半日間の停学から週明けの早朝。
俺たち短期プログラム組はファーン教官に呼び出されて、模擬戦用の小グラウンドに来ていた。
「おはようございます、ファーン教官!」
「「おはようございます!!」」
俺に続いてなのはとフェイトも元気よく挨拶をする。
ファーン教官は微笑みを向けながら……
「おはよう三人とも。先週まで他の生徒と一緒に陸士用の基礎訓練をしてもらったけれど、どうだったかしら? 飛行魔法が使えるあなたたちにとっては意味のない訓練だったかもしれないけど」
「いえ……」
「とても有意義な訓練でした」
「地上で動いたり、なんらかの理由で飛行魔法が使えない時などに役立つと思います」
教官の問いに、なのは、フェイト、俺の順に答える。それを聞いて教官は満足そうに笑みを深めた。
「そう思ってくれたなら何よりだわ。じゃあ三人ともバリアジャケットを装着してちょうだい。これから実戦訓練に入ります」
戦闘準備の指示に俺たちは返事とうなずきを返し、おのおのデバイスを掲げた。
「ティルフィング――
『Ja!』
「レイジングハート――セートアップ!」
『Standby ready!』
「バルディッシュ――セットアップ!」
『Set up!』
デバイスの返事とともに俺たちはバリアジャケットの装着とデバイスの展開を終える。
それに対し、教官も懐から取り出したカードを杖型のデバイスに変えてから告げた。
「結構。じゃあまずはなのはさんとフェイトさんから。健斗君は少し待っててもらえる。さすがに三人相手はきついわ」
「……はい」
教官の指示通り、なのはとフェイトはその場に留まり、俺はグラウンドの隅まで遠ざかる。
「では始めましょう。私の魔導師ランクはあなたたちより低いAAだけど、
教官の言葉になのはたちは「えっ?」と困惑する。一方ファーン教官は自分より高ランクの魔導師相手に獰猛な目を向けた。
それから間もなく、俺たちは彼女の実力を知ることになる。別名《高ランクキラー》と呼ばれるファーン・コラード教官の力を。
◇
一方その頃、翠屋の厨房にて。
「――! フェイトの身に危険が迫っている気が!」
遠い世界にいる愛娘の危機を察知しプレシアは思わずひとりごち、虚空の方に目をやる。すると……。
「プレシアさ~ん。お客様をお待たせしている時に、なに手を止めているのかしら~?」
その声にプレシアはびくりとして後ろを振り返る。そこにはお約束通り、笑顔のまま頬をひくつかせている
「あの人、またなのはのママさんに怒られてるよ。毎度毎度よくやるねぇ」
何度も謝るプレシアと彼女を怒りながら料理を運ぶように指示する桃子の声を聞きながら、アルフは両手を頭の後ろに組み、呆れるようにつぶやく。
それに対して、リンディは出されたコーヒーに砂糖とミルクを入れながら言った。
「そう言う割に嬉しそうね。プレシアさんがフェイトさんの心配するところを見られて、まんざらでもないかしら」
「そ、そんなんじゃないよ! あたしはプレシアが怒られてる所を見ていい気味だと思っただけで――」
姿勢を戻しながらそう言い訳するアルフに、リンディは「はいはい」と言いながら苦笑を隠すようにコーヒーを飲む。
口調とは裏腹に、アルフのプレシアに対する態度が軟化しているのは明らかだった。ついこの間までは“鬼ババ”と呼んでいたのが、最近は“プレシア”と名前呼びになっているのがその証拠である。
アルフは誤魔化すように話題を変えた。
「ところでフェイトたちがミッドチルダの訓練校ってところに行ってから一週間になるけど、どうしてるかな? リンディさんは何か聞いてない?」
その問いに、リンディはやや苦みが残るコーヒーから口を離しながら答える。
「そうね。そろそろ地上での動き方も身につく頃でしょうし、今頃はファーンさん――あの子たちの担当教官と模擬戦でもしてるんじゃないかしら」
「知り合いなんだっけ。新人だった頃のリンディさんとレティさんを教えてたっていう……」
キンキンに冷えた麦茶を一気に飲みながら言うアルフに、リンディはうなずき。
「ええ。かつて本局で《戦技教導官》を務めていた方で、私とレティ、クライドの教育を担当していた先生にあたる人でもあるわ。だいぶ前に本人の希望で陸士校の教官になったけど」
「へえ。ってことはやっぱりめちゃくちゃ強いの? 健斗より上のSSぐらい?」
アルフの物言いにリンディは思わず噴き出し、くくくとこらえるような笑い声を漏らす。それから少しして、首をかしげるアルフにリンディは首を横に振りながら言った。
「いいえ。あの人の魔導師ランクはフェイトさんたちより下よ。確かAAのままじゃなかったかしら」
「はあっ!? AA? フェイトとなのはだってAAAは持ってるよ! そんなんで指導なんてできんの?」
予想通り不満そうな声を上げるアルフに、リンディは苦笑と懐かしさの混じった笑みを浮かべながら言った。
「アルフさんの言う通り、ファーンさんの魔力量はあの子たちより遠く及ばないわ。戦いに役立つ
「えっ――それって一体……?」
まさかの事実に思わず口ごもるアルフにリンディはふふと笑い声を漏らす。そしてリンディはコーヒーを飲み干してから言った。
「私たちの他にも、ランクが上にも関わらずあの人に倒された生徒や隊員は多くてね。だからファーン先生には当時からある異名が付けられているわ。――《高ランクキラー》ってね」
「高ランクキラー……」
リンディが言った言葉を口にしながらアルフは顔をこわばらせる。
その頃、今まさにミッドチルダでは……
◇
「はあああっ!」
速度を重視したソニックフォームに衣を変えたフェイトが目にも止まらぬ速さでファーン教官の後ろを取り、
「ふっ――はぁ!」
「うぁ!」
教官は少し身をよじらせただけでバルディッシュをかわし、手にしていた杖をフェイトに叩きつける。
そこへ二本の紐状のバインドが伸びてくる。だが教官はバインドが出現する一瞬の間に杖を振るい、バインドを切り裂いた。
バインドを仕掛けたなのはは目を見張りながらもレイジングハートを構えるが、教官の杖から魔力弾が放たれ、回避するべく真横へ跳ぶ。
それを読んだように彼女の進行方向には教官の姿が――。
なのはは慌ててバリアを張ろうとするものの。
「遅い――はああっ!!」
バリアは間に合わず、なのはは思い切り頭を殴りつけられそのまま地面に落ちる。
――強い。あの二人を相手にしながら、かすりもせず圧倒するとは……あれでAAランクだと?
俺やなのはたちがおののく中、ファーン教官は倒れているなのはたちを見下ろしたまま告げる。
「確かにリンディが言った通り、二人とも大した強さね。その年で
その宣告になのはとフェイトは悔しそうに顔を歪め、再戦を挑もうと腰を浮かせる。だが――
「駄目よ。気持ちはわからなくもないけど、何度もあなたたちの相手をする暇はないわ。彼の力量も見ないといけないしね」
そう言ってファーン教官は杖を構え直しながら俺に視線を向けた。俺も気を改めてティルフィングを握りながら前に出る。すると――
「待って! それならせめて、私とフェイトちゃんのどっちかが健斗君と一緒に――」
なのはは立ち上がりながらそう言い、フェイトも無言で進み出る。しかし――
「いい! お前たちは下がって休んでいろ。今度は俺が教官と戦う番だ!」
そう言うとなのははなおも食い下がろうとするも、フェイトに止められて仕方なく隅へ下がる。
そして彼女たちと入れ替わる形で、今度は俺とファーン教官が対峙した。
「いいの? また二対一で構わないけれど」
「いえ、俺一人でやります! 相手が強いからと言って数に頼るのは違うと思いますし、サシで戦うからこそ見えてくるものがあると思います。だからファーン教官、一対一で俺と戦ってくれませんか!」
俺の言葉に教官はふむと思案する。そして……。
「いいでしょう――ではかかってきなさい。教官として生徒相手にそう簡単に遅れは取らないわよ!」
教官の言葉を合図代わりに、俺はティルフィングを振り上げて彼女に斬りかかる。
しかし教官は剣の軌道の正反対に逃れ、俺に杖を振り下ろす。それを剣で受け止めると、教官は鍔迫り合いを続けることなくすぐさま後ろに退いて距離を取る。
教官はそのまま魔法陣を展開した杖の先端を俺に向けた。
「スティンガーレイ!」
次の瞬間、数発の弾丸が俺に向かって放たれる。俺は右に跳んで弾を避けるが、地面を踏んだ瞬間、その中から鎖型のバインドが伸びて俺の手足を縛り上げる。昨日のようにバインドブレイクでほどこうとするものの、そこへ教官は杖に魔力を込めて――
「ブレイズキャノン!」
「ぐあああっ!」
フォトンバレットより大きな弾丸を食らってバインドは砕け、俺は後ろに弾き飛ばされる。だがそれほどダメージはなく、瞬時に体勢を整え、そのまま教官のもとへ飛び込んだ。
「シュヴァルツ・ヴァイス!」
魔力を込めた刃を教官に振り下ろす。それに対して教官はバリアを張らず、杖を振り上げてこちらの一撃を受け止める。だが――
『
教官の杖が言葉を発した瞬間、目が回るような感覚を覚え、思わず剣を握る手の力が弱めてしまう。それを狙って――
「はああっ!」
教官は俺の頭を思い切り殴りつけてから、大きく後ろに後退し距離を取る。俺は頭をさすりながら教官を睨みつけた。
一撃一撃は大して重くない。使ってくる魔法も低級か中級ばかりで普通に相対していれば回避も防御も難しくはない。少なくとも力や技の質は俺の方が上だ。
だが教官は互いの力量を完全に理解した上で攻撃を受け流し、逆にこちらの防御をかいくぐって確実にダメージを与えてくる。
魔法の使い方を熟知した上での応用と、長年の経験による判断力。やはりそれがファーン教官の強みか。
「剣の腕に自信があるようね。でもそれが災いしているのか、必要以上に踏み込み過ぎる傾向があるわ。遠距離戦は不得手にしても、引くことも覚えないとこの先大きな怪我をすることになるわよ」
「肝に銘じておきます――では行きます!」
忠告とそれに対する返事を交わしながら、俺たちは互いに得物を構え直す。
さっきまでの戦いで、あっちは俺が射撃魔法の類をまったく使えないと思っているはずだ。なら今度は……。
俺は剣の切っ先を教官に向ける。また斬りかかって来るのかと思ったのか、教官も杖を構え射撃の体勢を取る。
そのためか、ティルフィングの剣先にベルカ式の魔法陣が展開された瞬間、教官はわずかに目を見張る。
そんな彼女に向けて俺はそれを唱えた。
「フレースショット!」
剣先から紺色の光弾が放たれる。それに対して――
「フォトンバースト」
ほぼ同時に教官も杖から光線を発射する。光線はこちらが発射した光弾を飲み込み、まっすぐ俺のところに進む。俺は一瞬目線を右にむけ、光線が届くギリギリのところで
教官は俺が動いたのと同時に杖を真横に構えながら足を踏み出す。だがそこに俺の姿はなく彼女はすぐに動きを止める。
――かかった!
俺はすぐに身をひるがえし、教官の元へまっすぐ向かう。
その最中、まわりに輪状のバインドが現れる。
俺はカートリッジを一発ロードしながら剣を構え――
「シュヴァルツ・シュターム!」
真横に振るった剣から魔力による衝撃波が放たれて、バインドを斬り裂いていき、教官のところまで飛翔する。
「はあっ!」
教官は自身のまわりに円状のバリアを張ることで衝撃波を受け流す。その間隙を縫って俺は剣を振りかぶりながら疾駆した。
「はああああっ!」
一太刀入れるとバリアはあっさり砕け、ファーン教官は急いで構えを取る。
俺は振り下ろした剣の勢いを殺さずそのまま振り上げる。教官も勢いよく杖を振り下ろしてきた。
「ああああああっ!!」
「おおおおおおっ!!」
俺の剣と教官の杖が衝突し激しい金属音があたりにこだまする。それと同時に三半規管を直接揺らされるような感覚が俺を襲った。ブレイクインパルスという魔法によるものだろう。そのせいで剣を握る手の力は弱まってしまう。それが今の拮抗状態を作り出していた。
だがそれも少しの間。鍔迫り合いを続けていくうちに相手の力が弱まるのを感じた。今だ――!
「はああああっ!」
渾身の力を込めて教官の杖を弾き、そのまま彼女に向けて剣を振り下ろそうとする。
だが、俺の腕はそれ以上動くことはなかった。
「――っ!」
まさかと思い俺は自分の手首を見る。そこには太い紐状のバインドが何重にもわたって巻き付いていた。
それに気付いた直後に、首元に冷たいものが当てられる。それは教官が手にしていた杖状のデバイスだった。
「勝負あったわね。どうする? このまま一撃撃ち込んだ方がいいかしら?」
「……参りました」
降伏勧告に従い、俺は素直に降参を口にする。すると教官は杖を引っ込めて俺の手首に巻き付いたバインドを解除した。その拍子に俺は地面に尻餅をついてしまった。
「健斗君!」
「大丈夫!?」
なのはとフェイトはそう尋ねながら俺を抱き起こそうとする。俺は「大丈夫」とだけ答えて自力で起き上がる。
そんな俺たちをほほえましそうに、あるいはいたわるようにファーン教官は笑みを向ける。そして彼女は俺たちを見下ろしたまま口を開いた。
「見事だったわ健斗君。正直何度か危ないところもあった。でも残念ながら、君も私を倒すことはできなかったわね」
「はい……」
俺は力なく首を縦に振る。どんなに善戦しようが、相手を追いつめようが、負けてしまった事に変わりはない。あれが実戦だったら、容赦なくとどめを食らっていただろう。
思わず手を握りしめる俺を見て、教官は苦笑しながら。
「そう卑屈になることはないわ。あなたは十分強い。なのはさんもフェイトさんもね。私なんかじゃ魔力も力もあなたたちには到底及ばないし、扱える魔法もずっと少ない。いまだにAA止まりだし、そんなに才能がないのよ。……でも、そんな弱い私にSランクやAAAランクのあなたたちは負けた。なぜだと思う?」
「……」
「「……」」
教官の問いに俺はあえて何も答えず、なのはとフェイトは顔を見合わせたりしてから首を横に振る。そんな俺たちに教官はうなずいて言った。
「そう。じゃあここで問題を出すとしましょう……『自分より強い相手に勝つためには、自分の方が相手より強くないといけない』――この言葉の矛盾と意味はなにか。それがわかれば私に負けた理由もわかるはずよ」
「「……?」」
ファーン教官が出した問題に、なのはたちは何を言っているのかわからないというように首をかしげる。
しかし、前世や現代で自分と互角以上の敵と戦い、時には打ち負かされてきた俺には、教官が言ってる言葉の意味がわかる気がした。現に彼女は、さっきの戦いで力に勝る俺たち相手に知恵と経験を生かして勝利をもぎ取ってみせた。
だからおそらくこの問題の答えは……。
「ああ。言っておくけど、先にわかったからって無断で教えるのはなしよ。最終日くらいにまた機会を設けるから、それまでに各々自分なりの答えを見つけてきてちょうだい」
答えを頭に浮かべたところで、教官は明らかに俺に向かって釘を刺してくる。それに対して俺は苦笑しながらうなずいた。
「じゃあ今日はここまでにしましょう。まだ時間が余ってるけど、午前中は好きにしていいわ。体を休めながらさっきの問題の答えを考えなさい。ただし、自由だからといって学校の外に出たりしないように」
講義の終了を告げる教官に、俺たちはいつも通りの礼を言って片付けに入り、午後の座学まで自由に過ごすことになった。
ファーン教官の出した問題の答えに俺たちが辿り着いたかどうかは、彼女の言った通り短期プログラムの最終日で試されることになる。