【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
「その話……本当なのかい?」
使用人室。全ての使用人の役割決め・スケジュール管理を任せられている、メイド長への相談。まさか一言目で『正気か?』みたいな顔をされてしまったが、俺が言った言葉は至って普通だ。
というのも、ここの職場はどこよりも休暇が取りやすい所だった。理由は単純、大富豪の屋敷だからである。庶民からすれば無限に等しい金、使用人なんてのは掃いて捨てるほどいる。前線で欠員が出たとしても、有り余る人員で穴を埋めれば事が済んでしまう。
けれど、俺はあえて休まなかった。時給がいいからフルタイムで働きたい・そもそも住み込みだから簡単には休めない・毎日百合が見れるんだし休む理由がない。この三種の神器が〝休暇を取る〟という選択肢を消滅させて、今の今まで休んだ事が無かった。
しかし! 今、その三種の内の一つが効力を失っている! 預金も三桁万はある!
ならばそれを利用しない手はない!
……つまるところ、そう。俺は旅行に行く事に決めたのだ。
「お嬢様方が一番懐いているのはあんたなんだよ?」
「んまぁ……でも、そう支障は出ないでしょう」
「そうだといいけどねぇ。でももし何かあった時は――」
「分かってますよ。その時はちゃんと俺が責任取りますから」
「……それなら行っていいよ。楽しんできな」
溜め息と共に出た休暇許可。俺は内心ガッツポーズをして、浮ついた高揚感に包まれながら使用人室を出る。だが、すぐに切り替える。今日はまだ仕事があるため、早々に気は抜けないのだ。個人的な楽しみを看過されて何か不都合がある訳でもないが、今回ばかりは念には念を入れておきたい。
そんなこんなで、いつもどおり始めた仕事。
「最近、考えるんです」
部屋の清掃中、ユリィは突然そう言葉を零した。
「はい? 何を、ですか?」
「兄さまがもし、もしですよ? もし私の前から忽然と姿を消してしまったら、どうなるんだろう……と、考えてしまうんです」
「……そんな事はないと思いますが」
「です、よね。私も分かっているつもりなんです。でも、昔兄さまにしてしまった仕打ちを思い出す度にむせ返してしまって……苦しくなるんです。本当は今も逃げたくて堪らないんじゃないか、って……」
中身は意外にも重く、少しの間俺も考え込んでしまう。『思い返す度、むせ返す』。その言葉に関しては俺もシンパシーを感じなくもない。昔と今のギャップに耐えきれず、未だ現実を直視できずにいるから。旅行に行くのもそれが関係してる。しばらくの間ここから離れてみれば、また考えも変わるかもしれない。なんて期待を込めた行動だからだ。
「何故そんな事を今更気にするのでしょう。昔のユリィお嬢様には男性を忌避するだけの真っ当な理由があり、そんなお嬢様に私がそぐわなかっただけの話です。『昔は昔、今は今』と切り替えて、いつもみたいに明るく過ごしていてください。それが私への罪滅ぼしだと考えてみても、案外思考がまとまるかもしれませんよ」
それなりに無難なアドバイスをしてみたが、見事なまでにブーメランが刺さりまくりだ。しかしこれは人間的要素の一つ。自らの後ろめたい部分を慰安・擁護するような言葉は、誰しもすらすらと出てきてしまうのではないだろうか。
だから仕方ない。むしろ無難な言葉選びが出来た事に感謝しよう。
「そう、でしょうか」
「はい。きっとそうですよ」
「……なら、いいです。兄さまが言うのなら……」
ユリィは納得したような表情を見せて、閉じていた本を再び読み始めた。引きずっているのか引きずっていないのか、どこまでも掴みがたい雰囲気の緩急。そのせいでどことなくぎこちない清掃になってしまったが、最低水準はクリアしている筈だ。……多分。
いや、仕事でやっている以上『多分』ではいけない。俺はしっかりと清掃箇所を心の中で指をさして、綺麗である事を確認すると、今度はリリィの部屋に向かった。
「貴方、現状で何か不満はある?」
部屋の清掃中、リリィが突然そう言葉を零した。
「……どういう事でしょう」
「別に。気になるだけよ」
「……ありません」
「本当に? 給料を上げて欲しいだとか、私たちの態度をもう少し改善して欲しいだとか、色々思っているんじゃないの?」
リリィの言葉の真意が読み取れない。例え俺に不満があったとしても、それに応えて改善するのは中間管理職的役割をしてるメイド長の仕事だし、『態度の改善』なんていち使用人が望む事じゃない。
……まぁ、不満がない訳じゃない。百合が見れなくなったのもそうだし、それ関連で考えていけばある程度は出てくるだろう。
「ありませんよ」
ただ、伝えたとして、だ。
「……そう。なら、不満が出来たときはすぐに言いなさい」
「寛大なご厚意、とても嬉しく思います。ですが私程度の使用人を気にかけても、リリィ様の利益には何ら成り得ません。ですので――」
「――もしかして、それが不満なの?」
「……!」
伝えたとして、何になるのか。『不満』だなんて大層な名前をしていても、結局は全部が俺の都合なのに。我が儘なだけなのに。返し切れない借りを作っておきながらそんな図々しい事、言える訳が無かった。……言ってないのに、何故かバレそうになっている。
「……成る程、ね。謙虚を美徳にするのは素晴らしいと思うけど、貴方のは少し行き過ぎてるわ。そうね……失礼な言葉になってしまうけど、〝卑下〟や〝卑屈〟と言ったら伝わるかしら。貴方のそういうところもす……嫌いじゃないけど! でもやっぱり、私が認めている貴方を貴方自身が認めていないと、少し悲しくなるわ」
言い得て妙、なのだろうか。百合を何よりも優先する俺の思考も、もしかすると俺自身が気付いていないだけで、卑屈な性根が影響していたりするのかもしれない。まぁ、それは追い追い考えよう。今はこの場を切り抜ける事が優先だ。
「分かりました。リリィ様がそう仰られるのなら、私も今度から素直に受け取る事にします。その態度が少しでも不快に感じた時は、すぐさまお教えください」
「……なる訳、ないじゃない」
「はい?」
「何でもないわ。仕事を続けなさい」
「承知致しました」
もう少し長く続くかと思ったが、意外とそうでもなかったみたいだ。よし! 後はここの清掃を終わらせれば、俺の仕事はほぼ全部終わる。最初に比べれば随分と仕事が減ったもんだ。普通、給料が上がればその分責任とか仕事量とか増えるそうなもんだけど、ここはどうやら例外みたいだ。そのおかげでこうしてウキウキで清掃も出来る。
長い休暇を挟む為、俺は今までにないくらい丁寧にリリィの部屋を綺麗にした。
そしてその翌日、俺は伝えた通り旅行に出た。
リリィとユリィの二人が自殺を図ったと連絡が来たのは、その日の内の午後だった。
いや重いよ