プロローグ 死にかけた星から
この世界には、何でも願い事を叶えてくれる『不思議な指輪』もなければ、泣いてる女の子を助けてくれる『魔法使い』もいない。
そんなものがあったら“この星”は死にかけていたりはしないし、大切なものを失うこともなかった。
だから私は自分で行動を起こす事にした。
たとえどんな事をしてでも――!
EC4280 『惑星エルトリア』
「DSVCコンバート……GMF起動――」
とうの昔から朽ち果てている教会の中で、奇妙な模様が描かれた石板を見ながら、赤と黒の入り交じったドレスのような服を着た少女が円状の装置の上で何事かをつぶやき続ける。ドレスと同じ赤い髪を右側に束ねた、整った容姿の少女だ。
そんな彼女の後ろからギギギと内側に開く扉の音と、その直後に響く足音、そして――。
「イリス、お待たせ!」
すっかり聞き慣れたその声を聞いて、イリスという赤毛の少女は後ろを振り向く。
そこには長い桃色の髪と瞳の少女が立っていた。癖のある波打った髪からは髪の毛が一本だけぴょこんと跳ねている。
彼女を見てイリスもその名を呼ぶ。
「キリエ……」
「準備はどう?」
「できてるけど……お姉さんとママさんはどうしたの?」
イリスの問いに、キリエは彼女に近づきながら言う。
「アミタはしばらく動けないようにしてきたわ。ママもうまくごまかしてきた。そんなことはいいでしょう! それより、本当にもう“向こう”に行く準備はできてる?」
再度問いかけてくるキリエにイリスは首を縦に揺らす。
「うん……でもキリエ、本当にいいの? 危険な旅なのよ」
イリスは心配そうに言葉を投げかけるものの、キリエは平気そうな笑みを向けながら。
「平気。イリスも一緒に来てくれるんだし、怖い事なんてなんにも!」
ないと続ける代わりに胸を張る相棒に、イリスは仕方なさそうな笑みを向けて、すぐ脇にある瓦礫の上に置かれた青い板を指して言った。
「それ、持ってて……向こうでの私の本体」
本体という言葉にキリエは疑問を持たず、「うん」と答えながら板を拾い上げる。
それを見ながらイリスはさらに声をかけた。
「向こうは空気も違うから、適合調整もしっかりね」
「うん!」
キリエが答えるとイリスの姿が搔き消える。だが、キリエは動じることなく、板を手にしながら円状の装置の上に立った。
するとキリエが立つ装置にいくつもの円で構成される文様が浮かび上がる。それは昔話に出てくるような、あるいは遠い世界で《魔法陣》と呼ばれるものによく似ていた。
それと同時に足元から桃色の光が立ち昇り、キリエと彼女が持つ石板型の《端末》を包み込む。
その端末の中からイリスが言った。
「じゃあ行こう。この星とキリエのパパを助ける旅――」
その言葉にキリエはきっと表情を引き締めて真上を見上げる。天井はとっくに崩れ、そこからは毒雨しか降らせてくれない暗雲が見えていた。
「うん。どんな苦難が待っていようと――必ずここに《永遠結晶》を持ち帰る!」
イリス、そして死にかけている“この星”に向かって言った途端、キリエたちを包む光は暗雲の向こうへ立ち昇り、はるか向こうの世界へと向かっていった。
◇
キリエとイリスの旅立ちから少し時はさかのぼる……。
7月20日
第97管理外世界『地球』・海鳴市
『
『こちらが一ヶ月前に海鳴市近海の海底から発見された巨大鉱石です。海洋学者、
「巨大鉱石ね。デビッドさんも『オールストン・シー』の建設中にとんでもないものを見つけてきたもんだ」
テレビに映る、煌びやかな光沢を放つ巨大鉱石とその前で鉱石を示しながら報告を続けるリポーターを眺めながら、俺は口を開く。それに対して……
「本当ですね。でもそのおかげで“社会科見学”とは言えそうです。自由研究とはいえ、さすがに遊園地に行くだけではどうかと思いますし」
俺の向こう側に座っているリニスもそう言って、冷たい麦茶を口に含んでふうと息をつく。薄茶色の髪の上には専用の帽子を乗せたままだ。
「自由研究なんてそんなもんだろう。難しそうなテーマを嫌々やるんじゃ“自由に研究させる”意味がない。それに、もっといい加減な自由研究なんて色々あるぞ。例えば趣味で見た映画の感想文とか、飼ってるペットの様子を生体観測と表して提出したり――」
俺は過去に他の生徒たちが出した、明らかに手抜きと思われる自由研究をいくつか挙げる。
聖祥の生徒は生活環境こそややばらつきがあるが、名門校の性質上総じて成績に秀でた生徒が多い。彼ら彼女らは常日頃授業をしっかり聞き、毎日のように出される宿題もしっかりしてくる。夏休みの宿題とて例外ではない。
だがその反面、自由研究のような縛りがない課題までまじめに取り組んでくる生徒は思いのほか少ない。普段学業で多くの時間を費やしている分、自由研究なんか適当に済ませて束の間の休みを満喫したり、その時間を2学期の予習や遅れを取り戻すための復習にあてる生徒が多いからだ。教師たちもそれを知っているのか、自由研究の中身をとやかく詮索したりはしない。かくいう俺もプログラミングの勉強の片手間に、即興で組んだ目覚まし時計のプログラムをそのまま提出した覚えがある。
それを聞いて、生真面目なリニスは嘆かわしいと言いたげに反論した。
「それでも学校に提出する以上、ある程度はまじめなものでなければいけません。フェイトが遊園地で遊んだ事を自由研究にするような子だと思われたら――」
その時のことを想像したのかリニスは片手で頭を抱える。そんな彼女に俺はとりなすように言った。
「まあ大目に見てやれよ。フェイトにとって初めての遊園地だろう。アリシアも遊園地みたいなところに連れて行ってもらったことはないみたいだし」
「確かに……それもそうです」
リニスはつぶやいて、負けを認めたようにため息をつく。口ではあれこれ言いつつ、あの二人に初めて行く遊園地を楽しんでほしいとも思っているんだろう。
リニスは茶を一口飲んで。
「ところで、つい最近まで新装備のテストをしていたそうですが、どうでしたか? 管理局とカレドヴルフ社の共同で開発している《電磁武装》とのことですけど」
その問いに、俺は本局でテストをした時のことを思い出しながら言った。
「物理に重きを置いただけあってすさまじい出力だったな。《
「あなたとははやてさん、そしてなのはさんだけですか……」
リニスは顔をこわばらせながら俺が言ったことを繰り返す。まあ今はまだテスターが十分に集まっていないだけだ。俺たち以外にも新装備を扱える者は出てくるに違いない。フェイトだって十分新武装を使う事ができるはずだが……。
「後の問題は、今までの《純魔力武器》に比べて非殺傷設定が効きにくい事だな。物理的にダメージを与えるから、相手にある程度の負傷を負わせるのは避けられない。少なくとも現段階では模擬戦で使えるものじゃないな」
「そうでなければ模擬戦で使う気だったんですか……。まあそれは置いておくとして、法的な問題は大丈夫なんですか? フェイトは新装備が《質量兵器》に該当するかもしれないって懸念しているみたいですけど」
執務官になったばかりの教え子の名を出しながら、自らも不安そうにリニスは尋ねてくる。
《質量兵器》とは“魔力を使用しない純粋な物理兵器”で、管理世界で使用されている魔力武装とは大きく異なる。
それらは使い方さえ覚えれば誰でも利用でき、都市や世界を滅ぼせるような兵器もある事から、管理局は創設して間もなく、ロストロギアとともに質量兵器の製造・使用を禁止し、魔導師たちが使っているデバイスや魔導砲などを主武装として取り入れたという。
古代ベルカに存在した《聖王のゆりかご》、地球で使われている銃火器や核兵器も、管理局から見れば“質量兵器”にあたるだろう。そして今回開発されている《電磁武装》も見方によっては……。
「確かにそう指摘する人もいるらしい。だがAMFの発生機材はどんどん小型化し、それを狙ったり自ら開発しようとする犯罪者も現れ始めている。もしAMFを発生させることができる敵が現れた場合、今までと同じ魔力頼りの戦い方じゃ痛い目を見るかもしれん」
フッケバインたちのような例もあるしな。
口に出さず心の中だけでそう付け足す。
《魔導封じ》と呼ばれていた、一切の魔法が通用しない体と『ディバイダー』という強力な武器を持つ者たち。前世と現世をひっくるめても、あいつら以上に恐ろしい敵を俺は知らない。
なにしろ上述のように、あいつらには
考えてみれば、あいつらに関してはまったく解決せずに終わってしまったんだよな。
守護騎士たちの話では一味のほとんどは肉塊になって死んだが、カリナとフォレストという参謀は逃亡したまま。あいつらに都市襲撃を命じた“雇い主”に関しても何一つわからないままだ。管理局に入局してからベルカの歴史書を読みあさった事があるが、リヴォルタ襲撃に関しては『ある傭兵団が乱心を起こした』としか書かれていない。
さすがに本人たちはもう生きてはいないと思うが、もしかすれば……。
「“魔法が通じない敵”に対抗するため、ですか……確かに、ベルカ式なら武器をぶつけられるだけましですが、魔力を撃ち出す方式が多いミッド式では死活問題ですね」
「ああ。そのために開発されたのが《電磁武装》というわけだ。やや物理に偏っているものの、攻撃に使うエネルギー弾などは魔力でできたものだし、それを見ればまだ質量兵器と呼べるほどのものではない……フェイトにもそう言ってるがな。まだ踏ん切りがつかないらしい」
そう言って首を横に振ると、リニスもその様子が目に浮かぶらしく首を縦に揺らす。まああいつの場合、質量兵器がうんぬんよりも、非殺傷設定が効きにくい事が問題なのだろうが。
そんなことを考えていると……
「店長代理、休憩入ります!」
何人かのスタッフが休憩室に入って来てリニスにそう声をかける。彼女たちにリニスは「お疲れ様」と返事を返しながら、自らも気を取り直したように立ち上がった。
「さて健斗“君”、私たちはそろそろお仕事再開ですよ。くれぐれも仕事中は言葉遣いに気を付けてください。私は今、一応あなたの上司なんですから」
「……わかってますよ、リニス店長代理」
リニス――もとい店長代理に俺はそう答えながら腰を上げる。
俺は今、夏休みと局での任務がほとんど入っていない期間を利用して、“職場体験”という形で『ホビー・ テスタロッサ』というおもちゃ屋で働いている。
今年度に入ってすぐフェイトが執務官資格を取った事と俺たちもある程度経験をこなしてきた事で、本格的な局の仕事を始める頃合いになってきたのだが、その前に局以外での仕事も経験してもう一度自分の進路を考えてみた方がいいとリンディさんやクロノに勧められて、俺は今年からプレシアさんが開いた『ホビー・ テスタロッサ』に、なのはとフェイトは高町夫妻が経営する『翠屋』に、それぞれ数日の間職場体験をすることになった。
俺の方もなのはたちの方も問題らしい問題は起きていない。強いて言えば……
「ところで“店長”は? まだ帰ってきてないんですか?」
「そろそろ追い出される時間だと思うんですけど……それまでは私たちで乗り切りましょう」
壁の上にかけた時計を見ながら仕方なさそうに言う店長代理に、俺は「ですね」とうなずく。
フェイトの職場体験が始まって以来、プレシア店長は隙あらばアリシアともども翠屋に押しかけ、自分が経営している店の事も忘れて長時間娘が働いてる姿を眺めている状態だ。
働いてる女の子をじっと見つめているその姿は傍から見たら怪しいことこの上なく、フェイトもやりづらそうにしているので、ある程度時間が経ったら業を煮やした桃子さんに追い出されるのが最近のお約束だ。
それ以前もフェイトやアリシアに何か起こりそうな気配がするたびに、プレシアさんは『娘☆命』の張り紙が貼られた人形を置いて姿をくらましているが。
「いっそプレシアさんを引きずり下ろしてリニスが店長になったらどうです。もうすでに“店長代理”なんて呼ばれてますし」
「……考えておきます。――さあ私たちも出ますよ。職場体験とはいえ甘やかしたりはしませんからね!」
『巨大鉱石は8月までの間、『オールストン・シー』内にある水中水族館に展示される予定です。8月と言えば夏休み真っ盛り! お子様と一緒にオープンしたばかりの『オールストン・シー』に遊びに行くついでに、今しか見られないかもしれない巨大鉱石をご覧になられてはいかがでしょうか!』
巨大鉱石を前に、リポーターは『オールストン・シー』の宣伝のような文句で締めくくる。そういえばこの番組のスポンサーも『オールストン・シー』の関連会社だったな。確かクオングループっていう……。
『J・D事件』から二年。
今世間を騒がせている巨大鉱石がきっかけになって起こる“新たな事件”の事など、この時の俺は知るよしもなかった。