それから数日後。
学校を終えたミカは、いつものように凛空のお見舞いへ行くべく、教室を後にしようとする。
しかし、不意にアミとカズの二人に呼び止められ、ミカは歩みを止めた。
「ん、何?」
「俺達も凛空のお見舞いに行きたくってさ」
「一緒に行きましょう」
「ん、いいよ」
こうして、三人は、一路凛空が入院している病院を目指すのであった。
「お見舞いに来てくれてありがとう、カズ、アミ」
「本当に、凛空が撃たれた時は生きた心地がしなかったんだぜ」
「でも、本当に無事でよかったわ」
「ごめんね、二人にも心配かけて」
個室のベッドで安静にしている凛空の出迎えを受けたカズとアミの二人は、元気そうな凛空の様子に安堵の表情を浮かべた。
一方のミカは、室内に備わったキッチンで人数分のグラスを用意し、更に冷蔵庫からジュースを取り出しグラスに注いでいくなど、手慣れた動作で飲みの物の用意を進めるのであった。
「はい、凛空」
「ありがとう、ミカ」
「はい、二人にも」
「お、サンキュー」
「ありがとう」
そして、ミカが用意してくれたジュースが全員の手に渡った所で、四人は雑談を始める。
「にしても、この病室すげーな!」
「本当よね。私も、昔おじいちゃんがぎっくり腰で別の病院に入院した時に個室を見た事があったけど……。こんなにも豪華なのは見た事がないわ」
その中で話題に上がったのは、凛空が利用している個室の豪華さ。
広々とした室内には、50インチを越える大型テレビに、キッチンに冷蔵庫や電子レンジなどの各種家電。更に執務作業に使えるデスクやテーブルにソファー、そしてトイレやシャワールーム等。
その設備の充実ぶりは、最早ホテルのスイートルームの様であった。
因みに、凛空が利用している特別個室フロアに設けられたこの個室は、そのハイグレードさから当然と言うべきか、一日当たりの利用料金が驚愕の二十万クレジットとなっている。
「きっと、バンがお見舞いに来たら、豪華すぎて腰を抜かしちゃうかもね」
そんな話の流れの中、凛空が何気なくバンの名前を口にした、次の瞬間。
途端に、カズとアミの表情が曇り始めた。
「どうしたの、二人とも?」
「いや、その……」
「ミカから、何も聞いてないの?」
「え、うん」
「そう……」
二人の様子から、バンの身に何が起こった事を察した凛空は、改めてバンに何があったのかを尋ねる。
すると、アミがゆっくりと、今のバンの状態を語り始めた。
「バン、凛空が撃たれた次の日からずっと学校休んでて……。家に様子を見に行っても、バンのお母さんが言うには、ずっと部屋に引きこもってるみたいなの」
「え……」
「田中さんが言うには、凛空が撃たれたのを目撃した事で一種のPTSDを発症したんじゃないかって」
心的外傷後ストレス障害、PTSDは戦争や重大事故などで強い精神的衝撃を受けることが原因で発症するとされている。
今回のバンの場合、自身を庇って凛空が撃たれたのを目撃してしまった事が引き金となって発症したのだろう。
このままイノベーターとの戦いが激化していけば、自身のみならず、身近な人々。更に、アキハバラでの一件のように無関係な人々も命の危険に晒される。
バンの中に生まれた強い恐怖はバンの心を蝕み、やがて全身を蝕んでしまった。
最も、アキハバラに仕掛けられたとされる爆弾は、後の爆発物処理の際、最初に爆発したもの以外は爆薬のないダミーだったと判明したのだが。
それをバンに伝えた所で詮無い事だ。
(まさか、こんな形で原作通りの展開になるなんて……)
原作で描かれた悲劇を回避したというのに、結局、バンが原作の通り戦意喪失してしまった事実。
しかも、その原因が自分自身という事を理解した凛空は、自嘲めいた笑みを浮かべた。
とはいえ、今後もバンが戦線離脱したままというのは不味い。
刹那、凛空は意を決したかのように、カズとアミの二人に話を始めた。
「カズ、アミ。僕、これからバンに会いに行くよ!」
「えぇ!?」
「い、今から!?」
「うん!」
「で、でもよ凛空。まだ安静にしてなくて大丈夫なのかよ……」
「そうよ、あまり無理して傷口が開いちゃったら……」
「大丈夫だよ。ミカ」
「ん」
心配するカズとアミの二人を他所に、凛空はミカに頼んで何かを持ってきてもらう。
暫くして、ミカが持ってきたのは、一台の車椅子であった。
「車椅子、確かに車椅子なら体への負担も少なそうだけど……」
「でも、バンの家ってバリアフリーとかじゃねぇしな」
それでもなお、不安な様子の二人。
そんな二人を安心させるかのように、凛空は車椅子に座ってみせる。
「実はこの車椅子、大手のメーカーと協業して来年度の販売を目指している電動車椅子の試作品なんだ。ほら、手すりのジョイスティックを使って操作できるだけじゃなく、ここのボタンを押すと自動運転に切り替わるんだ」
そして、広々とした室内を、凛空は電動車椅子を使ってすいすい移動してみせる。
「それにほら。六輪なのは安定感が抜群なだけじゃなく、階段も登れるし、更に、……この通り」
「うぉ! 変形した!?」
「凄い」
更に、ミカが用意した段差を大小六輪の車輪を使って登るだけでなく、驚く事に、車輪が縦に並びまるで二本脚で立ち上がっているかの如く姿勢を変形してみせた。
「驚くのはまだ早いよ」
さらに驚く事に、二本脚の姿勢になった車椅子は、二つの脚を器用に使い歩行してみせた。
「更に更に、オプションで色々なアームを取り付け……」
刹那、電動車椅子の背部からアームが展開されるが、アームには回転ノコギリに巨大ペンチ等。どう考えても開発者の趣味に走ったとしか思えない装備が備わっていた。
「兎に角。これなら会いに行っても大丈夫だよ!」
慌ててアームを引っ込める凛空を他所に、カズとアミの二人は、最後のオプションを見て別の心配が生まれたが、少なくとも会いに行くには安心だろうと納得するのであった。
こうして二人が納得した所で、凛空は病院から外出の許可をもらい、いよいよバンの家へと向かう。
「あぁ、悪い凛空。俺達、ちょっと」
「えぇ、ごめんね」
筈だったのだが、何故かカズとアミの二人は同行を否定した。
一瞬何故、と疑問が浮かんだが、原作で二人がハンゾウとキヨラと共に敵のど真ん中に乗り込んでいったのを思い出し、凛空は二人を見送る事にした。
「分かった。それじゃ、行こうか、ミカ」
「ん」
そして、凛空はミカと二人でバンの家に向かうのであった。
「あ、ジン君」
「凛空君。元気そうだね、もう外出しても大丈夫なのかい?」
「一応ね」
やがて、バンの家の前に到着した二人は、そこでジンと鉢合わせる。
話を聞くに、どうやらジンも、バンの身を案じてやって来たようだ。
こうしてジンと加え、三人はバンの家のインターホンを押した。
「あら、凛空君、それにミカちゃん。それから……」
「はじめまして、バン君のお母さん。僕は海道 ジンといいます」
玄関を開けて三人を出迎えたバンの母親にジンが自己紹介を終えた所で、凛空は早速本題を切り出す。
「あの、バン、まだ部屋に?」
「アミちゃん達から聞いたのね」
「はい」
「どうぞ、あがって」
三人が訪ねてきたその理由を察したのだろう。
バンの母親は三人を家に招き入れた。
「凛空君、ごめんなさいね。この家、バリアフリーじゃないから……」
「あ、ご心配なく、バンのお母さん」
刹那、電動車椅子は二本脚に姿勢を変形すると、玄関の段差を軽々と上る。
「さ、最近の車椅子は本当に凄いわね」
その光景に唖然とするバンの母親を他所に、凛空はふと、自身のポケットから何かを取り出すと、それをバンの母親に手渡した。
バンの母親が受け取ったのは、一枚の封筒であった。
「これは?」
「迷惑料です」
「迷惑料?」
「えっと……、この後色々とご迷惑をかけてしまうと思うので、前渡ししておこうと思いまして」
バンの母親は、凛空の言葉の意味を十分理解できない様子。
刹那、バンの母親は封筒を開けて中身を確認する。封筒の中には、一枚の小切手が入っていた。
「え……、えぇ!? ち、ちょっと凛空君!! これ、何かの間違いなんじゃ!」
小切手に書かれた金額を目にした瞬間、バンの母親は目を丸くせずにはいられなかった。
そんなバンの母親を他所に、三人はバンの部屋がある二回へ上がっていく。
程なく、バンの部屋に前に到着した三人。
凛空が代表して部屋の扉をノックする。
「バン、いるんでしょ?」
「っ! その声、凛空!?」
「うん、そうだよ」
凛空がやって来るとは想像もしていなかったのか、部屋の中からバンの驚きに満ちた声が聞こえてくる。
「ねぇバン、話がしたいんだ。入ってもいいかな?」
「……」
「バン?」
「……ごめん、今、誰とも話したくないんだ」
しかし、部屋に入れてほしいとの頼みには、一転して拒絶反応を示すバン。
その後も、凛空は部屋に入れてほしいと頼み続けるも、バンからの返事は変わる事はなかった。
「ミカ、ジン君。少し離れてて」
「ん」
「凛空君、どうするんだい?」
「実力行使」
刹那、電動車椅子の背部からアームが展開される。
アームには、丸太状の物体が装備されていた。
次の瞬間、丸太状の物体が勢いよく扉に打ち付けられるや、音と共に鍵が破壊され扉が開かれる。
どうやら、丸太状の物体は、現代では警察などがドアブリーチングの際に使用する破城槌だったようだ。
こうして部屋の中へと足を踏み入れる三人。
刹那、ベッドの上で目が点になったバンを発見する。
「扉、壊してごめんね。でも、どうしてもバンと話がしたかったんだ」
先ずは扉を破壊した事を謝ると、凛空は更に話を続けた。
「バン、カズとアミの二人も心配してるよ、だから──」
「ほっといてくれ!!」
刹那、バンはふて寝してしまう。
「……怖いんだ」
「え?」
「怖いんだよ、イノベーターと戦う事が。戦えば皆が、関係ない人たちまで巻き込んで、傷ついて、死んでしまうかもしれない! 俺だって、俺だって……」
恐怖に身を震わせるバン。
そんなバンに対して凛空はゆっくりと語りかける。
「でもバン。このままイノベーターを放置しておけば日本中、いや世界中で多くの人が犠牲になるかもしれない。それでもいいの?」
「……」
「バン!」
「もうほっといてくれ!!」
刹那、凛空は徐に電動車椅子から立ち上がる。
だが次の瞬間、一瞬ふらつき、ミカとジンが慌てて助けに入ろうとする。しかし、凛空は二人を手で制する。
そして、凛空はゆっくりとバンの歩み寄ると、バンの肩に手を伸ばした。
「バン……」
「そんなに、そんなにイノベーターと戦いたいなら、凛空が先陣を切って戦えばいいじゃないか!!」
「イノベーターは強大な敵、だから僕だけじゃ駄目なんだ、みんなで力を合わせないと」
「なら、どうせ俺一人いなくたって……」
凛空の話に聞く耳を持たない様子のバン。
すると、次の瞬間。凛空はミカとジンが見守る中、予期せぬ行動に出る。
バンの服を掴んで無理やりベッドから起き上がらせると、バンの頬目掛けて平手打ちをお見舞いしたのだ。
「な……、殴った。今殴ったね! 父さんにもぶたれたことないのに!」
平手打ちを食らったバンは、恨めしそうに凛空を見つめる。
「バン、もう一度立ち上がって、戦うんだ」
「戦え、戦えって。なら凛空は怖くないのかよ!? 戦うって事は、誰かが死ぬかもしれないって事なんだぞ!!」
「怖いさ、それに、辛くて逃げ出したい時だってあった。だけどそれ以上に、イノベーターによって
そして一拍置くと、凛空は更に語り掛ける。
「バン、バンは山野博士を助ける為に、そして、山野博士の作ったLBXを悪用させない為に今まで戦ってきたんだろ? それをこんな所で投げ出していいの!?」
「でも、でももう嫌なんだよ。LBXに関わった人達が皆、皆……。凛空、お前だって、LBXに関わらなきゃ、撃たれずに……。そうさ、こんなものが、こんなものがあるから!!」
刹那、バンは机の上に置かれていたオーディーンを手に取ると、その手を大きく振り上げる。
そして、オーディーンを床に叩きつけようとした、次の瞬間。ジンが咄嗟にバンの腕を掴んだ事で、オーディーンは難を逃れる事が出来た。
「君はお父さんの気持ちを無駄にするつもりか!?」
「っ!」
そして、ジンはバンに語り始めた。
トキオブリッジ崩壊事故に巻き込まれた際、自身の本当の両親が目の前で亡くなった事。更に、育ての親である海道 義光が、知らぬ間に殺され、精巧に作られたアンドロイドにすり替わっていた事。
更に以前、バンがジンに語ったLBXに対する想い、それが今なら理解できる事。
「君のお父さんが、山野博士がどんな想いでLBXをこの世に送り出したのか。バン君、それは君が一番解っている筈だ。だから山野博士は君に、大切なLBXを託したんじゃないのか?」
そして、ジンの言葉を聞き、バンはふと手にしたオーディーンを見つめる。
「バン、僕もLBXを送り出す側の人間として、山野博士の気持ちが少しは理解できる。多分、博士が今もイノベーターと一人で戦っているのは、自身が生み出したものへの責任をとる為だと思う」
「責任?」
「うん。エターナルサイクラーやLBX、それらを一部の人間の私利私欲のためじゃなく、皆の幸せの為に活用するという本来の姿に戻す為に。それが山野博士の戦う理由、じゃないかな」
更に凛空の言葉を聞き、バンは再びオーディーンを見つめる。
その目に、先ほどまでの恐怖や迷いは、もうなかった。
「凛空」
「ん?」
「さっきの平手打ち、結構痛かったぞ」
「え、ご、ごめん!」
「でも、お陰で目が覚めた!」
バンが無事に立ち直り喜んだのも束の間。
ジンのCCMに拓也から連絡が入り、カズ・アミ・ハンゾウ・キヨラの四人が、神谷重工の本社工場であるゴライアスに潜入し捕まった可能性があるとの旨が伝えられた。
「行こう、皆!」
刹那、バンは愛用しているバッグを手に取ると、アミ達の救出に向かうべく部屋を後にし階段を駆け下りる。
それに続くように、三人もバンの後を追う。
「バン……」
「母さん! 行ってくる!」
「行ってらっしゃい! 皆も、気をつけてね!」
そして、玄関でバンの母親に見送られながら、四人はゴライアスを目指しバンの家を後にするのであった。