また、翌日。
僕と川上さんは、HR前の気だるげな教室でぼーっとしていた。
すると、川上さんが、昨日の話を唐突に始めた。
「昨日のさ、木戸口さんの話なんだけどさ」
「どうかしたの?」
「私さ、帰ってからも考えたんだけど」
「うん」
「木戸口さんは、私たちの錯覚が映ってるのかなって」
「錯覚?」
「うん。私たちが、好k――いや違う……」
「うん?」
「……その時思い浮かべてる人っていうとわかりにくいかもしれないけど、私たちの心理とか脳内とかが、木戸口さんの外見に反映されるんじゃないのかな」
僕は、川上さんの言うことを、ゆっくりと反芻した。
――となると、僕が木戸口さんにあった時は、村口さんにフラれた後だったから、木戸口さんが村口さんに見えてしまったという事らしい。
だとすれば……。
「じゃあ、どうして、川上さんたちは、僕に見えたんだろう」
「それは……近くに峯村がいたからじゃない?」
川上さんはやたらと、僕の眼を見てくる。
僕は、あまりにもじっと見つめられるから、目線を外した。
「そっか」
と、僕が答えると、会話の糸がプツンと切れてしまい、沈黙が場を占拠した。
黙ったまま川上さんの方を向いているのも、気まずさに掉さしている。
だから、沈黙から逃げるように、僕は考え事を始めた。
川上さんの意見は、あっているような気もするし、違うような気もする。
――前にも、こんな感想を持った気がした。
もともと根拠のないことだから、ああだこうだ言っても仕方ない。
でも、なんとなく気になってしまう。
どうして僕は木戸口さんに村口さんを見て、川上さんたちは木戸口さんに僕を見たのか……。
思考の坩堝に転げ込んだ時。
隣から聞きなれた、周波数の高い声。
「おはよー、タロちゃん、瑠美―」
「おはよう、春奈」
佐藤さんは、そのままカバンを投げるように机に置いて、僕たちの会話に参加する。
「何の話?」
「今、木戸口さんについて考えたんだ」
と、僕が答える。
すると、佐藤さんは呆れたように、両手の平を上に向け、首を振った。
英語圏の人がするボディランゲージだ。
そんな大げさな表現の後に、佐藤さんは最もなことを言い出した。
「二人ともさぁ、そんなに考えなくてもよくない? 昨日さ、木戸口さん嫌そうだったじゃん?」
確かに、木戸口さんは積極的ではなかった。
でも、佐藤さんも、木戸口さんに質問をしていたのに……。
「春奈もノリノリだったじゃん」
と、思い返していると、川上さんが佐藤さんにやんわりと言い返す。
けれど、佐藤さんは気にしない様子だ。
「それは、どんな感じなのか聞きたかっただけなのだよー」
と、佐藤さんはお道化ながら返す。
「私たちもそうだった」
「違うよぉ。春奈はほんとのことなんて別にどうでもいいのだー」
「なんで?」
「春奈が気になったのはねぇ、タロちゃんが言ってることが、ほんとなのか気になっただけだのだー」
「私だってそうだってば!」
「違いますー!」
「あぁ?」
ナメた態度の佐藤さんに対して、川上さんがピキリと青筋をたてる。
煽りに弱いのが、川上さんの弱点だ。
「まあまあ」
僕が間に入ることで、何とか川上爆弾の暴発は避けられた。
と、その時。
「峯村くーん。日直の仕事手伝って貰っていいー?」
声を教室の前方から掛けられた。
声の主は、日直の相方の女の子だ。
僕は今日は日直だった。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
とだけ言い残して、僕は呼ばれた方に行った。
★
一方、残された二人は、教室にて――
「ねぇ、瑠美」
「何?」
「もう、分かってるんでしょ?」
「何が?」
「木戸口さんのこと」
「だから、何が?」
「木戸口さんが違って見える理由」
「……」
「こういう時の、無言は肯定だよ」
「春奈は、はっきりと答えなかったね、昨日」
「春奈は、夢中になりすぎないようにしてるのだ」
「そう」
「にしても、面白い子ですなあ」
「そうだね」
「……好きな人に似てるように見えるなんて、とんでもないにゃあ……」
「……きっと、木戸口さんの方が困ってるよ」
「タロちゃんが、木戸口さん描くとどうなるんだろうね」
「わからない。でも、峯村だったら本当の姿が描けると思う」
「瑠美のタロちゃん信者っぷりは流石ですなぁ」
「春奈は描けると思ってないの?」
「にゃははー。そんなことないにゃ」
「そこは、否定しないんだね」
「タロちゃんの絵を世界で最もすごいと思ってるのは、春奈なのだよ」
「私だって思ってるよ。いや、まりあ先輩だって思ってる」
「まりあちゃんもタロちゃんに見えてるんだよね、木戸口さんのこと」
「うん」
「悩みは絶えませんなぁ」
「峯村は、きっと近いうちに、木戸口さんのことを描くんだろうね」
「それは予言かにゃ?」
「いいや、未来予知」
「にゃは。瑠美も冗談が上手くなったねぇ」
「でしょ」