「……木戸口さん」
「……?」
木戸口さんが、涙を袖で拭いながら、こちらを向いた。
「峯村さん……?」
「……ごめん。ゴミ捨てに来たら二人がいて。……全部聞いちゃった。
「……そうでしたか」
「大丈夫?」
僕は、ゴミを体育館の裏の奥にあるゴミ捨て場においてから、木戸口さんの傍に寄った。
「……少し、怖くて」
「そっか」
「…………自分って、なんなんでしょう」
「どういうこと?」
「自分はいつも誰かの代わりで……自分って、身代わりの人形みたいなもの、なんでしょうか」
そんなことないよ。
と、言えなかった。
なぜなら、僕も木戸口さんに村口さんを見ていたから。
「なんでなんだろうって思ったんです」
僕は無言のままだ。
けど、木戸口さんは独りごちる。
「自分、昔から、人に嫌われるのが怖くて、それで嫌われないように、相手の求める反応をするようになったんです。そしたら、いつの間にか、相手の求めている人になりきろうとしちゃって。……そしたら、似てる、って言われるようになって」
僕は黙って、木戸口さんの話を聞いている。
僕にできることは同意しかなかった。
「自分、もう駄目かもしれないです。自分があまりにも空虚で。自分がないからこんなことになっちゃうのかなって。だから、自分はいつも誰かの身代わりでしかなくて」
「……」
「自分もう駄目かもしれないです」
そうして膝を抱えて、木戸口さんはまた泣き始めた。
僕は立っていて、木戸口さんはうずくまっている。
だから、木戸口さんのつむじが見えている状態だ。
木戸口さんが泣きじゃくるたびに、髪がさらさらと揺れる。
まるで、波紋のように揺れている。
その様子が僕には綺麗に見えた。
僕は黙って木戸口さんを見ている。
しばらく経ってから、木戸口さんが泣き止み、立ち上がった。
「……ごめんなさい」
「全然だよ」
木戸口さんが濡れた眼で、僕を見た。
眼は充血していて、白目も赤く染まっていた。
瞳の深紅に僕の姿が反射している。
それを見て僕は、描かなきゃならないと思った。
「ねえ、木戸口さん」
「……はい」
「もしよかったら、木戸口さんの絵を描いてもいいかな?」
「……絵?」
「木戸口さんを慰めたいんだよ。
……慰めるって言うと上から目線みたいだけど、でも、そう思ったんだよ。
でも、僕は言葉が上手じゃないから……。
でも、絵を描くのはちょっとだけ自信があって……。
だから……その、よかったら描かせてほしい」
「……よく、わかりません」
言ってしまってから思い返すと、決して今言うべき言葉じゃなかったかもしれない。
体育館裏で泣いている女の子を前にしながらの言葉としては、この世で最も不適切だと思った。
でも、僕に出来ることは、それだけだと思った。
僕には、描くことしか、できない。
「そう、だよね。急に言っても困るよね。僕は素人だし。それにじろじろ見られるのは怖いよね」
「……」
木戸口さんは腕を組んで、かがんだ状態で身をすくめている。
「ごめんね。急だったよね」
「……」
それから、僕は言い訳のような昔話を始めた。
「昔ね、川上さん――あ、昨日、木戸口さんに会いに行った時にいた、背の高い女の子だよ。
でね、川上さんが、学校をずっと休んでた時があったんだ。それで、僕はたまたま道端で泣いている川上さんと会ったことがあったんだ」
「……」
「その時、川上さんが泣いてる時に思ったんだ。なんとかしなきゃって」
「……」
「それで、川上さんの絵を描かせてもらったんだ。そしたらね、川上さんが喜んでくれて、今みたいに仲良くなれたんだ」
「……そう、ですか」
「でね、同じようにして大園先輩とも、佐藤さんとも、仲良くなったんだ」
「……」
「だから、木戸口さんの絵も描きたいと思ったんだ」
「……自分が泣いてるからですか」
「違うよ。ただ――」
「ただ?」
「泣いてる人を放っておけないから、かな」
「……」
それでも木戸口さんは黙っている。
僕はそれを拒否と受け取った。
それじゃあ、と言って立ち去ろうとした時。
僕は木戸口さんに呼び止められた。
「……待ってください」
僕は振り返った。
「どうすればいいですか?」
「え?」
「自分も描いて欲しいです、峯村さんに、自分の絵」
「……いいの?」
「お願いします」
そう言って木戸口さんは、両手を膝の前にして礼をした。
木戸口さんが顔を上げる。
「ただ、一つ聞きたいことがあるんです」
「なに?」
「どうして峯村さんは、人のために生きるんですか?」
「いや、別に――」
と言おうとした時。
――「あなたは、自分のために生きるべき」
そんな言葉が脳内で呼び覚まされた。
今はもう、どこかに行ってしまった人の声。
僕はその言葉を言われた時は、何も言えなかった。
けれど、今は答えを出すことができた。
「僕は人のためになんか生きてないよ。僕は自分が描きたいから描くんだ。自分が描くために、僕は生きてるんだ」