「はやて……お前、すずかたちと一緒にいたんじゃあ……?」
顔から血の気が引いていくのを感じながら問いかける俺に、はやては平然としながら、
「すずかちゃんなら車で迎えに来たノエルさんと一緒に帰ってったで。
「いや、これはだな……」
「おい、どういうことだよ?」
言い訳を探しているところへ後ろから声をかけられ、俺は再びそちらを向く。青い石を譲り渡そうとしていた少年は、眉を吊り上げながら俺を睨みつけていた。今のはやてとのやり取りで大体察したらしい。
一方、少女は状況が飲み込めずに俺とはやてを見比べている。
「えっと……あなたがはやてさん? 彼が拾ったこの石ってあなたのじゃあ……?」
「はっ? ――ちゃいますちゃいます! そんなもの今初めて見ましたわ!」
石を指さしながら問いかける少女に、はやてはぶんぶんと首を振る。
はやての話を聞くうちに少年の額に浮かぶ青筋はどんどん増えていき、彼は憤怒に顔を歪めながら口を開いた。
「……お前もしかして、その子のものだって嘘ついてこの石を僕から奪うつもりだったのか?」
「いや待て! 待ってくれ! 確かにそれははやてのものじゃない。ただこれには事情があって――?」
「――!?」
「この嘘つきめ! 汚い真似で彼女に渡すつもりだったこの石を……コノ石ヲ……」
俺を罵倒するうちに、少年の雰囲気がだんだんおかしくなっていく。
件の石は少年の怒りに呼応するように光り輝き、それと同時に少年は見る見るうちに変貌していった。
◇
「――!」
付近に突然現れた魔力反応を察知して、なのははベッドから飛び起きる。
そんな彼女に、傍らにいるユーノが声をかけた。
「なのは!」
「うん。ユーノ君も気付いた?」
「ああ! この距離、かなり近いよ!」
ユーノがそう言うやいなや、なのはは急いで部屋から飛び出す。
この反応を彼女とユーノはよく知っていた。
この現象を発生させている宝石《ジュエルシード》を探し集めるために、なのはは連日連夜街中を駆け回っていたのだから……そう、こんな真っ昼間にベッドに倒れ込むほど疲労を溜め込むくらいに。
なのはがすぐ近くにあったジュエルシードの反応を見落としたのもそのせいだと言っていい。しかも運が悪いことに、ユーノもその時はアリサやすずかにもみくちゃにされて、ジュエルシードの反応を察知できる状態ではなかった。
それを暴走前に察知できたのはただ一人……。
◇
「どうしたの? 一体何が――」
少年の異変に気付き彼に声をかけようとする少女に、少年
それを見てはやてはほとんど反射的に――
「あかん!」
はやてが少女に向かって飛び込むと、そこに黄土色の腕が伸びてくる。
しかし腕は二人に届かずに空を切り、はやてと少女は重なるように倒れ込んだ。
少年だった怪物は地面に倒れる二人を見下ろしながら一歩足を進める。はやても少女も気絶しているのかぐったりしたまま動かない。
このままだと――
『
とっさに詠唱を唱えた瞬間、三角の魔法陣が足元に展開し、辺り一帯に紫色の霧がかかって俺たちのすぐそばにいたはやてと少女の姿が搔き消える。
そして後に残されたのは紫がかった街と、その中で対峙している俺と完全に人の姿でなくなり、巨大化した黄土色の怪物だけだった。
◇
「――消えた!? さっきまでジュエルシードの反応があったのに」
家を飛び出し、ジュエルシードの反応を追って街中に出たなのははジュエルシードの反応がなくなったことに戸惑い、あたりを見回す。
そして彼も
「まさか……」
ユーノはつぶやきを漏らしてからなのはの肩から降りて、ある詠唱を唱えた。
『サーチ』
ユーノがそう唱えると彼の足元に円状の魔法陣が浮かび、なのはは期待を込めた目でユーノと魔法陣を見つめる。
だが、なのはの期待とは裏腹にしばらく経っても何も起こらない。
「駄目だ。ジュエルシードの反応が感じられない。何らかの結界に封印されているのは間違いないはずなのに」
そう言ってユーノが首を振るとなのはは肩を落として落胆する。だが今のユーノにはそれを意に介している余裕もなかった。
(僕の知っている結界とはまったく違うものが使われているというのか? 僕が知らない結界魔法なんてほとんどないはず……いや、まさか……)
◇
俺が張った結界によって切り取られた空間の中で俺と黄土色の怪物は対峙する。他には誰もいない。この紫の街の形をした結界の中にいるのは俺と怪物だけだ。
特定の人間を空間ごと隔絶する結界魔法。夜天の魔導書を通して覚えた魔法の一つだが、魔導師なら結界なんて簡単に破れるため、実際に使うのはケントだった時を含めてもこれが始めてだ。
さわやかなスポーツ少年とは似ても似つかない怪物は、ブシュルルというくぐもった声を上げながら俺のもとへと一歩足を近づけてくる。そしていきなり地を蹴って、俺に向かって一気に飛びかかってきた!
俺は後ろに跳躍して怪物の突進をかわしながら、人差し指に魔力を集め――
「フレースショット!」
俺がそう唱えた瞬間、指先に魔法陣が展開しそこから紺色の魔力弾が放たれる。
怪物は魔力弾を何発か受けてから、黄土色の腕を振るい魔力弾を払いのける。
怪物の体から煙が吹き出ていたものの怪物は傷一つ負っていない。
この程度で倒れるタマじゃないか。
健在な怪物を見て半分残念に思いながらも半分安堵もしていた。
怪物が負ったダメージが奴の中にいる少年に影響しないとは限らないからだ。
俺は確かに見た。怪物があの少女に向かって腕を伸ばす直前に、躊躇して動きが鈍っているところを。それがなければはやての助けも間に合わず、あの少女の体は怪物の腕によって裂かれていただろう。
彼の心はまだ死んでいない。生きたまま怪物に取り込まれている。なんとかしてあいつを助け出してやらないと。
「ブラッディダガー!」
詠唱を唱えると虚空から二本の赤い短剣が出現し、俺の手元に収まった。
俺は今度こそ救うべきものを救う。そのためにお前の技を借りるぞ!
俺は短剣に魔力を込め、それを怪物に向けて一気に振り下ろす。
「シュヴァルツ・ヴァイス!」
「ブシュルルルッ!」
その一撃に怪物は大きくよろめくものの、短剣も魔法の威力に耐えきれずボロボロと砕け落ちる。
それを見て怪物は俺に向けて大きな腕を伸ばしてきた。俺は首をひねり間一髪でそれを避ける。しかし一瞬遅れたのか、頬に攻撃がかすりそこから生温かい血が流れる感触がしてくる。
その感触に身が固くなるのを感じながら、がら空きになった怪物の胴体にもう一本の短剣を突き刺し、後ろへ跳躍する。
「ブシュルルル!」
その瞬間、短剣は爆発を起こし、怪物はうめき声を上げながらのたうち回る。
それにしても戦いにくいな。魔具も魔導鎧もない状態だと攻防共にこうも心許ないとは。せめてどっちかあるだけでもかなり違うんだが。
「ブシュルルル」
うめき声を上げながらその場をのたうち回っていくうちに、怪物の額にXの文字が浮かび上がる。それを見てある直感が俺の脳裏を走った。
あそこだ! あそこに強い一撃を加えればあの怪物は消滅し、少年は解放される。
前世からの経験からそう確信した俺は、怪物に向き直る。それに対して怪物の方もすぐに持ち直して俺の方を向いた。
俺は怪物の急所に一撃入れるべく、奴に向かって突貫した。
「はあああっ!」
「ブシュルル!」
怪物は俺に向かって腕を突き出す。さっきと同じ要領で奴の攻撃を見切ってかわそうとするが――
「――!」
突然怪物の腕が枝のように無数に分かれ、俺は思わず目を剥く。
この距離では普通によけようとしても間に合わない。だったら――
フライングムーヴ!
固有技能を発動させた瞬間、俺以外のものの動きが止まったように緩やかになる。
その間に俺は斜め前に移って無数に分裂している怪物の腕から逃れる。
そこ一旦技能を解くと俺以外のものは再び動き出す。もちろんあの怪物も含めて。
技能を解いてなおも俺は前進し、怪物と距離を縮めていく。
怪物の急所が届くまであの十歩。
「ブシュルルル!」
だがそこで怪物はもう一本の腕を振り上げる。腕の先はもう何十本にも分かれており、捕まったらがんじがらめにされて動けなくなるのは間違いないだろう。
俺はもう一度固有技能を発動しようと意識を集中する。
だがその時怪物の動きが鈍り、腕は俺に突き出されることなく宙ぶらりんのままになる。
まさかあいつか? あの少年が中からあの怪物を押さえたのか?
そんな考えを抱きながら俺は腕の横を素通りし、怪物に肉薄する。
俺は奴の前で立ち止まり右腕を後ろに下げながら、
「シュヴァルツェ・ヴィルクング」
そう唱えた瞬間、俺の腕は紺色の魔力光に覆われるとともに力がみなぎっていくのを感じる。
腕力と筋力を強化させ鉄をも砕く力をもたらす魔法、これもあいつから学んだ技だ。
俺は✕の文字が浮かぶ怪物の額に狙いを定めながら右腕を大きく振りかぶり、一気に打ち出した。
「あああああああっ!」
「ブシュルルルルル!」
魔力によって強化された俺の拳が怪物の額に命中した瞬間、怪物の額はひび割れ、中から菱形の青い石が飛び出てくる。
青い石は俺の手の中に収まりながら強い光を放ち、辺りは真っ白に包まれた。
◆
「うっ……んっ……」
辺りが夕暮れに包まれる中、道の端で気を失っていたはやてはようやく目を覚ます。彼女に対して俺は声をかけた。
「ようはやて。目は覚めたか」
「健斗君? ……あれ? 私何でこんなとこで寝とるんや?」
はやては頭を押さえながらそんなことを聞いてくる。そんな彼女に、
「それはこっちの台詞だ。お前、あの二人と一緒に道端でいきなり気を失ったりしたから心配したぞ」
「あの二人……?」
そう言いながらはやては首を巡らせ、やがて少し離れた場所で横になっている二人を見つける。そして仲良く並んで寝そべっている二人のうち少年の方を眺めて、
(さっき、あの子が化け物になったような気がしたんやけど。でも健斗君はああ言ってるし、あの子は彼女と一緒に寝とるし……夢でも見たんかな?)
ぼんやりしながらはやては首をかしげる。その時。
「はやてちゃん! 健斗君!」
不意にかかってくる声に俺とはやてがそちらの方に顔を向ける。
見るとなのはがユーノというフェレットを肩に乗せながら、こちらに走ってきていた。
「なのはちゃん!?」
息を切らせてこちらにかけてくるなのはを見てはやては思わず声を上げる。なのはは俺たちの前で立ち止まって荒く息をつきながら、
「はぁ、はぁ……二人とも大丈夫? 何もなかった?」
「……いや、俺たちの方は何もなかった。日差しが強すぎたせいか、はやてとそこの二人がしばらく気を失ってたぐらいだ。そうだよなはやて?」
「う、うん、そうみたいや。でもこの通りもう何ともないで! そこのお二人さんもすぐに目が覚めるやろ」
「そうか。何も起きなかったんだ」
俺たちの返事に釈然としない様子を見せながらも、力こぶを作るはやてを見てなのはは安堵の吐息をつく。そして彼女は再び口を開き、俺たちにあることを尋ねてきた。
「……ところではやてちゃん、健斗君、宝石みたいにきれいな青い石を見なかった? この近くにあったと思うんだけど……」
その問いを聞いて俺はポケットに手を突っ込み、その中にあの石があることを確かめ、そしてなのはに素知らぬ顔で言った。
「……いや、そんな石見てないな」
「そうか……」
俺の答えになのははがっかりしたように肩を落とす。そんな彼女の横ではやてはこくりと首をかしげていた。
(青い石? そういえばそんな石を巡って健斗君とキーパーの子が喧嘩しとったような……もしかしてあの石、健斗君が? ええんかな、きれいやけどなんか不吉な石やったし)
◇
《ユーノ君、ごめん。ジュエルシード見失っちゃったみたい。反応が消える前は確かにこのあたりにあったはずなんだけど……》
《いいよなのは。見失ったものは仕方ないさ。それにもしかしたらあのジュエルシードは……》
《ユーノ君?》
《いや、何でもない。とにかくなのはは気にせずゆっくり休むといい。ジュエルシードを探しているうちにあの種もひょっこりどこかで見つかるさ》
怪訝そうに呼びかけてくるなのはにユーノは首を横に振ってそう言った。それになのはもうなずきながら、
《……うん、そうだね。明日もまた頑張ろう》
ジュエルシードを手に入れられなかったためか、いつもより元気が足りない声でそう言うなのはにうなずきを返す一方でユーノは考えを巡らせていた。
(ジュエルシードは暴走すれば恐ろしい代物だけど、それでも《ロストロギア》の中では比較的制御が容易な方だ。魔導師のもとにある限りは大丈夫だろう……もっとも、いつかは返してもらわないといけないけど)
◇
はやてに続いてカップル二人も目を覚まし、その二人に対して健斗が何やら言っている。
そんな彼らを遥か高くから見つめる者が何人かいた。
そのうち一人は、薄茶色の短い髪の上に白い帽子をかぶった女だった。胸元が開いた黒いインナーの上に白いコートを着ている。
(ジュエルシード……マスターから聞いた通り、恐ろしい力を秘めているみたいですね。その暴走をたった一人で止めるとは。あの少年、ただものではないようですね。私たちのように別の世界からこの世界にやってきたのでしょうか? それに彼の隣にいる女の子は例の……いずれにしろ、近いうちにあの子たちからジュエルシードと“あの魔導書”を譲ってもらう必要がありそうですね。間違ってもあんな子供に危害を加えるような真似はしたくはないのですが)
健斗やはやてを見て決意を固める女。さらにその別の方には……
◇
女から離れた場所で眼下を見下ろす者がもう一人いる。
青い短髪で白い生地に青いラインがいくつも入ったトップスと青と白が混じったズボンを着ており、白い仮面をかぶっているため顔は見えないが、体格などから男だと思われる。
女同様、彼もまた健斗とはやてを見下ろしながら考えを巡らせていた。
(御神健斗……八神はやてと合わせて彼のこともずっと監視していたが、やはりただの子供ではなかったようだな。彼も《闇の書》が生み出した守護騎士か? 守護騎士の中にあんな少年がいたという記録はないが……事と次第によっては、彼もあの魔導書や主ともども永い眠りについてもらうことになるかもしれないな)
ジュエルシードと闇の書、二つのロストロギアを巡る戦いは健斗たちの知らないところですでに幕を開けていた。