さて、ここで時間軸を、サターンの打ち上げ直後に巻き戻す。
地下60階の司令室で凛空達が無力感に打ちひしがれていた一方、研究所内の別の場所では、人々が歓喜に沸いていた。
その場所とは、サターンの発射操作を行っている制御室であった。
打ち上げを担当していた白の部隊の面々が喜びを分かち合う中、仕立ての良いスーツに身を包み、静かに喜びを分かち合う人々の姿があった。
「やりましたね先生」
「……うむ」
「これで後は、吉報を待つだけですね」
それは誰であろう、アンドロイド海道、そして神谷 藤吾郎、更には沢村 宗人の三人であった。
「先生、我々の輝かしい未来を祝して、祝杯をあげるとしましょう?」
「勝利の美酒、と言う訳ですな。……しかし、名呉社長が同席出来ないのは残念です」
「あぁ、名呉君なら、取引先からの急用が終われば駆け付ける筈。それに、その頃には、吉報も届いている頃でしょう」
「それは良かった」
「と言う訳ですので先生、遠慮などせず、先に祝杯をあげるといたしましょう」
「……君達だけで先に始めていたまえ」
アンドロイド海道の口から飛び出した言葉に、一瞬耳を疑う二人。
「そ、そうですか。では、お先に……」
しかし、特に異論を唱える事もなく、二人は祝杯をあげるべく一声かけると制御室を後にする。
刹那、そんな二人と入れ違う様に、黒いスーツを身に纏った男性が入室する。
「お待たせいたしました、海道先生」
「……では、行くとしよう」
そして、アンドロイド海道は男性を引き連れ、制御室を後にする。
男性の正体、それは誰であろう、ブルーキャッツの従業員である黒沢であった。
そして、現在。
頭上に輝く星々や眼下に広がる雲海を眺めながら飛行を続けるサターン。そんなサターンに接近する二つの機影があった。
機影の正体は、日本をはじめとした数カ国が配備・運用している戦闘機である。
一見するとサターンを追跡しに来たのかと思うが、そうではない。
それを裏付けるように、サターンは接近する二機の戦闘機に対して着艦用のハッチを開放し、更には着艦誘導の為のガイドビーコンを展開させた。
程なく、二機の戦闘機は見事な着艦を果たすのであった。
「お待ちしておりました!」
格納庫内、二機の戦闘機から降り立った三人の男性を出迎えたのは、サターンに乗り込んでいた赤の部隊の兵士達であった。
これほどまでの歓迎を受ける男性達の正体、それは誰であろう、アンドロイド海道、黒沢、そして黒幕であるレックスの三人。
「飛行は予定通りです!」
進捗状況の報告を一通り聞いた三人は、特等席へと向かうべく移動を開始する。
そんな中、レックスは不敵な笑みを浮かべるのであった。
一方その頃、凛空達はと言えば。
サターンに追いつくべく、推力増強装置を用いて飛行するエクリプスの操縦室兼司令室内にいた。
「つながりそうですか?」
「駄目ですね。……アロハロア島の一部で障害が発生しているとの情報もある事から、どうやら、相当強力なジャミングが行われている様です」
凛空の問いに、通信機器を操作する田中は肩をすくめながらそう答えた。
モニターに流れるのニュース映像からも分かる通り、現在Nシティで行われている世界国家首脳会議は滞りなく進んでいる。
当然ながら、現地の人々は核兵器に匹敵する超小型爆弾を満載した超大型ロケットが迫っている事など知る由もない。
その為、エクリプスから現地に対して避難要請を行おうとしたのだが、結果は、先ほどの田中の発言の通りであった。
そんな二人を他所に、サターンとの接触まで残り一時間程である旨が真野の口から告げられた。
「ではこれより、ブリーフィングを行う」
刹那、八神の口から、おそらくシーカーとしての最後のミッションとなるであろう作戦概要の説明が行われる。
「これより我々は、サターンによるNシティ突入を総力を挙げて阻止する。だが、サターンには無数の対空砲と、"フェンス"と呼ばれる強力な対空迎撃システムが搭載されている。その為、エクリプスで直接接近するのは困難となる。そこで……、LBX部隊による強襲降下作戦を行う!」
作戦の成否が自分達の双肩にかかっていると理解し、凛空をはじめとするLBXプレイヤー達の緊張感が高まる。
「プレイヤーの諸君はエクリプス内のコントロールポッドを使って、フライトパックを装備したLBXを遠隔操作。機体をサターンに降下させる。途中、対空砲撃とフェンスを突破し、サターンへ上陸。図面に表示された場所、制御室へと侵入しシステムをハッキング。対空砲とフェンスを無効化させる」
作戦概要の説明を聞いた面々が作戦に対する意気込みを呟く中、不意に、キヨラがある疑問を口にする。
「対空砲は避ければいいとして。どうやってフェンスを突破するつもり? 説明を聞く限り、相当強力な防御兵器なんでしょ」
フェンスとはレーザー兵器の一種で、発射速度こそLBX用の武装に比べ遅いものの、拡散されたレーザーが飛散範囲内に降り注ぐ代物だ。
その濃密さは、まさに伝説の巨神が繰り出す全方位ミサイルや、G系統の全方位レーザーにも匹敵する程。
この様な兵器の為、確かにフェンスも厄介ではあるが、それ以上に厄介なのは、やはりフェンスよりも射程や発射速度に優れる対空砲の方だろう。
対LBX用に小型化された物とは言え、その口径は人間用で言えば拳銃の口径と同じ。その為、直撃を食らえば重装甲の機体とてただでは済まない。
まさに、木馬の艦長もにっこりな火と光の弾幕によってサターンは守られていると言っても過言ではなかった。
「"アンブレラ"を使う」
刹那、そんな弾幕を突破する為の切り札が八神の口から語られた。
しかし、キヨラ達は名前だけを聞いてもピンと来ず、疑問符を浮かべる。
すると、そんなキヨラ達の様子を見た里奈が補足を始める。
「ビームガーターの技術を応用して作られた、光学防御デバイスよ。このアンブレラを装備する事で、ある程度、フェンスによる攻撃を中和する事ができるわ」
「里奈さん、ある程度って事は……」
「えぇ、最後は運任せという事よ。ごめんなさい、限られた時間内ではここまでで精一杯なの……」
申し訳なさそうにする里奈を責める者などいない。寧ろ、短時間の間によくここまでの物を用意してくれたと言わんばかりの、そんな雰囲気が漂っていた。
「サターンに着艦できたLBXは、各々の判断で制御室を目指し、一刻も早く迎撃システムを無力化してくれ。迎撃システム無力化後、エクリプスでサターンに接近、サターン内のイノベーター達に事実を伝え、サターンを放棄させる。諸君……、これは世界の夜明けをかけた戦いだ!!」
八神の言葉に、その場にいる全員が同意するかの如く頷く。
「これより本作戦を"オペレーション・デイブレイク"と呼称する。昇る太陽を希望に満ちたものにする為にも、総員の奮闘を期待する!!」
「「おおぉーっ!!」」
ブリーフィングを気合の入った掛け声で締めた所で、作戦に備えて、各々は最後の準備に取り掛かった。
エクリプス内に複数ある休憩室の一室、そこに机に向かって作業をしている凛空の姿があった。
机の上に置かれているのは彼が愛用している工具ケース。更には工具の他、炭素繊維強化プラスチック等の素材もある。
どうやら、オペレーション・デイブレイクに備えて、愛用のAFAガンダムの整備を進めている様だ。
「あ、いた……」
刹那、凛空を探していたのであろう、休憩室の前を通ったミカがそう呟きながら足を止める。
「凛空」
「……」
ミカの呼びかけに反応しない凛空。どうやら作業に集中していて彼女の声に気付ていない様だ。
「凛空?」
「……」
再び呼びかけるも、やはり反応はない。
刹那、ミカは凛空の方へとそっと近づき始めた。
そして凛空の背後に忍び寄ったミカは、次の瞬間、自身の顎を凛空の頭の上に乗せた。
「わっ! み、ミカ!?」
「ん、やっと気づいてくれた」
流石の凛空もここまでされると気づかない筈もなく、漸くミカの存在に気がつく。
「二回も声かけたのに、気付いてくれなかった」
「そうだったの、ごめん。作業に集中してたからさ……」
「ん、いいよ」
二人はその状態のまましばらく会話を続けていたのだが、やがてミカは凛空の隣に移動する。
その際、肩に当たっていた柔らかな感触が離れてしまう事に、凛空が心の中で名残惜しそうにしていたのはここだけのお話。
「凛空、それは?」
ふと、ミカは机の上に置かれた、見慣れない二つの細長い円形状の物に気がつき、凛空に尋ねる。
「降下作戦に備えて作った追加の装備だよ。プロペラントタンク兼大型ブースターで、フライトパック以上の推力を備えているから、これを装備すれば、空中でもある程度の機動性は確保できるんだ」
「フライトパックじゃ、駄目なの?」
「降下するだけならフライトパックでもいいけど。万が一、サターンから迎撃のLBXが上がって来た時には、フライトパックじゃ少々心許ないと思ってね」
「ん、分かった」
見慣れない物の正体が判明した所で、凛空はミカに一声かけ、プロペラントタンク兼大型ブースターの最終調整作業に取り掛かる。
ミカが見守る中、作業を進める事数分。漸く作業が終了し、凛空は一息つくのであった。
「お疲れ様、凛空」
「ありがとう」
それから暫く、二人は他愛もない会話を続けていた。
すると程なくして、休憩室に新たな人影が現れる。
「凛空、ミカ。二人とも、準備できてっか?」
その正体は誰であろうハンゾウであった。
「そろそろ集合時間だからな、準備が出来てるなら行くぞ」
「あ、ちょっと待ってください!」
凛空は慌てて机の上に広げていた物を片付けると、最後に、ミカの顔を見つめる。
「行こう、ミカ」
「ん」
そして、凛空はミカの手を引くと、ハンゾウの後を追いかけるように休憩室を後にするのであった。
〈メインシステム、通常モード、起動します〉
作戦に参加するプレイヤー達はコントロールポッドに乗り込むと、慣れた手つきでコントロールポッドを起動していく。
「皆、俺達の分も頼んだよ」
「はい!」
「ロンド・ベルがいなくったって、アタイ達だけでも勝てるって所を見せてやるよ!」
「にひひ、その意気だぜリコ」
「が、頑張るでごわず」
今回の強襲降下作戦、ロンド・ベルは不参加となっていた。
その理由は、先の陽動作戦での被害が予想を上回った為だ。
しかし、予備兵力としてエクリプス内で待機していた面々を中心に、作戦に参加するプレイヤー達の間に不安な様子は微塵も感じられなかった。
「サターン、目視にて確認!」
「相対速度合わせ、接近開始!!」
程なく、作戦開始が目前に迫る。
そして、遂にその時が訪れた。
「オペレーション・デイブレイク、発動!!」
八神の号令一下、LBX部隊のLBX達が次々と発進していく。
オーディーンやゼノン、それにハカイオー絶斗やナイトメア等が、フライトパックを噴かせながらサターンを目指して夜空に飛び立つ。
「西原 凛空、AFAガンダム、行きます!!」
発進コールと共に、凛空はペダルを踏みこみ操縦桿を動かす。刹那、プロペラントタンク兼大型ブースターが唸り、AFAガンダムを夜空へと押し出した。
こうしてLBX部隊の発進が完了した所で、サターン側に動きが出始める。
「対空砲、くるぞ!」
八神からの警告が流れた、次の瞬間。
LBX部隊に向けて、サターンに搭載された無数の対空砲が火を噴き始めた。
「二番機やられた、くそ、三番機もだ!」
「駄目だ、よ、避けきれない!!」
「あぁ、隊長機がやられた!」
「落ち着け! 二番機、指揮を引き継げ!」
その密度は、事前の説明を受けてプレイヤー達が想像していた以上の密度であった。
展開される弾幕を前に、一機また一機と、回避行動も空しくLBXが爆散していく。
「(やっぱり、左舷側だけ弾幕が薄い……、なんてことはないか)バン、カズ、アミ。そっちは大丈夫!?」
「こっちは何とか!」
「けど、こりゃ思ってたよりもキツいぜ!」
「ジン達も、今の所は無事みたい」
そんな中、凛空はバン達の無事を確かめつつ、操縦桿を動かして弾幕の間を縫うようにAFAガンダムを進める。
周囲にいた他のLBXもそれに続こうとするが、やはり機体の性能や操作技術の差などから、そう簡単に続く事はできない。
「四番隊、二号機大破!」
「五番隊、隊長機大破! 指揮権を二番機に移行します」
「七番隊、全滅です!」
それを裏付けるかの如く、オペレーターからの悲痛な戦況報告が次々と舞い込む。
この時点で、既にLBX部隊の二割強が落伍していた。
それでも、残ったLBX部隊は、何とかサターンに取り付くべく前に進み続ける。
「サターン着艦まで、あと140!」
「よし、あと少し──」
「待ってください! サターン外周部に高エネルギー反応確認!!」
「フェンスくるぞ! アンブレラ展開!!」
刹那、残ったLBX部隊は、次々と装備されたアンブレラを展開していく。
機体前面展開された黄緑色のエネルギーシールドが機体を覆った、次の瞬間。サターンから、眩いばかりの光の弾幕が放たれる。
「くっ! これがフェンスの威力……」
想像以上の威力に舌を巻く凛空を他所に、展開が遅れた機体や、展開していたにもかかわらず力負けしてしまった機体が次々と落伍していく。
程なく、レーザーの放出は一旦収まったものの、悲痛な戦況報告は止まる事はなかった。
「だけど、フェンスを凌げた事だし、これで後は──」
「待ってください! サターン後方部に新たな反応……。これは、LBXです! 複数のBX反応を確認! 迎撃に上がったものと思われます!!」
オペレーターからの新たな報告に、プレイヤー達の緊張感が一気に高まる。
刹那、コントロールポッドのモニターに、報告にあったLBXの画像が表示される。
(フライトデクー!? いやでも……、よく見ればフライトユニットの形状が異なるし、装備もガトリングショットではなくスキャッターガンだ。機体色もデクーと同じと言う事は、プロトタイプなのか?)
凛空の観察によりプロトタイプ・フライトデクーと呼称された迎撃機は、編隊を組みながら、オーディーンやゼノン達の方へと向かう。
(不味い、今のオーディーンやゼノンじゃ空中戦は不利だ!)
刹那、プロペラントタンク兼大型ブースターが唸りを上げ、AFAガンダムを加速させる。
圧倒的な推力の元、オーディーンやゼノン達の前に躍り出たAFAガンダムは、早速挨拶代わりの一撃を繰り出す。
〈アタックファンクション、ミサイルパーティー〉
機体の各所から一斉に発射されたミサイルの数々が大空を駆けながら、プロトタイプ・フライトデクーの編隊目掛けて飛来する。
編隊を解き、自慢の飛行能力でミサイルを躱すプロトタイプ・フライトデクー達。だが、結局二機が躱しきれず、火達磨となって雲海へと消えた。
「皆! ここは僕が食い止める! だから、皆はサターンへ!!」
「凛空……」
「大丈夫だよミカ、こいつらを片付けたら、僕もすぐに追いかけるから」
「ん、待ってる」
凛空からの通信を聞いたバン達は、AFAガンダムが二連装式ビームライフルで牽制射撃を行っている隙に、サターンを目指して自機を加速させる。
そして、オーディーン達がプロトタイプ・フライトデクー達と十分な距離を取った所で、AFAガンダムは牽制射撃を止めた。
「さぁいくぞ! 空中でのスピード対決なら、今のAFAガンダムも負けちゃいない!」
刹那、凛空が気合を入れ直すと共に、AFAガンダムが戦いの舞台となる夜空を駆け始めた。