【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
クラスでの喧噪とは比べ物にならない程の騒音が、耳に絶え間なく入ってくる。クレーンゲームのBGMやホラーゲームの悲鳴、メダルゲームの恐竜の鳴き声や光輝く無敵状態の音に至るまで、あらゆる非現実的な音が俺の耳に飛び掛かってくる。
不快とまではいかないが単純にうるさい音に、俺はずっと耳を塞いでしまっていた。
「もしかして…ゲーセン嫌いだったか?」
「いや、そういう訳じゃないけど…」
その様子を見てか、花梨が不安そうに俺を見つめてくる。本音を言うとあまり騒がしい場所は好きではない。そんな場所にいるのは大抵対極の存在だし、他人に見られながらゲームをするのはどうにも性に合わない。
けどそんな事を伝えられるはずもない。俺の一挙手一投足で機嫌が変わる事は既に分かっているからだ。
「まぁ、慣れてないとうるせぇよな。早めに撮っちまうか!こっちだこっち!」
慣れない場所で挙動不審になっているのを見て察してくれたのか、手を引いてプリクラ機までリードしてくれる花梨。男らしいとは常日頃から思っていたが、人だかりを切り開いていくその姿は美人ながらもまさにイケメンのそれだ。
(俺の立ち位置よ…)
「ほら!あれが今日撮るプリ――」
「ねぇねぇお姉さん、もしかして今から撮る感じ?」
「うわ!横の男ちょーダセェじゃん!そんな奴ほっといて俺たちと撮ろうぜ!その方が良い思い出になる気がしない?」
うわ!なんて俺の方が言いたい。樒がいない分平和に過ごせると思っていたのに、まさかの輩に絡まれたのだから。元々運が悪い方ではあったが、今はいつにも増して運が悪くなっているように感じる。
「…あ?」
いや、運の良し悪しはもうどうでもいい。今から確実に起こってしまう修羅場を、いかに最小限の被害に抑えるかに思考を回さねばならない。いつもは相手が樒だから口論だけで済んでいるが、それ以外だったら死という最悪のビジョンすら見えてしまう。
だから俺は走馬灯のように巡る策から見出した。今度は俺がプリクラ機までエスコートするという最善の行動を。
「い、一旦落ち着いて…」
「死ね!!」
「ぐはっ!!!」
だが行動に移す前に花梨の手が出てしまい、何の成果も得られなかった。
「…ざけんな、ふざけんな、ふざけんな!!!てめぇみたいなドブ以下のゴミ溜めがっ!!桔梗にそんなクチ効いていい訳ねぇだろうがっ!!!死ねっ!死んで詫びろっ!!!」
「あー!!落ち着いて!!落ち着いてぇ!!」
最初の一発で既に意識が飛んでいた男に、更なる追い打ちをかける花梨。人体が出せる音の域を逸脱した殴打音は、周りの騒音に勝って響いている。もはや口頭で抑えられるレベルを超えているため、俺は羽交い絞め(ただのハグ)をして止めようとする。
荒ぶる獣に身を挺したとて止められるはずもない。と思っていたが、意外にも花梨の動きはすぐに止まる。
「きっ…桔梗…?い、いきなりそんな…はっハグとか…は、はず、恥ずかしい…だろ」
(まさかの有効…)
一瞬にして花梨の顔色は、怒りの赤面から羞恥の赤面へと切り変わる。花梨の恍惚とした様子で移ろいやすさを表した乙女心だが、今回ばかりは心の中で礼を言って被害にあった男の救助に当たろうとする。
「って、あれ?」
しかし男達はいつの間にかいなくなっており、目線を向けた先には飛び散った血しか見られなかった。まるで本能に身を任せたような脱兎の仕方だが、警察や店員が絡むよりかはその方が一億倍は助かる。傷の度合が心配だけど。
「お、おい…急にやめるなよ…さっ、寂しいじゃんか…」
「えっ」
「もっと…もっと、ぎゅってしてくれよ…な?」
「ええっ」
照れながらも二度目のハグを要求してきた花梨。要求した割にはむしろ自分から抱きしめてきているが、花梨にとってはあまり大差がないのだろう。
(動けん…)
下手に体を動かす事もできない俺は、顔をうずめて呻いている花梨の気が収まるまで、しばらくの間をその場でじっと過ごした。
◇15分後◇
『両手を顎の下に構えて、可愛く指ハート!』
「…このポーズ本当に必要?」
「必要に決まってんだろ!ほら、笑顔になれって!」
一人の少女が俺に抱き着いているという状況のせいで、通りかかる人全員に白い目で見られた地獄の15分間を耐えた後。聞き慣れない案内音声に従いながら、俺と花梨はプリクラ機の中でひたすらにポーズをとっていた。
生まれてこの方自発的に写真を撮った事のない俺にとって、プリクラ機は圧倒的に未知な存在。その認識もあってか、隣で楽しそうにしている花梨に対して俺はあまり乗り気ではなかった。
『指を曲げて、ライオンみたいに威嚇のポーズ!』
「がおー!」
「…がおー!」
けど、楽しくない訳でもなかった。
一通りの撮影が終わった後は写真データに色々な加工を施すらしく、プリクラ機の加工スペースで撮れた写真と用意された機能を前に悩んでいた。
「どうだ?これで桔梗の目も大きくできんだぜ!」
そう言いながら俺の目に加工をかけていく花梨。花梨も慣れていないのか、ただただ俺の顔面は歪んでいくばかり。しかしそんな光景や垣間見えたポンコツさに、俺は自然と笑ってしまっていた。
「んー…あとは落書きだな!桔梗もなんか好きなの書いてけ!」
「あんま書く事ないけど…」
「いーから!俺の事好きとかって書いときゃいいんだよ!」
思えば、花梨の存在をここまで感じた事があっただろうか。いつもはうるさい奴としてしか認識していなかったが、当事者意識を持って向き合えば見えてくるのは魅力ばかり。
(俺のどこを好きになったんだろうか)
樒と同様の疑問が生まれ、和やかな場の空気に流れてそれをぶつけようとする。
「あのさ」
「へ?」
しかし花梨に先手を取られ、空気そのものが流れていってしまう。ここで会話を上手い具合に繋げれば聞く事もできるが、切り出された会話は緩急の大きさに酔ってしまうほどドス黒いものだった。
「俺って、友達か?」
デジャヴ。ついさっき経験したような、ミスれば即死の選択ゲーム。ここで反射的に何かを答えれば事無きを得れるが、反射を生み出す脳の強靭さと柔軟さを圧倒的に上回る恐怖がそれを不可能にした。
「今までずっとそばにいて、いつも桔梗の事だけ考えて、俺には桔梗しかいないって言えるぐらいに想ってる。…それ、でも…それでもまだ〝友達〟なのか?なぁ?」
花梨の手の中にある金属製のタッチペンが、軋んだような悲鳴を上げる。爪は大きく掌に食い込んで、不安や焦燥の類が表情から感じ取れた。この目の前にある花梨の感情の歪みも、自分で作り出したものだと考えるとゾッとする。
「…いや、友達…では…」
「じゃあなんなんだ?」
最適解は既に頭に浮かんでいる。しかしそれは樒の時と同じ言葉だった。繰り返す事自体に芸が無いとは思わないが、花梨や樒にとっての言葉の重さを鑑みるとどうしても躊躇してしまう。
ここで黙り込んで熟慮するくらいなら、樒に対しても急場凌ぎではなく自分の中の考えがまとまるまで考えこめば良かった。なんて、今思ってもしょうがない。
「……わからない」
だからせめて、花梨には正しい想いを返してあげよう。
「……そっ…か。まぁ…俺が一方的に想ってるだけ、だしな。ははっ、ごめんな?こんなバカみてぇな質問――」
「でも、大事な存在だとは思ってる」
「………え!!?」
自分にしては酷く臭い言葉だけど、はぐらかすよりは圧倒的にマシだろう。これによって花梨が生み出していた圧迫感のある雰囲気は霧散した。が、一拍の間を置いて別の雰囲気が花梨を包み込んだ。
「きっ、桔梗の…大事…?あ…俺、そんな…言われると…♡♡」
得体の知れないものが、ドロドロに溶けたような。
「もっと、もっともっと…!好きになっちゃうじゃんかぁぁぁ♡♡♡」
それでいて濁ったようなものを纏って、花梨は身悶えてその場に崩れ落ちた。目の前で何らかの感情を噛み締めながら痙攣する花梨の姿にドン引きしながらも、俺は一つの可能性を危惧していた。
(この言葉は樒には言ってないから…もしかしたら争いの種になるかも…?)
となればなるべく自身の気持ちを伝えたいところだが、生憎花梨とのお出かけは終わっていない。早く終わらせるなんて事も出来ないため、俺はプリクラの落書きに勤しむ事にした。そこでふと目に映った、花梨が書き込んだであろう蛍光色の〝ずっと一緒〟の文字。
それがなぜだか、とても重苦しく思えた。
こわ~…