健斗たちがミッドチルダの陸士校で訓練を受けている一方、はやても地球と本局を往復しながら、ロストロギア関連の事件を扱う《特別捜査官》になるための研修を受けていた。
その合間に、はやてはレティやマリエルをはじめとする職員が進めている“ある計画”にも協力をしており……。
上着をはだけた状態でベッドに横たわるはやての胸に、マリエルはライトのような器具を近づけ、はやての胸の上をなぞるように照らす。
それを終えてマリエルは言った。
「はい、終わり! はやてちゃん、お疲れ様ー! もう起きていいよ!」
「いえ、マリエルさんこそお疲れ様ですー」
マリエルに応えながら、はやては上半身を起こしながら衣服を整える。本局にいる間に着慣れた青い制服を。
そこへ、同席していた二人の女性がはやてのそばに寄って声をかけてくる。
「お疲れ様です、我が主。お体の方は何ともありませんか?」
「なんともあらへんよ。ちょっとした検査みたいなもんや」
心配そうに尋ねるリインに答えると、彼女の隣にいるレティが口を開く。
「お疲れはやて。ごめんね、研修中ににこんなことに付き合わせて」
「いえいえ。協力といっても寝てるだけですし働いてるみんなに申し訳ないくらいです。それに私たち《八神一家》が100%力を発揮するためですし、これぐらいなんでもありません」
はやてはそう言って両腕を上げる仕草をする。
そこでレティはマリエルに顔を向けた。
「どうかしら? 今記録したはやてのリンカーコアと魔力のデータで造れそう?」
その問いにマリエルは曖昧な表情をしながら、
「今は何とも言えませんね。管理局でも、人型のデバイスが開発された例なんて今までにありませんし。ましてや先史ベルカでも数体しか造られなかった《融合騎》となると、本当にそんなものを今の技術で造れるのかというのが正直なところです。できたとしても《融合事故》が起きる可能性がありますので……」
「そうね。でもこれから私たちが作るのは、先史ベルカよりはるか後の時代に考案された《小型ユニゾンデバイス》。小型化によって融合事故が起きる可能性を極力減らし、そのうえ主以外の人とも
マリエルとリンディの話にはやてはただ呆然と聞き入る事しかできない。融合騎だのユニゾンデバイスだの言われても何が何やらさっぱりだ。とりあえず自分の新しい相棒はリインと違って小さくなりそうなのはわかったが。
そんな彼女にマリエルは尋ねてきた。
「はやてちゃん。新しいユニゾンデバイスはどんな子がいい? 性別も外見もある程度こっちで決められるみたいだけど」
その問いにはやてはあごに指を当てながら、
「うーん、そうですねー。ヴィータは自分より年下の女の子がいいって言ってましたし、それにその子にもリインフォースって名前をつけるつもりですから、リインを幼くした感じの女の子をお願いできます?」
「あ、主! 名前だけならまだしも、姿まで私に似せる必要は――」
はやての注文を聞いてリインフォースはたまらず声を上げるが、マリエルは気にする様子もなくモニターにはやての注文を打ち込む。
それからふとマリエルは思いついたように言った。
「でも、はやてちゃんの家族って女の子ばかりだし、男の子でもいいんじゃない。健斗君そっくりの弟とか欲しいでしょう?」
「えっ――い、いいですいいです! 家族の中で男の子一人やと肩身狭いでしょうし、シャマルとかが甘やかしてしまいそうですから!」
その提案にはやては一瞬迷いながらも両手を振りながら否定し――ザフィーラは八神家ではペットの位置づけで、男には数えられていないようだ――、リインも主に同意するように首を縦に振る。
そんな彼女たちを見てレティはあごに手を乗せた。
(こうしていると姉妹のように仲がいいし、揉め事もないみたいなんだけどね……)
新型ユニゾンデバイスの開発。
それを試みるようになったきっかけは、はやてとリインフォースの融合の融合がうまくいかなくなったことが原因だった。
融合そのものは
八神はやては夜天の書に主として選ばれたはずの人間だ。そのはやてが書の管制人格と融合できなくなるなど普通では考えられない。何かあったと考えるべきだ。もっとも、レティにはその理由の見当がついているが。
とにかく、今のような状態ではやてとリインフォースを組ませて実戦に投入するのは危険だ。万が一のことが起こらないように別の方法を考える必要があるだろう。
それに、もし仮にその問題を解決できたとしても、部隊ごとに定められた『所属魔導師の保有制限』の問題もある。
管理局の部隊は“海”も“陸”も問わず、保有できる戦力が決まっており、主に各員の魔導師ランクの総計で制限が設けられている。優秀な魔導師をなるべく多くの部隊に割り当てるための決まりだが、連携や資質を考慮せず、ランク内に抑えるように配置されるため問題が起こることもある。
はやてと守護騎士四人については彼らの特性を理由に、半ば強引に自身の直轄に置いているが、さすがにリインフォースまでとなると他の幹部らが黙っていないだろう。
それを回避する裏技もあるにはあるが、レティはあまり使いたいとは思わない。
そこで白羽が立ったのが、過去の夜天の書の主の生まれ変わりであり、彼女らの不和の原因でもある御神健斗だった。
一ヶ月前に行った融合テストの結果、健斗とリインフォースの融合は問題なく成功し、補助や相互リンクもうまく出来ている。その後のテストでも融合に失敗したことはない。彼なら十分リインフォースの力を活かすことができるだろう。
とはいえ、夜天の主であるはやての力を十全に発揮するためには、やはり融合騎が不可欠だ。
そこでレティたちが考えたのが、はやてと適合する新しいユニゾンデバイスを造ることだった。その作成に必要な資料も、すでにユーノが無限書庫から見つけ出してくれた。なんでも昔のミッドチルダで融合騎を再現しようとした研究者が残したものらしい。
そして、はやてとヴォルケンリッター、リインフォースと相談したうえで上層部に掛け合った結果、はやて専用の小型ユニゾンデバイスを作成することが認められた。
先ほどまで行っていたのは、ユニゾンデバイス作成に必要な、はやてのリンカーコアの型取りである。
後はそれを基にしてユニゾンデバイスを造るだけなのだが……。
◆
数時間後、リンカーコアのコピーと検査、その後の研修も終え、はやてはリインとともに本局内に割り当てられた自分たちの部屋に戻っていた。他の皆はまだ仕事を終えていないようでまだ帰ってきていない。
「主、お疲れ様です。お召し物をお預かりします」
「ありがとリイン。それかけたらリインもゆっくりしててええよ」
リインに上着を渡しながらはやては椅子に腰かける。そしてふと思う。
――これって夫婦みたいやな。健斗君ちっとも鞍替えしてくる気配もないし、もういっそリインを落としてしまおうか。そしたら今以上にあの胸を好きにできるし――。
「お待たせしました我が主……あの、私の顔に何か?」
「い――いやいや! なにもあらへんよ! ちょっとぼうっとしてただけや!」
はやての言い訳にリインは「はあ」と言いながらも、椅子を引いて少し距離を空ける。彼女のよこしまな視線に気付かないほどウブではない。
「それにしても、なんで融合うまくいかへんのやろうな。最初はともかく、今は仲良うやってると思うんやけどな。お互いもう知らない所もないくらいなのに」
「――ブッ! ゴホッゴホッ! いきなり何を!?」
茶を飲んでいたところへ思わぬ一言をぶつけられリインは思わずむせる。それに対してはやては恥ずかしそうに両手の人差し指をくっつけて。
「何って、一緒にお風呂に入ったり一緒のベッドに入った時にお互い激しく求めあったやんか……忘れてしもたん?」
「ち、違います! 主が一方的に触って来て、私からは何もしてません! ……それに胸以外のところは触らせてませんし……」
主の妄言にリインは顔を赤くしながら反論する。はやては「そういえばそうやったな」と笑い、お茶を一口飲んだ。
「ま、冗談はここまでにしておいて、原因はやっぱりあれやろうな。私ら二人揃って同じ男の子を好きになったのが……」
神妙な顔でつぶやくはやてに対して、リインはしばらく考えながら、
「……しかし主、その割にすずかさんとは仲良くしていますよね。彼女も健斗の事を好いているようですが。その事で喧嘩などしてしまったりは……」
不安そうに尋ねるリインにはやては首を横に振った。
「私もそこは心配やったんやけど、不思議なことにそんなことが起こる気配がまったくないんよ。多分私らの他に最大のライバルがいるから、お互い同情っちゅうか共感してるからかもしれん」
「最大のライバルですか……それってやっぱり私ですよね?」
リインの問いに、はやては他に誰がおると言うようにうなずいて。
「そうや。前世の頃から想い合って、それこそあんなことやこんなこともしたらしいけど、私もすずかちゃんも振られたわけやない。まだまだチャンスはあるはずや。リインには悪いけど私は健斗君を諦める気はないで!!」
そう言ってはやては不敵な笑みを浮かべながら宣戦布告する。
リインはため息をついて、
「健斗も相変わらず罪な人ですね。主やすずかさんの気持ちに気付いていないわけではないでしょうに……」
「そうかもしれんな。早く私たちを振ってしまえば、私もすずかちゃんも健斗君を諦めるかもしれんし、リインを安心させられるやろう。でも今の健斗君にはそれができない。そこは彼の悪いところでもあるけど、いいところでもあると思うんよ」
「……? どういう意味でしょう?」
はやての言ってることがわからずリインは首をかしげる。彼女に対して、はやては物わかりの悪い生徒に対するように言った。
「あんな、もしリインが健斗君以外の知ってる男の子から好きですって告白されたらどうする? もちろんリインが健斗君を好きなままの状態でや」
「それは……もちろん丁重にお断りしますが」
リインの答えに、はやては「そうやろな」と言いながらうなずいて。
「じゃあその子がリインに振られた後、物陰とかでこっそり泣いてる所を見たらどう感じる? 自分のせいかなって思ったりしない?」
はやてが言った場面を想像したのか、リインは苦しそうに胸を押さえて、
「……確かに、責任を感じてしまうとは思います。私の一言でその人を悲しませてしまったんですから――あっ!」
そこまで言って、リインははやての言いたいことに気付き声を上げる。そこではやては甲高い声で「それや!」と言った。
「健斗君に振られたら、私もすずかちゃんも仕方ないですませられんと思う。私なんか人目もはばからずわんわん泣いてしまうかもしれん。それがわかってるんやろうな。だから健斗君は私やすずかちゃんの想いを突っぱねることができん。優しい通りこして甘いからな、彼は」
「…………」
そう言われるとリインもわかる気がした。
前世でケントは自分に好意を持ちながらも、帝国の貴族令嬢であるエリザから告白され、彼女を本妻にする算段まで立てていたのだ。さらに“もしもの世界”ではエリザや自分に加えて、ひょんなことからケントを好きになってしまったクラリフィエをも妻にしている。
身分や世継ぎの問題もあったし、誘惑に負けた部分もあるだろうが、“夢”のようになってしまった最大の原因は彼自身の甘さだと思う。クラリフィエに関しては特に。
とはいえ、ケントが自分以外の女性を無下にあしらったり冷たく拒絶するようになっても、それはそれで嫌だ。自分が好きな彼はそんな人間ではない。
しばらく黙りこくった末に、リインは苦笑しながら零した。
「……なるほど、確かに優しいところや甘いところがなくなった彼は彼ではありませんね。ですがやはり、複雑な気持ちは抱かずにはいられません」
それにつられたようにはやてもあっけらかんと笑って。
「そらしゃあない。私もリインも恋する女の子やもん。なんならいっそ、私たち二人とも健斗君のお嫁さんにしてもらう? 私ら気は合うみたいやし案外うまくいくかもしれんよ」
「それは――ちょっと主! またどこを触って――」
言いながら胸に手を伸ばしてくるはやてに、リインはどことなく甘い声で抗議の声を上げる。
そんな時だった。
「ただいま戻りました主はや――!」
「おーす、やっと仕事終わらせて…………」
真横に扉が開き、シグナムとヴィータははやてたちに声をかけようとしたところで言葉を詰まらせ、シャマルは「まあ!」と言いながら口を押さえ、ザフィーラは狼の姿のまま無言で立ち尽くす。
シグナムは先頭に立ってしばらくの間唖然としながらも、やがて咳払いをして。
「失礼しました。私たちは先に戻りますので、主たちは気にせずごゆるりと」
そう言ってシグナムたちは後ろに下がる。
「待って!! ちゃうねん! これはスキンシップのようなもので――」
リインの胸から手を放しながら、はやては必死に訴えるもののそれをさえぎるように扉は閉まり、シグナムたちは着替えもせずに部屋から遠ざかる。
そして部屋には扉に向かって手を伸ばすはやてと、胸を押さえながらきょとんとしているリインだけが残された。
しばらくしてはやてはリインの方を振り返りながら口を開いた。
「えーと……リイン、私たちも本局に用事ないし、そろそろ帰ろっか」
「……はい。そうした方がよろしいかと」
かくして、はやてとリインも部屋を出て海鳴の家に戻り、今日のお勤めを終える。
健斗たちがミッドチルダで訓練に励む中、はやてたち八神家も遠い本局で実務研修と《リインフォース・ツヴァイ》の完成に向けて日々を送っていた。今日のような日はかなり珍しいが……。