君のウサギを巡る冒険   作:Kohya S.

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5. 明かされる真相

 翌日、日曜日。朝起きると、桜内さんからメッセージが届いていた。

 

♫『おはようございます。今朝、ジュリエッタちゃんに欲しいものはない、って聞いたら、でんき、と答えました。どういうことかな? 暗いとか?』

 

 僕の背筋に冷たいものが走った。とうとう、来た。

 きっとバッテリーが切れかけていてジュリエッタは素直にそれを訴えたのだ。

 

☍『心当たりがあります。夕方、お邪魔してもいいですか』

♫『もちろん! 帰ったら連絡しますね』

 

 山口に誘われていたので沼津市街に遊びに行ったものの、一日ずっと落ち着かなかった。さらには少し早めに帰らせてもらった。

 

 帰宅してしばらくして、桜内さんからメッセージが届く。僕は覚悟を決めて彼女の家へ向かった。

 昨日と同じように部屋に通される。

(彼女はやはり制服姿だった。私服も見てみたい気がする。)

 

 ジュリエッタは昨日と同じように、小動物らしい無表情でたたずんでいた。

 

 ローテーブルに座り桜内さんに聞く。

 

「欲しいものを聞いたんですね」

「ええ、何も食べないし、飲まないから。心配になって。もう一度、聞いてみるわね」

 

 彼女はジュリエッタへ向いて声をかける。

 

「ジュリエッタ、欲しいものはない?」

「ピピピッ」

 

 三音節で答えた。桜内さんがほらね、というように僕を見る。

 

「僕にはわかりませんでしたけど、桜内さんがいうなら」

「あっ、ごめんね。でも、昨日の法則にあてはめると、たしかに『でんき』っていってるわ」

「そうですか」

 

 やはり桜内さんに明かすしかないだろう。ショックを受けるかもしれないが――。

 僕が黙ってしまったのを誤解したのか彼女が話す。

 

「えっと、きっと堀江くんもすぐにわかるようになるわ。覚えるのは簡単だから」

「それならいいんですけど」

 

 僕は桜内さんに笑ってみせる。

 そしてつばを飲み込んでから切り出す。

 

「あの、桜内さん。僕の考えを聞いてくれますか。ショックを受けるかもしれませんけど」

「えっ、あらたまってなに? もちろん、聞かせてもらいますけど」

 

 戸惑いを隠せない彼女に僕は続ける。

 

「その、ジュリエッタは、ウサギじゃなくて……ロボット、ウサギ型のロボットじゃないかと思うんです」

「ロボット?」

 

 桜内さんは繰り返した。

 

「はい。あの、あくまで僕の考えです。違ってるかもしれませんけど、今までのことをいろいろ考えると……」

 

 最後の方はごにょごにょと言葉にならなかった。

 

「そっか、ロボットか……」

 

 桜内さんがつぶやいた。ジュリエッタを見つめる。

 

「あの、桜内さん……」

「……なんとなく、そんな気はしてたの」

 

 僕に向けて、寂しそうでもなく、どこかふっ切れたように微笑む。

 

「さすがにおかしいと思ったの。何も食べない、飲まない。さらに会話までできる……。いくらなんでも、ウサギと会話はできないはず。それくらい、わかるわ」

「そう、ですよね」

「ええ。しっかりとした言葉には、できなかったけど。ロボット、うん」

 

 桜内さんはうなずいた。そしてジュリエッタに元のような優しい目を向ける。

 

「でも、ジュリエッタはジュリエッタだから」

 

 ピッとウサギが鳴いた。

 

「おいで、ジュリエッタ」

 

 ウサギは器用に前足(?)でケージの扉を開けると、ゆっくりと歩いて桜内さんの膝の上に乗った。

 彼女は片手でなでながら話す。

 

「むしろほっとしたわ。心配しなくても、いいみたいね」

「それは、そう思います」

 

 うんうん、というようにまたうなずく。

 僕もほっとしていた。桜内さんは、少なくとも表面的にはそれほどショックは受けていないようだった。

 

「でも、でんき、ってどういうことかしら。あ、もしかして」

「はい、文字通りだと思います。バッテリーが切れかけているんじゃないでしょうか」

「どうやって充電するのかしら」

「どこかに接続するとか、でしょうか」

 

 僕にもまったくわからなかった。コンセント? それとも――。

 

「とりあえずスマホの充電器、とかどうでしょうか」

 

 僕は思い付きを口にした。

 

「えっ、そんなのでいいのかな」

 

 といいながらも桜内さんは充電器とケーブルを用意する。ウサギにケーブルを近づけると、ぱくりとウサギがケーブルの端をくわえた。

 

「いいみたいですね」

「すごい多機能なロボットね」

 

 僕が驚きとともにそうもらすと桜内さんも同意した。

 

 ウサギは気持ちよさそうに(僕の主観では、だが)目を閉じている。

 

 しばらくそれを眺めていた桜内さんが話す。

 

「でも、ロボットだとしたら……拾った、っていうことを警察に届けなくちゃいけないのかしら」

「それは、そうかもしれません。ウサギ……野生の動物なら誰のものでもないから不要らしいですが」

 

 僕は最初、拾ったときに簡単に調べていた。

 

「そうなのね。でも、ロボットだなんて、信じてもらえるかしら」

「難しい、でしょうね」

 

 だとすると受理されないのが落ちだろう。

 桜内さんはしばらく考えて、顔を上げる。

 

「ねえ、ジュリエッタ。元の持ち主について教えて」

 

 ウサギはちょっとくぐもった声で、ピーッと鳴いた。答えられない、ということだ。

 今度は僕が聞く。

 

「誰かの持ち物だった?」

 

 三音節。いいえ、だろう。

 ウサギ型ロボットのいうことを信じていいのかはわからないが、誰かがなくした、ということではないらしい。

 

「ちょっと、待ってみましょうか」

「そうね」

 

 僕の言葉に桜内さんは同意した。

 

 玄関まで送ってもらうと桜内さんも外へ出てきた。玄関先の外灯のオレンジ色の光の中、彼女は話す。

 

「ねえ、堀江くん。ジュリエッタはこのあと、どうなると思う?」

「さあ、どうでしょう。でも、ずいぶん高機能みたいだし、ある程度の自己修復機能もあるみたいですね」

「自己修復機能?」

 

 桜内さんに自らを修理することのできる機能だと説明する。

 

「そう……たしかに、電柱に(のぼ)って、感電したときには、どうなるかと思ったわ」

 

 くすり、と笑った。そして空を見上げて続ける。

 

「それじゃ、だんだん成長して……そうしたら、元の持ち主のことを思い出すのかしら」

「そういうことも、あるかもしれませんね」

「そっか」

 

 ちょっと寂しそうだった。僕がなにか言葉をかけようとすると、桜内さんは僕へ笑顔を向ける。

 

「それじゃ、堀江くん。今日もありがとう」

「いいえ。失礼します」

「うん。さようなら、気を付けて」

 

 

 

        §

 

 

 

 それから数日。桜内さんからはジュリエッタについてのメッセージがときどき届いていた。

 一単語だけでなく簡単な文章を返すようになったらしい。だんだん元気になっている――いや、成長しているようだった。

 

 ある日の夜。桜内さんから妙なメッセージが届く。

 

♫『ジュリエッタちゃん、ケージ食べていい、って聞くの。どういう意味かな?』

 

 戸惑いがうかがえる。ケージを――食べる?

 

☍『どうして、と聞いてみたらどうでしょう』

♫『了解です』

 

 しばし待つ。

 

♫『からだなおす、だそうです ?』

 

 ケージで、体を直す、だろうか。

 桜内さんの家に行きたいが、と思って壁の時計を見ると、寝るには早いが人の家に行くのは躊躇(ちゅうちょ)する時間だった。

 

☍『もし可能ならですけど、ジュリエッタを連れて散歩に出られませんか』

♫『わかりました。十分後に浜辺で』

☍『よろしくお願いします』

 

 僕はあわてて――夜になるともう寒い――服を支度(したく)して、家族にひとこと散歩に行くといって外に出る。

 十千万旅館(と桜内さんの家)の前の浜辺へ降りると、すぐに桜内さんがいつかのエコバッグを両手に()げてやってきた。

 

「こんばんは」

「こんばんは、堀江くん」

「わざわざすみません」

「いえ、私も気になったから」

 

 ジュリエッタは顔だけバッグからのぞかせている。可愛い。

 

「ジュリエッタ、ケージが食べたいのか?」

「はい、ね」

 

 鳴き声を桜内さんが翻訳してくれた。

 

「うーん、僕としては構わないですけど、桜内さん的にはケージを食べられても困りますよね」

「それは、そうね。とはいっても、勝手に開けちゃうんだけど」

 

 しばらく考えて聞く。

 

「ジュリエッタ、何が欲しいんだい?」

「……きんぞく?」

 

 桜内さんがよくわからない、というように話した。金属、だろうか。体を直す――。

 

「まさか……」

「えっ、どうしたの?」

 

 僕は考えながら話す。

 

「ロボットだとして、金属があれば……体を自分で修理できるのかも。聞いたことがあります。部品を作る機能を備えたロボットのことを」

 

 現実にではなくSFで、だけれど。

 

「それがジュリエッタちゃんにも?」

 

 彼女の言葉に僕はうなずく。

 

「とりあえず、いらない金属があれば、あげてみたらどうでしょう」

「えっと、空き缶とかでいいのかな」

「たぶん」なにしろケージが食べたいくらいだ。「うちに捨てようと思っていた古いコンポがあります。持ってきます」

 

 僕はぺこりと桜内さんに一礼して家に帰った。物置からコンポを持ち出して、また海岸まで走る。

 

「持ってきました」

「ありがとう、堀江くん」

「あれ、もしかして……」

「ええ、試しに、たけど」

 

 桜内さんが髪を下ろしていた。ジュリエッタがくわえているのは、ヘアピンだ。

 

「いいんですか?」

「もう取り換えようと思ってたの。でも、びっくりだわ」

 

 ピィ、とジュリエッタが満足そうに鳴いた。

 

        ・

 

 桜内さんからは、僕の持って行ったコンポがだんだん小さくなっていると報告があった。数日後にはすっかり消えたらしい。

 

♫『ちょっと怖くなってきたかも』

☍『届けますか、それとも元の山に戻すとか』

♫『そんなことはしたくありません』

☍『ごめんなさい』

♫『でも、これでもっと元気になるのかしら』

☍『そうかもしれませんね』

 

 そして金曜日の夕方。

 

♫『なんと、ジュリエッタちゃんから話しかけてくれたわ』

☍『すごい進化ですね』

♫『金属をありがとう、だって。そんなに嬉しかったのかしら』

☍『(笑)』

♫『ちょっと待ってね』

♫『?』

♫『鉄は足りてますが銅と金、銀、アルミが欲しい、ですって』

 

 僕はピンと来た。桜内さんに通話をする。

 

「ねえ、堀江くん。なんだかずいぶん具体的になってきたわ」

「たぶんですけど、電子部品の材料なんだと思います」

「あ、なるほど、そういうことね。でも、どうすればいいのかな」

 

 困ったようすだ。それはそうだろう。電子部品。僕は考える。

 

「あの、明日、沼津に行って何か買ってきます。使えそうな……ジュリエッタが欲しがりそうなのを」

「そんなの、わかるんですか?」

「確実ではないですけど、おそらく」

「それじゃ、お願いします。……いえ、待って」

 

 桜内さんが考え込んだ。

 しばらくして、いう。

 

「私も行きます。ジュリエッタを連れて」

 

 

 

        §

 

 

 

 翌朝。桜内さんはバス停に、手で引く形のキャリーバッグを持ってあらわれた。

 

「ジュリエッタちゃん、また重くなったの」

 

 そう彼女は笑った。

 今日は私服で、ピンク色のタートルネックのセーターにチャコールグレーのスカートという落ち着いた秋らしい装いだった。

 

「買い物をするときにジュリエッタに聞けば、確実でしょ。どれが、その、必要なのか」

「そうですね」

 

 いいアイデアだと思う。

 僕はもう何を着ていいかわからなかったので、山口と遊びに行くときと同じようなシャツとパンツにした。それに空のリュックを背負っている。買ったものはそこに入れよう、という考えだ。

 

「ジュリエッタ、静かにしてるのよ」

 

 バスが見えて桜内さんはそう呼びかけた。ペットを連れて乗ってよいのかどうか、僕は知らない。しかし少なくともジュリエッタは生き物ではない。大丈夫だろう。

 バスの中で僕は桜内さんに座ってもらって、すぐ近くでバッグを支えながら立っていた。彼女はしきりに恐縮していたけれど僕はまったく苦にならなかった。

 どこに行くのか、という桜内さんの問いに、僕は適当にはぐらかした。

 

 沼津駅でバスを乗り換えて、十分ほどのバス停で降りる。そこから目的地まではすぐだった。

 

 今日は思いがけぬ偶然で一緒に買い物に来たわけだが、外見的にはともかく、僕はデートという感じはしなかった。なにしろ来たところが――。

 

「なるほど……」

 

 桜内さんはわかった、というように深くうなずいた。

 僕たちが来たのはリサイクルショップだった。

 

「ここなら安く買えると思うんです」

「たしかに、そうね。よし、行きましょう」

 

 僕たちは店の奥、壊れた家電や機器が並ぶいわゆるジャンク品のコーナーへ向かう。キャリーバッグのふたは小さく開けてある。

 そしてひとつひとつ、小声でジュリエッタに聞きながら品定めしていった。古い携帯電話、ノートパソコン、ハードディスク、用途不明のケーブル、などなど。

 

「このくらいで大丈夫?」

 

 という桜内さんの問いにジュリエッタが「はい」と答えたころにはかなりの量になっていた(それでも金額はお小遣いで買えそうな範囲に収まった)。

 

 僕たちはそれらをリュックに詰めてすぐに帰路についた。

 沼津駅で内浦へ行くバスに乗り換える。バスは空いていて、僕たちは最後尾の座席に座った。

 

「そういえば桜内さん、Aqoursの練習は?」

「今日はちょっと遅くなる、っていってあるわ」

 

 今日は屋上でよかったわ、と桜内さん。ときどきは沼津市街まで来て練習している、とのことだった。

 内浦でバスを降りて、僕は桜内さんの家まで買い込んだ品物を届ける。

 

 桜内さんの部屋で彼女がバッグからジュリエッタを出すと、ウサギは心なしか嬉しそうにとことこと歩き、ケージに落ち着いた。そしてすぐ近くに伸びていた充電ケーブルを、パクっとくわえる。

 

「最近、こんな感じなの」と桜内さんは微笑む。

 

 そして僕に向かってちょっと恥ずかしそうに話す。

 

「あの、良かったら、お昼ご飯、食べていかない? サンドイッチで良ければ、だけど」

「はい、ぜひ、よろしくお願いします」

 

 僕の言い方がおかしかったのか彼女はくすっと笑った。

 タマゴのサンドイッチは絶品だった。さりげなく聞いたところでは手造りらしかった。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 

 桜内さんが食器を片付けてから戻ってくる。

 

「ピピピッピピッ」

 

 ジュリエッタが何かを訴えるように鳴いた。もしかして。

 

「私にも、ですって」

「あ、やっぱり。ごめんごめん」

 

 何となくだが、わかるようになってきた。

 僕はかたわらのリュックをジュリエッタのところへ置いて、頭を突っ込めるようにジッパーを開いた。ジュリエッタは「ありがと」と鳴いた。

 そして充電ケーブルを口から離すと、一連の和音を鳴らした。

 

「えっと、あと……なんとか、それと、電気って話したのかな」

「ええ、あと一日、もっと電気を、ね」

「うーん、コンセントから直接、ってことか。大丈夫かな」

 

 僕は買ってきた中にあった電源ケーブルを壁のコンセントにさした。ジュリエッタが満足そうに鳴く。そして、また和音。

 

「暗い場所、見られたくないです……」

 

 桜内さんが話した。

 

「どういうことかしら」

「僕にもわからないですね」

「うーん、暗い場所、か。とりあえずクローゼットの中を片付けるわ」

 

 桜内さんはクローゼットに近づこうとして、ぴたっと足を止め、僕に向き直った。

 

「すみません、一応、廊下に出ていてもらえますか」

「あ、はい」

 

 僕はあわてて部屋の外に出て、ドアを閉めた。

 しばらくして桜内さんがドアの中から顔を出す。

 

「どうぞ……」

 

 おっかなびっくり部屋に戻るとクローゼットの扉が半開きになっていた。衣装ケースが二つほど(なお不透明で中は見えない)外に出ていた。

 

「あの、とりあえず片付けたので大丈夫です」と桜内さん。

 

 深くは聞かないことにする。

 ジュリエッタはとことこと歩き、クローゼットの中に入る。僕はリュックをジュリエッタの隣に置いた。コンセントからのケーブルを扉の隙間から通す。

 

「ピピピ、ピピピピ、ピピピピピッ」

 

 扉を閉じる直前、そうウサギは鳴いた。

 

「明日の夜まで開けないで、ですって」

 

 桜内さんの言葉が僕の認識と一致する。

 

「何かが、起きそうですね」

 

 彼女ははうなずいた。

 

「あの、明日の夜、僕もここにいていいですか」

「ええ、もちろん。お母さんには何とか理由をつけておくわ」

「ありがとうございます!」




次回、完結予定です。
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