星めぐりの歌   作:苗根杏

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#4 願いをかける星さえ見えず

 

 

 

 同業者は、あまり見ないようにしている。私、平安名すみれは、そうすることで精神を保っていると言っても過言ではない。

 

 なぜなら私は、同じくらいの年代の同業者たちの中でも、仕事もなく、技術もまだまだ発展途上。劣等感を感じざるを得ないからである。

 

「……もしかしなくても、僕を知らなかったのってソレが原因?」

「かもね」

「かもねって、キミねぇ……」

 

 たまにはインプットもしなければ、アウトプットも難しい。そう言って、自分が表紙の本を、教室で渡してきた亞木星。凝った嫌味だ、と渋々受け取り、自分の席で読んでみた。

 

 同じボイトレ教室で仲良くしている子が、月九のドラマに出ていた。チョイ役だが、動きもぎこちないが、声の演技力だけで言えばピカイチ。該当記事には、そう書いてある。なるほど、練習の成果は出ているな、と謎の目線で彼の写真を見る。

 

 同じダンス教室でよく見る一個上の人が、男性アイドルの卵──なんとかジュニアというやつだ──になっていた。

 

 メディアなんかの誇張抜きで、東京という地は凄い。そして、世間は狭い。そして、そして、その中の私はひとつも成果を挙げられていない。私は雑誌を閉じて席を立ち、机のまわりを右往左往、いや、右回左回して考える。このままではダメだ。私は、もっと輝かなければならないのに。

 

 私が、私であるために。生きる理由を見つけるために。何者かになるために。

 

「というか、大丈夫? そんなに回って」

「うぅ……」

「バターになっちゃうよ?」

「あれって、複数人じゃなくてもいけるのかしら?」

「通じるとは思わなかった」

「通じるか分からないネタを出さないでよ!」

 

 もう懐かしいとかいうレベルではない絵本のネタだ。親世代も知っているか怪しいぞ、『ちびくろサンボ』。

 

 私たちの世代、絵本と言ったら普通は『はらぺこあおむし』とか『おしいれのぼうけん』とか『おばけのてんぷら』とかでしょう。ちなみに私がよく読んでたのは『ティラノサウルスシリーズ』と『だるまさんシリーズ』。続き物が好きだった。

 

「でも、いつもより真剣な顔をしているな。つみれ」

「そんな顔してた? ちょっと根詰めすぎちゃったかしらね…………っていや! 誰が! 鍋料理やおでんやしゃぶしゃぶに使われる! 主に魚肉や畜肉で作ったタネを用いる団子状の食べ物よ!」

「つくねとは違って、指でつまんで入れる、つみ入れるところからつみれと呼ばれているらしいね」

「それで『へぇ〜』と流すとでも!?」

「ボタンいる?」

「ボタンもメロンパン入れもいらないったらいらないわよ!」

 

 この人、こういうどこで仕入れるのかも分からないような知識をサラッと披露してくるから、ついていくのが大変である。

 

 図書館に足繁く通っている本の虫ってわけでもなさそうだし、単にそういう、ちょっとした疑問を調べて解決するのが好きなのかもしれない。

 

 好奇心旺盛ボーイというやつか。だとすれば、ちびくろサンボやトリビアの泉を知っているのも納得出来る。

 

「博識なことは結構だけど、人をミンチと一緒にするのは納得しないったらしないわね」

「つみれのことミンチって言うの? キミ……」

「ハンバーグもミンチでしょう」

「身も蓋も原型もない!」

「ミンチだけに?」

「ちょっと分かりづらい。62点」

「変なところで厳しいわね」

 

 というか、そのボケを出したのはあんたでしょうが。私がボケにノッてあげたところに点数をつけたな。それをさらっと流そうともしている。もはや生涯許さないまである。

 

 人参の入ったつみれ汁を頭の中に浮かべつつ、私は芸能雑誌を閉じる。なんだか鍋や汁物が食べたくなってきた。

 

「すみれちゃんはさ。したい仕事とかあるの?」

「仕事をしたいというか、有名になりたい。そのためだったらどんな仕事でもモチベーションをアゲアゲにして頑張るわよ」

「へぇ! すっごいなあ。仕事自体に好き嫌いはあるんだろう?」

「そもそも仕事をそこまでこなしてないから分からない。でも成り上がるためなら、ダイオウグソクムシの着ぐるみを着てでも……」

「それ、自分で言うのはいいんだ」

「まあね。アンタが今度グソクムシと口にしたら、そのキレイなブロンドをポマードでカチカチのピカピカにしてやるけど」

「カタカナ4文字かつ韻も踏んでるね」

 

 どこに着目してんのよ。

 

「その某白い甲殻類がダメってことは、そいつがいる水族館デートは無理ってことかい?」

「デートが無理!」

「いいじゃない、デート。楽しいじゃないの」

 

 私はなんだか、ストレートな告白でもされているような気がして、なかなか亞木星の目を見て話すことができなかった。

 

 放課後の教室。まだ喧騒が残る中、世間から浮いた私たちふたりは、付き合っているだの何だのと同級生にからかわれることはおろか、存在すらもないものかのように、誰にも見つからないままだった。六等星になった気分だった。

 

 時が来れば、私は輝けるはずだ。もちろん、亞木星は私よりももっと。

 

 星の光が地球に届くのは、何年も、何十年もかかるものだ。私たちは今、光が届いていない星と同じ。光っているのに、その光がまだまだ発展途上なのだ。

 

 たとえ今は輝けなくとも、私たちは光の速さで成長し続けている。そうして何年も、何十年かかってでも成長していけば、いつかきっと光が誰かに届く。私は、そう信じているけど。

 

「はぁ……」

「何、そのため息。ま、将来の来るべき『スタァになったとき』に掘り返されるのがそんなにイヤならお家デートにするけど」

「……それこそ、付き合ってからするようなものじゃない」

「そうかなあ。これから寒くなるし、暖房のきいた部屋でデートも乙なものだと思うけど」

「なんで私とそんなにデートしたいのよ」

「可愛いから!」

「正直で結構」

 

 私も正直なところを言うと、慣れてるあんたと違って、そういう経験があんまりないから……そういうのを初めてちゃんとするのは、本当に好きな人としたい。

 

 この亞木星という少年のことを、本当によく知って、本当に本当に好きになったら、デートというのも考えてやらないでもない。

 

「第一、何よ。可愛いって……それだけ?」

「ううん、キミは強くて優しくて、カッコよくもあるね。だから、もっとキミを知ってみたいんだ。こうやって一緒にいることで」

「私、別に大した女性でもないわよ」

 

 髪をいじりながら、私はそう放つ。

 

 亞木星は、なんだか面食らったように目を丸くしながら頭に疑問符を浮かべる。なによ、私の言ってることが分からないって言うの? 

 

 しばし首を傾げて考えていた彼は、半ば呆れたような、諦めたような、そんなふうでこちらにつぶやく。

 

「その謙遜、嫌味だと思うけどねェ」

「なによったらなによ、その言い草」

「なんの本だったか。『ダニングクルーガー効果』……」

 

 飄々としやがって。言いたいことがあるならさっさと言えばいいのに。いつも、キングジョーは何もかもをぼかしている。いつもいつも、掴みどころがない。

 

 ロボットらしくカチコチの思考とまではいかないようである。

 

「キミはキミの思っているより、ずいぶん凄いよ」

「……なんで?」

「まだ僕の発言の意味が分からないでしょう」

「分からないわよ。何もかも」

「キミが僕の発言の真意に気づくことができたなら、僕のことも教えてあげる」

「とにかく上からねぇ〜、アンタは」

「上じゃないの?」

「しばく! 2発!」

「2発!? ごめんて! えっ、あ、アド街見ました!」

「なら割引で1発だけ! ってなるかぁ!」

 

 隣の席の男子が、こちらをチラッと見て、数秒。その後、何事も無かったかのように教室から出ていった。

 




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