同級生の男子と出かける機会は、あまり無かった。
小学校の卒業式後の打ち上げくらいのものだ。寄り道どころか、男子と一緒に帰ることさえない。同級生・同業者の女子となら、それなりにスイーツを食べに行ったり、服を買いに行ったりはするのだが。
別に男子が苦手なわけじゃあない。機会がないだけ。興味や関心もないけど。
今どきの中学生ってのも、やっぱり父さんや母さんの世代と違って、軽々しく彼氏彼女がどうとかって話をする。付き合うっていうのも、大人からしたらお遊びなワケだが、中学生はみんな真剣らしい。
マッ! 私はそんなパパラッチ沙汰になりそうな橋を渡るのはゴメンだけどね。なんたって私の将来は、笑っていいとも! にYOSHIKIから呼ばれるような大スタァなんだから。
徹子の部屋のレギュラーになるような芸能界のレジェンド。それが私の目標。私の均等な五角形のステータスは、それぞれが均等に伸びて、いずれは芸能人、いや万能人になるのだ。レオナルド・ダ・ヴィンチになるのだ。
そう、そんな未来の可能性の塊にとって、デートはご法度なのよ。
なのに。
「ねえねえ、これ食べたことないんだけど。美味しいの?」
「…………」
「なるほど。じゃあ買ってみようかな」
「黙認じゃないわよ」
なんで同級生男子とコンビニにいるのよ、私は。
しかも、中学生同士のカップルにお似合いなイートインスペースも整えられている。実際いるもん、カップル。ふた組ほど。周りの目も気にせずにイチャイチャしてるのがふた組ほど。
いや、これはデートなんかじゃあない。私にとっては『いっしょにおでかけ』的な、中学生に匹敵しない、小学生くらいの男女がやるようなイベントだ。少なくとも私は、そう認識している。
自分と世間への言い訳を考えている私をよこに、彼は『秋限定・栗たっぷりの贅沢モンブラン(税込348円)』をふたつ持ってレジ方向に向かおうとしていた。
「地味に高いの選ぶわね」
「いいのいいの。僕、今日お小遣いの日だし。700円くらい余裕だよ」
アナタが良くても私は地味にきついのよ、と言おうとするも、700円という値段を聴き、彼は私に払わせる気はなさそうだと判断した。
コイツ、整った顔も相まって、女の子を何人も勘違いさせてそうな言動をするところは苦手なのよね。
「もしかして苦手?」
「……奢ってもらうのは、流石に悪いわ。買えるお金くらいはあるし」
「すみれ、キミ、甘え下手でしょう。こういう時は、素直に奢ってもらうもんだぜ?」
「アナタは甘えさせ下手ね」
「言うねぇ」
彼は困ったように目を逸らす。その視線の先にあるものを見た亞木星は、一転してニヤニヤしながら『ソレ』を指さす。
「この人、評判だってね?」
「?」
なんてことはない、ただの週刊誌。芸能界の闇を暴く、という大義名分にもなっていないスローガンを掲げるような、つまらない雑誌だ。彼の指先には、比較的大きな見出しで『大子役時代!! 革命児の誕生か』という文字が。
私の興味を分かっているのか? それとも、私のことを知ってくれているのか。私がいま、その業界のトップになることを夢とし、母をマネージャーとして業界の端の端に立っていることを。
手に取って開いてみる。
ぺらぺらとページをめくってみて数秒。私は彼の言葉の真意を理解した。立ち読みをしているという立場を忘れて、呆然とその場に立ち尽くしてしまった。この前、彼と教室の戸締りをした時、案外良い奴だなんて言ってみたが、その言葉は撤回させてもらおう。
やな奴。
「行くよ」
「ちょ!」
「お会計、済ませたから」
「いや、アナタねぇ……色々とアナタねぇッ……!」
私は声を抑えつつも、思わずズカズカ彼に歩み寄る。店員が眉間に皺を寄せてそうなくらいの勢いで。
だって、こんなに腹が立ったのは久しぶりなんだもの。
「ん?」
彼が振り返って、長くキレイな髪がうねる。コンビニの入口側の壁、いや窓だろうか? ガラス張りから差し込む光に照らされ、かつての夕焼けと同じようなオレンジがかった光が彼を照らした。
太陽は照らすものを選ばない、と聞いたことがあるが、それは私には当てはまらないようだった。光は、彼のみを照らしていた。
そこから確かに、私は感じたのだ。
金木犀の香りだ。それも、花からの香りじゃあない。さっき彼に助けられたとき、同時に私の嗅覚が感じ取ったのは、彼自身の香りだったんだ。
先程の週刊誌の中には、彼が載っていた。今とさほど変わらない服装で、ベテラン俳優と写真に写っていたのだ。
その横にあった、記者がノリノリで書いたであろうクサいキャッチコピーはこうだ。
子役革命。
亞木星以前か、亞木星以降か。
天才はいる、悔しいが。
父の光の意志、母の血の潮流、芸能界のサラブレッドとなりて。
ショウ・ビジネス界の『スタァ』見参。
どんな売り文句よりも、最後の言葉が一番刺さった。派手派手しいルビで、私を深く、深く刺した。
私より先に。私と同じ教室にいる奴が。スタァですって。
あぁ、可笑しい。
笑い飛ばしてやりたいわ。
「前、キミのことをテレビ局で見たんだ。だから、こっちだけ身分を隠してるのもアレかなって……だから見せたんだ」
「まあ、気づかなかった……というか、今初めて知ったわね」
「なぁんだぁ〜、ちょっとショック」
「あと、テレビ局……って、どの時?」
「んーとね。白いダンゴムシ着てた」
「グソクムシ!」
「あ、それそれ!」
「黒歴史なんだから」
「へへ。でもキミ、あの仕事も『全力だったろ』」
彼は、これまでの如何にもなニコニコ顔から少し変わって、ニヤリと笑った。野心が含まれた顔。
「この前さ。匂いが好きじゃない洗剤のCMに出たんだ。そしたら、なんか全然さ、やる気出ないでやんの。やるにはやったけど、普段の調子があんまり出なくて多めにリテイク出ちゃったし」
そう言って、彼は頬杖をつき、モンブランのてっぺんの大きなマロングラッセをつんつんする。
その後、螺旋状に重なったクリームを、プラスチックの小さなスプーンでひとすくい。それを口に含み、女子みたいに美味しい美味しいと箸を、いやスプーンをすすめる。中性的な顔立ちと、長い睫毛と髪が、より女子らしさを強める。
これは、褒められていると取っていいのか。それとも、選り好みが出来るほどの仕事の数が僕ちんにはあるんだぞー、へへーん、ってカンジのアピールか。
今の彼の発言に関しては、ちょいとカチンとくるところがあった。
私はスプーンの袋を、軽く机に突き立てるようにしてスプーンを出す。妹がうまい棒を出す時、どこかのヒーロー系アニメに影響されて、こんな出し方をしてたっけな。
「仕事なんだから、どんな事でも全力なのは当然よ。それがショウビジネス……たとえ腹踊りでもやってみせるわ。この平安名すみれは、金やチヤホヤされるため『だけ』に舞台に立っているわけじゃあないのよ」
「へえ、プロ」
「うわっ面だけは、ちゃんとしないとね」
「でも、本当に思ってることなんだろう?」
「……まあね」
話し方といい、その最中に目が合わさるときの笑い方といい、彼はどうも私の心を見透かしていそうなところがある。
それが恐ろしい、関わりたくない、なんてことは思わないが、彼が電波っぽいと言われる理由は分かった気がする。
彼は、どこか普通の男子とは違う。浮いている。地面から数ミリとか、そんなドラえもん的なことじゃあなくって。どちらかと言えば、のび太。
なんというか、浮世離れ、と言った方がいいか。地に足が着いていない、というほど浮いてもいないし、かといってただの中学生かと言われるとそうでもない。それこそ、ドラえもんと一緒に数々の世界で冒険し、世界を救ってきたという設定が通用する劇場版のび太のよう。
「偉いね」
「私は、星を見ていたいの。そのためには、上を向かなくっちゃあね」
「ふふ」
「そんなに愉快かしら。私の説教もどきは」
「うん。君みたいな子とデートできて、嬉しい」
「口が達者なようね、スタァさん」
「将来の大女優にして大スタァとデートなら、スキャンダルどころかライスシャワーだろ。お似合いじゃない? 僕らふたり♪」
思わず、黙り込んでしまう。そういう意味で言ったんじゃあない! とも突っ込みたくなってしまうし、ませた
「本気で思ってるの、それ」
「社交辞令にしては凝りすぎてるだろ?」
確かに。
いやいや、『確かに』ではない。そういう問題ではない。私は一旦冷静になり、出したスプーンの存在を忘れていたことに気づいた。モンブランの入ったプラ容器に手を伸ばす。
彼の方を見てみると、すでに容器の中は空になっていた。窓の外、東京の狭い空を見ていた彼は、一瞬虚ろな、どこか遠くを見ている猫のような目をしていた。
こちらを向くと、またそのエメラルド・グリーン色の目を細める。100人中100人が幸せそうだと答えるような表情。
「それに。僕とこうやってデートもどきをしてくれてる時点で、キミはいい人だってことが分かった」
容器のフタをとった私の手に、彼の手が重なる。思わず動けなくなってしまい、私は彼の目をじっと見つめてしまう。長いまつ毛が、瞬きに合わせて動く。
「キミはスタァになる。すみれ、これも本心からの言葉さ」
「〜〜〜〜……っ!!?」
夢のような光景だった。暮れかける太陽が、イートインスペース全体を照らしている。はずなのに。私よりも、彼の方がよっぽど輝いて見えた。
子供の頃、星に手が届くと思っていた。あんなに光って、目立っているものだから、積み上げればいつか届くものだと思っていた。いつか、今の彼みたいに、私自身までもが星になれる。そう、信じてやまなかった。
今はもう、そんな夢ははるか遠くのものとなった。叶わない訳では無いが、星は太陽と同じく人を選ぶ。
しかし、目の前にいるのは間違いなく。
星だ。
キザなことをこいつは毎度毎度、平気な顔でしてきよる。まあ、余裕のない顔でこんな事言われてもカッコ悪いけど。
別に彼のことをカッコいいとは言っていない。断じて!
「ばぁか」
モンブランを乱暴にひとすくいして、私はスプーンの先に乗った、シロップがかかった黄金色のマロングラッセを口に運んだ。
「たはは。キビシーッ」
頭の後ろをかいて笑う彼は、今までで一番、年相応に見えた。
水をかぶると男の子になる可可ちゃんの夢を見ました。いつか書きたいです。