「ちゃんと来てたんだ。偉い、偉い」
そう言って、女子が、僕の肩をポンと叩いた。
僕は、腕を枕にして、うつ伏せになっていた。
僕はゆっくりと体を起こす。
光で眼がしぱしぱする。
眼が光に慣れていって、ぼんやりとした視界から、だんだんと霞が晴れてゆく。
そして、薄ぼんやりとした視界に、色が差してきた。
僕が微睡んでいる間に、僕に声を掛けた女子は、彼女の机にカバンを置いて、席に着いた。
それから、彼女は、僕の方を振り向いた。
彼女の緑色の髪が、彼女の動作に従って、揺れた。
仄かな匂いを振りまいた。
彼女の席は僕の一つ前だった。
「聞いたよ。フラれたんだってね」
彼女は、何のためらいもなく、そう言った。
「まあ、峯村は頑張ったと思うよ」
彼女は、僕に慰めの言葉を掛けた。
「いや、ダメだったよ。全く、ダメだった」
でも、僕は彼女の言葉をふいにしてしまった。
元々《もともと》、そういう性格だから仕方ないと思う。
でも、今回はそれに輪をかけて、受け入れることができない。
「私は、全くダメだってことは、なかったと思う。少なくとも、村口さんの中では、一番仲がいい人だったよ、峯村は」
「……」
僕はなにも言うことができなかった。
なぜなら、僕も、多少は仲良くなれていると思っていたから。
村口さんと。
もし、村口さんと僕との間に、仲がいいことを示すものが、なにもなかったらよかったな、と今更になって思う。
けれど、過ぎてしまったものは、元には戻せない。
その証拠に、僕のカバンの画材セットには、村口さんに貰った鉛筆と消しゴムが入っていた。
友好の名残が、今や悪しき過去の遺産だ。
「そんなに落ち込まないでよ。元気出して」
僕の肩を叩いた女子が、今度は、机越しに頭をポンポンと叩いた。
「ありがと」
僕は恥ずかしがりながら、感謝を述べる。
「とにかくさ、峯村は頑張ったよ。でも、ダメだった。残るのは、峯村は頑張れるって事実だけだよ」
彼女は、複雑な褒め言葉で、僕を励ましてくれる。
でも、うん、と首肯できない。
「僕は頑張れなかった」
だから、僕の口からは暗い言葉ばかりが、吐き出される。
「きっと、どこかで頑張ってなかったんだよ。まだ、やれたんだと思う。でも、僕は頑張れなかった」
と言うと、彼女は叩く手に力を込めた。
「いたっ」
「あのね、峯村。頑張るっていうのは、他己評価なの。自分を勇気づけるための『頑張る』と、結果が出たあとの『頑張った』は違う」
「でも」
「峯村。私の眼を見て」
そう言うと、彼女は、頭に置いていた手を、瞬間的に動かして、僕の頬っぺたを左右から押しつぶした。
僕は、タコのように唇をとんがらせて、彼女と向き合うことになってしまっている。
そうやって、無理やり顔をあげられたから、僕と彼女の眼が合った。
彼女の緑玉色の二つの玉からは、激しい光が放たれていた。
その眼から放たれた緑玉色の光線は、鋭い矢となって、僕の眼を貫いた。
僕は、もっと恥ずかしくなって、眼を逸らしたいけど、彼女は許してくれない。
「峯村は頑張ったと思う。峯村がどう思ったとしても、私がそう言うんだから、頑張った。だから、そんなに卑下しない」
そこで彼女は、息継ぎをした。
彼女は話を続ける。
「でも、でもさ」
「でもでも言わない。言いたいことがあるなら、はっきり言う」
そう言うと彼女は、眼にぼんやりと火をともした。青色の火が彼女の眼に灯る。
彼女の眼が放つ光線が、攻撃性を増して、僕を襲う。
僕はたまらず、思っていることを、さらけ出してしまう。
「ぼ、僕さ、情けないんだ。みんなが、応援してくれたから。みんなが、背中を押してくれたから、だから恥ずかしいんだ」
思わず言ってしまった本音だった。
頑張ったから必ず付き合えるとは限らないことわかっていた。でも、みんなが手助けしてくれたから、どうしても応えたいと思った。
その時点で、既に、僕は間違えていたのかもしれない。
僕の漏れ出てしまった情けない本音を聞いても、彼女は何も言わない。
だんだんと、気まずさが募ってきて、僕は言葉を継ぐ。
「川上さんもさ、いろいろ、相談に乗ってくれたでしょ? だからさ、みんなの事を裏切ったみたいで、僕……」
無理やりに、言葉を繋げようとしたから、尻すぼみになってしまった。
だから、もっと気まずくなった。
しばらくの無言の後、川上さんは、急に机に両手を突いて、立ち上がった。
予想外の大声に、僕は、いや、みんなの持ち寄った気だるさで満ち満ちた朝の教室が、驚いた。
「峯村ァ!」
「はぃぃ!」
「そんな言葉だけは聞きたくなかった! 絶対にそんなこと言うな! 自分を……、情けないとか言って、自分を憐れむのは卑怯者だよ! 根暗でも、ネガティブでもいい。だけど、自分を蔑むだけで済ませるような卑怯者にだけは、ならないで!」
絶叫だった。
川上さんの思いが、究極まで彼女の内側で高められて、それが言葉になって、川上さんの口から出てきたと感じた。
そういう言葉にこもった不思議な力を、言霊と言うのだろう。
その言霊は、僕に激しく作用した。
「……ごめん。ごめんなさい! ごめんなさい!」
僕は、鼻をすすりながら、口をガタガタと震わせて泣き始めた。