それから、僕は、佐藤さんと一緒に教室に戻った。
既に、昼休みは終わりに差し掛かっていた。
僕はいつも学食でお昼を食べているから、食べそびれちゃったな、と思っていると、川上さんが購買で買っただろうパンをくれた。
「ありがと。いいの?」
と、僕が感謝を告げると、
「どうせ何も持ってないと思ったから。いいよ、あげる」
と言って、川上さんは素っ気なくそう答えた。
けれど、佐藤さんは、川上さんがパンを持っていたことに納得がいかないようで、川上さんに食って掛かる。
「瑠美って、タロちゃんに甘いよね」
「……別にそうでもないけど」
「そうかにゃあ? 春奈にはそうは見えないけど」
「春奈も、わざわざ峯村の様子を見に行くなんて、優しいじゃん」
「春奈は、タロちゃんが大丈夫か気になったからねー」
「私だって、気にはしてたよ」
「それなら、どうして、春奈と一緒に来なかったの?」
「一人になりたいときだってある、と思ったから」
「そうかにゃあ。辛いことがあったら聞いてあげた方がいい、と思うけどなぁ」
「まぁまぁ、二人とも」
僕は、手元のパンをちぎって、佐藤さんの口にねじ込んだ。
ムグッと言って、佐藤さんがパンをむしゃむしゃと咀嚼する。
「川上さんの言葉にしない優しさも、佐藤さんの寄り添うような優しさも嬉しかったよ」
僕はそう言って、椅子に座ったまま、二人に頭を下げた。
顔を上げると、佐藤さんはもうパンを飲み込んでしまっていた。
そして、二人とも嬉しそうだった。
「そっか」
と、川上さんはわずかに口角をあげて、ただ、それだけ言った。
一方で、佐藤さんは満面の笑みだ。
「タロちゃんも、言うようになりましたなぁ」
「そんなことないよ」
と言って、僕は笑い返した。
すると、突然に教室の後方から、僕の声が呼ばれた。
「峯村クンはいますかぁ?」
そこにいたのは、背丈が平均よりもが少し低い女の子だった。
扉に手をかけて、教室の中をキョロキョロと見渡している。
その動きにしたがって、彼女の黒い髪が左右に揺れている。
肩口で切りそろえられた髪は、細いけれどしっかりとした質感を感じさせた。
声に反応して、僕が扉の方を見る。
すると、その女の子と眼が合った。
「あ、峯村クン!」
「どうしたんですか? 大園先輩」
教室に突然として現れたのは、僕が所属する、整美委員会の先輩である大園まりあ先輩だった。
「あのね! 今日は、放課後なにしてるかな?」
「どうしてですか?」
今日は、さっさと帰ってしまおうと思っていた。
だから、予定外のことで時間を取られるのは正直嫌だ。
でも、大園先輩にはいろいろとお世話になっている。
そのうえ、整美委員会では副委員長に任命されているから、断りずらさもあった。
そうやって、思惑と義務感の狭間で行ったり来たりをしていると、そこに川上さんが割り込んできた。
「すいません、まりあ先輩。今日、峯村、体調悪いみたいなんです。午前は保健室にいってたんで」
川上さんは僕の肩に手を置きながら、大園先輩にそう言った。
大園先輩は若干、小柄だから、川上さんの背の高さが、より引き立っている。
実際、大園先輩は見上げるようにして、川上さんを見ていた。
川上さんは僕よりも少し背が高い。
「お! 川上ちゃん! 今日もおっきいね!」
「まりあ先輩も、今日もかわいいですよ」
そう言って、川上さんは膝を曲げ、視線を合わせるようにして、大園先輩を撫でた。
それから話は、僕のことに戻ってきた。
「峯村クン、保健室行ってたの?」
大園先輩は丸の中心に点を打ったような眼にして、豊かな表情で驚いている。
「体調はもう大丈夫?」
「はい。なんとか」
「熱とかはない?」
大園先輩は、かかとを上げて、僕の額に手を合わせようと、背伸びをしている。
しかし、大園先輩の手が届く前に、川上さんが、その手首を握った。
「まりあ先輩、峯村に熱はないですよ。気の病です」
「気の病? それって、心の病気ってこと?」
「そんな感じです」
川上さんはそう言って、大園先輩の手を離した。
大園先輩はブルブルと体を震わせ始めた。
「ええ! あたしいつの間にか、峯村クンに迷惑かけてたかな⁉ パワハラ上司!?」
その後も、一言二言と騒いでから、大園先輩は頭を抱えて、またブルブルと震え始める。
「大丈夫ですよ。まりあ先輩は関係ないです」
川上さんがそう言っても、大園先輩は聞く耳を持たない。
「ああ! あたしが峯村クンを酷使しすぎたから!」
「そんなことないですって! 先輩にはいつもお世話になってますよ」
僕もそう言ったのだけれど、思いは通じず。
大園先輩はそのまま逃げるようにして去って行った。
僕は追いかけようとした。
けれど、川上さんに肩を掴まれて、阻止された。
「どうして⁉」
僕が批判的な目線を、川上さんに向ける。
川上さんは、教室の前方を指さした。
その指の先には時計があって、その針は昼休みの終わりが近いことを示していた。
「今行ってもどうしようもないよ」
「……そっか」
「行くなら放課後に行って、色々《いろいろ》聞いてもらいなよ」
「うん。そうする」
僕たちは席に戻った。
僕たちが大園先輩と何か話しているのを、佐藤さんは、席に座ったまま聞いていた。
僕たちが席に戻ると、佐藤さんは何があったのか説明を求めた。
「あの人、タロちゃんの委員会の先輩だよね」
「うん。大園まりあ先輩」
僕が大園先輩の名前を出すと、佐藤さんは、大園先輩のことを思い出すように、人差し指を振り始めた。
「ちっこくてかわいい先輩だよね」
「でも、立派な先輩だよ」
「そうなんだ」
「うん。委員会の仕事をこなしながら、ちゃんと部活動もしてるんだよ」
「何部なの?」
「演劇部だって」
「えー、ウチの演劇部って、結構忙しくて有名なのに、すごいにゃあ」
「最近は、委員会の方が忙しくて、行けてないらしいけど、ちゃんと演者としての練習もしてるみたいだよ」
「ほんとに、すごいにゃあ」
「私たちとは違うね」
川上さんがそう言った。
その言い方は、やけにキッパリとしていた。
だから、そうだねー、と佐藤さんが言うと、僕たちは笑った。
「それにしても、そんな多忙な先輩が何の用事だったの?」
と、佐藤さんが尋ねてくる。
けど、思い返してみると、大園先輩がなぜ僕たちのクラスに来たのか、その理由を聞いていないことに気づいた。
「そう言えばなんだったんだろう」
「それも放課後に聞きに行くしかないね」
川上さんは、腕を組みながら、そう言った。
「さっきの誤解も解かなきゃいけないし、やっぱり、放課後会いに行かないとね」
「うん」
と、僕は答えた。
その時、教室に隙間風が吹いてきた。
キューッという甲高い音がなった。
誰かが、窓を半開きにしてしまっていたらしい。
音が鳴ると、また誰かが気づいて窓を閉めた。
ふと窓の外を見ると、秋の風は強いみたいで、雲の流れが速かった。