魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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間話7 Change us body(後編)

 ある次元犯罪者から押収したロストロギアによって、健斗とリインフォース・アインスの体が入れ替わってから一夜明けて……。

 

 

 

【早朝 健斗side】

 

 いつものように、アラームが鳴る前に目を覚ます。

 最小限の家具しかない部屋で、私物らしいものといえば向こうのベッドのそばに剣が立てかけてあるくらいだった。その剣の持ち主も、カーテンから漏れる朝日を感じ取ってむくりと起き上がる。

 “今の俺”と同年代ぐらいの彼女は宙に向けて背筋と腕を伸ばしてから、起きている俺に気が付き、意外そうな声で言った。

 

「アインス……早いな、もう起きていたのか」

 

 アインスという呼び方に戸惑いながらも、俺は彼女に答える。

 

「ああ……日差しのせいかいつもより早く目が覚めてな。おはよう、シグナム」

 

 言ってしまってからもう少し女っぽい口調にするべきだったかと思うものの、シグナムは気にした様子もなく、

 

「ああ、おはよう」

 

 と言ってベッドから立ち上がり、唐突にパジャマを脱ぎ出す。思わず目を背けるとシグナムは怪訝そうな声で言った。

 

「……? どうした。お前は起きんのか? もう少し寝ててもかまわんが、もう30分もすれば主も他の者たちも起きてくるぞ」

 

「い、いや起きる。起きるけど、シグナムが着替え終わるまで待つ。だからおれ――わ、私に構わず早く着替えてくれ!」

 

 目を背けながら言うと、シグナムは首を傾げたような気配をしながら「そうか」と言って、再びパジャマを脱ぎ出す。俺は慌てて目をつぶるが、今度は衣擦れの音が耳に届いてくる。俺はそれをただじっと耐えるしかなかった。

 しばらくして、何も音が聞こえなくなってからシグナムが言った。

 

「終わったぞ……本当に大丈夫か? 具合が悪いなら休ませてもらえるよう、私から隊長に言っておくが……」

 

「い、いや大丈夫! すぐに着替えるから、シグナムは気にせず行ってくれ!」

 

「う、うむ……」

 

 両手をぶんぶん振る俺に、シグナムは相変わらず怪訝そうな顔を見せる。そこでシグナムは俺の姿を見下ろしながら今気付いたように言った。

 

「いや、着替える前にまずシャワーを浴びろ。お前、昨日帰ってきてから一度も身体を洗ってないだろう」

 

「えっ――!?」

 

 そう言われて自分の体を見下ろす。俺が今着ているのは昨日リインが着ていた私服だ。

 そういえば昨日は八神家に行ってすぐ、犯人逮捕で疲れたと言ってそのまま部屋に向かって寝たんだよな。はやてたちにバレないようについた嘘のつもりだったが、疲れていたのは本当だったらしい。

 いや、そんな事よりも――

 

「シャワーって……今からか?」

 

 シグナムはこくりとうなずく。

 

「ああ。体調が悪くないならシャワーぐらい浴びれるだろう。そのまま外にというのは女としてどうかと思うぞ」

 

 シグナムはそう言って、強引に俺の腕を掴み上げる。向かう先はもちろん――。

 いやいや、ちょっと待ってくれ! いくら何でも早すぎるだろう。まだ心の準備ができていないぞ!

 そう心の中で訴えてもシグナムに届くはずもなく、俺は風呂場の前まで連れていかれ、半ば放り込まれるように脱衣所に入れられた。

 

 

 そういえば、リインは今頃どうしてるんだろう? もしかしてあっちでも……。

 

 

 

 

 

【早朝 リインside】

 

 なるべく早く、できるだけ見ないように体を洗ってから、私は浴室を出る。

 脱衣場の隅にあるカゴには、聖祥という学校の制服とズボンの丈を短くしたような青い男物の下着(トランクス)が入っていた。

 この数百年、男の体も下着も嫌というほど見てきたはずなのに、今、彼の体や下着を見ると顔が赤くなるほど恥ずかしいと思ってしまう。300年前のケントとの行為の時もここまで恥ずかしいと思ったことはなかった。

 再び迫ってきた死への恐怖と、初めての行為の昂りのせいだったのだろうか? それとも――

 

「健斗! 洗い終わったのならそろそろ上がってきてくれ! ぐずぐずしていると学校に遅れるぞ!!」

 

「あっ――は、はい! 今行きます!!」

 

 台所から聞こえてくる健斗の母親――美沙斗さんの声に、私は思考を打ち切り、返事を返しながら用意された服を着る。

 ……トランクスって開放的で意外と履き心地がいいな。

 

 そんな事を思いつつ急いで服を着て台所に向かうと、美沙斗さんがおぼつかない手つきでフライパンを揺らしているのが見えた。これから食べるための朝食を作っていたらしい。

 私は、家事をしている主に対していつもしているように、朝食作りの手伝いを申し出た。

 その結果……。

 

 

 

「……うまいな。いつもと比べてかなりおいしい」

 

「そ、そうかな……いつも通りだと思うけど」

 

 味噌汁を一口飲んで、美沙斗さんはそう言ってくれた。

 そんな彼女に、私は健斗の口調を真似ながら返事を返した。そこへ美沙斗さんが……

 

「ところで健斗、昨日は家に帰ってから、夕食も摂らず風呂にも入らずそのまま寝入ったようだが、大丈夫なのか? 今朝もいつもと比べて起きるのが遅かったようだが」

 

「ちょ、ちょっと疲れただけだよ。犯人が諦めの悪い奴で結構長い間飛び回る羽目になっちゃって……今はこの通り元気だから、心配しないで!」

 

「……そうか。私は今日非番だから、何かあれば遠慮なく連絡してきなさい」

 

 力こぶを作りながら言うと、美沙斗さんは妙に硬い言い方で締めて黙々と食事を口に運ぶ。

 私は引っかかりを覚えながらも、時間が迫っている事に気付き急いで食事をとった。

 

 

 それにしても静かな食事だ。向こうだったら守護騎士たちががやがや騒いでいる頃だろうし、去年からはそれにツヴァイも加わるようになったしな。

 

 

 

 

 

【朝 健斗side】

 

 目をつぶりながら体を洗ったり、色々な意味で大変だった入浴――特に胸を洗う時は常に柔らかい感触が跳ね返ってきて、自制心を試されているとしか思えなかった――と、家族6人と1匹による賑やかな朝食を経て、はやては学校に登校し、それを見送ってから二度寝しに部屋に向かうツヴァイと特定の部隊に所属していないザフィーラをのぞく面々は出勤の準備をしていた。部屋の一つが本局への転送ポートとなっているため俺たちも結構余裕がある。

 と思いきや……。

 

「アインス、そろそろ行くぞ」

 

「えっ? まだ1時間もあるぞ!?」

 

 出勤準備を終え、リビングでスマホをいじっているところでシグナムからそう声をかけられ、俺は思わず反論を口にする。

 しかしシグナムは……

 

「任務や訓練の前にデバイスの点検や体を温めるためのストレッチなど色々やることがある。いつものお前なら言われなくても従うところだろう。……それにお前、化粧もろくにしてないままじゃないか。素面のまま職場に行く気か?」

 

 俺の顔を覗きこみながらシグナムは呆れるように言う。化粧か……そういえばヴィータとツヴァイ以外は化粧をしていく歳だったな。そう思っているとヴィータもテレビから視線を外して、

 

「なんかお前、いつも以上にだらけてねえか。どっかのエロガキそっくりなんだけど」

 

 その言葉に俺は思わずドキっとする。はやてがいなくなって気が緩んでしまっていたか。

 そう思っているところへ、シグナムはまた俺の腕を掴み「ちょっと来い」と言って強引に立たせてきた。

 まさかもうバレたのかと思いビクビクしていると、シグナムは俺をテーブルの前に座らせ、ごちゃごちゃした小物を取り出してきた。それはパフやスポンジなど、俺でも知ってるような化粧道具だった。

 

「時間がないから今日は私がしてやる。少し荒くなるかもしれんが我慢しろ」

 

 そう言いながらシグナムは有無も言わさず、手に持っていたパフを俺の顔に押し当てていく。その拍子にパウダーの粉が顔のまわりに舞い散り、俺はたまらず咳き込むがシグナムは構わずパフを当て続ける。

 そうして俺は人生初のメイクを終えて、シグナム、ヴィータ、シャマルとともに本局へと出勤した。……こう書くと変な趣味に目覚めたみたいだが、断じて違うと言わせてもらおう。

 

 

 

 

 

【朝 リインside】

 

 御神家が住むマンションを出て通学バスに乗り、赤星雄一という健斗の友達と我が主・夜神はやての二人とぎこちなく会話を交わしながら、私は『5年B組』の教室に足を踏み入れる。

 するとそこへ、ヘアバンドをつけた長い紫髪の少女が駆けつけてきた。彼女は確か……

 

「おはよう、はやてちゃん」

 

「すずかちゃん、おはよう」

 

 すずかという少女は主はやてと挨拶を交わし、私と雄一の方に向かってくる。

 

「おはよう、健斗君!」

 

 すずかは、主に向けたものより幾分ほど深くした笑みを向けて私に挨拶してきた。それに対して……

 

「お、おはよう、すずか……」

 

 私は表情を作る余裕もなく、ぶっきらぼうに答えてしまう。すずかは一瞬きょとんとするものの機嫌を損ねた様子はなく、隣にいる雄一にも挨拶する。雄一の方は片手を上げながら自然に挨拶を返した。

 あの子が私や主にとってのもう一人の恋敵か……確かに手ごわそうだな。大抵の男子ならころりと落ちてしまいそうだ。健斗だってもしかしたら……。

 

 すずかは主はやてと再び談笑をはじめ、私は雄一に続いて机に鞄を置きに行こうとした……のだが。

 

「んっ? ……どうした健斗?」

 

 鞄から何冊もの教科書とノートを出しながら、雄一は手を止めて私に尋ねてくる。私は口をまごまごさせながら……

 

「わた……お、俺の席ってどこだっけ?」

 

「……? 俺の後ろだろう。ほらそこ」

 

 首をかしげながら雄一は自身の後ろの机を指さす。それを見て――

 

「そ、そうだった……去年までと違うからつい」

 

 そう言い訳しながら私はその机に鞄を置き、教科書を……とりあえず全部出しておくか。

 

 

 

 

 

「ねえ、なんか健斗君、いつもと様子が違わない?」

 

「そうなんよ。バスの中でも私と雄一君の話に相槌打ってばかりやったし」

 

 そう言って、はやてはもう一度健斗()()()()を見て……。

 

(あの仕草、さっき言いかけた一人称……まさかな)

 

 

 

 

 

【昼 健斗side】

 

 ミッドチルダ各地の航空巡回を終えて、俺はシグナムと、一緒の任務に加わっていた『1039航空隊』の面々とともに、地上本部近くの店で昼食をとっていた。

 

「朝は調子が悪そうだから心配していたが、すっかり調子を取り戻したようだな。甲冑の着方を聞かれた時はやはり休ませるべきかと思ったが」

 

「それは忘れてくれ!! 昨日の疲れがとれてなかっただけだって言ってるだろう!」

 

 軽口を飛ばしてくるシグナムに、むっとしながら言い返す。それを見て部隊のみんなも笑いを漏らした。その中で失礼だと思ったのか、黒っぽい茶髪の男が口を押さえる。彼を見てシグナムは苦笑しながら声をかけた。

 

「別に笑っても構わん。だらけているこいつの自業自得だ。新人だからといって遠慮ばかりしていると、気疲れのあまりお前も調子を崩してしまうぞ」

 

「ははっ、それもそうかもしんないっすね。すいませんリインフォースさん。見た目の印象と違うからつい」

 

 そう言いながら新人の男は頭の後ろに手をやりながら笑いを漏らす。そこでシグナムは俺の方を向いて言った。

 

「彼とは初めてだったな。今年度から1039空隊に配属してきた……」

 

「ヴァイス・グランセニック三等陸士です。第4管理世界カルナログ出身で、家族ともどもミッドに移ってきたのがきっかけで管理局に入りました。今後ともよろしくお願いします!」

 

 ヴァイスという新人は食事を止め、立ち上がりながら自己紹介する。元に戻ったら彼のこともリインに教えておかないとな、と思いながら俺は座ったまま――

 

「リインフォース・アインスだ。本局の捜査隊に所属しながら、直属の上司がいない日は今日みたいにあちこちの部隊の応援に回っている。航空隊での経験もそう多くないから新人と変わらない。そんなに固くしないでくれ」

 

「と、とんでもありません! リインフォースさんのことはシグナム空曹や先輩たちから聞いています。S+ランク捜査官の補佐を務めている優秀な人だって……まあ、想像と違うところもありましたけど」

 

 そこまで言ってヴァイスは、俺の朝の醜態を思い出したのかまた噴き出しかける。それを見てシグナムもため息をつきながら言った。

 

「いいからそろそろ座れ。まわりの客がこっちを見ているぞ。……ヴァイスはまだまだ経験は浅いが狙撃の腕は確かでな、この中では最も見所があるかもしれん。皆もうかうかしてると追い越されてしまうぞ」

 

「やめてくださいよ、狙撃はそこそこでも魔力は一番低いんっすから。先輩たちの足引っ張らないようにするのが精一杯っす」

 

 ヴァイスは座りながらそう付け足してくる。それに周りのみんなは笑い声をあげ、俺とシグナム、ヴァイス自身もそれに混ざった。

 そこで女性隊員の一人が俺に声をかけてきた。

 

「ところで、リインフォースさんと一緒に働いてる捜査官ってどんな感じの子なんですか? 10歳になる前からロストロギア事件を解決した男の子だって聞いてますけど」

 

「あっ、私も聞いてる! すごい希少技能(レアスキル)を持ってて、嘱託試験でエリート執務官と互角に渡り合ったって。リインさんと仲いいみたいですけど、やっぱりあれですか? 仕事してる間は上司と部下だけど、休憩中とかは弟みたいに甘えてきたりとか」

 

「い、いや、彼とは…………」

 

 “俺”を話題に上げてどよめきを上げる女性隊員たちに、俺は言葉を詰まらせる。

 何でもないと言えば嘘になる。しかし今はまだお互い手を握るのがやっとだし、ここで11歳の少年と恋仲にあると言えば、リインは航空隊のみんなや他の局員たちからどう思われるだろうか。

 そう思い、この場をしのぐための言葉を探していると、神妙な顔でそれを聞いていたシグナムがぽつりと言った。

 

「他の者たちと変わらんさ」

 

「えっ……?」

 

 その一言に女性隊員の一人は声を漏らし、ヴァイスを含めた他の隊員も彼女の方を見る。

 シグナムは続けた。

 

「こういう仕事では、上官と部下の連携が取れないと業務に支障をきたすことも多いからな。場合によっては相手に命を預ける事もままある。それを考えれば、平時からお互い仲を深めておくに越したことはない。さっき話題に出ていたハラオウン執務官とリミエッタ補佐も似たような関係だと聞いているぞ」

 

「へえ……」

 

「言われて見ればそうですね……」

 

「ああ。仲が悪い奴に自分の命なんて預けられませんからね」

 

 感嘆の声を漏らす女性たちに続いて、ヴァイスも首肯する。

 そこでシグナムはちらりとこちらを見て、唇を吊り上げて言った。

 

「まあ、相手の方には下心があるかもしれないがな。年齢以上にませていて、胸の大きい女が好きらしい」

 

「やだあ♪」

「やっぱりそうなんじゃないですか!」

 

 それを聞いて女性陣は笑ったり胸をかばう仕草をしたりする。そんな彼女たちを男性陣は居づらそうに食事を口に運んでいた。

 そんな中ヴァイスは、

 

「巨乳好きねぇ……そいつとは仲良くなれるかもしれないな」

 

 とつぶやいていた。

 

 

 

 

 

【昼 リインside】

 

「はい健斗君。家で作ってきたレバーだよ♪ いつも通りいっぱい食べてね♡」

 

「あ……ああ、ありがとう」

 

 レバーがたっぷり入ったパックを差し出すすずかに、私は礼を言いながら箸でレバーを掴み取る。

 その反対側からも――

 

「健斗君、私のお弁当も取ってええよ♪ いつも通り食べてくれるやろ♡」

 

「う……うん。もちろんだよ」

 

 主からもそう言われ、私はレバーを口に含みながらどの具を取るか品定めする。

 なるほど。これが複数の女子に迫られている男子の気持ちか。ここで主やすずかの好意を跳ねのけるのは私でも難しい。私に好意を持ち続けながらも、健斗が彼女らとの関係を断ちきれないわけだ。

 

(やっぱりちょっとおかしいな。健斗君やったらこれくらいもう慣れてるはずやけど……もしかして()()()……)

 

 主はやては急に押し黙り、すずかのレバーを食べている私をじっと見る。そんな主を見てすずかは首をかしげていた。

 

 

 

 

 

「ねえ、なんか今日の健斗君とはやてちゃん様子がおかしくない?」

 

 少し離れたベンチで、健斗たちを眺めながらそう言ったなのはに、アリサたちもそちらを見ながら。

 

「そう? はやてはともかく、健斗はいつも通り優柔不断なままだけど。我ながらよく付き合ってるものだわ。いい加減他に食べられる場所探そうかしら」

 

「でも何回もそう言いながら、結局ここで一緒に食べるんだよね。やっぱり健斗たちが心配?」

 

「そ、そんなんじゃないわよ! 他の場所もごみごみしてうるさいし、仕方なくここに来てるだけ!」

 

 フェイトに指摘されて、アリサは顔を真っ赤にしながら言い訳する。

 それをよそに雄一は口を開いた。

 

「でも、確かに今日の健斗は変だな。自分から話題を振ってこないし、自分の席も忘れるし……ああ、そうだ! もう一つおかしなところがあった」

 

「何よ、おかしなところって?」

 

 思い出したように声を上げる雄一にアリサは尋ねる。それに雄一はとっくに完食した弁当箱を閉じながら、

 

「いやな、今日トイレに行った時に、ちょうどあいつもトイレに来てよ、『お前も小便か?』って声をかけたんだ。だが健斗の奴、『ああ』とだけ言って、こっちを見ないようにしながら個室に入っていったんだ。小便だと答えておいてだぜ。そんで本当にすぐに出てくるしよ。あの時の健斗はまるで女子みたいだったぜ。なっ、おかしな話だろう」

 

 そこまで言って雄一は同意を求めるように、アリサたちに目を向ける。しかしなのはとフェイトは箸を持ったまま非難めいた目で雄一を睨み、アリサにいたっては顔を赤くしながら肩を震わせて……

 

食事中にそんな話すんな!! この馬鹿あああああ!!!

 

 屋上中に響く大声で叫びながら、アリサは渾身の力を込めて雄一のみぞおちを殴りつけた。

 健斗たちもそれに気付き何があったか尋ねるものの、アリサもなのはたちもそれに答えることはなく、泡を吹いて倒れ保健室に運ばれていった雄一がその時のことを語ることはなかった。

 

 

 

 

 

【夕方 健斗side】

 

「ただいまー!」

 

「ただいま戻りました」

 

 仕事を終え、シグナムとともに朝とは逆に本局から八神家の二階に出る。いつもの癖で帰宅を告げる俺とシグナムの声を聞いてヴィータが階下から上がって来た。

 

「おかえり。っつか、アインスはまた気の抜けた挨拶だな。健斗が来たかと思ったじゃねえか。やっぱあいつに毒されてるんじゃねえか?」

 

 その言葉にしまったと思い、言い訳しようとしたところではやても二階に上がって来た。

 

「おかえりー! 二人とも早かったなー! シャマルは遅くなるって連絡きたから、先にお風呂済ませよ。ヴィータとシグナムから入ってええよ」

 

「はい。それではお言葉に甘えさせていただきます」

 

「ふーん、今日はアインスとか。のぼせない程度にしとけよ」

 

 シグナムはうなずき、ヴィータは意味ありげに俺を見ながらも風呂場に向かう。

 どういう意味だと疑問を抱く俺の肩に手を置いて、はやては言った。

 

「リインは私と一緒に夕食作り手伝って。その代わり後で()()()()()体洗ってあげるから♪」

 

「えっ――?」

 

 久しぶりという言葉に俺は思わず聞き返そうとするものの、はやては俺の手を引っ張りながら台所へ連れて行く。

 そうして俺は二年ぶりに彼女と夕食を作ることになった。そしてその後は……。

 

 

 

 

 

【夕方 リインside】

 

 学校から帰宅した私を待っていたのは、エプロンをつけた美沙斗さんと、大量の食材や調理器具が散乱した台所だった。それを見て私は思わず尋ねる。

 

「みさ――母さん、これは一体?」

 

 それに対して、美沙斗さんは気まずそうに視線を宙にそらしながら言った。

 

「今日は非番で、一日中時間が余っていたからな。久しぶりに腕を振るってみた……振るってはみたんだがな……」

 

「失敗したんだね」

 

 私が言うと美沙斗さんは力なくこくりとうなずく。主はやてや健斗から聞いてたし実際朝に見ていたが、本当に料理が苦手なんだな。シャマルでもここまではいかない。

 

「花嫁修業のために幼い頃から家事は一通り仕込まれたんだがな、静馬(しずま)さん*1のためだと頑張っても料理だけは全然上達しなかった。健斗を引き取ってから少しはましになったと思ったが、あの子に任せているうちにまた腕が落ちてしまったらしい。二人の子を持つというのに情けない話だ」

 

 そう言って美沙斗さんは腰に手を当てて苦笑する。剣士だけあって刃物の扱いには慣れているらしく、料理に失敗しても彼女の手には切り傷一つない。

 そんな彼女を見て私の口からも笑みがこぼれた。

 

「一度上達したんならまた上手くなるさ。とりあえず今日の夕食はいつもどおり俺が作るよ。俺もあんまりうまくないけど、簡単なものならすぐにできる」

 

 そう言うと美沙斗さんは肩をすくめながら。

 

「仕方ないな。では私は風呂を沸かしてくる。君としても健斗に会う前に綺麗にしておきたいところだろう」

 

「えっ――!?」

 

 美沙斗さんの口からこぼれた言葉に私は思わず声を上げながら彼女を見る。美沙斗さんは不敵な笑みを向けながら、

 

「甘く見るな。これでもあの子(健斗)の母親だ。朝の時点でもしやと思っていた。まあ、将来“娘になるかもしれない子”との家事もなかなか楽しいものだったよ。……そうだ。君がよければ夕食の後の風呂は私と一緒に入らないか。異性の体に慣れていないようだし私が洗ってやろう」

 

 そう言われて私は顔を真っ赤にする。それを満足げに眺めながら美沙斗さんは浴室に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 翌日の早朝、俺とリインは目を覚ましてすぐ転送ポートで本局に向かい、件のロストロギアで元の体に戻してもらった。

 俺もリインもお互い色々あったらしく、入れ替わった日の事は詮索せず、必要な情報の交換のみに留めた。

 報告を求めるレティさんや興味深そうに聞き耳を立てているマリエルさんには当然黙秘を貫かせてもらったが。

*1
美沙斗の亡き夫で美由希の実父

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