それから。
緩慢な午後の授業を終えて、放課後。
僕たちは、また、木戸口さんのクラスへと来ていた。
放課後の来訪には、大園先輩もついてきた。
ついてきたと言っても、ばったり会ったというだけで、待ち合わせていたわけではなかった。
4人で連れ立って、木戸口さんのクラスに着いた。
流石に放課後ともなると、噂の転校生である木戸口さんの周りは、すっきりとしていた。
それでも、まだ何人かが、周りにいた。
木戸口さんは、その人たちの対応に追われて、帰ることが出来ていないらしい。
そんな風に様子を伺う僕に対して、大園先輩は何も気にせずに木戸口さんを呼んだ。
「木戸口菜緒さんはいますかー!」
先輩がそう言って、木戸口さんを呼んだ。
すると、木戸口さんとその周りの女子が、僕たちの方を振り向いた。
女子たちは、顔を見合わせていた。
木戸口さんだけが、席から立って、僕たちの方へ近づいてくる。
「えっと、大園さんでしたよね……」
「昨日はありがとうね!」
大園先輩が、元気いっぱいの挨拶をした。
「こちらこそ。自分も助かりました」
そう言って、木戸口さんはペコリと頭を下げた。
「何かご用ですか?」
「大した用事じゃないんだけどね! 昨日のことが気になったから来たの!」
「……昨日のこと?」
木戸口さんは、いったいなんだろう、と訝しむ。
大園先輩がより詳しく事情を説明する。
「ほら! 昨日さ、あたしと峯村クンで、似てる人が違うってことがあったでしょ? あれがね、気になったの」
「……ああ」
木戸口さんが僕の方をチラッと見た。
怯えた赤い眼が一瞬だけ僕を捉えた。
まだ怯えられているのか、と僕は悲しくなった。
けれど、大園先輩はそんなことは気にせずに、話を進めていく。
「それでね、他の人だったらどうなのかな、と思ったから、連れてきちゃった」
大園先輩に促されて、川上さんと佐藤さんが挨拶をする。
木戸口さんは、二人に軽く会釈をしたが、嬉しそうには見えなかった。
「どうしたんですか?」
と僕が尋ねる。
「いえ、そんな質問を、今日も多くされたので」
「え?」
僕が聞き返した。
けれど、木戸口さんは、その驚きには何も返してくれない。
「そんな質問って?」
さらに僕が聞いた。
すると、木戸口さんは、しぶしぶと言った感じで、答えてくれた。
「自分、よく人に間違えられるって、昨日言いましたよね」
「はい」
「だから、今日は、そんな質問ばっかりで疲れたんです。みなさん同じことばっかりで……」
「どんなに人に似てる、って言われたの?」
と、佐藤さんが聞くと、木戸口さんは、少しも考える素振りを見せずに答えた。
「覚えてないです。みなさん、言うことが違うので」
「……全員が?」
佐藤さんが、木戸口さんの言ったことを、そのまま聞き返した。
木戸口さんは頷く。
「でも、どうしてそんなことになるんだろうねぇ?」
「わかりません。……私にも、何が何だか」
「昔からなの?」
「……はい。……中学校ぐらいからです」
「じゃあ、逆に、似てると言われなかったことはないの?」
木戸口さんは、眼だけを上向きにさせた。
思い出しているようだった。
そして、
「いました」
と言った。
佐藤さんがそれを追及する。
「どんな人だったの?」
「今度は、自分がよく覚えてません。……どんな人だったのか……」
「……なるほどにゃあ」
佐藤さんはそう言って、僕らの方に振り返った。
「って、言ってるけど、どうなんだろうにゃあ」
「春奈は、誰に似てると思った?」
「春奈は、なんとなく、タロちゃんに似てると思ったけど……」
佐藤さんは、木戸口さんを見た感想を述べてから、川上さんに聞き返した。
「瑠美は?」
「私は峯村に似てると思う」
「どこが?」
「眼が似てる」
「そうかなぁ?」
佐藤さんは、木戸口さんの方へ体を戻した。
顎に手を当てて、まるで骨董品を鑑定するかのように、まじまじと観察する。
木戸口さんは、佐藤さんを怖がって、体をのけ反らせた。
「みんな峯村クンに似てる、と思ったってことだよね!」
「そうですね。でも、峯村は、村口さんに似てると言ってるし……」
川上さんは、耳たぶを触りながら黙りこくってしまった。
考え事を始めたらしい。
斜め上を見ながら、ずっと体を揺すっている。
川上さんのいつもの癖だった。
テスト中とか、考える時に川上さんは、いつもこの癖を発揮している。
子供染みた仕草だけど、不思議と、クールな川上さんのイメージにぴったりと合っていた。
だから、僕は、考え事をしている川上さんの姿が、気に入っていた。
そんな傍らでは、大園先輩が、何かを思いついたようで、木戸口さんに質問をした。
「ねえねえ、菜緒ちゃんは、男の人に間違われたことは、これまでにあったの?」
「あります。女の人は、いつも男の人に似てるって言うんです」
「みんなが?」
「はい。たまに違う人もいますけど」
「じゃあ、同じ人に間違われたことはあるのぉ?」
大園先輩に続いて佐藤さんが聞いた。
「それもたまにあります。こんなに一度に言われることはありませんけど……」
木戸口さんがそう答えると、大園先輩も佐藤さんも、うーん、と唸り始めてしまった。
それ以降は、何の発展もなかった。
川上さんも、考え事をしただけで、何も思いつきはしなかったらしい。
そして今日はもう帰ろうか、という事になった。
僕たちは、木戸口さんとその周りにいた人たちへの謝罪もそこそこに、僕たちは帰路に就いた。