空調の効いた快適な室内には、壁一面に設置された大小さまざまなモニター、それに向かって並べられた机とコンソールの数々。
机の上には内線用の電話機の他、様々な書類や飲みかけのコーヒーが入ったマグカップなど、少し前までこの場所に人がいた形跡が見られた。
そんな司令室へと足を踏み入れた凛空達一行。
拓也と凛空達子供組が見守る中、里奈がサターンの発射を阻止するべく、発射管制への介入を試みる。
「これで……、そんな、ならこっちは……、くっ!」
しかし、キーボードを打つ里奈の表情は、時間を追うごとに険しくなっていく。
「里奈、どうだ?」
「……駄目だわ! 管制システムから完全に切り離されてる!」
「何だと!? くそっ、せっかくここまで来たって言うのに!」
「里奈さん、何か他に方法はないんですか!?」
「ここで管制を行っていないという事は、別の場所にある制御室で発射操作を行っている筈。そこでなら……」
「なら、急いでその場所を探そう!!」
まだ希望は潰えた訳ではない。
バンの言葉に反応するように、一行は制御室を探すべく動き始める。
だがその直後、司令室の扉がロックされ、更には司令室の照明が切り替わった他、モニターが一様にシステムロックとの表示に切り替わる。
「ぬぐぐぐ! 畜生! 駄目だびくともしねぇ!」
「エクリプスにも連絡が出来ないわ!」
「くそ、罠か!」
何とか扉をこじ開けようとしていたカズとハンゾウだったが、扉は微動だにせず。
外部に助けを求めようとしたアミも、外部との連絡が遮断されそれは叶わない。
それはまさに、希望から絶望の淵に叩き落とされた瞬間であった。
「気に入ってもらえたかな?」
刹那、中央に設置された大型の液晶モニターが切り替わり、とある人物を映し出す。
その人物とは──。
「「レックス!!」」
アルテミス以降所在の分からなくなっていたレックスその人であった。
「全てが終わるまでその司令室の扉は開かない。特等席で、世界が変わる瞬間を見届けてもらう……。これは俺からのささやかなプレゼントだ。俺の思い通りに動いてくれたお前たちに対する……な」
交友関係のある拓也や、尊敬してやまなかったハンゾウなど、レックスの言葉が信じられないと言わんばかりの表情を浮かべる。
勿論、他の面々に関しても、困惑の表情を浮かべずにはいられなかった。
唯一、凛空を除いては。
「どういう事だ檜山!!」
「ふふふ、まだ気づかないのか?」
まさかの友の裏切りに声を荒らげる拓也。
対して、レックスは淡々と、否、一行を見下すかのような口調で語り続ける。
「お前たちは、俺の書いたシナリオ通りに動いていただけだと言ってるんだよ。最も……、誰かさんのお陰で、一時は危うく破綻しかけたけどな」
刹那、モニター越しに、レックスの刺すような視線が凛空に向けられる。
だがそれも一瞬の事、不敵な笑みを浮かべたレックスは、再び凛空達に語り始めた。
「海道の人形、アレにはさぞ驚いただろう?」
「それはつまり、本物のお爺様とアンドロイドとすり替えたのは!」
「ゴライアスで海道に指示を出していたのって……」
「檜山、お前だったのか!!」
「くくく、全く揃いも揃っておめでたい奴らだな。今まで気がつかなかったとは」
見下すような冷笑を浮かべたレックスは、一拍置くと、再び語り始めた。
「面白かったよ。プラチナカプセルとメタナスGXを使ってシーカーとイノベーターを戦わせるのは。それに、世界の運命とやらを巡って、方々を走り回るお前らの姿は愉快だったぜ」
再び冷笑を浮かべるレックス。
対して、拓也は怒りで拳を震わせていた。
「何故だ檜山!! 何故そんな事を!」
「見てみたかったのさ、この世界に命をかけるほどの価値があるかどうかをな」
「何だと……」
「しかし……、やはりなかった。汚れ切ったこの世界に、命をかけるほどの価値などない。だから全てをやり直してもらう。そしてその切っ掛けを、俺が作ってやる」
刹那、モニターの端に表示されていた発射のカウントダウンが遂にゼロになる。
次の瞬間、轟音と共に、司令室を振動が襲う。
それは、全長310メートル、総重量約6万トンもの巨体を誇るサターンが、漆黒の夜空に向かって飛翔した合図であった。
まさに圧巻と言うべき光景。
表示が切り替わり、モニターに映し出されたその光景を目にした凛空達は、己の不甲斐なさを感じずにはいられなかった。
「見ているか。あれが、世界を変えるでっかい花火ってやつだ」
「なんという事だ……」
「俺は今からあいつに乗り込んで、計画の仕上げにかかる。安心しろ、計画が達成されれば、扉のロックは解除される」
「檜山、お前はフェアリーテイル計画を、本当に実行するつもりなのか!?」
「フェアリーテイル? あぁ、そう言えばそんな計画もあったな。だが、俺はあの男の立てた計画など、なんの興味もない……。俺には俺の計画があるからな」
「お前の、計画?」
レックスの語った自身の計画、その全容を明らかにするべく拓也は説得を試みるも、最早レックスは歯牙にもかけない様子だ。
「諦めて大人しくしていろ。どうせ、何もできないんだからな」
「……違う! そんな事はない!!」
刹那、バンの力強い声が響いた。
「バン、一体、何ができると言うんだ?」
「俺は、俺は最後まで諦めない!!」
「ふ、何を……」
「僕もバンと同じ意見だよ。絶対に、最後まで諦めたりしない!」
レックスの言葉を遮るように、凛空もバンの意見に対して賛同の意を示す。
すると、カズやアミ、それにミカやジン、そしてハンゾウやキヨラも、次々と賛同の意を示し、各々できる限りの抵抗を始める。
「何をしても無駄だ。諦めて、そこで大人しくしていろ」
最後まで足掻き続ける凛空達に対して降伏勧告を続けるレックス。
しかし、凛空達はレックスの言葉に耳を貸す事はない。
そんな中、カズとハンゾウの二人は、扉をぶち破るべく息を合わせてタックルを繰り出していた。
そして、何度目かのタックルを繰り出そうとした、その時。
扉のロックが解除され、固く閉ざされていた扉が開くや、とある人物が扉を潜り姿を現した。
その人物は、勢い余ってつんのめりそうになったカズとハンゾウの二人を一旦受け止めると、周囲の視線を一心に受けながら、更に歩みを進めた。
「父さん!!」
「くくく……。流石ですね。書き換えたロックのコードを解除できるのはあなたしかいない。そう思っていましたよ──」
その人物とは誰であろう、山野 淳一郎博士その人であった。
「檜山君、今からでも遅くはない。こんな馬鹿な事はやめるんだ」
「その様子だと、全てご存知のようですね」
モニターの前まで歩みを進めた山野博士は、一拍置くとレックスの質問に答えるように話を始める。
「君は、世界中のリーダーを同時に抹殺するつもりだな。Nシティで現在開催されている世界国家首脳会議、そこにサターンを突撃させる事で、世界中のリーダーを抹殺する」
山野博士の言葉を聞いたバン達は、あまりの内容に目を見張る。
「ご名答。流石は山野博士。だが、今更気づいた所でもう手遅れだ」
「まさか君が、エターナルサイクラーの技術を世界の破壊に使おうとするとは……。檜山君、君に一体何があったというんだ? 私の下で研究を続けていた頃、君にも教えた筈だ。新たなテクノロジーに携わる者こそ──」
「人間の良心を忘れてはならない。ですか? ……懐かしい言葉だ」
刹那、レックスは過去に思いを馳せる。
しかし、それも一瞬の事。
再び山野博士と対峙する様に、レックスは再び語り始めた。
「ですが、俺にはもう良心はおろか、人間の心すら残ってないんですよ。……そう、十八年前のあの時から」
レックスの口から語られたのは、十八年前に自身と家族を襲った悲劇。
そして、そこから始まった覚める事のない悪夢のような日々の話であった。
切っ掛けは、建設が進められていた次世代エネルギー研究所にて、大規模な爆発事故が発生した事であった。
数万人規模にも及ぶ死傷者を出した未曽有の大惨事。当然ながら、当時のニュースやネット等はこの事件を連日のように取り上げていた。
特に、研究所建設を請け負った建築会社の管理体制に重大なミスがあった可能性が高い。この政府見解が当時の政府から公表されるや、とある人物の名前が取り上げられるようになった。
それが、当時研究所建設の指揮を執っていた担当者。
全ての責任を負わせられた渦中の人物。
「──それが、俺の親父、
政府からスケープゴートにされ、ニュースやネット等を通じて、犠牲者の遺族や世間の人々から連日のように罵詈雑言を浴びせられる日々。
「そんな中でも親父は、自分の身の潔白を主張し。そして……。『私は……、間違った事はしていない。信じてくれ』それが、親父の最期の言葉だった……」
檜山 丈志の死亡後、行き場を失った世間の憎悪や非難は残された家族、即ち当時十歳だったレックス達家族に向けられる事となる。
結果、レックス達家族はバラバラになってしまった。
「俺は恨んだ。自分自身のこの呪われた運命と、俺達家族を未来を捻じ曲げたヤツらをな」
そこで一拍置いた後、レックスは再び語り始める。
「長い時間をかけて、俺は遂に突き止めた。あの事件の真実をな」
「真実?」
「あの事件は、当時更なる政治権力を得ようと目論み、無理に研究所の工事を急がせた政府側担当者……。即ち、海道 義光が原因だったんだ」
「……」
「事件が起こり、真実が明るみに出るのを恐れた海道は、全ての責任を親父に押し付けた。……この真実を知った時、俺は誓った。人生の全てをかけても、海道 義光に復讐するとな」
「仇は討ったんだろう! なら何故、世界国家首脳会議を襲う必要がある!? もう全て終わったんじゃないのか檜山!?」
「終わってなどいない!! ……終わってなどいないんだよ。このままでは、同じことが繰り返されるだけなんだ」
レックスの言葉の意味を理解できず疑問符を浮かべる拓也達を他所に、更にレックスは言葉を続ける。
「俺は知ってしまったんだよ。復讐の為に、海道のことを調べているうちにな……。海道の背後に存在する巨大な悪意をな」
「成程……、"管理戦争"か」
「くくく……。山野博士。やはり貴方は何でもご存知の様だ。そしてもう一人……。凛空、片鱗に触れたお前も、薄々気づいていたんだろう?」
刹那、バン達の視線が凛空に注がれる。
しかし、凛空は特に反論する素振りを見せない、まるで肯定を示すかの如く。
そんな凛空を他所に、レックスは更に言葉を続けた。
「今の世界は一部の権力者の手のひらの上で動かされているんだ。政治も経済も技術も……。そして、戦争すらもヤツらによって管理されている。所詮、海道はその中の一人に過ぎなかったんだ」
レックスの言葉に衝撃を受けるバン達。
「お前たちも経験したじゃないか。シーカーとイノベーターの戦い。アンドロイド海道を使って俺が仕組んだ管理された戦争をな」
一拍置き、レックスは更に言葉を続けた。
「そうさ、この世界では常に同じことが行われている。だから、海道一人がいなくなっただけでは、この歪んだ世界は何も変わらないんだ。……だからこそ、俺がこの歪んだ世界を、壊す!! 世界国家首脳会議には権力者たちも大勢集まる。そこにサターンを突撃させれば、ヤツらを跡形もなく消し去る事が出来る!」
「待て! そんな事をしたらNシティはどうなる!? そこに住む多くの人々の命も巻き込まれるんだぞ!!」
拓也の言葉の通り、サターンに搭載されているドングリ搭載のフェアリーの数を鑑みると、その被害は世界国家首脳会議が開催されている国際連合本部ビル周辺だけでとどまるとは考えにくい。
世界でも有数の人口を誇るNシティはおろか隣接する都市、更には周辺地域一帯のライフラインにまで甚大な被害をもたらす可能性すらある。
人類史上最悪の大量虐殺の一つとして歴史に名を刻む事は容易に想像できる。
「革命に犠牲はつきものだ、拓也」
しかしレックスは、冷酷にそう言い放った。
「俺は考えて欲しいんだよ。この革命の先に、本当の自由を手に入れたこの世界の人間達に」
「考える?」
「革命の後、残された世界の人間達は、何れ再生に動き出すだろう。そうなれば、嫌でも考える。新たな世界の在り方を、新たな秩序の在り方を。……俺は、その瞬間にメッセージを送る」
刹那、レックスの口にしたメッセージの内容が気になるバン達を他所に、とあるアナウンスが流れ始める。
「サターン予定高度に到達。巡航速度を維持し目標への飛行を開始」
「長話が過ぎた様だな。……もしも、お前たちがアレを止めたいというのなら、命をかける覚悟をするんだな」
そう言い残して、レックスは通信を切る。
刹那、司令室の照明が元に戻り、各機能の制限が解除された事を示すかのように、解除の二文字がモニターに表示される。
「地上との連絡がつながったわ! エクリプスが到着したそうよ!」
里奈の言葉を聞き、バン達は次に取るべき行動が何かを理解する。
「行こう拓也さん! レックスを止めるんだ!」
「分かった。……山野博士、我々はこれよりエクリプスでサターンに向かいます」
「拓也君、私も行かせてもらう。これは、私が蒔いた種でもあるのだから」
「助かります」
そして、一行はエクリプスに乗り込むべく、司令室を後にするのであった。