さらに数日が経過したこの日、事件の当事者の一人でもあるジンは、とある場所に足を運んでいた。
彼が足を運んだのは、サイバーランス社の本社ビル。
お洒落な広告映像が流れる、壁や空中に設けられたモニター、整然と整備された観葉植物。壁や床等は清掃が行き届いており、清潔感がある。
本社ビルの玄関とも言うべき、全体的にシンプルで明るく広々としたエントランス、その受付の前に、ジンは一人佇んでいた。
そして、その手には以前誠司から受け取った誠司の名刺が握られていた。
ジンがサイバーランス社の本社ビルを訪れた理由、それを説明するには、時間を少し巻き戻さなければならない。
それは、昨夜の事。
公務で忙しい海道 義光が久々に海道邸に帰宅したとの連絡を執事から受けたジンは、エンペラーM2の自爆機能を密かに組み込ませたこと。そして、灰原 ユウヤの一件について、海道 義光本人の口から答えを聞くべく、海道 義光の私室に足を運んだ。
「お爺様、お聞きしたい事があります」
「何だ、藪から棒に」
デスクの椅子に腰を下ろし、壁一面の窓からグレースヒルズの夜景を眺める海道 義光に、ジンは早速質問を投げかける。
「エンペラーM2に、自爆機能を組み込ませたのは、お爺様の指示なのですか?」
「……」
「そう、ですか」
海道 義光の沈黙を肯定と理解したジンは、続けて、最も答えを聞きたい灰原 ユウヤの一件についての質問を投げかける。
「ではもう一つお聞きします。……灰原 ユウヤの事です」
「ほう、なんだね?」
「灰原 ユウヤにあのような人体実験を行ったのも、お爺様の指示なのですか!? 彼は今、極度の精神的ストレスを受けて、いつ目を覚ますか分からない、そんな状態です!」
「……なんだ、"そんな事"か」
灰原 ユウヤの一件をそんな事と切り捨てるように言い放つ海道 義光。
刹那、ジンは目を見開いた。
一人の人間の命がかかっているにも関わらず、ぞんざいに扱う。そんな海道 義光の姿勢に、ジンは内心憤りを覚えた。
「お爺さ──」
「その灰原 ユウヤに対して、山野 バンや西原 凛空の力を借りなければ勝てなかったのは、何処の誰だ?」
「っ!」
「あまつさえ、一度ならず二度までも敗北しおって! ……お前には、もう少し期待しておったのだがな」
「僕は、僕なりにお爺様の力になろうと……」
「……話は終わりだ」
「お爺様」
「話は終わりだと言っている」
「……、失礼します」
だが、一向に顔を向ける素振りもない、海道 義光の聞く耳を持たない様子を前に、ジンは一声かけると、海道 義光の私室を後にするのであった。
海道 義光の私室を後に、自身の部屋へと戻る道中、ジンは、独り考えに耽っていた。
(お爺様は、変わってしまわれた。……僕を救ってくれた、あの頃のお爺様はどこへいってしまったのか)
そしてジンは、思い出に耽り始める。
それは、トキオブリッジ崩壊事故の被災直後の記憶。
事故により両親を失い天涯孤独の身となったジン、それは、記事の材料としてはまたとないもの。
事故現場に集まった報道関係者達が、幼い彼に群がるのは、自然の成り行きであった。
まだ幼く、状況を理解できぬジンに、群がる報道関係者達の姿は、一種の恐怖を感じさせるものであった。
そんな時、群がる報道関係者達からジンを救いだしたのが、海道 義光であった。
自らジンを抱きかかえ、ジンを病院へ連れて行くと言いその場を後にした海道 義光は、病院へ移動中の車内で、孤独から泣きじゃくるジンに対し頭を撫でると、優しく微笑みながら、ジンを家族として迎え入れる事を約束した。
(あの時、僕は本当に救われた。だからこそ、お爺様を本当の家族として思い、お爺様の期待に応えるべく、辛い事も乗り越えてきた)
刹那、ジンは拳を握り締める。
(だけど、あれは全て噓だったのか。僕は、所詮お爺様の計画の為のコマに過ぎなかったのか……)
そして、暫し拳を握り締めた後。ジンは、ある決断を下した。
大好きだったお爺様、海道 義光と袂を分かつという決断を。
だが、決断を下したとはいえ、今すぐに海道邸から出ていくという訳ではなかった。
その為には、様々な準備が必要となり。何よりも、良き相棒であり、降りかかる火の粉を払う剣であり盾、そんなLBXを早急に手に入れる必要がある。
しかし、海道 義光と袂を分かつと決めた以上、イノベーター並びに神谷重工を頼る事は出来ない。
ならば、どうするべきか。
その時であった、ジンが、困った時は相談に乗るという凛空の言葉を思い出したのは。
足早に自身の部屋へと戻ったジンは、早速凛空に連絡を取り、新しいLBXを手に入れたい件について、相談を始めた。
そして、凛空から返ってきたのが、サイバーランス社のテストプレイヤーの一件であった。
それから話はとんとん拍子に進み、本日、ジンはサイバーランス社の本社ビルを訪れる事となった。
「お待たせしました。お久しぶりですね、海道 ジン君」
凛空から事前に連絡を受け、ジンの前に姿を現したのは、誰であろう誠司であった。
「西原 誠司さん、でしたね」
「これはこれは、海道 ジン君に名前を憶えていただけたとは、光栄です。では、早速いきましょう」
誠司に案内され、ジンは本社ビル内を移動する。
「アルテミスは、誠に残念でした。私としては、決勝戦は凛空くんとジン君との一騎打ちになるものとばかり思っていました。二人のテクニック、機体の性能をもってすれば、どちらかが優勝を手にすることは間違いないものとばかり……」
移動の最中、誠司の話を聞きながら、ジンは内心、これから自身の新たな相棒となるLBXに対して心を躍らせていた。
「さ、到着しましたよ。ここが、我がサイバーランス社が誇るLBXを輩出してきた心臓部、開発室です」
扉の脇に備えられたテンキーに暗証番号を入力し解錠すると、誠司はジンに入室を促す。
それを受けて、室内に足を踏み入れたジン。そこで彼が目にしたのは、デスクや機材などが並び、各スタッフが各々の作業に没頭する、そんな光景であった。
「ご覧のように、開発は幾つかのチームに分かれています。演算高速化部門、新素材開発部門、設計統合部門等々。そして、それらに携わるスタッフは、世界でもトップレベルの方々ばかりです」
ジンに開発室の説明を行いながら、誠司は、サイバーランス社の開発力が国内、いや、世界でもトップレベルであると自負する。
そんな誠司を他所に、ジンは室内の中央部にある展示台、そこに佇む一機のLBXの存在に気がつき、歩み寄った。
「これは?」
「お気づきになられましたか。その機体こそ、以前お話した次世代LBXの試作機です」
まじまじと観察するその機体は、深紫を基調とした、ジ・エンペラーを連想させる重厚な装甲に身を包み。
頭部の角、更には、複数のブースターが付けられた大型ウイングを背面に備えている。
その凶暴で禍々しい姿を観察するジンの様子を目にし、魅了されたと感じた誠司は、早速機体の説明を始めた。
「名前は、"プロトゼノン"。他を圧倒するパワーとタフさを持つ機体ですが、やはりこの機体の特筆すべき点は、CPUでしょう」
「どういうことだ?」
「この機体には、"ビートルH2"、"デビルテイルV3"、"デビルホーンX"の三つのCPUを搭載しており、その演算処理能力は、通常のLBXの七倍を誇ります」
「っ! 七倍だって!?」
「当然、誰もが扱える機体ではありません。ですが、ジン君、君のテクニックをもってすれば、それは不可能ではない」
「……」
「因みに、当然ながら従来型のCCMでは操作する事は不可能な為、私達はプロトゼノンの開発に合わせてCCMの開発も行いました。この独自開発の高性能CCMは、従来型と比べ、操作可能半径が100メートルから1kmに延伸している他。プレイヤーの操作をほぼ完ぺきに、機体側に伝える事が出来ます」
そして最後に誠司は、まさにジン君にとって理想の機体とCCM、との言葉で説明を締めると、ジンの反応を窺う。
表情にあまり変化は見られないが、誠司は、手ごたえを感じていた。
「勿論、テストプレイヤーになっていただいた場合、バトルの際の戦闘データを、全て私達に提供していただく事になりますが……。如何ですか?」
「そのデータを基に、更なる機体を?」
「えぇ。私達は完成させる、究極の次世代LBX、"ゼノン"を」
「……」
そして、一拍置いた後、誠司は改めてジンに、テストプレイヤーを引き受けてくれるか否かを尋ねる。
「お返事を、聞かせていただけますか?」
「断る理由は、ない」
「それでは、契約成立、ですね。必要な書類等は、後でお渡しします」
テストプレイヤーを引き受けたジン、そんな彼に、プロトゼノンが手渡される。
ジンは、プロトゼノンを受け取ると、暫し見つめるのであった。
こうして、ジンがプロトゼノンを手に入れていた頃。ジンに助け舟を出した凛空は何をしていたのかと言えば。
「カズ、アミ!」
「お待たせ」
ミカと共に、バンの自宅の前でカズとアミの二人と合流を果たしていた。
「バン、いた?」
「それが、少し前に出かけたきりまだ帰ってないらしくて」
「キタジマにもスラムにもいなかったんだよね」
「あぁ。ったくバンの奴、どこ行ったんだか……」
凛空がミカと共にカズとアミの二人と合流した理由、それは、二人からバンの捜索を手伝って欲しいとの連絡を受けたからだ。
というのも、ここ数日、バンは時折思い詰めた顔を浮かべる等、プラチナカプセルとメタナスGXが強奪された事について、かなり思い悩んでいた様子であった。
そして今日、事前に連絡する事もなく、バンがキタジマ模型店に姿を現さなかった事で、二人はバンが思い悩んだ挙句変な気を起こしたのではないかと心配になり、凛空とミカに連絡を入れたという訳だ。
「それじゃ、俺とアミはもう一度キタジマやスラムの方を探してみる」
「なら、僕達は駅の方を探してみるね」
「もしバンを見つけたら、直ぐに連絡してね!」
「ん、分かった」
こうして、四人は二手に分かれて捜索を開始する。
一方その頃、当のバン本人は何処にいたのかと言えば。
「ごめん、父さん……」
以前、レックスから超プラズマバーストを伝授された場所、今は使用されていない廃倉庫にて、プラチナカプセルとメタナスGXを守れなかった事に対して、自責の念に駆られていた。
すると、そんなバンの耳に、不意に足音が聞こえてくる。
徐々に大きく、自分の方へと近づいてくる、その足音の方へと視線を向けるバン。
そこで彼が目にしたのは、服装こそ異なるものの、バンにとって顔見知りである人物。ブルーキャッツの従業員である黒沢の姿であった。
「黒沢、さん?」
「お久しぶりです」
「よかった、無事だったんですね。ブルーキャッツ、閉まったままだから、どうなったのか心配してたんです」
「ご心配、痛み入ります」
「そうだ、黒沢さん! レックスの事、何か知りませんか!? アルテミス以来、皆、レックスと連絡が取れないって心配してて」
黒沢の無事に安堵したバンは、彼の上司であるレックスの所在について、何か知っている事はないかと尋ねる。
「実は、今日私がこうして足を運んだのは、マスターに頼まれたからなんです」
「え! レックスに!?」
すると、黒沢から返ってきた答えに、バンは目を見開いた。
「一応、マスターは無事です。ただ、今は忙しくて、連絡を取りたくても取れないような状況なのです」
「そうなんですか」
「そんな状況ですので、マスターに代わり、私がコレをお渡しするべく足を運んだんです」
刹那、黒沢はバンに、小箱を一つ手渡した。
「あの、これは?」
小箱を受けったバンだが、当然ながら、彼の頭上には疑問符が浮かび上がる。
「プラチナカプセルです」
「え!?」
しかし、黒沢から小箱の中身の正体を聞かされると、頭上の疑問符が感嘆符に変わる。
急いで小箱を開けて中身を確かめると、確かに、中には小さなカプセルが一つ、収められていた。
「でも、どうして? プラチナカプセルはイノベーターに……」
「マスターは、イノベーターが強引な手段でプラチナカプセルを掌中に収めようとすることを予見していました。ですから、あらかじめ手を打っていたんです。計画の漏洩を防ぐために、皆さんには黙っていましたが」
「それじゃ、もしかて準決勝でジンに負けたのも?」
「はい、あの敗退も事前に計画されていたものです。相棒である郷田くんには悪い事でしたが、マスター曰く、彼ならわかってくれると仰っていました」
「そうだったんだ……」
Aブロック終了後、ハンゾウ本人から聞いていた事で芽生えた疑問。
それが、漸く解けた事で、バンの中にあったつかえが取れた様だ。
「でも、どうして俺に?」
「マスターは、山野くんならば、今度こそ必ずプラチナカプセルを守り切ってみせると、そう仰っていました」
そして、黒沢は一拍置くと、更に話を続けた。
「今の所、イノベーター側はプラチナカプセルが偽物とすり替わっている事に気づいてはいない様です。ですが、気がつくのも時間の問題。偽物と気がつけば、本物の居場所を突き止め奪い返しに来るでしょう。その際は、今まで以上に強引な手段を使って。……それでも、君ならば守れると、マスターは信じていました」
「……分かりました。俺、今度こそ、守ってみせます!」
今度こそ守ってみせると、力強く誓うバン。
その様子を目にし、黒沢は小さく頷いた。
「その言葉を聞けて良かった。では、私はこれで」
「え!? 行っちゃうんですか!?」
「はい。私も、マスター同様に忙しい身ですので。……ですが、安心してください。やるべきことを終えたら、連絡します」
そして、バンに別れを告げると、背を向けて廃倉庫から出ていこうとする黒沢。
しかし、彼は不意に足を止めると、思い出したかのようにバンに声をかけた。
「あぁ、そうだ。楽しみですね、この戦いの後、世界がどの様な変化を見せてくれるのか」
「え?」
「では、失礼します」
何やら意味深な言葉を言い残すと、黒沢は今度こそ廃倉庫を後にするのであった。
一方、黒沢を見送り、廃倉庫に残されたバンは。
「今度こそ、父さんの希望を、守ってみせる!」
改めて誓いを口にすると、小箱をポケットに入れ、足早に廃倉庫を後にするのであった。