないだろう。

 そう自分に言い聞かせている俺の横でヴィルはため息を吐き出した。彼が着ているのは目立つ紋付き袴ではなく、俺たちが着てるものと同じラフな私服だ。

 

「やれやれ、苦労しとるようじゃのう。すずかとの婚約を公言すればそんな脅しを受けることもなかろうに。いい加減腹をくくったらどうじゃ。リインフォースやはやてとやらが気になるなら妾にするという手もあるぞ。儂はそれについて何も言うつもりはない」

 

「お前になくても周りが言ってくるだろう。少なくとも俊さんや春菜さんは認めないだろうな。何よりすずかが望まないかもしれない」

 

 それに、その形だとリインはまた(愛人)という形になってしまう。もう身分の差はないんだし、今度は正式な夫婦として彼女と添い遂げたい。

 

「ところで、お前はそろそろドイツに帰らなくていいのか? 一応キルツシュタイン家の当主なんだろう?」

 

 俺の問いにヴィルは煽るようにアイスティーを飲み干して言った。

 

「その心配はいらん。儂はあくまで“先代”当主。100年前に家督を息子に譲ってからは、当主としての務めはあやつが行っておるのじゃ。総当主としての指示もこの町から下せばよいしの。儂が所領におらんでも特に問題はない。外にはまだまだ面白そうなものがありそうじゃし、当分はこの町に留まることにする。……さくらを傷物にした男の顔もまだ見ておらんしの」

 

 そう言いながらヴィルはいびつな笑みを浮かべる。俺の知らないところでまたやっかいな事が起きそうだな。

 

 

 

 

 

「じゃあ腹ごしらえも終わったしそろそろ出ようぜ! ここにいたら桃子さんたちの仕事の邪魔になっちまう。勉強ならリンディさんの家でもできるしな」

 

 俺の呼びかけに、みんなはうなずいたり無言で荷物をまとめながら応じる。そこですずかがぱんと手を叩きながら言った。

 

「そうだ! 折角みんな揃ってるし、これからはやてちゃんたちを誘ってデパートに行かない? 私、実はまだ“あれ”を買ってなくて」

 

「ああ、そういえばあたしも買ってなかったわ」

 

「あっ、私もまだ買ってない」

 

 アリサが言うと、続いてなのはも声を上げる。俺とヴィル、フェイトとアリシアは首を傾げ、七瀬は得心がいったように首を縦に振った。

 

「なんじゃなんじゃ? 女子(おなご)どもだけで納得しよって。一体何を買っておらんというのじゃ?」

 

「確かにそんな風に言われたら少し気になるな。俺たちも一緒に行っていいか? 荷物持ちくらいできるかもしれない」

 

 下心などなく、純粋な善意からそう言ったつもりだが、アリサをはじめ女の子たちはジト目を向けてくる。それに気圧されながら……

 

「な、何だよ……?」

 

 思わず尋ねる俺にすずかはにっこり笑って言った。

 

「健斗君とヴィル君はだーめ♪ 七瀬ちゃんと一緒にアリシアちゃんの勉強見てあげて」

 

「なぬっ?」

 

「ええー! 私も行きたいー!!」

 

 すずかの言葉にヴィルは怪訝な声で聞き返し、アリシアも抗議の声を上げる。一方、七瀬は動じた様子もなくアリシアに言った。

 

「私とアリシアの分は今度買ってもらえばいいよ。先輩たちと違って時間はたっぷりあるし。今は聖祥に入れるように勉強しておかないと。健斗君たちもそれでいいでしょう。“水着”なんて男女仲良く選ぶものじゃないよ」

 

 七瀬の言葉に俺はああと声を漏らしかける。そういえば夏休みに入った後、俺たちがミッドチルダへ研修に行く前に海水浴に行くって話だったっけ。

 

 

 

 

 

 

 そんな事を話しながら、健斗たちが翠屋を出る頃。

 東京都新宿区にあるビル内にて。

 

 

 

 物一つないただっ広い部屋の中に、数十人もの男女が並び、緊張した様子で整列していた。

 その全員が見ているだけで暑苦しさを感じさせるスーツを身にまとっていたが、クーラーから吐き出される冷風のおかげで熱さを訴える者は誰一人おらず、皆前を注視して“支局長”の言葉を待っていた。

 彼らの前には、十近く()()()()ほど低い背丈の少年と、彼より頭一つ分高い背丈の少女が立っている。

 

 背も齢も少年より下の者は誰一人いない。しかし、少年は臆する様子もなく部下たちに向かって口を開いた。

 

「皆さんはじめまして、あるいはお久しぶりです。当支局の支局長に任じられたクロノ・ハラオウンです。我々はこれからこの支局ビルを主な拠点としながら活動することになります。もちろん、それまでの間ずっとこの管理外世界だけに目を向け続けるわけではありません。本局と支局を行き来しながら、もしくは艦船勤務を挟みながら活動することになります。

 にもかかわらず、なぜ本局ではなく、管理外世界に支局を建ててそこを活動の拠点とするのか。疑問に思われる方は少なくないと思います。その答えは数ヶ月前に起きた『J・D事件』……その事件のきっかけとなった二種のロストロギアの片方、《闇の書》が関係しています。それはかつて第一級捜索指定ロストロギアとされていた、危険な魔導書です」

 

 闇の書や第一級のロストロギアと聞いてざわめきが起こる。第一級に指定されるほどのロストロギアの危険性、闇の書がこれまで引き起こした災厄、そのどちらも管理局にいる者ならほとんどが知っている。

 クロノは咳払いをして皆を黙らせ、しばらくして再び口を開いた。

 

「ご存知の方も多いようですね。闇の書は『転移再生機能』、『自動蒐集機能』をはじめとした危険なシステムを司っていた防衛プログラムの消滅によって無害化し、現所有者八神はやてのもとにあります。これが暴走する危険は極めて低く、暴走したとしても対処は可能です。

 ですが事件後に行われた調査の結果、本体とは別に、魔導書のプログラムが一部残存している可能性がある事が判明しました!」

 

 それを聞いて先ほどより大きなざわめきが起こる。エイミィが両手を振って止めようとし、クロノも声を上げるが、ざわめきが完全に収まるまで少なくない時間を要した。

 

「そのプログラムについてまだ断定はできませんが、事件中にプレシア・テスタロッサと御神健斗が見つけた謎の機能《システムU-D》が関係しているのではないかと推測しています。

 なぜ管理局がこの世界に支局を設置したのか。なぜ我々が本来の職務である次元空間の観測や巡回をする時間を減らしてまでここに腰を据えるのか……ここまで言えばもうお判りだと思います」

 

 問いかけるような言葉に答える者はいない。だが、それが肯定を意味していた。

 クロノは声を張り上げて告げる。

 

「『闇の書事件』を真に解決するため、この地球と呼ばれる世界をシステムU-Dの脅威から守るため、『東京臨時支局』は設立されました。みんなの力を僕に貸してほしい。協力してくれないか!」

 

 訴えるような言葉でクロノは締めくくる。それに対する反応はうなずきや心強い返事と、それらとともに皆の手から打ち鳴らされる盛大な拍手だった。

 ここにいる誰もが故郷から離れた世界に身を置き、魔法も管理局も知らない人々を守るために戦おうとしている。

 クロノとエイミィは誇らしい笑みを向けながら、彼らに業務の開始を告げる。

 

 

 

 かくして7月中旬。2年後に起こる“新たな事件”に向けて、『時空管理局・東京臨時支局』は活動を開始した。

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