魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ、たから僕は描いている   作:至ッ亭浮道

11 / 16
第11話

「じゃあ、お願(ねが)い!」

「うん。それじゃあ、板書(ばんしょ)はお願(ねが)い」

「わかった~」

 

 日直(にっちょく)の相方(あいかた)に板書(ばんしょ)を託(たく)して、僕(ぼく)はゴミ袋(ぶくろ)を持(も)って教室(きょうしつ)を出(で)た。

 向(む)かうのは、体育館(たいいくかん)裏(うら)にあるゴミ捨(す)て場(ば)だ。

 本当(ほんとう)は、昨日(きのう)の日直(にっちょく)が捨(す)てておくべきなんだけど、捨(す)て忘(わす)れてしまったらしい。

 昨日(きのう)のゴミがずっと教室(きょうしつ)の隅(すみ)に置(お)いてあるのは、なんとなく気分(きぶん)が悪(わる)いということで、僕(ぼく)が捨(す)てに行(い)くことにした。

 ゴミは朝(あさ)回収(かいしゅう)されるから、僕(ぼく)はゴミ捨(す)て場(ば)ヘと急(いそ)いでいる。

 校舎(こうしゃ)を出(で)て、体育館(たいいくかん)へ向(む)かう。

 そしてその裏(うら)のゴミ捨(す)て場(ば)に――と、体育館(たいいくかん)の曲(ま)がり角(かど)を曲(ま)がろうとした時(とき)。

 体育館(たいいくかん)裏(うら)に誰(だれ)かがいることに気(き)がついた。

 僕(ぼく)は思(おも)わず、隠(かく)れてしまった。

 体育館(たいいくかん)の角(かど)に背中(せなか)をぴったりとつけて、耳(みみ)をそばだてて、様子(ようす)をうかがう。

 

「木戸口(きどぐち)さんって……に……てるよね」

「別(べつ)に……、そうじゃ……です」

「でも……てる、そっくり」

「色(いろ)んな人(ひと)に、……って……われます」

「俺(おれ)の友達(ともだち)も……、……って」

「……そうですか」

 

 体育館(たいいくかん)の裏(うら)にいるのは木戸口(きどぐち)さんだ。

 僕(ぼく)はそのことを察知(さっち)すると、なぜかドクンと心臓(しんぞう)が跳(は)ねて、血液(けつえき)を活発(かっぱつ)に運(はこ)びだそうとし始(はじ)めた。

 木戸口(きどぐち)さんは、誰(だれ)か男(おとこ)といるらしい。

 それがわかると、二人(ふたり)の会話(かいわ)がより気(き)になった。

 

「マジ、木戸口(きどぐち)さん似(に)てるよ、アイドルの下関(しものせき)ゆまに」

「アイドルですか……?」

「ゆ(・)わ(・)れ(・)な(・)い(・)?」

「言(い)われない、です。自分がアイドルなんて……」

 

 より集中(しゅうちゅう)して話(はなし)を盗(ぬす)み聞(き)きしようとすると、鮮明(せんめい)に会話(かいわ)が聞(き)こえてくる。

 

「そのさ、自分(じぶん)って言(い)うのなんなん?」

「え?」

「普通(ふつう)は、女(おんな)の子(こ)は自分(じぶん)って、ゆわんくね?」

「ああ……、そうですね」

「じゃあ、なんでなん?」

 

 確(たし)かにそうだ。

 木戸口(きどぐち)さんの一人称(いちにんしょう)が自分なのは、木戸口(きどぐち)さんの見(み)た目(め)にも性格(せいかく)にも、合(あ)っているようには思(おも)えない。

 と言(い)っても、僕(ぼく)から見(み)る木戸口(きどぐち)さんは村口(むらぐち)さんに似(に)ているから、本当(ほんとう)の木戸口(きどぐち)さんはどんな風(ふう)なのかはわからないけど。

 でも、とにかく、合(あ)っていない気(き)がした。

 二人(ふたり)の会話(かいわ)は、男(おとこ)7:木戸口(きどぐち)さん3の配分(はいぶん)で進(すす)む。

 

「わかりません。でも、自分(じぶん)って言(い)うのは大事(だいじ)な気(き)がして」

「そうなんや。でも、ギャップがいいんじゃない。なんかキャラが立ってていいってか、面白(おもしろ)いし」

「……そうですか」

 

 そう木戸口(きどぐち)さんが答(こた)えてから、ほんの一瞬(いっしゅん)だけ、妙(みょう)な間(ま)があった。

 僕(ぼく)は気(き)になって、その一瞬(いっしゅん)を使(つか)って、体育館(たいいくかん)の角(かど)から顔(かお)を出(だ)して、二人(ふたり)の様子(ようす)を垣間見(かいまみ)る。

 それから男(おとこ)がとある提案(ていあん)を持(も)ち掛(か)けた。

 

「でさ、もしよかったら付(つ)き合(あ)わない?」

「……何(なに)にですか?」

 

 切(き)り出(だ)した男(おとこ)はもう戻(もど)ることはできない。

 男(おとこ)は口(くち)から桃色(ももいろ)の吐息(といき)を溢(こぼ)している。

 その濃(のう)色(しょく)は揺(ゆ)れ動(うご)く線(せん)となって、木戸口(きどぐち)さんへと突(つ)き進(すす)む。

 

「俺(おれ)と付(つ)き合(あ)ってくれない?」

 

 男(おとこ)の提案(ていあん)には傲慢(ごうまん)があった。

 声(こえ)の調子(ちょうし)から言葉(ことば)の重(おも)みを感(かん)じなかった。

 

「……え?」

 

 やっと、男(おとこ)の言(い)う意味(いみ)に気(き)づいた木戸口(きどぐち)さんは、ありえないという風(ふう)に、手(て)を口(くち)に当(あ)てる。

 その足(あし)は震(ふる)えていた。

 木戸口(きどぐち)さんは明確(めいかく)に怯(おび)えていた。

 

「どう?」

 

 そう言(い)う男(おとこ)は、品定(しなさだ)めしているかのような、ベタついて糸(いと)でも引(ひ)きそうな眼(め)線(せん)。

 

「……ちょっと、いまは、その」

 

 木戸口(きどぐち)さんはそう逃(のが)れる。

 苦(くる)し紛(まぎ)れだ。

 でも、逃(に)げの口実(こうじつ)には十分(じゅうぶん)だ。

 

「そっか。じゃあ、いつまで待(ま)てばいい?」

「えっと……」

「じゃあ、来週(らいしゅう)までには、答(こた)えを教(おし)えて?」

「……はい」

 

 男(おとこ)はもっと上手(うわて)だった。

 木戸口(きどぐち)さんは来週(らいしゅう)までに答(こた)えを出(だ)さなければならない。

 そうなれば、自然(しぜん)と、木戸口(きどぐち)さんが男(おとこ)について考(かんが)える時間(じかん)は増(ふ)える。

 そう言(い)い切(き)って、男(おとこ)は用事(ようじ)が済(す)んだらしい。

 

「じゃあね。また、来週(らいしゅう)、ここで」

 

 男(おとこ)はどんどんこっちへ向(む)かってくる。

 やばい!

 僕(ぼく)はとっさに体育館(たいいくかん)の入(い)り口(ぐち)へと張(は)り付(つ)いた。

 そこは少(すこ)し窪(くぼ)みになっていた。

 ここならバレないかもしれない。

 僕(ぼく)は息(いき)をひそめる。

 男(おとこ)が角(かど)から出(で)てきた。

 男(おとこ)は軽薄(けいはく)さが顔面(がんめん)に浮(う)き出(で)ていた。

 瞬間(しゅんかん)の感覚(かんかく)でしか生(い)きていない顔(かお)つきだった。

 男(おとこ)は僕(ぼく)に気(き)づかずに校舎(こうしゃ)の方(ほう)へと、手(て)をポケットに突(つ)っ込(こ)んだまま、小走(こばし)りで去(さ)っていった。

 僕(ぼく)はほっと、息(いき)を吐(は)いた。

 そして、男(おとこ)の出(で)てきた体育館(たいいくかん)の裏(うら)へと急(いそ)ぐ。

 そこでは、木戸口(きどぐち)さんが、膝(ひざ)を抱(かか)えて泣(な)いていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。