うちの父親は変態企業の社長です   作:ダルマ

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未来への代償

 防衛戦を勝利で飾り、勝利の喜びを分かち合い終えた凛空達は、有志の面々やロンド・ベルに改めて感謝の言葉を述べると、彼らを見送った。

 

「皆、間もなくエターナルサイクラーのサンプルユニットが完成するそうよ」

 

 こうして彼らを見送り終えた所で、里奈がサンプルユニットの進捗状況を伝えてくる。

 これを受けて、凛空達は完成の瞬間に立ち会うべく、レベル4研究室に足を運ぶのであった。

 

「悠介さん! 完成、したんですか!?」

「現在、最終工程の最中だ。だから、もう少し待ってくれ」

 

 レベル4研究室にやって来たバン達は、一足先に足を運んでいた悠介社長から完成間近との報告を受け、完成の瞬間を今か今かと待ち望む。

 一方凛空は、サンプルユニットの製造を手伝っていた嶺部長と話に興じていた。

 

「どうでした、エターナルサイクラーは?」

「うむ、流石は山野博士の設計という他ない、大胆ながら緻密で繊細な構造は、まさに一種の芸術品と言ってもいいほどだ」

「嶺部長をここまで唸らせるなんて、本当に、山野博士は凄い人ですね」

「全くだ。今回の一件は、私に素晴らしい刺激をもたらしてくれたよ」

 

 そこで嶺部長は一拍置くと、意を決したかのように再び語り始める。

 

「正直に言って、私の中の技術者の血がここまで滾ったのは、本当に久しぶりだ。だからこそ、私は決心したのだ! 私の手で必ずや、エターナルサイクラーに匹敵する機関を作ってみせるとね!」

「な、成程……」

「その為に、会社には色々と迷惑をかけるかもしれないが、どうか理解してほしい」

「いえ、父さんも、会社にとってそれが有益であると判断すれば、十分な支援を約束してくれるはずです」

「そうか! ふふふ、となると、早速戻ったら企画書の作成に取り掛からねば!」

(まさか、GNドライヴやエイハブ・リアクターが出来上がるなんて事はない、よな? いや、どちらも地球の環境では製造できないから、大丈夫だとは思うけど……)

 

 意欲に燃える嶺部長を他所に、凛空は一抹の不安を覚えるのであった。

 

「あ、所で嶺部長。嶺警部のご活躍は、ご覧になりましたか?」

「あぁ、見たとも、作業の合間にね。ま、アレックスの性能をもってすれば、あの位の活躍は当然だろう」

 

 厳しい評価が飛び出す一方で、嶺部長の表情は、心なしか嬉しそうであった。

 それを目にし、本心では息子の活躍を喜んでいるのだと、凛空は察するのであった。

 

 

 その後、凛空が嶺部長との話を終えてバン達の話の輪に入った所で、待ち望んだ瞬間が訪れる。

 

「社長! サンプルユニット、無事に完成いたしました!」

 

 結城の手にした黒く重厚なアタッシュケース。

 それを受け取った悠介社長は、早速中身を確認する。

 

 刹那、凛空達も興味津々な様子で覗き見る。

 

「これが、エターナルサイクラー……」

「人類の、希望」

「漸く、完成したのね」

「やったな、バン!」

「あぁ!」

 

 実物を目にし凛空達が各々の感想を零すのを他所に、悠介社長は感慨深い表情を浮かべる。

 そして、表情を引き締めると、サンプルユニット製造に尽力した結城達に感謝の言葉を送った後、今度は自身が尽力する番と言わんばかりに口を開いた。

 

「よし、これで無限動力発電所計画を提案する為の準備は整った! 直ぐに評議会に向かうとしよう」

「兄さん、気をつけてな」

「あぁ、分かっている」

「ご安心ください。評議会までの道中は、我々が護衛いたしますので」

 

 兄の身を心配する拓也だったが、田中の言葉を聞き、少しばかり不安が和らぐ。

 

「では、行ってくる」

 

 そして、悠介社長が田中と共に評議会に向けて出発しようとした、その時。

 不意に、スーツを身に纏った男性がレベル4研究室に入室してくる。

 

「ん、どうした?」

「は! ビル周辺をうろついていた不審人物を拘束したので報告に」

 

 どうやら男性は田中の部下の一人だったようだ。

 刹那、男性は拘束した不審者を田中の前に差し出す。

 

 すると、田中よりも先に、悠介社長が反応を示した。

 

「貴方は、霧島さん!」

「……」

 

 冴えない雰囲気を漂わせた、霧島と呼ばれた中年男性。

 実は以前、エンジェルスターの最深部でイジテウスを操縦し襲い掛かってきたのは、誰であろうこの霧島。

 本名霧島 平治(きりしま へいじ)その人であるのだが、イジテウスの操縦席が装甲化されていた為、バン達は直接対峙していた事があるとは気づいていないようだ。

 

「何故貴方がここに!?」

「……」

 

 悠介社長の問いかけに固く口を閉ざす霧島。

 すると、代わって田中の部下が説明を始めた。

 

「この方の身体検査した所、こんな物を所持していました」

 

 そう言って田中の部下が差し出したのは、黒光りする一挺の自動拳銃。

 それを目にした瞬間、悠介社長は霧島が本社ビルにやって来た理由を察する。

 

「エターナルサイクラーのサンプルユニットを奪いに来たんですね」

「っ!」

「そうですか……」

 

 重苦しい空気が漂い始めた、その時。

 不意に、バンが声をあげる。

 

「あの悠介さん、この人は一体、どういう人なんですか?」

「あ、あぁ。この方は霧島 平治さんと言って、アスカ工業の元社長にして、強化ダンボールの発明者でもある」

「えぇ!?」

 

 LBXプレイヤーにとって、無くてはならない存在の強化ダンボール。

 その生みの親が目の前の人物であると知り、と同時に、そんな人物がサンプルユニットの強奪を目論んでいた事実に、驚きを禁じ得ないバン達。

 

「でも、そんな人がどうして……」

「おそらく、イノベーターに唆されて強行に及ぼうとしたんだろう」

 

 霧島もまた、イノベーターに人生を翻弄された被害者の一人。

 悠介社長の言葉を聞き、様々な人々の人生を狂わせた元凶たるイノベーターに対して怒りが湧き上がるバンを他所に、悠介社長は田中に霧島の処置について尋ねた。

 

「そうですね。とりあえずは拘留し、事情聴取を受けてもらう事になると思います」

「では、後で霧島さんと面会することは?」

「可能です」

「分かりました。……霧島さん、用が済んだら、後でじっくりと話をしましょう」

 

 そして、終始無言を貫く霧島にそう告げると、悠介社長は再び歩きだす。

 だが直後、意外な人物が霧島に声をかけ、悠介社長は足を止めた。

 

「強化ダンボールを作ってくれて、ありがとうございました!」

 

 感謝の言葉と共にお辞儀をしたのは、バンであった。

 バンの突然の行動に、霧島本人も困惑の表情を浮かべる。

 

「ありがとうって……、君は、一体何を……」

「だって、おじさん──。じゃなかった、霧島さんが強化ダンボールを作ってくれたお陰で、皆がLBXを安心して遊ぶ事が出来るようになったから! だから、もう一度言わせてください、本当に、強化ダンボールを作ってくれて、ありがとうございました!」

 

 バンにしてみれば、霧島はまさに、父親が作ったLBXを販売中止の憂き目から救ってくれた、言わば恩人。

 だが、霧島にしてみれば、自分はイノベーターの手先として危害を加えた張本人。

 にも拘らず、バンが自身に向けて屈託のない笑みを浮かべているのを目にし、霧島の目尻に涙がたまり始める。

 

「言われてみれば、そうだよな」

「ありがとう」

「ありがとう、霧島さん!」

 

 そして、子供達から次々と感謝の言葉が贈られ、遂に霧島は感極まって泣き崩れる。

 

 そんな霧島の様子を目にし、凛空は、小さな笑みを浮かべた。

 

(これで未来は変わる!)

 

 それは、自身が知る原作という名の未来、その中で描かれた悲劇を回避できた事を確信した笑みであった。

 

 

 

 

 だが直後、凛空は知る事となる。

 悲劇を回避した代償の大きさを。

 

「ん?」

 

 それは、悠介社長のもとにかかってきた一本の電話から始まった。

 

「はい、もしもし?」

「ご機嫌は如何でしょうか、宇崎 悠介社長?」

「誰だね、君は?」

 

 電話の相手は謎の男性。

 見知らぬ相手に、悠介社長は警戒心を露わにする。

 

「自己紹介の前に、先ずはお祝いを。エターナルサイクラーのサンプルユニットの完成、おめでとうございます」

「っ! 君は一体、何者なんだ!?」

「では、自己紹介させていただきます。はじめまして、イノベーターで青の部隊の司令官を務めています、藤堂 三良と申します」

「イノベーター!?」

 

 そして、悠介社長の口からイノベーターの名が飛び出した所で、凛空達も漸く異変に気がつく。

 

「兄さん、まさかその電話はイノベーターから!?」

「あぁ。藤堂 三良という人物からだ」

「藤堂……、青の部隊の藤堂か!?」

「八神さんの反応からするに、どうやら本人で間違いない様だな」

 

 イノベーターからの直接の電話という事態に一同が困惑する中、悠介社長は藤堂とのやり取りを続ける。

 

「それで、一体何が目的だ? 単に祝福の言葉を贈るためにかけてきた訳ではないだろう?」

「ふふふ、流石は宇崎社長、その通りです。では、互いに多忙の身、余計な時間を取らない為にも前置きは抜きにして、本題に参りましょう」

 

 そして、一拍置いた後、藤堂は本題を語り始める。

 

「単刀直入に申します。完成したエターナルサイクラーのサンプルユニット、我々に渡してもらえないでしょうか?」

「それは無理な相談と言うものだ」

「でしょうね」

 

 悠介社長が即座に否定する事は想定の範囲内だったのだろう、藤堂は淡々としていた。

 

「では、この条件ならば如何でしょうか?」

「条件?」

「えぇ、もしも、そちらがサンプルユニットを渡してくれるのであれば、こちらは"アキハバラ中"に仕掛けた"爆弾"を起爆いたしません」

「爆弾だと!?」

 

 爆弾との単語が悠介社長の口から零れると同時に、事の推移を見守っていた一同の表情が一気に強張る。

 

「兄さん、一体イノベーターはどんな要求をしてきたんだ!?」

「イノベーターは、完成したエターナルサイクラーのサンプルユニットを要求してきた。もし、要求が受け入れられなければ、アキハバラ中に仕掛けた爆弾を爆発すると」

「な!?」

「くそ!」

 

 そして、イノベーターの卑劣な手段を知り、驚く者、怒りを露わにする者等、一同は各々の反応を示す。

 

「それにしてもイノベーターの連中、一体いつの間にアキハバラ中に爆弾を仕掛けたんだ?」

「おそらく、アキハバラタワー、そしてこの本社ビルを襲撃し、我々がその対応に追われている隙に仕掛けたのだろう」

「成程、確かにその間なら、仕掛けられても不思議ではない」

 

 自身の疑問に対する八神の答えを聞き、拓也は納得の表情を浮かべる。

 その一方で、悠介社長は藤堂とのやり取りを続けていた。

 

「本当に、爆弾を仕掛けたのか?」

「おや、まさか爆弾はブラフだとでも? ……いいでしょう、では、爆弾が本当に仕掛けられているという"証拠"をお見せしましょう」

「証拠だと?」

「はい。宇崎社長、今から貴方の携帯に現場からの中継映像を送りますので、そちらをご確認ください」

 

 刹那、携帯にメッセージが送信され、悠介社長は早速、メッセージに添付されていた中継映像を確認する。

 アキハバラにあるビルの屋上から撮られていると思しき中継映像。映像を見る限り、特に変わった様子はない。

 

 だが、次の瞬間。

 破裂音が聞こえると共に、ビルとビルの間から黒煙が立ち上り始めた。

 

「っ!?」

「いかがです、これで爆弾が本物であると信じていただけましたか?」

「く……」

「ではお返事を。……と言いたい所ですが、事が事だけにそちらも考える時間が欲しいでしょう。という事で、十五分後に改めてお電話させていただきますので、お返事はその時に。それでは、十五分後にまた」

 

 刹那、藤堂が一方的に電話を切る。

 すると、悠介社長は早速、誰かと連絡を取り始めた。

 

「オタクロスさん、実は……」

「悠介氏、爆弾の事なら、ワシの方でも既に把握しているデヨ」

 

 連絡を取ったのは、誰であろうオタクロスだ。

 

「なら話が早い。先ほど、中継映像で爆弾が爆発したんですが、被害の程は!?」

「どうやらあの爆弾はデモンストレーション用だった様じゃ、爆発した場所は人通りの全くない路地裏。なので、人的被害はゼロデヨ」

「そうですか」

 

 先ほどの爆弾の犠牲者がいないと分り、安堵の表情を浮かべる悠介社長。

 

「じゃが、ワシが調べた所によると、爆弾はアキハバラ内に数十か所も設置されておる」

「っ! そんなに、ですか!?」

「しかも、これも奴らは計算尽くじゃったのか、今アキハバラはいつも以上の人で溢れ返っておる。アキハバラタワー襲撃の一件がニュースで流れ、多くの野次馬が押し寄せてきたからデヨ」

「では、今爆弾が爆発したら……」

「大惨事は免れん」

「く!」

 

 オタクロスからの報告を聞き、苦々しげな表情を浮かべる悠介社長。

 それでも、悠介社長は何とか悲劇を回避できないものかと模索する。

 

「オタクロスさん、何とか爆弾を解除できませんか?」

「悠介氏、流石のワシも爆弾解除は専門外じゃ」

「では田中さん、爆弾解除に人を送れないでしょうか?」

「それは可能ですが、流石に数十か所も設置された爆弾を同時に解除できるほどの人員は……」

「そう、ですか」

 

 アキハバラにる人々を一斉に避難させようにも、イノベーターが監視の目を置いているのは、先ほどの中継映像からも容易に想像できる。

 かと言って、要求を退け、無関係な多くの人々の犠牲のもとにイノベーターの野望を阻止する等、本末転倒。

 最早、悲劇を回避するには、イノベーターの要求を呑む他なかった。

 

「皆、本当にすまない! 皆がこれまで頑張ってくれた苦労を水の泡にしてしまい」

「そんな、悠介さんが謝る事じゃないですよ!」

「あぁ、悔しいが、今回はイノベーターが一枚上手だったってだけさ」

「兄さん、これで全てが終わった訳じゃない。まだこちらには設計図のデータがある。だから、またやり直せるさ」

「……そうだな」

 

 こうして、決心がついた所で、予告通り藤堂からの電話がかかってきた。

 

「宇崎社長、お返事の内容は、お決まりになられましたか?」

「あぁ」

「それは結構。では、早速お聞かせいただきましょうか?」

「そちらの要求通り、エターナルサイクラーのサンプルユニットを渡す」

「素晴らしい! では、早速受け渡しの場所をお伝えしましょう」

 

 嬉々とした声の藤堂とは対照的に、悠介社長は悔しさを顔ににじませる。

 

「場所は、アキハバラの歩行者天国にある交差点。受け渡し時刻は──」

 

 そんな悠介社長の様子など気にも留めず、藤堂は受け渡しの場所や時刻を述べていく。

 

「最後に、サンプルユニットの運び役ですが……」

「っ! それは私ではないのか!?」

「宇崎社長、生憎ですが、運び役もこちらで指名させていただきますよ」

「く!」

「では改めまして。サンプルユニットの運び役には、山野 バンと西原 凛空の両名を指名させていただきます」

「バン君と凛空君だと!?」

 

 てっきり運び役は自身であると思い込んでいた悠介社長は、まさかの指名に驚きの声を上げる。

 当然、突如として自分達の名前が飛び出した両名もまた、驚きの表情を見せる。

 

「当然、運び役を別の者に任せたり、受け渡し時刻に遅れたり、サンプルユニットを偽物とすり替えていた場合には……。その先は、お判りですね」

「……」

「では、よろしくお願いしますよ、宇崎社長」

 

 藤堂が電話を切った後、悠介社長は一拍置くと、先ほど聞いた受け渡しの条件を皆に伝え始める。

 

「でもどうして、イノベーターは運び役にバンと凛空を指名したのかしら?」

「おそらく、子供である二人なら、万が一抵抗されても強奪するのは容易だからだろう」

 

 アミの疑問に対する八神の答えを聞き、アミ本人をはじめ、他の面々も納得した様子を見せる。

 

「兎に角時間がない、急いで受け渡し場所に向かおう!」

 

 そして、悠介社長の掛け声と共に、一行はアキハバラへと向かうのであった。

 

 

 

 

 世界が黄昏色に染まり始めた頃。

 車を使いアキハバラへと到着した一行は、歩行者天国付近の駐車場に停めた車の中で、その時が来るのを待っていた。

 

「万が一の場合に備え、受け渡し場所である交差点の周囲に部下を配置しておきました。と言っても、イノベーターも同様に人を配置しているでしょうし、何よりこの人だかりでは、気休めかも知れませんが」

「そんな事ありません、ここまで尽力していただいて、本当にありがとうございます」

 

 自嘲的な笑みを浮かべる田中に対して、凛空は感謝を述べる。

 すると、田中の気持ちも少しは軽くなった様だ。

 

「にしても、すげー人だかりだな」

「本当ね」

「ん」

 

 一方、カズ・アミ・ミカの三人は、2in1パソコンのモニターに映る受け渡し場所である交差点の中継映像を目にし、数時間前よりも増えている黒山の人だかりに、ニュースの影響力の凄さを痛感していた。

 

「そろそろ時間だ。バン君、凛空君、二人とも頼んだぞ」

「はい!」

「分かりました!」

「バン、気をつけてね」

「しっかりな、バン!」

「あぁ、分かってる!」

「凛空、気をつけて、ね」

「うん!」

 

 こうして、他の面々に見送られながら、車を降りたバンと凛空の二人は、受け渡し場所である交差点に向かい歩き始める。

 

 

 暫くの後、バンと凛空の二人は多くの人々が行き交う交差点に到着した。

 

「凄い人だな……」

「うん。こんなに人がいると、誰が受取人か分からないね」

 

 交差点の中心付近で立ち止まった二人は、周囲を行き交う人々に目を向けながら、その時を待つ。

 一方、車で待機している面々も、中継映像を食い入るように見つめながら受け渡しの行方を見守っていた。

 

「ん?」

 

 その最中、不意に、ミカが何かに気がついたかのような声を漏らした。

 

「どうしたの、ミカ?」

「あれ、あの人」

「え? どれだよ?」

「えっと、どの人?」

「ここ」

 

 当初はミカが誰の事を指しているのか分からなかったカズとアミの二人だが、ミカがモニターの一部を指差し、漸く特定する事に成功する。

 ミカが指を差したのは、行き交う人波をかき分けながら中心付近に近づく、一人の女性。

 

「もしかして、この女の人がイノベーターの受取人なのかしら?」

「分からない。けど、私、この人、見た事がある」

「見た事あるって、一体何処で見たんだ、ミカ?」

「……嫌な、予感がする」

「え、ミカ!?」

「あ、おい!」

 

 刹那、胸騒ぎを感じたミカは、カズとアミの制止に耳を傾ける事もなく車を降りると、一目散に現場に向かって走り出した。

 

「カズヤ君、アミ君。ミカ君の後を追ってくれ! それと、八神さん達もお願いします」

 

 これには悠介社長も驚いたが、彼女の身を案じ、咄嗟にカズ達に指示を出す。

 こうしてやや遅れて、ミカの後を追いかけ始めたカズ達。

 

 その一方で、田中はミカが感じた胸騒ぎを気にかけていた。

 

「彼女が見つけたのは確か……、この女か」

 

 田中は手元の端末を操作し映像を拡大すると、ミカが見つけた女性に目を凝らす。

 

「ん? まさか、この女!」

 

 刹那、田中も女性の素性に気がついたのか、慌てて無線のスイッチを入れると、部下達に指示を飛ばし始めた。

 

「大至急二人の安全を確保しろ! 現在、二人のもとに──」

 

 

 

 

 一方その頃。謎の女性が接近している事など露も知らないバンと凛空の二人は、受け渡しの時刻となった事を確認した後、今一度、周囲を行き交う人々に目を向けていた。

 だが、イノベーターの受取人らしき人物が見当たらず、困り果ててしまう二人。

 

 と、その時。

 不意に、この場にいる筈のないミカが自身の名を呼んだ気がし、凛空はふと振り返る。

 

「あれは……」

 

 そこで、凛空は漸く気がつく。

 行き交う人波をかき分け、自分達の方へと近づいてくる、一人の女性の姿に。

 

 そして、その女性の顔に見覚えがある事も。

 

(あれは、アルテミスの予選ブロック決勝で戦ったチーム・ビーハイヴファミリーのリーダー!)

 

 LBXマフィアを標榜するビーハイヴファミリー。

 首領であるキラーを含め、埠頭での一件で所属していた面々は全員警察に逮捕されたと思われていたが、どうやらあの女性は上手く逃げおおせていた様だ。

 

 そんな彼女が、人目の多い場所に堂々と現れた。

 その理由を推測した凛空は、とある疑念に辿り着く。

 

「す……ろす……ころす……、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 

 そして、人波にかき消されながらも、微かに聞こえてきた彼女の声を聞き、凛空の疑念は確信に変わった。

 

「バン! 逃げよう!」

「え?」

 

 だが、二人が逃げ出そうとしている事に気がついたのか、女性は歩く速度を上げると、人波を押し分け一気に距離を縮める。

 そして、次の瞬間。女性は、内ポケットから黒光りする自動拳銃を取り出し、その銃口を二人の方へと向けた。

 

「大いなるものよ! 彼らに彼岸の導きを!! そしてき清浄なる世界に、沌のらんこと!!」

 

 狂気を孕んだ彼女の声と共に、銃口から、一発の弾丸が放たれる。

 放たれた弾丸は、吸い込まれるようにバンを目指して突き進み、そして──。

 

「危ない!!」

 

 バンは、目撃する事となる。

 自身を庇い、撃たれた反動で地面に倒れ込む凛空の姿を。

 

「キャッァァァーーッ!!」

 

 刹那、女性の悲鳴が響き渡ると共に、周囲にいた人々が蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始める。

 一瞬にして、交差点は大混乱に陥った。

 

 そんな中、女性は再び自動拳銃を構え直すと、再びその銃口をバンへと向けた。

 そして、再び引き金を引こうとした、その時。

 田中の部下達が飛び掛かり女性を取り押さえ、寸での所で二発目が放たれるのを阻止した。

 

「凛空! 凛空!!」

 

 一方のバンは、倒れた凛空のもとに駆け寄ると、凛空の名を呼ぶ。

 だが、痛みに歪んだ顔は、正常に戻る気配はない。

 

 そして、何度目か凛空の名を呼ぼうとしたその時、バンはふと、自身の手が血で染まっている事に気がつく。

 それが凛空の血であると気がつくのに、そう時間はかからなかった。

 

「あ、あぁ……」

 

 刹那、バンの血の気が瞬く間に引いていく。

 

「君、下がって!」

「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」

「もっとタオルを持ってこい!」

 

 最早顔面蒼白となったバンを他所に、田中の部下達が応急手当を始める。

 その様子を、バンは呆然と見つめる事しかできなかった。

 

 

 

 

 意識すら保っていられなくなる程の激痛。

 徐々に薄れゆく意識の中、凛空は、青ざめた親友(バン)の顔を目にする。

 

 「大丈夫」、そう言おうとするも、痛みでうまく声が出せない。

 

 やがて、大人達が応急手当を始める中、凛空はふと、呆然と立ち尽くす最愛の人(ミカ)の存在に気がつく。

 

「ミ……、ヵ」

 

 消え入りそうな声で彼女の名前を口にした次の瞬間、凛空の意識は、深い闇の底へと沈むのであった。

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