君のウサギを巡る冒険   作:Kohya S.

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6. 星に願いを

 翌日、日曜日。日中は適当に時間をつぶした。念のため早めに夕食を食べて待つ。

 日が沈み、東の空に満月が(のぼ)るころ、スマートフォンにメッセージが届いた。桜内さんも準備ができたらしい。

 

 僕は桜内さんの家へ行き、チャイムを鳴らす。

 桜内さんのお母さんが出迎えてくれた。

 

「初めまして、梨子の母です」

「えっと、堀江と、申します。よろしくお願いします」

「いいえ、こちらこそ、今日はよろしくお願いしますね」

 

 桜内さんがあらわれて「はい、お母さんはここまで」と、ぐいぐいと母上を押しやった。

 

「とりあえず時間まで、どうぞ」

「はい」

 

 部屋に上がり桜内さんは話す。

 

「ごめんなさい、母が、びっくりさせちゃって」

「いえ、大丈夫です」

「ちょうど満月だし、天体観測に行くのに男の子に……千歌ちゃんの幼馴染に念のためついてきてもらう、って話したの」

 

 なるほど。そういう形にすれば自然だ。

 

「だから、しばらくしたら外に出ないと」

「わかりました」

 

 それまでにジュリエッタの件が解決してくれることを祈ろう。

 

「とはいっても、たぶんお母さんは、私が千歌ちゃんたちと一緒に行くって思ってるけど」

 

 桜内さんは目をそらしてそんなことをいった。

 僕はどう答えようか悩み、結局何もいわなかった。

 

「そういえば、ジュリエッタはどうですか?」

「今のところ動きはないみたい」

 

 クローゼットの扉からは、かすかに光が漏れていた。

 

「何かが起きてるみたいですね」

「ええ。待ちましょう」

 

 僕たちは小声で話しながら待った。

 十分ほどして。

 

「なんとなく、光が強くなった気がしない?」

「そうですね」

 

 僕たちはクローゼットに近づく。桜内さんが「ジュリエッタ」と小さく呼んだ、そのとき。

 ひときわ明るい光が部屋を満たした。思わず目をつぶる。

 

 目を開けたときには光は消え、クローゼットの扉が開いていた。

 

 そしてその中には、白いワンピースを着た一人の少女。

 

「ジュリエッタ……なの?」

『はい』

 

 少女はそう話した――いや、鳴いた。

 

 

 

        §

 

 

 

『今まで本当にありがとうございました』

 

 クローゼットから踏み出して少女は頭を下げた。その声はジュリエッタの――いやウサギのときのそれと同じように和音で構成されていたが、より人間味を帯びて表情豊かだった。

 少女は微笑んで続ける。

 

『すみません、もう音声で会話することも可能ですが、こちらの方が慣れてしまって。構いませんか』

 

 桜内さんがわれに返って答える。

 

「ええ、もちろん」

 

 僕もうなずいた。以前よりもずっと聞き取りやすく、僕にも意味が理解できた。

 

『いくつも疑問が、ありそうですね』

 

 少女は面白そうに笑う。

 

 疑問。その通りだ。ウサギが少女になるなんて――いくらロボットでも、あり得ない。

 

 僕は少女をまじまじと眺める。

 身長は一メートルほどで小学校低学年くらいに見える。整った中性的な顔立ちだった。肌は白いけれど純白ではなく、桜内さんと同じような雰囲気だ。

 そしてジュリエッタと同じ青い目。

 

『申し訳ありません、あまり時間がありません。歩きながらでも、いいでしょうか』

 

 どういうことだろうか。とはいえ僕たちはうなずくしかなかった。

 

『先に降りています』

 

 少女は一礼するとベランダに近づき、手すりに手をかけて上に乗ると、ふわりと飛び超えた。あわてて駆け寄る桜内さんと僕。少女は何事もなかったように、地面から僕たちに手を振った。

 僕たちは顔を見合わせる。

 

「行くしかないわ」

「そうですね」

 

 あわただしく僕はお邪魔しましたと家を出る。桜内さんも行ってきますとすぐに出てきた。

 家の横に回ると、少女がにこりと笑った。

 

 少女は僕たちがなんとなく予想していたように、山へ続く道へと進む。その足取りはまるで跳ねるようだった。

 僕たちに振り向いて話す。

 

『お気付きかと思いますが、私はロボットではありません』

「それなら、なんなんだ?」

『自律行動型先遣(せんけん)探査ユニット、改Ⅱ型です』

「せんけん?」

 

 桜内さんが聞く。

 

「たぶん、先に(つか)わすの先遣です。先遣隊、とかの」

「あ、そういうことね」

 

 少女はうなずいた。

 舗装が途切れて街灯がなくなると、少女の体がほのかに青白く輝いて道を照らす。

 

『任務を無事に果たせるのはあなたたちのおかげです、梨子さん、堀江さん』

「任務って、なあに?」

『この星と文明の調査です。梨子さん』

 

 少女は後ろ向きに歩きながらまったく(あぶ)なげなく話した。

 

 つまりそれは異星人ということだろうか。僕が聞く前に、少女は桜内さんへ続ける。

 

『覚えていますか、一か月前の流れ星を』

「ええ、覚えているわ。次の日、ジュリエッタちゃんを見つけた」

『私はあの流れ星に乗っていました……いえ、正確には流れ星が私そのものなのです』

 

 少女は一瞬空を見上げてから、また視線を戻して話す。

 

『大気圏突入のとき、不幸な事故が起こりました。偶然、浮遊していた物体に衝突したのです』

 

 それはきっと、僕が見た爆発に違いない。

 

『機体を構成していた大半のナノマテリアルが失われ、私はほぼ機能停止した状態で不時着しました』

「ナノマテリアルは、たぶんだけど機械とか体の部品になる物質のことだと思う」

 

 僕がいうと桜内さんと少女の両方がうなずいた。

 

『はい、そういうことです』

「初めからそういってくれればいいのに」

『すみません、梨子さん』

「あっ、ごめん、ひとりごとよ、ひとりごと」

 

 少女と、そして僕はくすっと笑い、桜内さんはちょっと唇をとがらせた。

 

『そして私は縮退運転モード……非常用の小動物の形をとらざるを得ませんでした。そしてエネルギーも尽きて作動停止しようとしていたとき、あなたたちに助けられたのです』

 

 ちょうど僕たちはジュリエッタが野犬に襲われていたあたりを通る。

 

「それなら、どうして逃げ出したりなんかしたの」と桜内さん。

『あのときは、このままでは任務が果たせないと認識していたのです』

「それなら、電柱に上ったのは?」今度は僕。

『あれは、本隊に一次情報を送信しようとしたのです。なるべく高いところに(のぼ)って』

 

 僕と桜内さんは顔を見あわせる。

 

『私の機能は大半が停止していました。そう、いわば寝ぼけていたようなものです』

 

 少女は弁解するように話した。

 僕たちはくすりと笑った。

 

 少女は前に向きなおり先導するように歩く。展望台をすぎて、この感じだと頂上を目指しているのだろう。

 僕は少女にたずねる。

 

「さっき、本隊っていったよね」

『はい』

「そして、任務は調査。もしかして近くに、なんだろう、異星人の調査隊が来ている、ということ?」

『その理解はおおむね正しいです』

 

 少女は顔だけ振り返って肯定した。

 

『本隊は現在、太陽系から数十光年離れた宇宙空間を移動しながら調査を行っています。しかし、調査対象は膨大で、それに対して時間と資源は限られます。そのため私のようなユニットが各星系に派遣されて一次調査にあたるのです』

 

 なるほどと思う。桜内さんも考えている。

 

「でも、あまり時間がないっていってたわね。ずいぶん急いでいるみたいだけど、どうして?」

 

 たしかに宇宙をまたぐ距離感には、そぐわない気がする。

 少女は顔を戻して僕たちに背中を向けたまま話す。

 

『各ユニットの調査期間は地球時間で約一か月に設定されています。その期間内になんらかの報告がない場合、ユニットは不幸な事故、または敵対的な生命体により破壊されたとみなされます』

「それはたしかに困るわね」

「まあ、その危険性はあったわけだけど」と僕。「その場合は、どうなるの?」

『より強力な探査ユニットが追加派遣されます。それだけは絶対に、避けたいのです』

 

 避けたい。どうしてだろう。先遣ユニットが捨てられる、とかだろうか。

 少女は続ける。

 

『だから、お二人には感謝しています』

 

 少女はくるりと振り返り、頭を下げて桜内さんに微笑む。

 

『特に梨子さん。小動物形態で音声コミュニケーションに成功した事例は、いまだかつて例がありません』

「それってつまり、私とジュリエッタちゃんが会話できた、ということ? それが珍しいの?」

『はい。もともとあの形態には会話機能は存在しません。そして私の能力も非常に限定的でした』

「でも、ジュリエッタちゃんは鳴き声で答えてくれていたわ」

『それが可能になったのは、梨子さんが繰り返し、私に話しかけてくれたからです。私が意味を理解できるようになるまで』

「そうなのね。私、なかば独り言のつもりだったけど」

『それでも十分でした。そして、最後には私の言葉を理解してくれた』

 

 桜内さんはうなずいた。

 

 二人の言葉が途切れて、さくさくと足音だけが山の中に響いた。僕は明るめに話す。

 

「それは、僕の功績も少しはあるんじゃないかな」

『ええ、そうですね、堀江さん。でも、音を聞き取ってくれたのは梨子さんです。貢献は限定的ですね』

「えーっ、そうかなあ」

「たしかに堀江くんがいなかったら、間に合わなかったと思うわ」

 

 桜内さんがいってくれる。

 

『まあ、それは認めましょう。そもそも私はお二人に感謝、といっています』

「うん、それならいいんだけど」

 

 僕たち三人はくすくすと笑いあった。

 桜内さんが聞く。

 

「ねえ、ジュリエッタちゃん。私の話したこと、覚えているの?」

『前半はほぼ覚えていません。なにしろ機能が低下していましたので』

「前半……。それじゃ、後半は?」

『はい、かなりの部分を』

「それは忘れて。いえ、忘れなくてもいいから、秘密にしておいて」

 

 少女は笑って答える。

 

『わかりました。星の果てまで持っていきます』

「そうしてくれる」

 

 桜内さんは心なしか頬を赤らめながらいった。

 

        ・

 

 道が稜線(りょうせん)に出る。東の空の満月がずいぶん高度を増していた。

 

「ここまで来たってことは、頂上は……」

 

 桜内さんが僕にささやく。

 

「もうすぐですね」

「そうしたら、ジュリエッタちゃんは……」

 

 桜内さんのいいたいことはわかった。僕はうなずいた。

 

 やがて視界が大きく開ける。山頂の広場だ。上には満天の星空、そして白々とあたりを照らす満月。

 

 少女は広場の中央まで進み、しばらくたたずんだ。そのようすはまるで月に祈りをささげる幼い巫女(みこ)のようだった。

 

 やがて少女は振り返る。

 

『わざわざここまで、ありがとうございました。おかげさまで本隊への一次情報の送信が終わりました』

「それって、任務が完了したってこと」と僕。

『はい、主たる任務は、ですが』

 

 桜内さんが希望を見出したように聞く。

 

「それじゃ、ジュリエッタちゃんはこのまま地球に残るの?」

『いえ、やはり送信できる情報には限りがあります。私も帰還して、より詳細な報告をしなくてはなりません』

「そう……やっぱりそうなのね」

『申し訳ありません』

「ううん、大丈夫。なんとなく、わかっていたから」

 

 少女の顔が(くも)る。

 

『もしかして、黙っていなくなった方が良かったでしょうか』

「いいえ、そんなことないわ。きちんとお別れがいいたいし」

『ありがとうございます。……私も最後まで一緒にいたかったのです』

「それは私も同じだわ」

 

 桜内さんが微笑むと、少女もほっとしたように笑った。

 僕は疑問に思っていたことを、ひとつの可能性を口にする。

 

「君が本隊に戻ったら、地球に調査団が派遣されることになるのかな」

『私の報告内容によってはそうなるかもしれません。十年後か、百年後かは、わかりませんが』

「それじゃ、そのときにはジュリエッタちゃんも戻ってくるの?」と桜内さん。

『もし、そのときまで私が存続していたら、はい、必ず』

「長生きしなくちゃだわね」

『ぜひ、そうしてください。……そろそろ時間です』

 

 少女が僕たちに近づくと、手を差し出す。

 

『良かったら、これを』

 

 開いた手に握られていたのはふたつのブローチだった。月の光を受けて銀色に輝いている。ウサギの形をしていて、目には青い石がはめ込まれていた。

 

『あまった金属で作ったのです。……ですから決して高価なものではありません』

 

 桜内さんと僕はひとつずつ、それを受け取った。

 

「ありがとう、大事にするわ」

「僕も」

『そうしていただけると、嬉しいです』

「私もなにか、ジュリエッタちゃんに渡せるものを持ってくればよかったわ」

 

 桜内さんが(つと)めて明るく話した。それをいったら僕だってそうだ。

 

『いえ、すでにいろいろいただいています。この体も、そして、私の記憶にも』

「ジュリエッタちゃん……」

 

 桜内さんは少女に近づいてぎゅっと抱きしめた。少女はびっくりしたような顔をしてから、桜内さんにまるで甘えるように抱きついた。

 しばらくそうしてから、桜内さんは腕をといた。

 

「元気でね」

『はい、梨子さんも』

 

 少女は僕にも向き直る。抱きしめるなんてことは恥ずかしくてできなかったから、かわりに僕は右手を差し出した。少女が僕の手を握る。

 

「なんかうまい感じに、報告してほしいな」

『任せてください、堀江さん』

 

 最後に僕は少し力をこめてから手を離した。

 

『これをお付けします。探索用のドローンですが下まで導いてくれるでしょう』

 

 少女のうしろからやはり青白く輝く球体があわられて、僕と桜内さんの周囲をゆっくりと舞った。

 

『少し離れてください。これから衛星軌道に上がって、そこで亜光速まで加速します』

 

 僕たちが十メートルほど距離を取ると少女はうなずく。

 

『それでは、お別れです。ありがとう、梨子さん、堀江さん』

「さようなら、ジュリエッタちゃん!」

「さようなら!」

 

 僕たちの言葉に最後にひとつうなずくと、少女は目を閉じ、腕を体の前で組んだ。ワンピースがきれいな円錐形になり、両足が融合する。

 ワンピースの内側が白く輝き、音もなく少女は上昇していった。

 

 僕たちが見守る前でそれは白い点になり、消えた。

 

 僕たちはしばらく無言で空を見上げていた。

 

 ざあっと風が広場の草むらを揺らした。

 

「帰りましょうか」

「ええ」

 

 僕の言葉に桜内さんはうなずいた。

 

 帰り道、輝くドローンは歩く先を照らしてくれた。そして最初の街灯の光の傘に僕たちが入ると、ドローンはどこへともなく消えた。

 

「あ、流れ星」

 

 住宅地に入ったとき桜内さんが気づく。東の空に明るい流れ星が、まるで下から上に落ちていくように、すーっと流れた。

 きっとジュリエッタだ。僕はそう思う。

 

「さようなら」

 

 桜内さんがまたつぶやいた。

 

 僕はなるべく明るく話す。

 

「なにかお願いすればよかったですね」

「ええ、そうね」

 

 彼女は笑って、思いついたというように話す。

 

「ねえ、堀江くん。堀江くんは最初の流れ星を見たとき、なにかお願いしたの」

「はい、まあ、そうですね」

 

 急な質問に僕はなんとかそう答えた。

 

「どんな願い事?」

「それは……秘密です」

「そっか。それは(かな)ったの?」

 

 桜内さんは首をかしげて聞いた。うん。間違いなかった。

 

「そうですね、おかげさまで。桜内さんは、どうですか?」

「私? 私も、お願いしたけど……」

「叶いましたか?」

「うーん、どうかしら。まだまだわからないけど、可能性はありそう、って感じかな」

 

 にこっと、彼女はとても可愛らしく笑った。

 

 

 

        §

 

 

 

 翌朝、僕は眠い目をこすりながらバス停に立っていた。あの後、桜内さんと浜辺で少し話してから、桜内さんを送っていったのだった。

 

「堀江くん!」

 

 道路の反対側に桜内さんと高海さんがいて、桜内さんが手を振っていた。

 

「おはよう!」

「おはようございます」

 

 彼女はにこっと笑い、高海さんはちょっとびっくりした感じで、それでも僕に笑いかける。僕も二人に軽く手を振った。

 桜内さんは高海さんとの会話に戻る。

 いつもの一日は、この一ヶ月でずいぶん変わった。

 

「おうっ! 翔真!」

 

 山口に背中を叩かれた。

 

「お前、どうしたんだ? いつのまに桜内さんと仲良くなったんだ?」

 

 幸い、僕たちの乗るバスが来て桜内さんの視線をさえぎってくれた。

 

「まあ、いろいろあってさ」

「いろいろって何だよ?」

 

 どうやら質問攻めにあうことは間違いなさそうだ。そう思いながら僕はバスに乗った。

 

 

 







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