魔法少女リリカルなのは 愚王の魂を持つ者   作:ヒアデス

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間話8 真一郎の修行

 海鳴市の郊外にひっそりとたたずむ洋風の屋敷の庭の真ん中で、小柄な青年が一人あぐらを組んでいた。

 

 相手に言われたとおり、芝生の上に座り込み目を閉じながら青年は思う。

 

(魔法だかなんだか知らないけど……早く身についてくれないかな)

 

 退屈なあまり、そんな考えが脳裏をかすめると同時に――

 

「――渇!!」

「いてええ――!!」

 

 肩から斜め下にかけてビシッと快音が響き、激痛が彼を襲う。

 

「なにするんですか!? ヴィクターさん!」

 

 尻餅をつきながらも後ろを振り向き文句をあげる青年に、長い白髪の少年()()()()()()は平たい形の棒をピシピシ手に当てながら言葉を返してきた。

 

「集中が途切れておるからじゃ。おおかた、はよ終わらんかとでも考えとったんじゃろう。そんな調子で魔力を操れるようになると思うか、たわけ」

 

「ぐっ……わかってますよ。でも四時間以上も座らされるとさすがに――」

 

 図星を浮かべながらも青年は果敢に言い返す。だが、ヴィクターが修行棒を何度か手を当てて快音を響かせた途端、思わず口をつぐんだ。

 そんな彼に救いの声がかかった。

 

「私の婚約者をあまりいじめないでもらえるかしら。万が一の事があったら、“おじいさま”といえども承知しないわよ」

 

 凜とした女の声に二人は振り返る。そこからウェーブがかった桃色の髪を下ろした美女が、こちらに向かって歩いてきていた。

 ヴィクターとまったく同じ色の青い瞳の彼女を見て――

 

「――さくら!」

 

「むっ……」

 

 さくらという女を見て青年は二重の喜びで顔をほころばせ、ヴィクターはばつが悪そうに修行棒を下ろす。

 

「もうお昼よ、そろそろ休憩にしましょう。あちらでお茶とサンドイッチを用意させてますから」

 

 さくらはそう言って、庭の片隅に設けてられている東屋を示す。そこでは長いエプロンドレスを着たメイドがサンドイッチと紅茶を並べているところだった。

 それを見てヴィクターも「ふむ」と零しながら口を開く。

 

「もうそんな時間か……仕方ない、ゆくぞ真一郎(しんいちろう)。そろそろ腹ごしらえとしよう。腹が空いたままでは覚えられるものも覚えられんからの」

 

「は、はい! ……ありがとう、さくら」

 

 あわててヴィクターを追いながら、青年は恋人(さくら)に礼を述べる。さくらは苦笑交じりの笑みでそれに応え、ヴィクターは不機嫌そうに「早く参れ」と真一郎を急かした。

 

 

 

 青年の名は相川 真一郎(あいかわ しんいちろう)

 綺堂(きどう)さくらにとってはかけがえのない恋人であり、ヴィクターにとっては大切な孫娘の純潔を奪った男である。

 

 

 

 

 

 

 

「――あれ? この甘さ、もしかして……」

 

 サンドイッチを口に含んで開口一番にそう告げる真一郎に、さくらは笑みを浮かべながら答えた。

 

「ふふ、先輩――真一郎さんに教わったとおり蜂蜜も入れてみたんです。卵だけだと味気ないと思って」

 

「ほう、お主が教えたのか。見た目だけでなく特技まで女子(おなご)っぽいの……本当に女子(おなご)じゃったらよかったんじゃが」

 

「……料理の得意不得意に男女なんて関係ありませんよ。男の料理人だっているじゃないですか」

 

 ヴィクターにコンプレックス(女っぽいところ)を突かれ、むっとしながら真一郎は言い返す。それに答えず、ヴィクターはサンドイッチを口に放り込んだ。

 

「しかしうまくいかんのー。リンカーコアの生成はうまくいったようじゃから、わずかなり素養はあるはずじゃが……」

 

「修行方法に問題があるんじゃない。一刻も早く魔法が使えるようになってもらわなければ困るわけでもないんだし、もう少しゆっくり教えた方がいいんじゃないかしら――」

 

「そんな悠長なことしていられるか。こやつにさっさと魔法を覚えてもらわんと、健斗を誘って街の散策にも行けん。それにさくら、これはお主のためにやっておるんじゃぞ。

 儂やさくらと違い、こやつ……真一郎はただの人間じゃ。このままじゃとそう遠くない先、真一郎だけがどんどん年老いて、真一郎とさくらは親子……やがては祖父と孫にしか見えなくなる。じゃが、自身の身体を操作する魔法だけでも扱えるようになれば、儂のように若い姿を保つぐらいは出来るかもしれん。うまくいけば寿命自体も50年か100年くらいは延ばせるかもしれんの」

 

 そう言われるとさくらも真一郎も何も言えない。

 

 

 

 さくらとヴィクターをはじめ、多くの《夜の一族》は高い身体能力を持ち、人間にはできない様々な能力を行使することができる。

 その代わり、《一族》が能力を行使するためには、人間から多少の血液を吸い取る必要がある。

 

 そして寿命もまた、人間よりも《夜の一族》の方がはるかに長い。どんなに健康に気をつけたとしても、真一郎がさくらよりも早く老い、早く死ぬのは自明の理なのだ。

 しかし、身体の中身や外見を操作する魔法が使えるようになれば、外見だけでも若い姿を保てるうえに、寿命も延びる望みがある。

 だから真一郎も《身体操作魔法》が使えるように、休日の時間を使ってヴィクターから教えを受けていると言うわけだ。

 修行方法には大いに疑問があるが……。

 

 

 

「おじいさまの時はどのようにして魔法を覚えたんです? おばあさまから習ったとうかがいましたが」

 

 さくらの問いに、ヴィクターは茶を啜ってからうなずいた。

 

「儂の時は特に苦労はなかったの。リンカーコアができてすぐに様々な魔法を使えるようになったから、アリエルの方が驚いてたわい」

 

「そ、そうですか……」

 

「……アリエルさんって、さくらのおばあさんでしたよね? 人間だったって聞いてますけど、どんな人だったんです?」

 

 真一郎の問いに、さくらも耳をそばだてる。

 そんな中、ヴィクターは再び紅茶を一口含んでから口を開いた。

 

「使用人の身でありながら、儂ら一族に対してもはっきり物を言う女子(おなご)じゃった。昔……ベルカにいた頃は物静かじゃったらしいがの。弟、ケントの死をきっかけに改めたらしい」

 

「……そうだったんですか。もしかして、アリエルさんがベルカってところを離れたのも、弟さんが亡くなった事と関係が?」

 

 重い話に戸惑いながらも、再び問いかけた真一郎にヴィクターは軽くうなずき。

 

「うむ。弟の死に責任を感じた事と、弟を殺めた“聖王”に従う気になれなかったらしくてな。『聖王連合』がミッドチルダという世界への移住の準備を進める中、アリエルはただ一人、ひっそりと別の世界へ転移したらしい。リヴォルタから戻ってきた守護騎士たちの土産話で聞いた――この『地球』への」

 

 ヴィクターの話に、真一郎は「はあ」と曖昧な相槌を返すしかできなかった。

 学生時代の経験から不思議な存在や出来事には慣れたつもりだが、まさか異世界や魔法に関わる日が来ようとは。

 しかも、自分がさくらの祖父、ヴィクターに認められるには『魔法使い』にならなければならないらしい。自分が勤めている会社に手を回して、休日を増やしてくれたのは感謝しているが。

 

(しかし、こんなお坊さんみたいな修行続けてても、魔法なんて使えるのか? ヴィクターさんさえ効果があるかわからないみたいだし、俺はあと何回あの棒で叩かれる羽目になるんだ……んっ?)

 

 そこでふと頭の中で電球が光ったような気がして、真一郎は声を上げた。

 

「――そうだ。さっきヴィクターさんが言ってた、健斗君に来てもらえばいいんじゃないんですか? ケントっていうアリエルさんの弟と関係ある子なんでしょう?」

 

「あっ……そうよ。健斗君なら魔法の使い方を知ってるかもしれないわ。さっきも彼と遊びたがってたくらいだし、ここに連れてくるぐらいいいでしょう?」

 

「――ちっ、気付きおったか」

 

 真一郎とさくらの提案に、ヴィクターは思わず舌打ちを漏らす。それを聞いて、さくらはじとりとした目を祖父に向けた。

 

「おじいさま……まさか最初からわかっていたのかしら? それが一番早い方法だって」

 

「な、何を言っておる! 儂も今気付いた所じゃ! 決して毎晩さくらをいいようにしているこの(わっぱ)を痛め付けてやりたかったというわけではないぞ!」

 

「――ま、毎晩はしてませんよ!! ……発情期の時でなければ

 

 真一郎がぼそりと付け足した言葉を聞きながらも、ヴィクターは咎めず、ごほんと咳払いをした。

 

「ま、まあいい……では健斗には後日来てもらうとして、それまでの間に修行を進めるとしようか。お主もさっさと準備せい」

 

「ええ、まだやるんですか……」

 

「当たり前じゃ。俊が手がけているオールスなんとかの開園は二週間後じゃぞ。それまでには魔法の一つは使えるようになってもらいたいのじゃ」

 

 不満そうに訴える真一郎にヴィクターは憤然と言い放ち、元の場所へと戻っていく。

 がっくりと肩を落とす真一郎にさくらは微笑んで言った。

 

「ごめんなさい、おじいさまのわがままに付き合わせて。でも、おじいさまなりに真一郎さんの事を認めてくれているんだと思います。あの人が娯楽を我慢してつきっきりで人に教えるなんて、めったにない事ですから」

 

「はは、それはわかってるよ。なんだかんだで、あの人のおかげで土日はずっとここにいられるしさ……それに、若いままでいられる方法(魔法)があるなら、頑張って使えるようになりたい。将来、俺がおじいさんになってもさくらだけ若いままなんて、かわいそうだしさ」

 

「先輩……」

 

 真一郎の言葉にさくらはおもわず彼を学生時代の呼び名で呼び、わずかに口を開きながら顔を近づけてくる。真一郎も彼女の方に顔を……

 

「――ええい、何しとる!! 続きをするからさっさとこっちにこんかい!!」

 

 ヴィクターの大声が響き、真一郎とさくらは慌てて顔を離し、彼の方を見る。

 キスしかけていたのは見られていたようで、ヴィクターは不機嫌そうに肩を振るわせていた。

 ヴィクターはさくらに顔を向けて――

 

《さくら、お主はしばらく外に出ておれ。この阿呆の気が散って修行にならんわ》

 

《……私も出かけようと思っていたから別に構わないけど、くれぐれも怪我はさせないでね。さっきも言ったけど、もしもの時はおじいさまでも許しません》

 

 脳裏で二人はそんな会話を交わす。

 これは《テレパシー》と呼ばれる術で、《念話》や《思念通話》のような魔法同様、()()()()()()()()()普通の人間には聞き取ることができない。

 しかし……

 

「まあまあ二人とも。俺なら大丈夫。ちゃんと修業するから、さくらは気兼ねなく遊びに行っておいで」

 

「えっ……?」

「……なぬ?」

 

 さも二人の会話が聞こえていたかのように、真一郎は割って入り、剣呑な空気を放つ二人をなだめる。それを見てさくらとヴィクターは怪訝な声を漏らし……

 

「先輩、もしかして……」

 

「聞こえておったのか、今のテレパシーが?」

 

「え……そういえば二人とも、今口を開かずにしゃべってましたね。あれってテレパシーだったのか……あれ、でもなんでそれが俺に聞こえてたんだ?」

 

 真一郎は一歩遅れて今の現象に気付き、一人頭を悩ませる。それを見てさくらとヴィクターはほうと息をついた。

 

「おじいさま、これは……」

 

「うむ、やはり素養はあったようじゃな。これなら近いうちに身体操作ぐらいの魔法は使えるようになるかもしれん」

 

「本当ですか!? それなら俺も、ずっと若い姿でさくらと一緒に――」

 

 その時の事を想像して、真一郎は期待を隠しきれないように胸を弾ませる。

 しかし、そこでヴィクターは例の修行棒を鳴らし、いじわるな笑みを浮かべた。

 

「そのためには一刻も早く、魔力を引き出せるようにならねばいかんの~。ようやくとっかかりを掴めたことじゃし、午後からはもう少し厳しくいこうかの」

 

「えっ……さっきまでより厳しく……」

 

 呆然とつぶやく真一郎に、ヴィクターはニカリとした笑みとうなずきを返す。

 真一郎は思わずさくらの方を見るが……

 

「私はそろそろ出かける準備をしないと……じゃあ真一郎さん、頑張ってね。おじいさまもできるだけ加減してあげて」

 

「ちょ、ちょっとさくら――」

「うむ。儂らの事は気にせず行ってくるがよい」

 

 真一郎の訴えにも耳を貸さず、さくらはいそいそと屋敷に戻る。

 しかしその直後、さくらは真一郎の方を振り返り、同時に彼女の声が()()()届いてきた。

 

《ごめんなさい、おじいさまがああなると誰にも止められないわ……帰ったらまたお夕飯をご馳走しますから、今は頑張って。……それに、私も真一郎さんが長生きできるようになってほしいから》

 

 そう伝えて、さくらはこの場を後にする。

 そんな彼女に助けてなどと言えるはずもなく、真一郎はため息をつきながら後ろを振り返った。

 そこには不機嫌そうな様子に戻ったヴィクターの姿が。

 

「別れは済ませたようじゃの……では修行再会じゃ。その場に腰を付けい!」

 

「……お願いします」

 

 

 

 かくして、ここにもう一人未来の魔導師が生まれた。

 もっともそれが彼自身やさくらの他にどのような影響を及ぼすことになるのか、今は誰にもわからないが。

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