魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ、たから僕は描いている   作:至ッ亭浮道

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第3章
第10話


 また、翌日(よくじつ)。

 僕(ぼく)と川上(かわかみ)さんは、HR(ホームルーム)前(まえ)の気(け)だるげな教室(きょうしつ)でぼーっとしていた。

 すると、川上(かわかみ)さんが、昨日(きのう)の話(はなし)を唐突(とうとつ)に始(はじ)めた。

 

「昨日(きのう)のさ、木戸口(きどぐち)さんの話(はなし)なんだけどさ」

「どうかしたの?」

「私(わたし)さ、帰(かえ)ってからも考(かんが)えたんだけど」

「うん」

「木戸口(きどぐち)さんは、私(わたし)たちの錯覚(さっかく)が映(うつ)ってるのかなって」

「錯覚(さっかく)?」

「うん。私(わたし)たちが、好(す)k――いや違(ちが)う……」

「うん?」

「……その時(とき)思(おも)い浮(う)かべてる人(ひと)っていうとわかりにくいかもしれないけど、私(わたし)たちの心理(しんり)とか脳内(のうない)とかが、木戸口(きどぐち)さんの外見(がいけん)に反映(はんえい)されるんじゃないのかな」

 

 僕(ぼく)は、川上(かわかみ)さんの言(い)うことを、ゆっくりと反芻(はんすう)した。

 ――となると、僕(ぼく)が木戸口(きどぐち)さんにあった時(とき)は、村口(むらぐち)さんにフラれた後(あと)だったから、木戸口(きどぐち)さんが村口(むらぐち)さんに見(み)えてしまったという事(こと)らしい。

 だとすれば……。

 

「じゃあ、どうして、川上(かわかみ)さんたちは、僕(ぼく)に見(み)えたんだろう」

「それは……近(ちか)くに峯村(みねむら)がいたからじゃない?」

 

 川上(かわかみ)さんはやたらと、僕(ぼく)の眼(め)を見(み)てくる。

 僕(ぼく)は、あまりにもじっと見(み)つめられるから、目線(めせん)を外(はず)した。

 

「そっか」

 

 と、僕(ぼく)が答(こた)えると、会話(かいわ)の糸(いと)がプツンと切(き)れてしまい、沈黙(ちんもく)が場(ば)を占拠(せんきょ)した。

 黙(だま)ったまま川上(かわかみ)さんの方(ほう)を向(む)いているのも、気(き)まずさに掉(さお)さしている。

 だから、沈黙(ちんもく)から逃(に)げるように、僕(ぼく)は考(かんが)え事(ごと)を始(はじ)めた。

 川上(かわかみ)さんの意見(いけん)は、あっているような気(き)もするし、違(ちが)うような気(き)もする。

 ――前(まえ)にも、こんな感想(かんそう)を持(も)った気(き)がした。

 もともと根拠(こんきょ)のないことだから、ああだこうだ言(い)っても仕方(しかた)ない。

 でも、なんとなく気(き)になってしまう。

 どうして僕(ぼく)は木戸口(きどぐち)さんに村口(むらぐち)さんを見(み)て、川上(かわかみ)さんたちは木戸口(きどぐち)さんに僕(ぼく)を見(み)たのか……。

 思考(しこう)の坩堝(るつぼ)に転(ころ)げ込(こ)んだ時(とき)。

 隣(となり)から聞(き)きなれた、周波数(しゅうはすう)の高(たか)い声(こえ)。

 

「おはよー、タロちゃん、瑠(る)美(み)―」

「おはよう、春奈(はるな)」

 

 佐藤(さとう)さんは、そのままカバンを投(な)げるように机(つくえ)に置(お)いて、僕(ぼく)たちの会話(かいわ)に参加(さんか)する。

 

「何(なに)の話(はなし)?」

「今(いま)、木戸口(きどぐち)さんについて考(かんが)えたんだ」

 

 と、僕(ぼく)が答(こた)える。

 すると、佐藤(さとう)さんは呆(あきれ)れたように、両手(りょうて)の平(たいら)を上(うえ)に向(む)け、首(くび)を振(ふ)った。

 英語圏(えいごけん)の人(ひと)がするボディランゲージだ。

 そんな大(おお)げさな表現(ひょうげん)の後(あと)に、佐藤(さとう)さんは最(もっと)もなことを言(い)い出(だ)した。

 

「二人(ふたり)ともさぁ、そんなに考(かんが)えなくてもよくない? 昨日(きのう)さ、木戸口(きどぐち)さん嫌(いや)そうだったじゃん?」

 

 確(たし)かに、木戸口(きどぐち)さんは積極的(せっきょくてき)ではなかった。

 でも、佐藤(さとう)さんも、木戸口(きどぐち)さんに質問(しつもん)をしていたのに……。

「春奈(はるな)もノリノリだったじゃん」

 

 と、思(おも)い返(かえ)していると、川上(かわかみ)さんが佐藤(さとう)さんにやんわりと言(い)い返(かえ)す。

 けれど、佐藤(さとう)さんは気(き)にしない様子(ようす)だ。

 

「それは、どんな感(かん)じなのか聞(き)きたかっただけなのだよー」

 

 と、佐藤(さとう)さんはお道化(どけ)ながら返(かえ)す。

 

「私(わたし)たちもそうだった」

「違(ちが)うよぉ。春奈(はるな)はほんとのことなんて別(べつ)にどうでもいいのだー」

「なんで?」

「春奈(はるな)が気(き)になったのはねぇ、タロちゃんが言(い)ってることが、ほんとなのか気(き)になっただけだのだー」

「私(わたし)だってそうだってば!」

「違(ちが)いますー!」

「あぁ?」

 

 ナメた態度(たいど)の佐藤(さとう)さんに対(たい)して、川上(かわかみ)さんがピキリと青筋(あおすじ)をたてる。

 煽(あお)りに弱(よわ)いのが、川上(かわかみ)さんの弱点(じゃくてん)だ。

 

「まあまあ」

 

 僕(ぼく)が間(あいだ)に入(はい)ることで、何(なん)とか川上(かわかみ)爆弾(ばくだん)の暴発(ぼうはつ)は避(さ)けられた。

 と、その時(とき)。

 

「峯村(みねむら)くーん。日直(にっちょく)の仕事(しごと)手伝(てつだ)って貰(もら)っていいー?」

 

 声(こえ)を教室(きょうしつ)の前方(ぜんぽう)から掛(か)けられた。

 声(こえ)の主(ぬし)は、日直(にっちょく)の相方(あいかた)の女(おんな)の子(こ)だ。

 僕(ぼく)は今日(きょう)は日直(にっちょく)だった。

 

「ごめん、ちょっと行(い)ってくる」

 

 とだけ言(い)い残(のこ)して、僕(ぼく)は呼(よ)ばれた方(ほう)に行(い)った。

 

 

★

 

一方(いっぽう)、残(のこ)された二人(ふたり)は、教室(きょうしつ)にて――

 

「ねぇ、瑠(る)美(み)」

「何(なに)?」

「もう、分(わ)かってるんでしょ?」

「何(なに)が?」

「木戸口(きどぐち)さんのこと」

「だから、何(なに)が?」

「木戸口(きどぐち)さんが違(ちが)って見(み)える理由(りゆう)」

「……」

「こういう時(とき)の、無言(むごん)は肯定(こうてい)だよ」

「春奈(はるな)は、はっきりと答(こた)えなかったね、昨日(きのう)」

「春奈(はるな)は、夢中(むちゅう)になりすぎないようにしてるのだ」

「そう」

「にしても、面白(おもしろ)い子(こ)ですなあ」

「そうだね」

「……好(す)きな人(ひと)に似(に)てるように見(み)えるなんて、とんでもないにゃあ……」

「……きっと、木戸口(きどぐち)さんの方(ほう)が困(こま)ってるよ」

「タロちゃんが、木戸口(きどぐち)さん描(か)くとどうなるんだろうね」

「わからない。でも、峯村(みねむら)だったら本当(ほんとう)の姿(すがた)が描(か)けると思(おも)う」

「瑠(る)美(み)のタロちゃん信者(しんじゃ)っぷりは流石(さすが)ですなぁ」

「春奈(はるな)は描(か)けると思(おも)ってないの?」

「にゃははー。そんなことないにゃ」

「そこは、否定(ひてい)しないんだね」

「タロちゃんの絵(え)を世界(せかい)で最(もっと)もすごいと思(おも)ってるのは、春奈(はるな)なのだよ」

「私(わたし)だって思(おも)ってるよ。いや、まりあ先輩(せんぱい)だって思(おも)ってる」

「まりあちゃんもタロちゃんに見(み)えてるんだよね、木戸口(きどぐち)さんのこと」

「うん」

「悩(なや)みは絶(た)えませんなぁ」

「峯村(みねむら)は、きっと近(ちか)いうちに、木戸口(きどぐち)さんのことを描(か)くんだろうね」

「それは予言(よげん)かにゃ?」

「いいや、未来(みらい)予知(よち)」

「にゃは。瑠(る)美(み)も冗談(じょうだん)が上手(うま)くなったねぇ」

「でしょ」

 

 

 

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