ミッドチルダでの留学を終えてから半年。俺たちは学業の合間を縫って働く“半正規”の管理局員となって任務をこなし、テスタロッサ家もハラオウン家から自立して、それぞれ日々の生活を送っていた。
そして12月。守護騎士たちやテスタロッサ家とハラオウン家が地球に来て、初めての年末を迎える頃、アリシア・テスタロッサと七瀬はそれぞれの家族に連れられて聖祥小学校の敷地内を訪れていた。
この日は土曜日で聖祥の生徒はほとんどおらず、代わりに私服を着た子供たちとその家族であふれかえっていた。七瀬の家族とテスタロッサ家もその一部だ。
滑り止めと受験に慣れるために受けた
掲示板に並ぶ無数の数字を見て、まさかと思いながらもアリシアは必死に自分の受験番号を探す。
そして……
「…………あった。――あったよ! 私の番号!! これってもしかしなくても――」
それを聞いてリニスは安堵と喜びに顔をほころばせ、プレシアは感極まってアリシアを抱きしめる。母親に抱かれ、恥ずかしいと文句を言いながらアリシアもこっそり涙をこぼす。
フェイトも姉の合格を嬉しく思いながら、自分も約半年後の執務官試験に向けて頑張ろうと心に決め、アルフと固いうなずきを交わしていた。
その9ヶ月後、筆記・実技それぞれ15%以下の難関を誇る執務官試験を前に、猛勉強と試験対策もむなしく不合格に落ち、フェイトは涙をこぼしながら家族や友達に慰められることになるのだが、それは別の話である。
当然そんな未来など知る由もなく、母親から解放されたアリシアは掲示板の前を見回し、親友兼受験仲間の姿を探す。そしてほどなく、アリシアのもとに向かって来る短い紫髪の少女の姿が見えた。その表情はアリシアと違って暗い。それを見て……。
「……な、七瀬はどうだったの? まさかと思うけど……」
「七瀬さん、気をしっかり持って!」
アリシアは不安そうに尋ね、リニスは懸命に七瀬に呼びかける。プレシアやフェイトたちもハラハラしながらその様子を眺めていた。
七瀬は暗い雰囲気を漂わせたまま口を開く。
「……予想通り………………合格だったわ!!」
わざと長い間を溜めてそう言い放ち、七瀬は得意げな笑みとVサインを向ける。それを見てアリシアはぱっと顔を輝かせながら七瀬の手を握った。
「七瀬も合格だったんだ! おめでとう!! これで来年から一緒に学校に通えるね!」
「当たり前でしょう! あたしが小学校の受験なんかに落ちるわけがありますか!」
アリシアの手を握り返しながら七瀬は息巻く。それを聞いて他の家族もほっと胸をなでおろした。
無事七瀬も合格したらしい。正直なところ、異世界の学校にアリシアを通わせるのに不安がないわけではなく、テスタロッサ家にとっても七瀬がついていてくれた方が安心だったのだ。
「じゃあ早速なのはたちにも教えちゃおう! 結構心配してたみたいから」
「あっ、待って! なのはに教えるのはいいけど、健斗君にはまだ内緒にしておいて。さっきみたいに落ちたふりして驚かせる予定だから!」
それにアリシアは親指と人差し指を合わせたOKサインで応じ、“健斗以外”の面々に合格を知らせていく。
そんな娘たちを前にしながら、プレシアは――
(開業はもうしばらく後にした方がよさそうね)
と心に決めていた。
聖祥に合格したら、その後二週間以内に入学金と前期授業料を納めなくてはならない。それを納めなければ入学は取り消しになってしまうのだ。
聖祥の学費は他の学校に比べてかなり高く、特に入学金は桁が一つ違うほどで、今のテスタロッサ家にとって安いものではない。心配したリンディから援助を提案されているほどだ。
接客業のノウハウを身に着けてきてそろそろ独立を考えていたが、もう少し後にした方がいいだろう。まだまだしばらくは翠屋のお世話になる日々とハラオウン家に頭が上がらない状況は続きそうだ。
その後、翠屋に出勤するプレシアについていく形でアリシアたちと七瀬は高町家に寄り、落ちたふりをした七瀬が『あたしを慰めて』と健斗にすがるのだが、そんな思惑などあっさり見透かされ、額をこつんと小突かれておしまいになる。
◆
それからさらに数ヶ月後、年が明け、年度も越して4年生に進級してしばらく経ってからの日曜日。俺ははやてに呼ばれて八神家を訪れていた。
「こんにちはー!」
「いらっしゃい健斗君! なのはちゃんたちは?」
「さあ。今日は任務もないし、そのうち来るんじゃないか。俺は家から直接来たからさ」
出迎えてくれたシャマルに答えながら、俺は彼女が用意したスリッパを履いて中へと上がる。
そしてテレビの音が漏れる居間へと顔を見せた。
「おーっす。お前らもいたか」
俺が声をかけると新聞を読んでいたシグナムと歌番組を見ていたヴィータは顔を上げて、
「うむ。おはよう健斗」
「おーっすじゃねえ。人んちに上がるんなら挨拶ぐらいちゃんとしろ」
「おはようも言わんお前に言われたくはない。ザフィーラ、おはよう」
「うむ」
狼の姿で隅にうずくまっているザフィーラに声をかけると、彼も返事を返してくれる。そして……。
「スゥ……スゥ……」
この喧騒の中で、リインはソファにもたれかかって可愛らしい寝息を立てていた。昨日の任務は遅くまでかかったからな。常勤の彼女はまだ疲れが抜けきっていないか。
俺は彼女に向かって片手を上げ、騎士たちがうなずくのを見届けて居間を後にし、台所に向かうシャマルについていった。
「はやては? あいつに呼ばれて来たんだけど」
「はやてちゃんなら図書館に行ったわ。多分すずかちゃんと一緒にいるんじゃないかしら。健斗君もうちの事でわからない事なんてないでしょうし」
それを聞いて納得する。はやてと知り合って5年ちょっと。この家に上がったことは数え切れないほどで、風呂もトイレも使ったことがあるし、冷蔵庫を開けても怒られないほどだ。みんなが揃うまで好きにしていろという事だろう。
しかし、シャマルが台所にいるという事は……。
「ところで、今日の昼食は誰が作るんだ?」
「……私だけど。見てわからない?」
エプロン姿のシャマルはそう言って小首をかしげる。それを見て……
「手伝おうか? あいつらが来るまで暇だし」
「いいわよ。健斗君も任務明けで疲れてるでしょうし、家事はお姉さんに任せて子供は遊んでなさい!」
そう言ってシャマルは俺を押し出す勢いで台所から追い出そうとする。せめてもの抵抗に……
「俺はさっき済ませてきたからいい。他のみんなの分を頼む」
「そう? いっぱい食べないとあの頃みたいになれないわよ」
残念そうに言いながらシャマルは俺を見送る。そんな彼女に「味見はしっかりしてくれよ」と忠告しながら台所を離れた。
シャマルの料理イベントは回避できなかったか。まあ栄養
しかしどうしようか? 今さら居間には戻りづらいし、ヴィータと喧嘩でもしてリインを起こしたくはない。どこかの部屋でスマホでもいじりながら家主たちが帰ってくるのを待つしかないのだが……。
そう思いながら居場所を求めるうちに俺の足は自然に階段を上がっていて、気が付くと二階にあるはやての部屋の前に来ていた。
さすがにはやての部屋に入るのは気が引ける。あいつもそろそろ男子に見られたくないものの一つや二つくらいある歳だろう。まあ何を見つけても特に驚かないと思うが。
そう思いながらも別の部屋に行こうと踵を返そうとした時だった。
「んんっ…………もうたべられません~」
部屋の中から漏れる間延びした声に思わず足を止める。
誰だ? ヴィータも含め守護騎士たちは全員階下にいる。なのはたちがまだ来ていないことはシャマルから聞いたばかりだ。はやても帰ってきていないらしいし。
「あむ……くぅ……」
空耳じゃない。やっぱり誰かいる。はやての家に泊まってる友達だろうか。それとも泥棒……。
まさかと思い、俺はドアノブを回し、そっとドアを開ける。
そこにいたのは……
「くぅ……くぅ……」
俺は一瞬自分の目を疑った。
はやての部屋には
真っ先に目を向けたベッドには布団が敷かれておらず、寝ている者などいない。しかし、はやての机の隣にある小棚の上にはドール用のベッドが置かれてあり、その上には“小人ほどのサイズの女の子”がパジャマ姿で眠っていた。
一本だけ跳ねている水色の長い髪に十字の髪飾りをつけた少女だ。顔立ちは人形のように整って――というより人形にしか見えないのだが……。
「ん~……そんなに押しつけられても、おなかいっぱいですってば~」
人形じゃないよな? なんだこれ?
よだれを垂らしながら寝言を漏らす女の子が気になって、俺はついベッドの天蓋部分をこんこんつつく。
すると彼女は「んっ」と声を漏らしながら身じろぎし、うっすらと目を開けた。
「…………」
「…………」
俺と少女は見つめ合う。彼女は目をこすり起き上がりながら、髪と同じ水色の目をぱちぱち開く。そして……
「おはようございます」
「お、おはよう……」
初対面の――それも彼女から見たら巨人ほどの――男を見ても驚かず、頭を下げて挨拶してくる少女に俺も思わず挨拶を返す。
そして少女は「ふわ~」とあくびをしながら辺りを見回し、首をかしげながら言った。
「はやてちゃんは?」
「……はやてなら図書館に行ったと聞いてるが」
「そうですか。では、しゅごきしたちは?」
疑う素振りもなく、問いを重ねてくる少女に俺は下を指さしながら言った。
「あいつらなら下だ。昼飯の用意をしたりテレビ見たりしてる」
「もうお昼ですか。どおりでおなかがすくわけです。ふあ~~!」
さっき寝言でもう食べられないとか言ってなかったか? 夢の中の満腹感など起床と同時に忘れてしまったのか?
心の中でそう突っ込む俺の前で、少女は不思議そうに俺を見上げて。
「ところで、あなたはだれですか? はやてちゃんと同じくらいの大きさですけど」
「俺か。御神健斗だ。はやてと守護騎士たちの友達だよ」
「――あなたがけんとさんですか!」
答えると彼女はぱっと輝かせておもむろに浮き上がり、俺の前まで飛んでくる。俺が手のひらを出すと彼女は躊躇いもなくそこに降りた。
「はじめましてけんとさん! けんとさんのことははやてちゃんやきしのみんなから聞いてます!」
「あいつらから……お前は一体何者なんだ?」
「はい。わたしは――」
少女が名乗ろうと口を開いた、その瞬間――
「あーー!! 健斗がお人形持って遊んでるー!!」
後ろから響いた声に俺と手のひらに乗っている少女はそちらに顔を向ける。
そこには俺を指さしているアリシアと、俺にスマホを向けている七瀬がいた。
「アリシア、七瀬、お前らいつから? ……っていうか七瀬、俺にスマホ向けて何やってんだ?」
七瀬はスマホを向けたまま、何でもないことのように言った。
「人形で遊んでる健斗君を撮影してるだけよ。ああ、ちゃんと顔にはボカシ入れておくから安心して。【わずか10歳で美少女フィギュアに目覚めたオタク小学生】というタイトルでY〇uT〇beに投稿すればかなり伸びるわ」
「投稿するな! これにはわけがあって――」
「ああっ!! ドアが開いてるからまさかと思ったら!」
どたどたと階段を駆け上がる音とともに、
「――はやてちゃん!!」
「リイン! 大丈夫やった?」
少女ははやてのもとに飛んでいき、はやての肩に乗る。それを見てアリシアも七瀬も唖然としながら彼女たちを見る。
そこへ守護騎士やなのは、アリサたちなどが次々にやってきて、部屋の中にいる俺やはやての肩に止まっている少女を見てあれこれ尋ねてくる。そんな中俺ははやてに言った。
「はやて、説明してくれ。その女の子は一体なんだ? その子もリインっていうのか?」
その問いにはやてはイラズラっぽい笑みを浮かべ、遅れてやってきた“リイン”は隠し事がバレたように頭を抱える。
はやてはリインの前に手のひらを出し、彼女がそこに止まるのを見てから言った。
「紹介するな。この子は私のリンカーコアから作った新しいユニゾンデバイス。名前は……」
はやてはそこであえて言葉を切り、少女に視線をやる。
それを受けて、少女は姿勢を正しながら名乗った。
「『リインフォース・ツヴァイ』です! マイスターはやてのサポートをするためにつくられました。ふつつかものですが、これからよろしくおねがいします!!」