魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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留学編6 聖王教会(前編)

 ミッドチルダ北部。第四陸士訓練校があるところからさらに北の方――そこには『ベルカ自治領』と呼ばれている地区がある。

 

 自治領の住民のほとんどは300年前に滅んだ次元世界――ベルカから移住してきた人々の末裔で、『ベルカ人』と呼ばれている。

 彼らの先祖は滅びた自世界に代わる新天地を求めてミッドチルダに攻め込んで敗北し、そのせいで多くのベルカ人は長年にわたり、侵略者の汚名を浴びながら北部の未開地に押し込められて生きてきた。

 しかし、《聖王教会》と《ベルカ三家》の働きかけとベルカ人たち自身の懸命な努力によって、ミッドチルダ人と同等の権利を得、ベルカ人が住まう極北部を『ベルカ自治領』とすることが認められた。

 そのベルカ自治領のとある山の中に、自治領の統治機関であり、次元世界最大の宗教の総本山でもある、聖王教会の大聖堂が建てられていた。

 

 

 

 

 

 留学から三週間目の土曜日。俺はクロノとエイミィさん、はやてと一緒にベルカ自治領、そして聖王教会の聖堂に足を踏み入れた。

 8月の三週目の土日は、聖王教における『収穫祭』と呼ばれる行事が行われる時期であり、教会の敷地内は多くのベルカ人や観光客らしき人たちでごった返していた。

 ただ意外だったのは、一般的なお祭りのような出店がなかったことと、多くの人たちが運動着のような……ありていに言う汚れてもいい服装をしていた事だった。俺たちは普通の私服――教会のお偉いさんに会うと聞いて少し畏まった服装――を着てきたのだが……。

 

 

 

 敷地に入ってからすぐに、短く切り揃えた赤紫髪のシスター、シャッハ・ヌエラに出迎えられ、俺たちは聖堂の中に通された。その中には……

 

「あれは――」

 

 広大な聖堂の奥には儀式を行うための祭壇があり、さらにその向こうには腕を組んだ女性の石像があった。それを見て思わず声を上げる俺に、シャッハさんは説明をしてくれた。

 

「ベルカ史上最後の聖王、オリヴィエ・U・X・ゼーゲブレヒト陛下を模した像です。教会の本尊でもあり、あのように大聖堂を訪れる方々に向けて公開しております。とはいえ、ご本人と異なるところも多々あるかと思いますが」

 

 彼女の言葉に、俺の口から『いや』という言葉が出かける。

 それぐらい、あの像は俺が知る“オリヴィエ”にそっくりだった。身につけている服もゆりかごに乗っていた時とまったく同じで、違うのは長く下ろした髪型と、彼女の組んだ両手が丸っこい義手ではなく細い十本の指がある本物の手だったことぐらいだ。

 

 聖堂の天井には、像と同じ姿の“聖王”と彼女が従える聖職者や騎士が、大勢の民に囲まれている絵が描かれていた。だが、彼らの中に俺が知っている者はおらず、“クラウス”らしき者も描かれていなかった。

 

 それらを呆然と見ている俺たちの前で、シャッハさんは足を止めて言った。

 

「騎士カリムはまだ寄付者の方々と歓談をしていると思います。お呼び立てして恐縮ですが、しばらくの間ここでお待ちいただけないでしょうか。なんでしたら少し見学しても構いませんよ」

 

 それを聞いて、クロノとエイミィさんは礼拝堂を一瞥して言った。

 

「じゃあお言葉に甘えて、久しぶりに聖王様にお祈りさせていただきます。……君たちはどうする? 君たちが地球にある、どこかの宗教を信仰しているなら無理に合わせなくてもいいが」

 

「聖王様は次元を越えたあらゆる神様たちの騎士でもあるから、違う宗教を信じてる人がお祈りしても問題はないって言われてるけどね……」

 

 クロノに続いてエイミィさんも苦笑いしながら言ってくる。俺は少し考えてから……

 

「いや、俺も一緒にお祈りさせてもらうよ。いいだろう?」

 

「じゃあ私も。これといって信じてる神さんもおらへんし、せっかくやから」

 

 俺とはやてが言うと、クロノは首を縦に振ってから奥へと向かい、エイミィさんと俺たちもその後に続いた。

 

 祭壇の前でクロノとエイミィさんは足を止め、手を組みながら目をつぶる。彼らの後ろで俺とはやても同じように祈る姿勢を取る。その際、はやては初詣の癖でつい手を合わせてしまうものの、それを見咎める者はいなかった。

 エイミィさんの言う通り、他の宗教や形式に寛容というのは本当らしいな。

 

 そんな事を思いながら、俺は頭上に立つ聖王像を見上げる。似ているがやはり本人とは違う像を前に俺は目を閉じる。

 

――オリヴィエ、お前が俺と闇の書を消滅させてくれたおかげでベルカを滅ぼさずにすんだ。それに守護騎士たちやリヒトを助け出せたのもお前のおかげかもしれない。ありがとう……それと《ゆりかご》から助け出せなくてすまなかった。

 

 聖王像に祈りながら、天上にいるかもしれないオリヴィエに向かって心の中でそう告げる。

 すると……

 

『謝るなら、私よりクラウスにしてください!』

 

 ――!?

 

 頭上から拗ねたような声が届いた気がして、思わず聖王像を見る。だが、聖王像は変わらず腕を組んだまま虚空を見上げているだけだった。

 

「どないしたん?」

 

「――い、いや……何でもない」

 

 手を合わせながら聞いてくるはやてにそう答えたところでクロノたちも礼拝を済ませ、再び現れたシャッハさんが俺たちに告げてきた。

 

「お待たせしました。騎士カリムが来客との歓談を終えたとのことです。私について来てください」

 

 

 

 

 

 

 聖堂内の通路を通っている途中で、高そうな服を着た一組の夫婦と三歳ぐらいの女の子とすれ違った。

 長い金髪に緑眼の女の子は色違いの俺の瞳を見て目を見張り、女の子の両親はそれを誤魔化すように頭を下げる。俺たちも彼らに(なら)って頭を下げた。そして彼らは女の子に何事か言いながら歩き去っていった。

 その一方で、俺は一度だけ振り返り、あの親子の後ろ姿を見る。

 

――あの夫人と女の子、なんとなくエリザに似ていたような……。

 

 そう思ったところで、シャッハさんは扉の前に止まる。騎士カリムという人の部屋についたらしい。

 シャッハさんは扉をコンコンと叩き。

 

「騎士カリム。ハラオウン執務官とリミエッタ執務官補佐、それから八神はやて様と御神健斗様をお連れしました」

 

『どうぞ。入っていただいて』

 

 シャッハさんのノックと挨拶に、扉の向こうから若そうな女の声が返ってきて、「失礼します」と言いながらシャッハさんは慣れた手つきでドアを開ける。

 すると執務机の向こうに座っていた長い金髪の女が、椅子から立ち上がった。

 

「皆さん、遠路はるばるようこそいらっしゃいました。聖王教会の教会騎士、カリム・グラシアと申します」

 

 ……グラシア? その名前、どこかで聞いたような……。

 

「お招きいただきありがとうございます。本局執務官のクロノ・ハラオウンです。こちらが補佐のエイミィ・リミエッタ。こちらが…………」

 

 聞き覚えのある姓を名乗る彼女に内心首をかしげる俺をよそに、クロノは挨拶を返しながら俺たちを紹介していく。すると――

 

「やれやれ、クロノ君もカリムも堅いな。お互いまったくの初対面でもないんだから気楽にすればいいのに」

 

 ふと、部屋の隅から軽薄そうな笑い声がして、俺たちはそちらに顔を向ける。

 そこにはテーブルの前に座って紅茶をすすっている男がいた。肩までかかるほど長い緑髪と碧眼を備えた、十代半ばぐらいの青年だ。

 彼を見てクロノは思わずといった風に口を開いた。

 

「――ヴェロッサ! 君も来ていたのか」

 

「ああ。僕みたいな作法知らずが収穫祭なんかに来るのはどうかと思ったけど、首に縄を付けてでも連れてくるとシャッハに脅かされてね。それで久しぶりに教会に来る事にしたんだ。……それに僕も、カリムが呼んだお客様のことは気になるしね」

 

 シャッハさんに睨まれながらヴェロッサという男は軽口を叩き、俺たちに視線を移す。

 そして彼は椅子から立ち上がり、俺たちに名乗った。

 

「初めまして。僕はヴェロッサ・アコース。カリムの義弟(おとうと)で、見ての通りクロノの友達だ。管理局では査察官補佐という役職に就いているが、直接上下関係にあるわけじゃないし今日は勤務外だ。気にせず仲良くしよう!」

 

 そう言いながらヴェロッサさんははやてと握手をする。その際彼は笑みを薄めて、考えるような表情を見せた。

 怪訝に思ったところで、彼は俺にも握手を求めてくる。

 言われるがまま彼の手を握ると……

 

「――へぇ……まさか本当に…………」

 

 ……この人、もしかしてそっちの気があるんじゃないだろうな……。

 そんな考えが浮かび冷たい汗が流れ始めたところで、ヴェロッサさんは俺の手を離しながら笑みを浮かべた。

 

「……いや失礼。僕の癖みたいなものでね、気にしないでくれ」

 

「いえ……大丈夫です」

 

「ははっ。そう固くなる事はないよ。クロノにとって友達なら僕にとっても友達だ。敬語なんて使わず普通に話そう!」

 

 そう言ってヴェロッサさんは俺の肩をバンバン叩く。

 クロノの友達か……そういえばあいつ14歳だったな。俺たちと背が変わらないから忘れがちだが。

 そこでカリムさんはぱんと手を合わせながら口を開いた。

 

「では自己紹介も終わりましたし、そろそろ収穫祭の準備に移りましょう。皆さん、作業用の服は持ってきましたか?」

 

「……?」

 

 そう言われて俺は首をかしげてしまう。収穫祭の準備でも手伝えということだろうか? 今頃になって? そもそも作業用の服なんて持って来てないぞ。

 そう思っていると――

 

「あっ! 健斗君の服なら私が持って来てるよ。ちゃんと美沙斗さんから借りてきた!」

 

 はやてはそう言いながら、床に下ろしていたリュックから上下の服を取り出し、俺に差し出してくる。

 半袖の白い上着に、紺色の半ズボン。これって……

 

体操服じゃねえか!! なんでこんなものを?」

 

 叫びながら尋ねると、はやてはいたずらっぽい笑みを浮かべて。

 

「前もって聞いたんやけど、聖王教会の収穫祭は実際に育てた作物を“収穫”する行事らしいんや。それで収穫祭に参加する時は汚れてもいい服を着るのが決まりなんやけど、昨日まですっかり忘れてて。それで今日の朝、健斗君のおうちに行って体操服を借りてきたってわけ。せやから健斗君はそれ着て収穫のお手伝いして♪」

 

 そう言いながらはやては楽しそうにウインクを飛ばす。俺はぶんぶん首を横に振って――

 

「いやいや! 体操服なんて恥ずかしいじゃないか! せめて冬用のジャージとかにしてくれよ! だいいち、それなら訓練校まで迎えに来た時に言ってくれれば訓練服を持ってきたのに――」

 

「おお! そういえばそうやな。まあでも、今更あそこまで戻るわけにいかんし、ミッドチルダも今は暑いから体操服の方が快適やと思うよ……私はジャージやけど」

 

 こいつ……絶対わざとだ。俺に体操服を着せたいがためにわざと黙ってたな。

 そんな俺たちのやり取りを聞いて、クロノたちは笑い声を漏らし……

 

「くく……いいんじゃないか。初等科ぐらいの子供なら学校の運動着を着てくる子もいるだろうし、年齢的にも君にぴったりじゃないか。そっちの方がうまく溶け込めるかもしれないぞ」

 

 嫌味が混じったその言葉にカチンとくる。たまらず俺は――

 

「じゃあお前も着てみろよ! お前の見た目なら体操服着てても違和感ないぞ!」

 

「――はあっ!? バカも休み休み言え! これでも僕は14だ! そんな服着れるわけないだろう!!」

 

 俺の物言いにクロノも声を荒げて拒絶する。

 そんな中、他の人たち……特に教会の女性陣は真顔になってクロノを見る。

 クロノもそれに気付き……

 

「…………あの、カリムさん? シスター? なんで僕をじっと見て……」

 

「確かに、健斗君一人だけ運動着というのも可哀想ね」

 

「そうですね。この後のことを考えるとあんまり目立ちすぎるのも……」

 

 二人の視線と言葉を受けて、クロノはたじろぎ一歩後ろに下がる。彼の前に立ちながら、カリムさんはシャッハさんに向かって尋ねた。

 

「シャッハ、たしかSt(ザンクト).ヒルデの運動着がまだあったはずよね?」

 

「はい。ロッサが初等科の頃に使っていたものが1着だけ衣装部屋に……」

 

 そう言葉を交わしてから、カリムさんとシャッハさんは笑みを浮かべながら、獲物を追いつめるようにクロノににじり寄る。

 

「クロノさん、せっかくなのでこちらの運動着を着てみませんか?」

 

「試しにと思って、まずは一度だけでも」

 

「い、いや……僕はその――」

 

 クロノは顔を助けを求めるようにエイミィさんとヴェロッサさんの方を向く。

 しかし、エイミィさんは興味津々に目を輝かせ、ヴェロッサさんは諦めろというように肩をすくめながら首を横に振るだけだった。

 

 

 

 その直後、教会の片隅にクロノの絶叫が響いた。

 それを聞いて、発案したにもかかわらず俺はクロノに内心で頭を下げた。

 

 そうして俺たちは収穫祭こと、教会主導の“イモ掘り”に参加することになった。

 その後の話はまた後で。

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