魚は泳ぐ、鳥は飛ぶ、たから僕は描いている   作:至ッ亭浮道

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第15話

 

 僕(ぼく)が戻(もど)ってきたとき、みんなの間(あいだ)には微妙(びみょう)な空気(くうき)が流(なが)れていた。

 

「どうしたの?」

「なんでもないよー。ささ! 早速(さっそく)描(か)き始(はじ)めましょうぞ!」

「え? あ、うん」

 

 佐藤(さとう)さんに促(うなが)されるまま、僕(ぼく)は、大園(おおぞの)先輩(せんぱい)の用意(ようい)してくれたカンバスの前(まえ)に座(すわ)る。

 すると、大園(おおぞの)先輩(せんぱい)が慌(あわ)ただしく部屋(へや)を出(で)ていく。

 

「ごめんね! わたし委員会(いいんかい)の仕事(しごと)があって!」

「先輩(せんぱい)、準備(じゅんび)ありがとうございました」

「いいよー! 今度(こんど)何(なに)かおごってね!」

「学食(がくしょく)でいいですか」

「やだ! カフェで!」

「……考(かんが)えときますね」

「よろしくね!」

 

 そう言(い)って、大園(おおぞの)先輩(せんぱい)は、バタバタと足音(あしおと)をさせながら、教室(きょうしつ)から出(で)ていった。

 僕(ぼく)はその足音(あしおと)が聞(き)こえなくなってから、木戸口(きどぐち)さんの方(ほう)に向(む)き直(なお)った。

 

「じゃあ始(はじ)めるね」

「は、はい」

 

 そう言(い)って木戸口(きどぐち)さんは、座(すわ)る姿勢(しせい)を正(ただ)した。

 けれど、首(くび)が微(び)妙(みょう)に傾(かたむ)いている。

 緊張(きんちょう)しているのか、木戸口(きどぐち)さんは床(ゆか)を見(み)ていた。

 少(すこ)し気(き)がかりだったけど、僕(ぼく)は気(き)にせず描(か)き始(はじ)めることにした。

 最初(さいしょ)はゆっくりと、手探(てさぐ)りをするように線(せん)を描(か)いてゆく。

 自分(じぶん)の中(なか)を探(さぐ)るように、線(せん)を引(ひ)いてゆく。

 描(か)いては消(け)し、消(け)してしまっては描(か)き直(なお)す。

 描(か)き始(はじ)めは、川上(かわかみ)さんたちに見(み)られているのが、気(き)になっていた。

 けれど、そのうちに川上(かわかみ)さんたちが、僕(ぼく)の周(まわ)りにいるのも忘(わす)れてしまうほどに、僕(ぼく)は集中(しゅうちゅう)し始(はじ)めた。

 そして、あらかた方向性(ほうこうせい)が決(き)まって、筆(ふで)を入(い)れようとした時(とき)。

 川上(かわかみ)さんが、久(ひさ)しぶりに声(こえ)を出(だ)した。

 

「私(わたし)、帰(かえ)る」

 

 室内(しつない)全員(ぜんいん)の視線(しせん)が、川上(かわかみ)さんに集(あつ)まる。

 僕(ぼく)は、そっかとも、じゃあねとも言(い)わないで、何(なん)と言(い)えばいいのか迷(まよ)っていた。

 すると、佐藤(さとう)さんが川上(かわかみ)さんに、なにかを言(い)い始(はじ)めた。

 

「もういいの?」

「うん」

「どうだった?」

「やっぱり、私(わたし)、間違(まちが)えてないと思(おも)う」

「見(み)えたんだね」

「うん」

「そっか」

 

 すると、佐藤(さとう)さんも川上(かわかみ)さんと同(おな)じように帰(かえ)ると言(い)い始(はじ)めた。

 

「じゃあ、あたしも帰るー」

「いいの?」

「のめり込(こ)まないだけで、春奈(はるな)も瑠(る)美(み)と同(おな)じなのさー」

「そっか」

 

 そう言(い)って二人(ふたり)は、二人(ふたり)の間(あいだ)だけで納(なっ)得(とく)したらしい。

 そして二人(ふたり)ともカバンを持(も)って、部屋(へや)から出(で)ていこうとする。

 

「それじゃねー」

「頑張(がんば)ってね、峯村(みねむら)」

 

 最後(さいご)に川上(かわかみ)さんが、木戸口(きどぐち)さんにこう言(い)った。

 

「眼(め)を見(み)るのは、自由(じゆう)だよ。怖(こわ)くないことだから」

「……わかりました」

 

 僕(ぼく)には何(なに)も分(わ)からない。

 けれど、木戸口(きどぐち)さんには何(なに)かが伝(つた)わったようだった。

 ガラガラと扉(とびら)が閉(し)まり、僕(ぼく)と木戸口(きどぐち)さんだけが教室(きょうしつ)に残(のこ)された。

 

「続(つづ)けるね」

「はい」

 

 それからはお互(たが)いに無言(むごん)だった。

 筆(ふで)が水彩紙(すいさいし)の上(うえ)を走(はし)る音(おと)だけが心地(ここち)よく響(ひび)く。

 そして絵(え)が7割(わり)ほど完成(かんせい)した頃(ころ)。

 木戸口(きどぐち)さんが沈黙(ちんもく)を破(やぶ)って、口(くち)を開(ひら)いた。

 

「……断(ことわ)りました、告白(こくはく)」

「……そうなんだ」

「怖(こわ)かったですけど、ちゃんとしなきゃと思(おも)って」

「……すごいよ」

 

 僕(ぼく)は、口(くち)を動(うご)かしながら筆(ふで)を持(も)ち換(か)えて、木戸口(きどぐち)さんの方(ほう)を見(み)た。

 今(いま)まで僕(ぼく)の足元(あしもと)を彷徨(さまよ)っていた眼(め)線(せん)が、一直線(いっちょくせん)に僕(ぼく)を見(み)つめていた。

 木戸口(きどぐち)さんの真(ま)っ赤(あか)な眼(め)が、僕(ぼく)を見(み)つめていた。

 

「どうしたの?」

「いや、なんでも、ないです」

 

 木戸口(きどぐち)さんはそう言(い)ったっきり、また眼(め)線(せん)を彷徨(さまよ)わせる。

 それからまた無言(むごん)の時間(じかん)が続(つづ)いた。

 日(ひ)が暮(く)れ始(はじ)めて、もう光(ひかり)無(な)しでは描(か)くことが出来(でき)ないほど薄暗(うすぐら)い頃(ころ)。

 そんな時間(じかん)に、やっと絵(え)は完成(かんせい)した。

 

「出来(でき)た……」

 

 僕(ぼく)がそう言(い)うと、木戸口(きどぐち)さんはダラリと姿勢(しせい)を崩(くず)した。

 

「ずっと同(おな)じ姿勢(しせい)ってやっぱり疲(つか)れるんですね」

「姿勢(しせい)なんて、変(か)えてもよかったのに」

「え? でも描(か)くなら……」

 

 そう言(い)って、木戸口(きどぐち)さんが立(た)ち上(あ)がり、僕(ぼく)の絵(え)を覗(のぞ)き込(こ)む。

 

「……なんですか、これ?」

 

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