魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ、たから僕は描いている   作:至ッ亭浮道

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第12話

 

「……木戸口(きどぐち)さん」

「……?」

 

 木戸口(きどぐち)さんが、涙(なみだ)を袖(そで)で拭(ぬぐ)いながら、こちらを向(む)いた。

 

「峯村(みねむら)さん……?」

「……ごめん。ゴミ捨(す)てに来(き)たら二人(ふたり)がいて。……全部(ぜんぶ)聞(き)いちゃった。

「……そうでしたか」

「大丈夫(だいじょうぶ)?」

 

 僕(ぼく)は、ゴミを体育館(たいいくかん)の裏(うら)の奥(おく)にあるゴミ捨(す)て場(ば)においてから、木戸口(きどぐち)さんの傍(そば)に寄(よ)った。

 

「……少(すこ)し、怖(こわ)くて」

「そっか」

「…………自分(じぶん)って、なんなんでしょう」

「どういうこと?」

「自分(じぶん)はいつも誰(だれ)かの代(か)わりで……自分(じぶん)って、身代(みが)わりの人形(にんぎょう)みたいなもの、なんでしょうか」

 

 そんなことないよ。

 と、言(い)えなかった。

 なぜなら、僕(ぼく)も木戸口(きどぐち)さんに村口(むらぐち)さんを見(み)ていたから。

 

「なんでなんだろうって思(おも)ったんです」

 

 僕(ぼく)は無言(むごん)のままだ。

 けど、木戸口(きどぐち)さんは独(ひと)りごちる。

 

「自分(じぶん)、昔(むかし)から、人(ひと)に嫌(きら)われるのが怖(こわ)くて、それで嫌(きら)われないように、相手(あいて)の求(もと)める反応(はんのう)をするようになったんです。そしたら、いつの間(ま)にか、相手(あいて)の求(もと)めている人(ひと)になりきろうとしちゃって。……そしたら、似(に)てる、って言(い)われるようになって」

 

 僕(ぼく)は黙(だま)って、木戸口(きどぐち)さんの話(はなし)を聞(き)いている。

 僕(ぼく)にできることは同意(どうい)しかなかった。

 

「自分(じぶん)、もう駄目(だめ)かもしれないです。自分(じぶん)があまりにも空虚(くうきょ)で。自分(じぶん)がないからこんなことになっちゃうのかなって。だから、自分(じぶん)はいつも誰(だれ)かの身代(みが)わりでしかなくて」

「……」

「自分(じぶん)もう駄目(だめ)かもしれないです」

 

 そうして膝(ひざ)を抱(かか)えて、木戸口(きどぐち)さんはまた泣(な)き始(はじ)めた。

 僕(ぼく)は立(た)っていて、木戸口(きどぐち)さんはうずくまっている。

 だから、木戸口(きどぐち)さんのつむじが見(み)えている状態(じょうたい)だ。

 木戸口(きどぐち)さんが泣(な)きじゃくるたびに、髪(かみ)がさらさらと揺(ゆ)れる。

 まるで、波紋(はもん)のように揺(ゆ)れている。

 その様子(ようす)が僕(ぼく)には綺麗(きれい)に見(み)えた。

 僕(ぼく)は黙(だま)って木戸口(きどぐち)さんを見ている。

 しばらく経(た)ってから、木戸口(きどぐち)さんが泣(な)き止(や)み、立(た)ち上(あ)がった。

 

「……ごめんなさい」

「全然(ぜんぜん)だよ」

 

 木戸口(きどぐち)さんが濡(ぬ)れた眼(め)で、僕(ぼく)を見(み)た。

 眼(め)は充血(じゅうけつ)していて、白目(しろめ)も赤(あか)く染(そ)まっていた。

 瞳(ひとみ)の深紅(しんく)に僕(ぼく)の姿(すがた)が反射(はんしゃ)している。

 それを見(み)て僕(ぼく)は、描(か)かなきゃならないと思(おも)った。

 

「ねえ、木戸口(きどぐち)さん」

「……はい」

「もしよかったら、木戸口(きどぐち)さんの絵(え)を描(か)いてもいいかな?」

「……絵(え)?」

「木戸口(きどぐち)さんを慰(なぐさ)めたいんだよ。

 ……慰(なぐさ)めるって言(い)うと上(うえ)から目線(めせん)みたいだけど、でも、そう思(おも)ったんだよ。

 でも、僕(ぼく)は言(こと)葉(ば)が上手(じょうず)じゃないから……。

 でも、絵(え)を描(か)くのはちょっとだけ自信(じしん)があって……。

 だから……その、よかったら描(か)かせてほしい」

「……よく、わかりません」

 

 言(い)ってしまってから思(おも)い返(かえ)すと、決(けっ)して今(いま)言(い)うべき言葉(ことば)じゃなかったかもしれない。

 体育館(たいいくかん)裏(うら)で泣(な)いている女(おんな)の子(こ)を前(まえ)にしながらの言葉(ことば)としては、この世(よ)で最(もっと)も不適切(ふてきせつ)だと思(おも)った。

 でも、僕(ぼく)に出来(でき)ることは、それだけだと思(おも)った。

 僕(ぼく)には、描(か)くことしか、できない。

 

「そう、だよね。急(きゅう)に言(い)っても困(こま)るよね。僕(ぼく)は素人(しろうと)だし。それにじろじろ見(み)られるのは怖(こわ)いよね」

「……」

 

 木戸口(きどぐち)さんは腕(うで)を組(く)んで、かがんだ状態(じょうたい)で身(み)をすくめている。

 

「ごめんね。急(きゅう)だったよね」

「……」

 

 それから、僕(ぼく)は言(い)い訳(わけ)のような昔話(むかしばなし)を始(はじ)めた。

 

「昔(むかし)ね、川上(かわかみ)さん――あ、昨日(きのう)、木戸口(きどぐち)さんに会(あ)いに行(い)った時(とき)にいた、背(せ)の高(たか)い女(おんな)の子(こ)だよ。

 でね、川上(かわかみ)さんが、学校(がっこう)をずっと休(やす)んでた時(とき)があったんだ。それで、僕(ぼく)はたまたま道端(みちばた)で泣(な)いている川上(かわかみ)さんと会(あ)ったことがあったんだ」

「……」

「その時(とき)、川上(かわかみ)さんが泣(な)いてる時(とき)に思(おも)ったんだ。なんとかしなきゃって」

「……」

「それで、川上(かわかみ)さんの絵(え)を描(か)かせてもらったんだ。そしたらね、川上(かわかみ)さんが喜(よろこ)んでくれて、今(いま)みたいに仲良(なかよ)くなれたんだ」

「……そう、ですか」

「でね、同(おな)じようにして大園(おおぞの)先輩(せんぱい)とも、佐藤(さとう)さんとも、仲良(なかよ)くなったんだ」

「……」

「だから、木戸口(きどぐち)さんの絵(え)も描(か)きたいと思(おも)ったんだ」

「……自分(じぶん)が泣(な)いてるからですか」

「違(ちが)うよ。ただ――」

「ただ?」

「泣(な)いてる人(ひと)を放(ほう)っておけないから、かな」

「……」

 

 それでも木戸口(きどぐち)さんは黙(だま)っている。

 僕(ぼく)はそれを拒否(きょひ)と受(う)け取(と)った。

 それじゃあ、と言(い)って立(た)ち去(さ)ろうとした時(とき)。

 僕(ぼく)は木戸口(きどぐち)さんに呼(よ)び止(と)められた。

 

「……待(ま)ってください」

 

 僕(ぼく)は振(ふ)り返(かえ)った。

 

「どうすればいいですか?」

「え?」

「自分(じぶん)も描(か)いて欲(ほ)しいです、峯村(みねむら)さんに、自分(じぶん)の絵(え)」

「……いいの?」

「お願(ねが)いします」

 

 そう言(い)って木戸口(きどぐち)さんは、両手(りょうて)を膝(ひざ)の前(まえ)にして礼(れい)をした。

 木戸口(きどぐち)さんが顔(かお)を上(あ)げる。

 

「ただ、一(ひと)つ聞(き)きたいことがあるんです」

「なに?」

「どうして峯村(みねむら)さんは、人(ひと)のために生(い)きるんですか?」

「いや、別(べつ)に――」

 

 と言(い)おうとした時(とき)。

 

 

 ――「あなたは、自分(じぶん)のために生(い)きるべき」

 

 

 そんな言葉(ことば)が脳内(のうない)で呼(よ)び覚(さ)まされた。

 今(いま)はもう、どこかに行(い)ってしまった人(ひと)の声(こえ)。

 僕(ぼく)はその言葉(ことば)を言(い)われた時(とき)は、何(なに)も言(い)えなかった。

 けれど、今(いま)は答(こた)えを出(だ)すことができた。

 

「僕(ぼく)は人(ひと)のためになんか生(い)きてないよ。僕(ぼく)は自分(じぶん)が描(か)きたいから描(か)くんだ。自分(じぶん)が描(か)くために、僕(ぼく)は生(い)きてるんだ」

 

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