健斗がはやてやクロノたちとともに聖王教会に行っていた頃、なのはとフェイトは北部の繁華街に来ていた。自然が多い北部の街は
「健斗君とはやてちゃんは収穫祭かー。私も行きたかったなー!」
「仕方ないよ。ベルカ式の使い手という所を見込まれて招待されたらしいから。クロノによると支局の方針に関わる大切な話があるらしいし。それに聖王教会の収穫祭ってお祭りみたいなものじゃなくて、聖王様のお話にあやかった、作物を収穫する行事みたいだから結構体力使うよ」
「へー、それはそれで楽しそうかも。訓練のおかげで最近は私も体力がついてきたし、来年は私たちも連れて行ってもらおう!」
そんなことを言い合いながら二人は街の中を歩く。そこでふとフェイトはある店を見つけ、そこを見上げる。
何かと思って、なのはもフェイトの視線を追ってその店を見上げた。
「『ノースホーム』……フェイトちゃん、ホームセンターに興味があるの?」
なのはが尋ねるとフェイトはなのはに視線を戻しながらうなずき。
「う、うん。昔、母さんの友達に連れられて、その人の子供と母さんと一緒によくホームセンターに来てたから……私じゃなくてアリシアがだけど」
最後に付け足した言葉で、それがフェイト自身ではなくアリシアからもらった記憶だと、なのはは理解した。
なのははその事には触れず「そっか」と言ってから、
「じゃあちょっと見てみよう。お店で使う植木鉢や花壇とかお土産に持って帰ったら、うちの両親も喜んでくれるかもしれないし!」
「えっ!? ――ちょ、ちょっと、なのは!」
なのははフェイトの手を引っ張り、少し強引にホームセンターに連れて行く。
そこで彼女らは思いがけない人物と出会う事になる。
◆
「ところでプレシアさんはお友達と一緒に何を買ってたの? こう言ったらなんだけど、プレシアさんがホームセンターって想像がつかなくて」
店の中を歩きながら尋ねてくるなのはに、フェイトはあごに人差し指を乗せながら記憶を掘り起こす。
「うーん、うちは日用品とかリニスの餌ばっかりだったけど……おばさんはよく石とか土なんかを買ってたな。
「ゴーレムって、フェイトちゃんの前のおうちにあったっていう……」
言いながら、なのははヴィータから聞いた『時の庭園攻略作戦』の話を思い出す。自分はあの時フェイトと戦っていて、
あの時出現した傀儡のほとんどは《時の庭園》の防衛機構として備わっていたものだが、いくつかはプレシアが自ら造り出したものだったらしい。特に、ヴィータとシグナムが二人がかりで破壊した《大型》は、並のクリエイターが造れるものではなかったという。もしかしたらプレシアでも一人だけであれほどのものは……。
「そういえばプレシアさんの友達にすごい博士がいるって言ってたね。確か……」
「クレッサ・ティミルさん。母さんと同じ研究院出身で会社の同僚だった人だよ。傀儡に関しては母さんでもかなわないって言ってた」
なのはの問いにうなずきながら、母親の友人についてフェイトは話す。そのすべてはアリシアが見聞きした記憶だが、フェイトにとっても少し変な所もあるが大好きなおばさんに変わりなかった。
そんな“クレッサおばさん”のことを思い出して、感慨深げに園芸用の石や土が並んでいるコーナーを見てみると……
「ふーむ。北部の土も首都に劣らず結構いいのが揃ってるわね。《ベルカ戦争》で傀儡用の土を作っていた影響かしら? “あれ”の材料にはもってこいかも……」
「――!」
理知的な、しかしどこか調子の外れた声を聞いて、フェイトは勢いよくそちらを振り返る。それにつられてなのはもそちらの方を見た。
そこには背中を丸くしながら、販売用の土をじっと眺めている中年の女性がいた。亜麻色の髪を長く伸ばし、ゆったりとした私服を着た三十代ぐらいの女性だ。耳元には眼鏡の蔓がかかっているのが見える。
彼女を見てもなのはは、土いじりが好きそうなどこにでもいる主婦としか思わなかった。だがフェイトは唖然とした顔で彼女を見ながら口をパクパクさせて……
「も、もしかして――クレッサおばさん!?」
「……?」
フェイトの声につられて女性は後ろを振り返る。彼女は眼鏡越しに見える青い瞳をパチパチさせて……
「……もしかして、あなたは…………」
◆
その後、なのはとフェイトは実家への土産などを注文し、それらを本局に送る手続きを済ませてから、クレッサという女性に勧められて、ある喫茶店に来ていた。休日にも関わらず客はほとんどいない。
「二人とも初めまして。クレッサ・ティミルよ。プレシアの友人で、
「た、高町なのはです!」
「……フェイト・テスタロッサです。
砂糖入りのコーヒーを口に含んでから自己紹介するクレッサに、なのはとフェイトも自己紹介し返す。そんな彼女らのうちフェイトに対して、
「クレッサおばさんでいいわ。懐かしくて悪い気はしないもの。まあ、あなたたちぐらいの歳だともう恥ずかしいでしょうから無理にとは言わないけど」
そう言いながらクレッサは苦笑と微笑みが混じった表情を浮かべる。そんな彼女にフェイトは尋ねた。
「こんな所でお会いできるなんて驚きです。てっきり首都に住んでいらっしゃると思ってましたから」
「いえ、あなたの想像通り首都暮らしであってるわ。ただ、最近研究に煮詰まっててね。
そう言ってクレッサは難しそうな顔でコーヒーを口にする。いかに優秀とはいえアイデアがポンポン浮かんでくるわけではないようだ。
「息子さんはお元気ですか? 今のお話からすると、もう一緒に暮らしてないみたいですけど」
「ええ。数年前に就職して以来たまに顔を見せに来るぐらいね。まだ結婚できる歳じゃないから、かろうじて独身のままだけど」
「かろうじて……?」
クレッサの口から漏れた言葉になのはは首をかしげる。まるで息子に結婚してほしくないような言い方だが。
その胸中を読んで、クレッサは自嘲気味な笑い声を漏らしながら言った。
「あの子、学生時代から仲がいい彼女がいてね。付き合ってるって挨拶までされたわ。この分だと、お互い18歳を越えた途端すぐに結婚して子供までできちゃうんじゃないかしら。そうなったら四十半ばにして私はおばあちゃんよ。そう思うと素直に喜べないわね」
「……そ、そうなんですか」
フェイトはそう返すことしかできない。
クレッサの息子はアリシアの幼なじみに当たる。アリシアを通して彼と遊んだ記憶を持つフェイトとしては、彼が独り立ちしていたり結婚を前にした恋人がいたりといった話を聞いて、複雑な気持ちを抱かずにはいられなかった。
「ところで、クレッサさんは一体何に悩んでいるんですか? 傀儡の研究をしているって聞いてますけど」
なのはの問いにクレッサは軽く手を振りながら、
「ああ。会社から傀儡の人型化を打診されていてね、それで行き詰まってる所なのよ。小型や人型の傀儡は細かい調整が必要な分かなり難しくて。それに自立型だから気乗りがしないのよ」
「クレッサさんが作りたいのは自立型じゃないんですか? 今の傀儡は近くで操作する必要のない自立型がほとんどだって話ですけど」
「詳しいわね。プレシアから聞いたの?」
クレッサの問いにフェイトは「まあ、はい」と曖昧な返事を返す。
その話は《時の庭園》で暮らしていた頃にリニスに教えてもらったものだ。リニスの知識はプレシアから写しとったものなので、間接的にプレシアに教わったとも言えなくはないが。
それを察したのかクレッサはさらりと流した。
「フェイトちゃんが言った通り、今の傀儡は事前に与えた
その説明になのはとフェイトも納得できるものがあった。
《時の庭園》に配備されていた傀儡も隊長級の能力を持っていたが、プログラム通りにしか動けない所をつかれて武装隊に各個撃破されたという。
もしプレシアやリニスが近くで操作していればまた違った結果になっただろう。
「じゃああれは? 学生時代に母さんと一緒に作った《砲撃用の大型傀儡》はどうなんですか? 院からの評価も高かったみたいですけど――」
「ああ、あれ? あれは試作機よ。どこまで大きな傀儡が作れるか試してみたくてね。卒業前にプレシアの手を借りて作ってみたの。武装を積めば大抵の魔導師じゃ勝てないと思うけど、大きすぎて動きが鈍いし、拠点の防衛以外では役に立たないわ。あくまで趣味作よ」
「「…………」」
あれを趣味作というのか。プレシアも大概だったがこの人も結構ヤバイ。フェイトとなのははそう思わずにいられなかった。
「私としては近接操作型の傀儡を研究し直してみたいところなのよ。近くで操作する分応用も利くし、使い手の補助もできると思うわ。ただ、スポンサーやクライアントはこの手の研究に興味を示さないし、今の私は傀儡を運用する機会がほとんどないのよ。プレシアがいれば協力してもらう所なんだけど」
そう言ってクレッサはちらりとフェイトを見る。フェイトは首を横に振って、
「すみません。母は今地球という世界で暮らしていて、そこには傀儡を使えるような場所は……」
「ああ。管理外世界で、アリシアちゃんそっくりの
ぶつぶつぼやくクレッサに謝りながらフェイトは乾いた笑みを浮かべる。
プレシアの現状は管理局とミッド政府も把握しており、彼女は現在地球に移住し、フェイトと使い魔二体、それからアリシアという実娘そっくりの“養子”と共に暮らしていることになっている。その“養子”は地球の人間で、管理局も実態を把握しようがないとのことだ。
もっとも、その真相をクレッサもプレシアから知らされてはいるが。
プレシアとアリシアの話が出たからか、クレッサはおもむろにそれを言った。
「プレシアについては私も反省してるわ。あの時、もっと強く彼女に辞職を勧めていたらあんなことにはならなかったんじゃないかって。でも当時、私たちの会社は本当に危険な開発をしていてね。プレシアがいなかったらどんな大事故を起こすのか心配でもあった。実際プレシアたちの働きがなかったら、子供一人が死ぬだけではすまなかったはずよ。それでもね……」
「いえ。あの事故については私も記録を見せてもらいましたから、クレッサさんの心配もよくわかります。それに、あの事故がなかったら私もここにはいなかったでしょうし。事故が起こらなければよかったかと言われると……少し迷ってしまいます」
「……」
フェイトの言葉になのはも顔を曇らせる。クレッサも首を縦に振って。
「そうね。あなたにとっては別の意味で複雑な問題だったわね。ごめんなさい、嫌な事を言わせて」
その言葉にフェイトは黙って首を横に振る。
なのはは重くなった空気を払うために――
「あっ、そうだ! クレッサさん、ちょっと聞いてくれませんか! 私たち、教官からある問題を出されたんですけど――」
「なにかしら? 私に答えられることならいいけど」
なのはの問いを機に、訓練校やここにいない友達の事に話題は移り、なのはは一生懸命説明し、フェイトはそれに補足を入れ、クレッサは真剣に二人の話に耳を傾けていた。
◆
「クレッサさん、今日はありがとうございました!」
「コーヒーもケーキもおいしかったです。それに私たちの話も聞いていただいて……」
食事を終え、喫茶店の前で二人はクレッサに頭を下げる。クレッサは笑みを浮かべて、
「いいのよ。久しぶりに若い子と話せて私もいい気分転換になったわ。また暇ができたら連絡しなさい。今度は健斗君やはやてちゃんって子たちとも会ってみたいわ」
「はい! その時はまた一緒にケーキ食べましょうね!」
「ちょっとなのは! 少しは遠慮しないと――」
ねだるなのはにフェイトは注意を入れる。とはいえ、今度会ったらまたおごってもらう事になるだろうなと内心では思っていた。
そんなフェイトに向けてクレッサは言った。
「フェイトちゃん、プレシアの事をお願いね。いい子なんだけど時々変な暴走する事があるから、誰かが注意する必要があるのよ。しっかり者の“娘”さんにならそれが頼めるわ」
「はい、任せてください――クレッサおばさん!」
元気よく答えながらも、娘と認められた喜びにフェイトは目に涙を浮かべる。クレッサも“クレッサおばさん”と呼ばれて嬉しそうな笑みを浮かべながら、片手を上げて彼女たちに別れを告げた。
健斗たちが聖王教会の面々と知り合っている一方で、彼女たちも新たな交友関係を築いていた。