夏休みに入ってから一週間後、ミッドチルダへの研修を目前にして、俺たちはそれぞれ家族や知り合いを連れて海鳴市から少し離れた海岸に来ていた。
近くには月村家が所有する別荘があり、そこで一泊する予定になっている。温泉の時と同じ、夏休みを利用しての合同家族旅行だ。今回はあの時よりもさらに二家族ほど増えた大所帯だが。
空から降り注ぐ日の光。白い砂浜。見渡す限りに広がる大海原。
それを前にして――
「海だ――!!」
目の前に広がる絶景を前に思わず叫ぶ俺に対して、後ろの三人は淡々とした様子で、
「まったく。支局を立ち上げたばかりだというのに、こんなところに連れ出して。休み明けに局員たちからなんて言われるか」
「まあまあ。危ない事件が起こる気配もないんだし、今のうちに休んでおくのも大切だと思うよ。僕も整理中の無限書庫が気になるけど」
「若いのにワーカーホリックじゃのう。お主らもあやつみたいに羽目を外してみたらどうじゃ。あんなふうにはしゃげるのは若いうちだけじゃぞ」
「…………」
ここまできてまだ職場を気にかける二人にヴィルはそんな言葉をかけ、そんな三人の後ろでザフィーラは沈黙したまま人間の姿で控えている。
ヴィルの言う通り、お前らももっと喜べよ。せっかく海に連れてきてやったんだぞ。それにもうすぐしたら――
「おまたせー!!」
弾むような声につられて後ろを振り返ると、水着に着替えた女の子たちの姿が目に飛び込んできた。
白い肌を晒しながらも、彼女たちは恥じる様子を見せず俺たちの方にまっすぐ向かって来る。
「お待たせ。やっぱり男の子は着替えるの早いね。ユーノ君も水着よく似合ってるよ」
「い…いや……なのはこそ……とても似合ってるよ」
「どうクロノ君? 私の水着。とりあえずトップのビキニとショートパンツの組み合わせにしてみたんだけど」
「べ、別に……水着くらいでどぎまぎするほど子供じゃない!」
水着姿の女子たちに免疫がない男子二人は目に見えておたおたする。
一方、青色のモノキニ*1を着た七瀬は半裸状態のザフィーラをまじまじと見て――
「うわぁ、ザフィーラさんすごい体。ちょっと触っていい?」
「うむ。別に構わんぞ」
当人の許しを得て七瀬はザフィーラの体をペタペタと触り、「はぁ」とか「固いなぁ」とつぶやきを漏らす。それに対してザフィーラはむずがゆそうにしながらもされるがままになっていた。
そんな中で……
「ほらフェイト、そんなところに隠れてないで! 一緒に行こっ!」
「で、でもこの格好、下着と変わらないし……」
「水着なんてそんなものだよ! クロノとお風呂に入った時と比べれば何か着てる分大したことないじゃん! いいから私たちも行こうよ!!」
聞き捨てならないことを口にしながら、アリシアはフェイトを引っ張り出そうとする。ちなみにフェイトが着ている水着は濃青色のビキニ、アリシアのはワンピース型の水着だ。どちらも二人に似合っていて可愛らしい。
ついそんな事を思っていると――
「――いてっ! なにすんだ!?」
突然背中に電気の球が当たったような痛みと痺れを感じ、そちらに向かって怒鳴りつける。すると――
「「視線がいやらしい!!」」
俺に人差し指を向けた状態のまま、プレシアさんとリニスはそんな言葉をぶつけてくる。
この二人も例外なくビキニを着ていて、プレシアさんは豊満な胸の谷間やその下のくびれを露わにし、リニスはそれに加えて隠しようもない猫耳と尻尾の組み合わせがアンバランスな魅力を引き出している。あの店の客が増えるわけだ。
だが二人の指からバチバチと火花が走るのが見えて、俺は慌てて彼女たちから視線をそらす。すると、ちょうどそこで彼女たちの姿が見えた。
「主、さすがにこの格好は――」
「大丈夫やて。知り合いしかおらへんし、男の子もみんな真面目な子ばかりやから」
黄色いワンピース水着を着たはやてに手を引かれながら現れた彼女を見て、俺は思わず目をぱちくりさせる。
リインが着ている水着は上下一体型の黒いプランジングだった。首元からへそあたりまで大きな割れ目が入っており、ホックの代わりに細い紐で水着を固定するようにできていて、正面からでも横からでも胸肌が見えて色々マズい。
早く着替えさせなければと思いながらも、もう少し見ていたいという気持ちも沸き、迷いながらもリインに視線を戻す。するとまた――
「――うおっ!? 今度は誰だ?」
リインの横辺りから火球が飛んできて、それを避けながら叫ぶ俺に、シグナムは手のひらを突き出し、ヴィータはグラーフアイゼンを肩に乗せながら一言――
「「目つきがやばい!!」」
……そこまで言いますか。あれを見たら男なら誰だって同じような目つきになるぞ。現にそこのむっつり二人――クロノとユーノ――も、ゆでだこのように赤くなりながら目をそらしてるし。
(計画通り! リインに近づくどころか顔も見れんようになったみたいやな。これで海にいる間は仲が進展することはないはずや)
(はやてちゃんが別のヤガミさんみたいな顔してる……主ながら恐ろしい子)
「じゃ――じゃあ、みんな揃ったみたいだし、そろそろ海に入るか。暑くてもう限界だ」
そう言って体をほぐそうと準備運動をしようとしたところで――
「あっ、その前に日焼け止めを塗らせてくれない。日差しが強いし、このままだと真っ黒になっちゃうから」
アリサがそう言うと、他の女の子たちも思い出したようにうなずく。俺たち男子も当然異存はなく。
「ああ。じゃあ俺たちは先に準備運動を済ませて海に入るか――」
「待って!」
男子たちに向かって言ったところですずかが声をかけてくる。怪訝に思いながらすずかの方に向き直ると、彼女は顔を赤くしながら……
「……あの、健斗君……日焼け止めを塗るの手伝ってくれないかな。背中にまで手が届かなくて……」
「えっ――!?」
「すずかちゃん!?」
突然の頼みに俺とはやては驚きの声を上げる。はやての反応を気にも留めず、すずかは恥ずかしそうに、しかし期待に満ちた眼差しを向けてきた。
すずかのまわりには大勢の女子たちがおり、その中には日焼け止めを持ちながら控えているノエルさんとファリンさんもいる。俺よりも彼女たちの誰かに頼んだ方がいいだろう。
そう思っている俺の耳元にすずかは口を寄せて、
「健斗君だったら、背中を塗ってる途中で変なところ触っちゃっても怒ったりしないよ♡」
その一言を聞いて思考が固まる。
俺は彼女のご先祖様に顔を向け――
《おいヴィル。夜の一族の“発情期”ってやつは今ぐらいの頃から訪れるものなのか? 自意識過剰じゃなければ、誘惑されてるようにしか思えないんだが》
《さあてのう。儂が知っておる限り、ほとんどの者は十代半ばを過ぎて発情期を迎えるはずじゃが、恋愛感情を抱いた場合早く訪れることもありうる。まあ多分違うと思うがな。発情期の衝動はお主が思っているほど甘いものではない。……ところでどうする? かわいいひ孫の肌を守るため、早く日焼け止めとやらを塗ってやってくれんかのう。いっひっひっ!》
このエロジジイ……。
思念越しの会話の末にそう毒づくと――
「あー、私もお願いしようかなー。ワンピースやから大丈夫やと思うけど、塗っといた方がええと思うしな……私もちょっとだけやったら、好きなところ触ってええよ♡」
「お、おいはやて! そいつにそんなことさせるくらいならあたしが――いや……なんでもねえ」
ヴィータが何か言おうとするも、はやてが彼女に顔を向けた途端言葉を止める。
リインは……
「~~!!」
ちらりとリインに顔を向けるが、彼女は顔を真っ赤にしてぶんぶん首を振る。それを残念に思うと同時に安心もした。あれだけ露出した彼女に触れようものなら、魔が差して背中以外に触れてしまうかもしれない。
暑い日差しの下で、なぜか俺は冷たい汗をかきながらどうするべきかを考えていた。
◇
一方、大人たちはパラソルや椅子の組み立てを終えて、日光浴を満喫していた。
リンディとレティも椅子に寝そべりながら、子供たちの方を眺めて。
「いいのリンディ? 向こうでいかがわしいやり取りが行われてるみたいだけど」
「私はこの世界ではあの子たちを取り締まれる立場にないから。美沙斗さんはいいんですか? このままだと健斗君、彼女たちに……」
「息子も分別ぐらいわきまえているでしょう。好きにさせておきます。もちろん万が一の時は徹底的に打ちのめして灸を据えますが」
そう言って、美沙斗もリンディたちの隣で椅子に横たわったまま組んだ手の上に頭を乗せる。そんなことで休暇の邪魔をされてたまるものかと言いたげに。
美沙斗に倣って、リンディとレティも子供たちを見守りつつ、自分たちの休日を優先することにした。
彼女らの隣でも何組かの男女がそばにおり……。
「はー、すずかもやるもんねー。ひょっとしたらそのうちほんとに落ちるかも。それはそうと、私も日焼け止め塗ろうかな。恭也、背中塗ってもらえる」
「ああ。それぐらいいいが……」
「あっ、それなら私も! 恭ちゃん、忍さんの次は私の背中塗って!」
「まさかユーノ君が人間の男の子だったなんてね。なのはに気があるように見えるけど、もしかしてなのはも……」
「ううむ……悪い子ではなさそうだが少し頼りないな。なのはを任せるには、もう少し骨のある男でないと……」
「春菜、やはり今からでもすずかと健斗君を引き離すべきではないだろうか。このままだと発情期を迎える頃には……」
「私は悪くないと思いますけど。勉学にも武術にも秀でて、すずかへの思いやりもある子ですし。会社なら忍と恭也さんに任せて、すずかは自由にさせてもいいと思いますが」
「わかってる。それはわかってるんだが……だがせめて大学を出るまではそういう事とは無縁な方がいいと思うんだ。無縁でいてほしい……」
「アリサったら、せっかく健斗君にアピールするチャンスなのに。頭はいいし気も回るけど、恋愛事に関してはまだまだ子供ね。デビッドもそう思わない?」
「ははっ、男親としては娘が取られずにすんでほっとしているところだが、アリサがはぶられているのを見ると正直面白くないな。子供たちの中ではアリサが一番かわいいはずなんだが」
それから、子供たちは海水浴、ビーチバレー、スイカ割りなどを楽しみ、途中から親たちも参加したり、美沙斗とシグナムが砂浜の上で剣を交えたり、久しぶりの海を満喫してから一同は宿へと戻っていった。
◇
「あ~、楽しかったけど疲れたーー!」
露天風呂に浸かりながら、お決まりの言葉とともに大きなため息をつく。そこへ――
「年寄りみたいなことを言うな。僕より年下のくせして」
そう言いながらクロノも湯船に浸かりながらふぅと息を漏らす。そんなクロノに俺も言い返す。
「仕方ないだろう、中身は20くらいなんだから。そういうお前だってお疲れみたいじゃないか」
「支局を立ち上げたばかりでずっと忙しかったからな。その点君はいいな、学校の授業は楽で、それ以外の時間も自由なんだから。その上かわいい女の子にモテているようだし」
「抜かせ。これでも結構苦労してるんだぞ。それにお前が人のことを言えるか。フェイトとアリシアと一緒に風呂に入ったことがあるらしいじゃねえか。このむっつりすけべ」
「し、仕方なかったんだよ! うちは人数が多いから何人かまとまって入らなくちゃいけないから。プレシアさんもまだこっちに来てなかったし。それに結構大変だったんだぞ。アリシアの背中を洗ってる最中に、腰に巻いたバスタオルを彼女に巻き取られたりして。そのせいで二人にあれを見られて……」
そこまで言ってクロノは恥ずかしそうに顔を伏せる。
なるほど。女家族の中で育ったあの二人は男と風呂に入るなんて初めてだろうからな。羞恥心より好奇心の方が勝ったらしい。積極的なアリシアならなおさら。その結果、クロノはあの二人に体の隅々を眺められるという事になってしまったわけだ。
クロノに同情し、互いに再び息をつく。
男湯には俺とクロノの他にも何人かいたが、士郎さんとザフィーラなど、それぞれ話し相手を見つけたらしく、周りには俺たち二人以外いなかった。
クロノはふと口を開く。
「……僕が口を挟むことじゃないと思うが、はやてとすずかのことはどうするつもりなんだ? いつまでもこのままというわけにはいかないと思うが。……まさか、まだ彼女たちの気持ちに気付いていないわけじゃないだろうな」
「…………」
んなわけないだろう。その手の事に鈍いとはいえ、あそこまできたら嫌でも気付く。はやてがリインを乗っ取ったり、今日みたいにすずかからあからさまなアプローチをされたらな。だが、彼女たちやみんなとこれまで通りにするには、気付いていないふりをするしかなかった。
「わかってるよ。リインのためにもあの二人のためにも、いつかはケリを付けなきゃいけないってことぐらい。でも今あいつらを振ったらまずいことになる気がする。はやてがまたリインを乗っ取るようなことをしでかしたらお前たちだって困るだろう」
「それは……まあそうだが」
あの時のことを思い出したのだろう、クロノは深刻そうな顔で返事をする。
「それ抜きにしても、あいつらはオッドアイなんて気にせず仲良くしてくれる友達だ。なんとか無事に解決して今までどおりの関係を続けたいと思っている。だから今はそっとしといてくれ」
そう言うとクロノはしばらく考えて、
「……わかった、そっちは君に任せる。だが、くれぐれも誠意のない事はするなよ。仕事柄、それでひどい目に遭った人間を男女問わず何人も見てきたからな」
そう言ってクロノは立ち上がり。
「それと、来週から陸士校での研修が始まる。初日から訓練ばかりになると思うから、明日はしっかり休んでおくように。以上だ。僕は先に上がらせてもらう」
その言葉を最後にクロノは湯船から上がって、みんなに声をかけながら浴室から出て行く。
俺は片手を上げながらクロノを見送り、今の話を思い返した。
はやてとすずかか。なんとかしてあの二人を諦めさせることができればいいんだが。
とにかく今はミッドチルダでの研修に備えないと。彼女たちやリインのことはそれを片付けてからだ。
他の男たちの談笑や女湯から響いてくる声を聞き流しつつ、俺は決意を固めた。
定番の水着回でした。絵心があれば全員集合した水着絵を描いたんですがAIだとリイン一人がやっとでした。
今回で間話は一旦終了し、次回から『ミッドチルダ留学編』が始まります。エルトリア編までの繋ぎとなる章ですので楽しみにしてください。