トキオシアデパートで行われたLBX・カードバトルの大会から数日が経過し、世間のアルテミス熱も一段と勢いを増す中。
凛空は、ミカの為の機体の最終調整を手掛ける一方で、自身がアルテミスで使用する機体の最終調整を、自宅の自室にて行っていた。
「ふぅ……」
部屋の一角に設けた作業机で調整作業を行っていた凛空は、作業に一区切りついた所で、一休みするべく、キッチンへと向かった。
キッチンに到着すると、凛空は一休みのお供であるお菓子とコーヒーを用意し始める。
「あら、凛空。丁度良かったわ」
「何、母さん?」
すると、不意にキッチンに衣咲が姿を現し、凛空の姿を見つけるや声をかける。
「凛空宛てに、お友達からお手紙が来てるわよ」
「手紙?」
衣咲が手渡したのは、一枚の封筒。
受け取った封筒には、確かに凛空の宛名が書かれており、それが凛空宛てに送られたものだという事が分かる。
そして、差出人の名を見て、凛空は目を見開いた。
そこに書かれていたが、海道 ジンの名前だったからだ。
「ありがとう、母さん」
最早お菓子とコーヒーを用意する事を忘れ、衣咲にお礼を述べた凛空は、急いで自室へと戻る。
そして、自室に戻った凛空は、早速封筒を開けると、中に入っていた便箋に目を通し始める。
「拝啓、長かった梅雨もようやく明け、蝉の声が聞こえる季節となりましたが──」
ジンらしいと言うべきか、とても中学生が送る手紙の書き出しとは思えぬ文に目を通しつつ、やがて凛空は、用件の部分に目を通し始める。
そこに書かれていたのは、四日後の日曜日、エンジェルスターにおいて神谷重工の社員及びその家族向け内覧会が開かれる事が書かれていた。
そして、その内覧会に、凛空も一緒に出席しないかとの誘いの内容であった。
「社員向け内覧会……、部外者である僕が出席できるものなのか? いやそもそも、どうして僕を誘ったんだ?」
疑問が湧いたものの、こうして誘っているという事は、その辺りの問題を解決できる策を有しているのだろうと解釈し、更に、ジンの心の内は本人にしか分からぬ事と、疑問を振り払う凛空。
そして、手紙に書かれた全文に目を通し終えると、凛空はこの誘いを受けるか否かについて思考を巡らせ始めた。
(ジンがこうして知らせるという事は、重機ではなくLBXに関連した内覧会である可能性が高い。けど、社員とは言え、出席者にはその家族も含まれている。イノベーターのシンパに向けたというよりも、神谷重工の関係者に向けて、自社のLBX技術をアピールする場だろうな)
神谷重工が今回の内覧会を行う意図を汲み取ると、それを踏まえて、最終的な決断に進む凛空。
だがその矢先、凛空はある事を思い出した。
(待てよ。アルテミス前、内覧会、ジン……。っ! まさか、これって!?)
ダンボール戦機の外伝漫画において、今回の状況に酷似した場面が描かれていた事を思い出した凛空は、更に、漫画内で初登場し、後に逆輸入され原作のゲームに登場したとあるLBXをお目にかかれる可能性に気がつく。
「こうしちゃいられない、早速返事を書かないと!」
これが決め手となり、今回のジンの誘いを受けることを決めた凛空は、早速その旨をジンに伝えるべく、便箋と封筒を用意すると、返事の手紙を書き始めるのであった。
そして翌日。
投函した返事の手紙に対する返事の手紙が届き、そこには、当日の集合場所と集合時刻が記載されていた。
それを確認した凛空は、日曜日に向けての準備を進める。
そして、更に三日が経過し、迎えた内覧会当日の日曜日。
凛空は、手紙で指定されていた集合場所に集合時刻に間に合うように向かう。
すると、既に集合場所には、黒塗りの高級車と、その前に佇むジンの姿があった。
「待っていたよ、凛空君」
「突然手紙が届いた時は、ビックリしたけどね。……所で、今回はどうして僕を誘ってくれたの?」
「君とは、全力でバトルした仲だからね。それに、色々と楽しませてもらった、そのお礼を兼ねてね」
(あれ? ジンって、タイマン張ったらダチ、なんて言う性格だったっけ?)
いつの間にやら、ジンとの間に友情が芽生えていた事に内心驚く凛空であったが、これはこれで好都合であると、肯定的に受け入れるのであった。
「所で、神谷重工の内覧会に、部外者の僕がどうやって出席するの?」
「安心したまえ、その問題についての準備はしている」
刹那、ジンの執事が手にした紙袋を凛空に手渡す。
紙袋を受け取った凛空は、直ちにその中身を確認する。
紙袋に入っていたのは、綺麗な金髪のウィッグ。更にはスカートやアクセサリー等、何処からどう見ても女性ものの衣服や装飾品であった。
「……、え?」
これを目にした凛空は、一瞬理解が追い付かず固まってしまう。
だが、直ぐに我に返った凛空は、恐る恐る、この紙袋を手渡した意味をジンに問う。
「もしかして、これって……」
「その通り。凛空君、君の素性は既に割れている。だから、内覧会に出席するにあたって、君には"女装"してもらう」
「ち、ちょっと待って! 確かに素性が割れているのなら変装する事には賛成だけど、けど、女装なんて……」
「会場内には、イノベーターが用意した警備の目もある。それを誤魔化す為には、彼らの虚を突く必要がある」
「ぐ……」
女装の必要性を説くジンだが、その顔は、何処かこの状況を楽しんでいるかのように感じられる。
一方の凛空は、自身の羞恥心、そしてあのLBXを一目見たいとの欲求、相反する感情と欲求の間で葛藤し。やがて、覚悟を決めたのか、ゆっくりと口を開いた。
「分かった。やるよ!」
「では、車の中で着替えるといい」
こうして、女装する事を決めた凛空は、紙袋を手に、高級車に乗り込むと早速着替えを始める。
初めて女性ものの衣服を着用するとあって、少し手間取ったものの、無事に着替えを終えた凛空は、再びジンの前に姿を現した。
「やはり、素材が良いと、何を着ても様になるね」
「ど、どうも……」
綺麗な金髪のウィッグを靡かせ、アクセントに青いリボンを沿え、清楚な色合いの衣服に身を包んだその姿は、一見すると本物の女性と見紛う程の完成度であった。
その完成度の高さに、ジンは賛美の言葉を贈るが、贈られた凛空本人は、スカート故の下半身に感じる違和感等で、素直に受け入れられる程余裕のある状態ではなかった。
「これなら、イノベーターの警備の目も誤魔化せるだろう」
「確かに、見た目は何とかなったけど、声はどうする? 流石に、ずっと黙っていると不自然に思われる気がするけど」
「心配ない、これを」
するとジンは、シンプルなデザインの黒のチョーカーを凛空に手渡した。
「これは?」
「そのチョーカーには、小型のボイスチェンジャーが仕込まれている。それをつけていれば、声を出しても君が男だとは気づかれない筈だ」
ジンの説明を聞き、早速チョーカーをつけて声を出してみる凛空。
すると、聞こえてきたのは、澄んだ女性の声であった。
「では行こうか、凛空君。いや、凛空君と呼んでは正体がバレてしまうな。……では、内覧会に出席している間は、"リンコ"君と呼ぶとしよう」
「了解……」
「では改めて、行こうか、リンコ君」
(ジンの奴、滅茶苦茶この状況を楽しんでやがる。は! まさか俺がマスクJの正体に気付いたから、その意趣返しの意味も込めているのか!?)
こうして、ジンの執事が運転手を務める高級車に乗り込んだ二人は、一路内覧会の会場であるエンジェルスターに向かうのであった。
高級車に揺られる事数十分。
リンコとジンを乗せた高級車は、無事にエンジェルスターへと到着する。
だが、到着早々、最初の関門が現れる。
「これは、ジン様でしたか! 失礼いたしました!」
関係者用の駐車場の出入り口にて、警備を務めている警備員により停車させられると、保安の一環として、乗車している人物の確認作業を始めた。
「所で、お隣の方はどなたでしょうか?」
「僕の友人だ」
「……失礼ながら、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「い、
ジンの隣に座っていたリンコは、しおらしく、警備員の質問に対して答える。
すると警備員は、一瞬リンコとジンの顔を交互に見ると、納得したような表情を浮かべた。
「ありがとうございます。確認できましたので、どうぞ、お入り下さい!」
こうして、最初の難関を突破し、無事に関係者用の駐車場へと進む事が出来た二人。
だがリンコは、先ほどの警備員の様子を見て、絶対に誤解を招いたと、内心女装した事を後悔するのであった。
その後、関係者用の駐車場から施設内に足を進め、一路内覧会の会場に向かうリンコとジン。
程なく、内覧会の会場に到着した二人が目にしたのは、神谷重工の社員並びにその家族、出席した大勢の人々で賑わう内覧会の会場の様子であった。
「こちらが、現在我が社で鋭意開発中のLBX、デク―でございます。汎用性に優れた同機は、様々な派生型も開発中でございます」
会場内で展示されていたのは、裏ではすでに実戦投入されているものの、表向きには鋭意開発中とされているデク―。
そして、その派生型であるデクーエースやデクー改等のデクーシリーズであった。
展示されているデクーの説明を行う女性の声に熱心に耳を傾ける社員やその家族、特に子供などは、目を輝かせてデクーの姿を目に焼き付けている。
(もしも、神谷重工がイノベーターとの繋がっていなければ、僕も、彼らみたいに無邪気に楽しめたのかもしれないな)
本当なら、この様な催しは楽しい筈なのだが、神谷重工のもう一つの顔を知ってしまったが故に、素直に楽しめないリンコ。
しかし、そんな事を考えていたリンコの意識は、不意にジンに対して向けられた、聞き覚えのある声によって現実へと引き戻される。
「これはこれは、ようこそお越しくださいました、ジン様!」
ジンに駆け寄る声の主、それは誰であろう、名呉社長その人であった。
「ん? 所でジン様。お隣のお嬢さんは一体何方でしょうか?」
「彼女は、僕の友達の伊織 リンコだ」
「伊織 リンコです。よろしくお願いします」
「……失礼ながら、リンコさん。以前何処かでお会いした事がありましたかね?」
名呉社長の口から飛び出した言葉に、リンコは一瞬身を震わせる。
まさか、気付かれたのか。と思った次の瞬間。
「いや、失礼。そんな訳はありませんでしたね」
それが杞憂であると分り、リンコは内心安堵のため息を漏らすのであった。
「名呉社長、テストバトルの準備は出来ているのか?」
「はい。既に中央の特設ステージにはDキューブの設置を終えており、ジン様の対戦相手となる方々も既に準備が整っております」
「そうか。では、テストバトル開始まで、控え室で待たせてもらう」
「それではご案内いたしましょう。……所で、リンコさんはどうなさいますか?」
「あぁ、彼女はもう暫く内覧会を見学したいそうだ」
こうして、控え室に向かうジンと名呉社長を見送ったリンコは、再び内覧会の会場内を散策し始める。
そして、ある程度散策した所で、リンコは会場の一角で展示されている、とあるLBXに気がつくと、胸を高鳴らせながら展示ブースに近づいた。
展示ブースにて展示されていたそのLBXは、各所にデク―を連想させる造形を持ち、同機がデク―をベースとして作られた事を物語っている。
頭部はデク―同様のモノアイ式、そして両腕部は、背部に装備された大型弾倉から伸びる弾帯により連結した、六つの銃身が並べられた凶悪なガトリング砲を装備した武器腕、デスバレル。そして脚部は、デスバレルの反動を制御するべく、コンパクトなボディとは対照的に重厚な装甲が施されている。
その外観から、同機が非常に高い火力を誇る事が窺える。
そんなLBXの名は、"トロイ"。
リンコが一目目にしたかった、お目当てのLBXだ。
「これが、トロイ……」
漸くお目にかかれたトロイのその姿に、暫し見惚れるリンコ。
しかし、ふと、自身の背後に気配を感じたリンコは、振り返る。
するとそこには、綺麗な桃色の髪をツインテールにし、その手に、一見すると狸のようにも見える、ラグドールと呼ばれる品種の猫を抱きかかえた、同年代と思しき少女の姿があった。
その少女の姿に、何処か見覚えがあるとリンコが思った、次の瞬間。
「あ! ムジ!」
「わ!」
突如、少女が抱きかかえていたムジと呼ばれた猫が少女の腕から抜け出すと、リンコ目掛けて飛びつき、リンコのチョーカー目掛けてその前足を必死に伸ばし始めた。
「こらムジ! 離れなさい!」
「ジ! ジジ!!」
危うく大事なチョーカーをムジに取られてしまう所だったが、間一髪の所で飼い主の少女の手によりムジは引き離され、事なきを得た。
「すいません! すいません! この子、光る物が好きで……。本当にすいませんでした!」
「だ、大丈夫、そんなに気にしてないから」
飼い猫の粗相を謝罪する少女、その必死な姿を見たリンコは、そこまで思い悩まなくてもよいと声をかける。
そして、ムジの興奮も収まった所で、少女が自己紹介を始めた。
「あたし、
「伊織 リンコです。こちらこそ、よろしくね」
互いに自己紹介を終えると、早速シジミが話題を切り出す。
「リンコさん、リンコさんはLBX、持ってるんですか?」
「え、えぇ、持ってるわ」
「いいなぁ~。実はあたし、まだ自分のLBX、持ってないんです。だから、早く自分だけのLBXが欲しくて」
「そうなんだ。所で、最初に手にしたいLBXの候補はあるの?」
「勿論! あたし、最初に持つなら"エンペラーちゃん"みたいなLBXにするって決めてるんです!」
LBXの話題で盛り上がる二人。
すると、会話にも出てきたエンペラーM2のお披露目を兼ねたテストバトルの開始を告げるアナウンスが流れ、二人は中央の特設ステージへと足を運んだ。
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