【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
温かい感想とありがたい誤字報告でモチベが何とか保たれてたりする
かなり久しぶりに書いたんで矛盾とか誤字とかあったら教えてくださいな
『いい? 男ってのは皆クズよ。強欲で、嘘吐きで、性欲の塊で、嘘吐きで……とにかく嘘吐きよ。絶対に信じちゃダメ!』
『どうして?』
『どーしてー?』
『貴女達に父親がいない事がその最大の証明よ。告白やプロポーズで私にあれだけいい顔しておいて、他に女を作って逃げていくんだもの。囁いた愛の言葉も、贈ってくれたプレゼントも、一緒に過ごしたあの時間も、全部が嘘。何の意味もなかったのよ。男は簡単に嘘を吐く。口ではなんだって言えるものね。本当に男は……アイツは最低よ!!』
お母さまは、いつも口癖のようにそう言っていた。立ち振る舞いや礼儀作法、一般常識や帝王学を教える事と同じように、私達に『男がいかにクズな生き物か』を語っていた。〝冬のある日にプレゼントを配る赤い服のおじいさん〟を信じるような年代。疑う事も知らない私達は、それをいとも容易く信じ込んだ。……訳じゃない。
『私の……私の何がいけなかったのかも、教えてくれないで……!! 何で……何でぇ……!!!』
私達に教えを吐き出した後、お母さまは決まって自室で泣いていた。言葉の節々で露わにした怒りの何十倍、お母さまは悲しみを秘めていた。当時幼かった私達でも、それを察せぬ程馬鹿ではない。
『おねえさま、わかった?』
『わからないわ。でも、お母さまがかなしんでるから、きっとおとこの人はわるい人なのよ。だから、いうとおりにしましょう?』
『はい!』
私達は心に、いや魂に。男はクズであるという教えを刻み付けた。現に出会ってきた男はクズばかりだった。易々と肩に触れてくる性欲に塗れた低能クズ、明らかな金目当てで面白くも無いゴマをする滑稽クズ、自分は他と違うと言い張る凡人以下の虚言クズ。
クズ、クズ、クズばかり。掃いて捨てても無限に湧き出る、本物の屑すら見劣りする存在。吐き気がした。嫌気が差した。これから先に生きていく上で、男という生き物が必要になる事など無いと思っていた。
でも、違った。
『リリィ様とユリィ様が病む事なく健やかに過ごしているその姿をこの目に映すだけで、私としては最上の喜びでございます。いくら罵られようがかまいません。ただ、ユリィ様への愛とご自身への愛を忘れる事がないよう、誠に勝手ですがお願い致したく存じます』
最初話を交えたとき、はっきり言って異常者だと思った。少しでも気に入られようと嘘を言っているなら度が過ぎるし、本当でも度が過ぎる。どちらの認識でも扱いに困る相手だった。ただ今までとは違って、初対面からクズだと思う事はなかった。
けど、変わったのはその最初だけ。私は依然として態度を変えなかった。仕事では嫌悪を示して毒を吐き、私事では存在を否定した。今振り返ってみれば、男という生物に壊されたお母さまを庇うように……親の仇のように扱っていたのかもしれない。だが、それでもその異常者は私達から離れようとはしなかった。物理的な距離はあったものの、〝捨て台詞を吐いて辞める〟なんて事は決してなかった。
ましてや、私を命をかけて救ってくれた。
あの時からずっと思ってる。もしクズの中にも多少マシな存在がいるとすれば、それはあの使用人なのではないか、と。もちろん、お母さまが言っていた事が間違いだとは思っていない。マシだと言ってもクズはクズ。だから全てを許した訳じゃない。
『アンタの事を今度から、〝貴方〟と呼んであげるわ』
だから待遇を優良に整えた。
私達との距離を近くして、事あるごとに軽く扱わせて、醜い本性を探ろうとした。思い上がらせようとした。決して、私がそうしたかった訳じゃない。そうする事でストレスだって感じていたから。吐きそうな程苦しくて、死にそうな程辛かった。
――私の特別を奪った、貴方の中身が知りたかった。――
――貴方の本当に触れたかった。触れて欲しかった。――
――それでも変わらない貴方が嫌だった。苦しかった。辛かった。――
今だって、途轍もないストレスに耐え続けている。だというのに、思い通りにいく事は何一つなかった。全部あの男のせいだ。あの男が来てから私達は変わってしまった。私達の世界にはいらない、邪魔な存在のくせに。許せない。許せない。許せない!
「――あぁ。普段の使用人でしたら、しばらく遠くに出ていくそうです」
「…………………は?」
―――時折、フラッシュバックする光景があった。
床を拭いた雑巾を洗うバケツの水、それを当然のようにあいつに向かってぶちまける私の姿。
目の前を通る度暴力をふるい、人格否定すら易々と口走った私の姿。
お母さまの教えではなく、ただの虐げる快楽として行っていた私の姿。
どちらが醜いかなんて、どちらが許しを乞うべきかなんて―――
心の底で理解していた私の愚かさ。
それが表面上に初めて露呈した瞬間、どこまでも甘えた私の脆弱な精神はいとも容易く壊れた。
だから手首に触れる異様な刃の冷たさにも、一切臆する事が無かったのだろう。
◇◇◇
あぁ、私の愛しいお姉さま。
眉目秀麗、質実剛健、容姿端麗、頭脳明晰。
この世にある全ての褒め言葉がお姉さまの為にあるような、完璧で美しいお姉さま。男という愚かな生物に留まらず、全ての生命の頂点に立てるとすら思わせる、風格と気品に溢れたお姉さま。強さと優しさが織り交ざり、神ですら崇め奉りそうなお姉さま。
それに比べて私は駄目駄目だ。どれだけ努力しても抜けのある性格は治らず、男に媚びを売るような成長をするばかりで、貧弱な体躯は変わらない。愛嬌? 可憐? そんな言葉、何の救いにもならない。私は私が大嫌いだ。でも、お姉さまはそんな私ですら愛してくれる。やはりお姉さまは完璧で美しい。
だから貴女が邪魔だった。
あぁ、私の愛しい兄さま。
褒め言葉すらその身に届かないような、高貴で超越した存在の兄さま。どうすればこの想いを受け取って貰えるか、私は日々それだけ考えています。けれど分からない。伝えられない。きっといつものようにいなされてしまうから。でも、でも愛している。例え言葉に出来なくても、行動に表せなくても、私の中で育った愛は何にも劣らないと思っています。
思っているからこそ、私は過去の私をどこまでも責め立ててしまう。
昔の私はただ怒っていた。お母さまに教えられた言葉を一寸たりとも疑わず、自らに何があった訳でもないのに憤怒に身を任せていた。『お姉さまが守ってくれなければ、被害に遭っていたかもしれない』。『幼い頃から刷り込まれた教えは、どんな人間でも簡単には背けない』。『だから仕方ない』。都合の良い逃げ言葉はたくさんあるのだろう。だが、しかし。あんな所業を仕出かしておいて、仕方ないの一言で済ませられる訳がない。今の愛しさが増していく分だけ、私は私が許せなくなる。
なのに、なのに。
お姉さまはいつだって兄さまの隣を取った。
私が葛藤している合間に、兄さまとの距離を近くしていった。
命を助けられた事を、毎日のように嬉々として語ってくるお姉さまの姿。私もその出来事から嫌悪が恋情に変わったから、語りたくなる気持ちは痛いほど分かる。けれど、それは貴女の特別じゃない。貴女だから助けた訳じゃない。きっと死にかけたのが私でも、兄さまは体を張って助けてくれた。だから自分の物のように口にするな。そんな熱い視線を兄さまに向けるな。
「え、お姉さまが……?」
兄さまが出ていった事を聞いたお姉さまが、ナイフで自身の手首を切ったらしい。
それを聞いたとき、私は怒りを覚えた。『邪魔者が消えた』なんて話じゃ収まらない。あれだけ兄さまを占領しておいて、最後は自らの命をもって縛り付けるなんて。心優しい兄さまがそれを知ったらきっと、一生思い悩んでしまう。お姉さまがこれで死んでいなくても結果は同じだ。
なら、私も死ななきゃ。
もちろんこのまま何事もなく兄さまを出迎えて、お姉さまの件で出来た心の傷に寄り添う事も考えた。でもこれを逃してしまえば、『どこまでも強欲なお姉さまとは違う事を証明できる好機』は、『自らの深い業を払う贖罪の好機』は、もう二度と現れないだろう。だから私は死を選ぶ。兄さまが命を賭けて助けられる善性を示したように、私も命を捨てられる献身性を示す為に。兄さまを汚した罪を償えるのならば、死すら厭わない事を示す為に。
……そして少しだけ、『離れない』と嘘を吐いた兄さまに当てつける為に。
あぁ、私は兄さまを愛しています。
お姉さまなんかより……いや、〝あいつ〟なんかより。
そう心の中で言い直すと、温かみすら感じる刃を首に当てて、狂う事なく横に引いた。