倒れてしまった大きなクマを足蹴に、場違いなほど愛らしい子どもが満足げに胸を張ってみせている。
そして、その側では気の強そうな美人が嬉しそうにひとり何度も頷いていた。
このクマを倒して見せた可愛らしい子どもの名はヤマト。
破壊の化身と名高い百獣のカイドウの2人目の娘であり、大海賊の幹部であるレオナの妹である。
カイドウが携えている金棒をそのまま小さくしたような武器を握りしめ、ヤマトは自慢げな顔で口を開いた。
「レオねぇ!
やったよ!ぼくもクマやっつけた!!」
てくてくと真っ直ぐ此方へ駆け寄ってくるヤマトをレオナは満面の笑みで抱き上げる。
「凄いじゃないか!良くやったな、ヤマト…!!
このサイズのクマを一人で殺れるなんて、流石は父様の子!私も鼻が高いぞ!!」
そう言ってレオナは力強くヤマトを抱き締め、これでもかと頭を撫でる。
褒められたヤマトは本当に嬉しそうに笑いながら、レオナをぎゅっと抱き締め返していた。
暫くレオナは褒め続けていたが顔を引き締め、ヤマトを抱き直すと側に控える部下に指示を出す。
「お前達、このヤマトが仕留めたクマを鬼ヶ島へ運べ…!
今日の夜はこのクマを使った料理を出すように……いいな?」
「「「ハイッ…!了解しやした!!」」」
レオナの指示にしっかりと返事を返すと、直ぐに部下達はクマを運ぶべく行動を開始する。
その様子を見て問題ないと判断するやいなや、レオナは部下に向けていた凛とした顔が信じられないほど柔らかい笑顔をヤマトに向けた。
「私が居ない間も、勉強だけでなく鍛練も欠かさずに頑張ったんだなヤマト……なんて偉いんだ!!
何か欲しい物はないのか?
頑張った褒美として、私がなんでも用意しよう!」
「え、ほんと!?」
その言葉に目を輝かせるヤマトに、レオナは愛おしそうに目を細める。
「あぁ、勿論だ。
宝石を使った装飾品でも、黄金で作った武具でも何でも……
そうだ、物でなくてもいいからな?
そうだな……島でも国でもいい。
どんなものでもヤマトの為なら用意しよう!」
自信満々に言い切ったレオナをヤマトは尊敬の眼差しで見上げながら口を開いた。
「な、ならぼく!
父さまとレオねぇと1日遊べる券がほしい!」
「……父様と私と1日遊べる券…?
それはどういう物なんだ?」
予想になかった答えにレオナはポカンとした顔になりながらも、優しく尋ねると聞かれたヤマトは嬉しそうに説明をし始めた。
「なになに“券”って言ってね!
それを渡すといろいろできるんだ!
えっとね、“お手伝い券”とかね……あと~、“肩たたき券”とかあるの!」
「なるほど…?
例えば、お手伝い券ならその券を渡すとヤマトがお手伝いしてくれる……という感じなのか?」
「うん、そうだよ!」
「じゃあ、その父様と私と1日遊べる券は…」
「ぼくが渡したら、父さまとレオねぇが遊んでくれる券!」
にこにこと笑顔で言うヤマトにレオナは首を傾げた。
「そんな券なくても遊びたいなら言えばいいだけじゃないのか?」
「う~ん……父さまもレオねぇも忙しいから…
ほんとはね、毎日レオねぇとお外行きたいんだ……けどワガママはダメなんだ!
いい子にしてないと怖いお化けに食べられるんだって…」
「怖いお化け…誰がそんなことを?」
少し声が低くなったレオナに気付かずにヤマトはこの話を教えてくれた町の子の話をした。
「そうか…その町の子どもがヤマトにそんな事を言ったんだな?」
「うん、その子が教えてくれたんだ。」
頷いたヤマトにレオナは目を合わせると、優しい手つきで頭を撫でながら言葉を続けた。
「いいか、ヤマト。
私もヤマトも世界一強い父様の血を引いているんだ、何かを恐れることなどあってはならない。
それにお化けだろうと化け物だろうと、私や父様がいる限り絶対にヤマトに手出しはさせない!
……だから、無理に我慢なんてしなくていい。
ワガママくらい言わないと立派な海賊になれないぞ?」
優しくも強い声で話すレオナにヤマトはコクりと頷くと、真っ直ぐ見つめ返す。
「レオねぇ、わかったよ!
お化けなんて、父さまとレオねぇがいれば怖くないもんね!」
「そうだ、ヤマト!
ふふ、本当にお前は賢くて強い子だ!」
腕に抱えたままのヤマトをまたぎゅっと抱き締めながらレオナは微笑んだ。
ヤマトもそんな暖かいレオナの腕の中で子どもらしい無邪気な笑みを浮かべる。
「だが、最近忙しくてヤマトとの時間を作れなかったのはすまなかったな……
もう少しで仕事も一段落つける。
それまで、もう少し待ってくれるかヤマト?」
「うん、待ってるよ。
いっぱい寂しかったけど、今日レオねぇとお出かけできたから!」
「ありがとう、ヤマト。
そうだ、仕事が落ち着いたら父様に頼んで一緒に遠征に行こう!
見たことない物を沢山見に行こうな?」
「やった!ぼく、遠征好き!
レオねぇ約束だよ!!」
「あぁ、ヤマト…約束だ。」
「えへへ……楽しみだなぁ!」
腕の中ではしゃぐヤマトのおでこに軽く口付けるとレオナは鬼ヶ島に戻るべく踵を返すのだった。
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クマ狩りに行った日から数週間後の鬼ヶ島。
今日も今日とてヤマトはてくてくと上機嫌に散歩をしていた。
レオナから貰った服と角飾りを付けたヤマトの気分はまさに天井知らずのような上がり方をしていたのだ……先ほどまでは。
ヤマトは、偶然聞いてしまった“結婚”という言葉の意味をクイーンから聞き呆然としていた。
“結婚”とは夫婦になることらしい。
そして夫婦になればレオナとずっと一緒に居られると言うではないか。
ヤマトの頭の中はパニックに陥った。
先ほどクイーンはなんと言っていただろうか?
確か『レオナがコイツと結婚…』がどうのと言っていた筈だ。
……レオナが結婚する。
その事実をヤマトは受け止められなかった。
レオナはヤマトにとって大切な人だ。
いつも抱き締めてくれて、話も沢山聞いてくれる。
額や頬に優しくキスもしてくれるし、愛してると言って頭も沢山撫でてくれる。
夜寝る時だってヤマトの知らない話をたくさんしてくれるし、布団の上から優しくぽんぽんと撫でてくれる。
そんな優しくて強いレオナがヤマトは大好きなのだ。
そんな大切なレオナと誰かも分からない相手が結婚という形でずっと一緒にいられるようになる、というのはヤマトの心に大きなモヤモヤを生んだ。
ぼくの方がレオねぇを大好きなのに…
レオねぇだってぼくのこと大好きなはずなのに……
なんで、ぼくは会うの我慢してるのに知らない人がレオねぇといっぱい一緒にいられるの?
嫌な思いでいっぱいになったヤマトは、半ば八つ当たりのようにクイーンを睨み付けながら口を開いた。
「レオねぇが結婚なんて、やだ!
ぼくがずっと一緒にいるんだ!ほかの人なんて絶っ対ダメだよ!」
叫ぶヤマトを見るとクイーンは可笑しそうに笑った。
「ムハハハハ~!
なんだよ、ヤマトもカイドウさんみてぇなこと言うなァ!
ま、そんなに嫌ならいっそヤマトが結婚してやりゃいいんじゃね?」
「……え?ぼくが?」
「そうそう!別に女とか男とかレオナははたいして気にしねェだろうし?
(ヤマトがお嫁さんになる!とか言えば最近イラついてるレオナの機嫌もとれるかもだしな~)」
「レオねぇを、ぼくのお嫁さんに…?」
「そうそう!レオナを嫁に………え?
おいおい!?嫁に貰う側かよ!?
そこはお嫁さんになる~!とかじゃねぇの!?」
想像と逆の事態にクイーンが騒ぐのも気にせずヤマトの思考は進む。
レオねぇの結婚は嫌だ。
ならクイーンの言う通り、レオねぇをお嫁さんに貰えばいいのではないだろうか?
何せ自分は誰よりもレオねぇを好きな自信がある。
結婚すればずっと一緒にいられて、レオねぇを取られる心配もなくなるではないか!
そう結論付けたヤマトは満面の笑みでクイーンを見上げた。
「ありがとう、クイーン!
そうだよ、ぼくが結婚すればいいんだよね。
やっぱりレオねぇの言うとおりクイーンって天才なんだ!
じゃ、ぼく今日から
レオねぇをお嫁さんにするなら、父さまみたいに強くてカッコ良くならないと!」
名案だと瞳をキラキラ輝かせたヤマトはクイーンに手を振ると、午後の授業の為に走り出してしまった。
元気良く部屋を出ていったヤマトの背を見送るとクイーンと話していた部下が眉をさげつつ口を開く。
「ク、クイーン様…良いんですか?
鬼姫様、レオナ様が本当に結婚するって勘違いしてるんじゃ……」
「普通に考えりゃレオナが結婚なんてする筈ねェって分かりそうなモンだけどな~?
まぁ…何か問題起きても相変わらず懲りずに見合い話持ち掛けてくる、
「そんな、適当な…!
鬼姫様関係になると、レオナ様いつも以上に厳しいんですからね!?
勘弁してくださいよ~、クイーン様ぁ…」
ガックリと肩を落とす部下を笑いながら、クイーンは見合い話が書かれた紙を破り捨てた。
「そもそもカイドウさんが掲げてるレオナを嫁にやる条件が無理難題すぎるぜ~。
この世の何処に“カイドウさんに勝てる奴”がいるんだよって話だしなァ?」
少し呆れ顔で部下に同意を求めるクイーンに、話していた部下以外も大きく頷くのだった。
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相も変わらず働き詰めになっているレオナの耳に無視できぬ話が舞い込んで来ていた。
「なに…?
ヤマトが男物の服が欲しいと言ったのか?」
「はい……それから…そのヤマト様が…」
言いづらそうにするステラにレオナは怪訝そうに眉をひそめる。
「なんだ、ステラ。
お前が言い淀むなんて珍しい。」
「ごめんなさい、その…なんと言ったらいいのか……」
困り顔のステラをレオナは急かす。
「ヤマトの言葉通りを私に教えてくれればいい。
私はそんなに気が長くないぞ、ステラ。」
少し鋭くなったレオナの気配に意を決したようにステラは口を開いた。
「ヤマト様が、その……男になるんだ!…って言い始めてまして……」
「………ん?
すまないが、少し意味が分からないな…」
「え~と……私も良く分かってないんです。
ただ午後のおやつの時間にお会いしたら、男になりたいから新しい服が欲しいと…」
「……ヤマトは突拍子もないことを言うことが多々あるが…ふむ。
話を聞いてみないと分かりそうもないな。
とりあえず、ヤマトのサイズの男物の着物を用意してやってくれ。
外に来ていくジュストコールは私が手配しておく。」
「分かりました、直ぐに新しい着物を衣装棚に入れておきます。」
「あぁ、頼んだぞ。」
そう言うとレオナは立ち上がり、夕飯の準備がされているであろう部屋へと歩き出した。
この夕飯の時間にヤマトから話を聞き出す為ならばと多少の仕事は後回しに、レオナは早足で廊下を進むのだった。
ヤマトに合わせて少し早めの夕食を始めていたカイドウとレオナは無言でアイコンタクトを交わす。
実はヤマトの突然の男になる発言はカイドウの耳にも入っており、食事前にレオナと話し合った結果、
デザートが出されたタイミングでカイドウが話を振るという段取りとなったのだ。
ルンルンとアイスにスプーンを差し込んでいるヤマトにカイドウが声をかける。
「ヤマト、お前男になると言ってるらしいなァ。
なんだって急に男になるなんざ言い出しやがったんだ?」
あまりにもストレート過ぎる問い掛けにレオナは思わずカイドウを二度見する。
「(父様っ……それはあまりにも直球すぎるのではないか!?
もっとこう、段取りを踏んでやんわりとッ…!
いや…しかし、そんな父様も漢らしくて素晴らしいが…)」
そわそわし出したレオナに気付く様子もなく、ヤマトは頬っぺたがまん丸になるほど口の中に入っていたアイスを飲み込むと、キリッとした表情で答えた。
「ぼく、父さまみたいに強くてカッコよくならなくちゃなんだ。
だからまずは男の子になるところから、やらないとでしょ!」
ヤマトの言葉にカイドウとレオナが同時に固まる。
暫く固まったままの2人だったが、レオナの表情が花が咲いたかの様にほころぶ。
「そうか…!
ヤマトは父様の様に強くカッコよくなりたかったのか!!
よし、なら好きなだけ服を買おう。
そうだ、角飾りも男らしいものに変えようか。」
ルンルンとした様子で言うレオナにヤマトは元気良く頷いた。
「ありがとう、レオねぇ。
ぼく強そうな服がいいなぁ!」
「なら一緒に選ぼう。
ヤマトが着たい服を着ればいい。」
「うん!
……服買うの父さまも…来てくれる?」
嬉しそうにしていた表情から一変し、少し不安げな顔で尋ねてくるヤマトにカイドウは酒を呷りながら答えた。
「ウオロロロロロ……
仕方がねェ、時間は空けといてやる。」
「ほんと!?
父さま!ありがとう!えへへへ…」
カイドウの返事にヤマトは飛び跳ねて喜ぶと、ハッとしたようにまた行儀良く座布団の上に座り直した。
そんなヤマトを目に捉えているレオナとカイドウの機嫌はすこぶる良い。
実はカイドウはレオナとは違うタイプのヤマトの扱いに四苦八苦していたのだが、今回の『父さまみたいに強くカッコよくなりたい』発言はその苦労を吹っ飛ばすほどの威力があり、普段は鬼の形相のカイドウの顔も心なしか緩んでいる。
そしてレオナもまた、普段の美しくも冷たい表情が嘘の様に柔らかい笑みを浮かべていた。
可愛いヤマトが、自分も尊敬している父の様になりたいと発言したことはレオナにとって最高に嬉しい瞬間だったのだろう。
カイドウにとって、ヤマトが娘でも息子でも関係なかった。
なんだろうが、自分の子であることには変わりないのだ。
一方、レオナにはヤマトが妹でも弟でも変わらず愛する自信がある。
どうなろうとも、ヤマトが家族である事実は揺らがない。
そうレオナは断言できる強さを持っていた。
そうして、この日の夕食後からヤマトはカイドウの娘ではなく息子として扱うように。
と、言う命令が百獣海賊団の全ての船員に下されることとなったのだった。
しかし、カイドウもレオナもまだ知らなかった。
ヤマトが『父さまみたいになりたい!』と言い出した
この事実を知るのはヤマトとクイーン達だけなのだ。
だが、クイーン達は口を固く閉ざす。
あんなに上機嫌な2人に水は差せない…と、必死に目を背けた。
「(ヤマトのそれ、レオナに来てたお見合い話が理由だぜ……なんて言える空気じゃねェ~~…
よぉ~し、おれ様は何も知らなかったってコトで!
カイドウさんとレオナの機嫌良くなったし、プラマイゼロどころかプラスだろ!結果オーライ!)」
心の中でそう決めるとクイーンはお汁粉を口いっぱいに頬張り、都合の悪い事を頭からかき消すのであった。
ー補足ー
クイーン:今回の騒動の元凶。
部下達も口止めしたのでバレないと信じたい…
カイドウ&レオナ:ヤマトが可愛くてニッコリ
ヤマト:レオねぇはぼくがお嫁に貰うんだ!
この決意がまたドタバタ騒動を呼ぶが、まだ先の話である。
・レオナに来ていた結婚話。
どこかのビッグなマムさんからの政略結婚の申し入れ。
今回で記念すべき100回目を迎えた。
そろそろカイドウさんがブチギレそうなので、クイーンが処分していた。(普段はキングが処理しているが、今回は遠征でいなかった)