【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
一か月。
これは俺が初めてしたバイトの勤続日数。
三か月。
そしてこれは今のバイトの勤続日数。しかも現在進行形。
つまり何が言いたいかというと、俺は過去からかなり成長しているという事だ。
「そうそー! あとは卵をやさし~く丸めるだけ~。お、上手さんだぁ! 良く出来ました~」
「あざす」
何度目かの挑戦で遂に出来たオムライスを見て、奈留先輩は頭をわしわしと撫でてくる。休憩時間だからか、周りの仲間からも軽い拍手が飛び交う。最初は拒否していた料理だが、日々の洗脳が実を結んでしまったのか、ここ数日は空いた時間にもっぱら挑戦している。それが今日でようやく出来た訳だ。
「すごいねぇ~、才能があるねぇ~」
「どーも」
成長した事は、何も勤続日数や料理だけじゃない。
バイト仲間である周りとの関係もかなり良好に進んでいる。例えば後ろにいる奈留先輩は、最初は意思疎通がほぼほぼ不可能だったが、今ではある程度会話が出来るようになってきている。相手が歩み寄っているのか、俺の成長なのかは不明。スキンシップも何かと増え、ルミナとの性行為を拒んでいる事もあってか、悶々とするときもあるぐらいだ。
「凄いですっ、新斗せんぱいっ!」
「どーも」
今目の前にいるこの少女も、一か月経った頃に新しく入ってきた子だ。
『飲食店での実務経験アリ』という事で、ぶっちゃけかなりの即戦力。仕事の捌き具合で言えば、間違いなくこの子の方が先輩だ。だけどそこらの序列にはだいぶ厳しいらしく、こんな俺でも先輩と呼んで慕ってくれている。が、それ故に弊害もある。こちらも同じように、距離がかなり近い事だ。
「新斗せんぱいっ、屈んでください! 私も撫でたいですっ!」
「撫でなくていい」
茶色がかった髪が目線の下で揺れる。
出会って二か月でこれか。いや、別に後ろにいる三か月の女にも言える事なのだが。きっと今までも、数えきれないほどの男を落としてきたのだろう。俺も彼女という存在が無ければ、普通に勘違いをしていたところだ。危うい。
……まぁ、別れるんだけどな。
けど、この頃どうにも惜しく感じてしまう。
あれだけ俺を愛してくれる人は、これから先一生現れないだろうから。
「はぁ……」
成長する度、重なっていくストレス。
バイト中のやきもきした感情も勿論あるが、出来る事が増えた分だけ、彼女がどれだけ遠い存在か思い知ってしまう。今までかけた迷惑も、どれだけ重いものだったか。否が応でも、という訳だ。
「どうした、ストレスか?」
「……まぁ、そんなところっす」
「二人も侍らせておいてか?」
「色々あるんすよ」
同じく休憩中の店長が厨房に顔を出し、俺の周りにいた仲間は蜘蛛の子を散らしていく。
強面の店長とはいえ、もう少し自然にしてあげて欲しい。ただ、今回ばかりは助かった。あのまま撫でられ続けていたら、精神の疲弊率は脅威の120%越えを叩き出していた事だろう。まだピークを過ぎただけで仕事は残っている。強面の店長に感謝だな。
◇◇◇
「………………まずい」
未読メッセージが351件。
全てのフレンドアカウントを総括してじゃない。
たった一人、ルミナのアカウントからのメッセージ数だ。
思い返してみれば、少し油断していたのかもしれない。
最近のルミナは残業でまた帰りが遅くなっていたから、それに乗じてシフトの時間を伸ばしていた。勿論、ちゃんと調整はしていた。ルミナの帰り着く30分前には家にいれるように、完璧にしていた。しているつもりだった。
「企画終わりの日にち、聞いてなかった……っ!!」
アホ。
我ながら、極度のアホ。
『聞いたら疑われるかも』なんて考えじゃない。単に思慮に入れていなかった。成長してない。
『どこにいるの』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『不在着信』
『お願い出て』
『ごめんなさい』
『帰ってきて』
メッセージの最初の10行で既に察せてしまう。
俺のアホはとんでもない事をしてしまった。
さぁ、これからどうする。俺。
「……とりあえず、帰るか」
立てかけていた自転車に跨り、重すぎる一歩目をペダルに乗せる。
新鮮に感じていた景色も風も匂いも単調に過ぎ去って、ただ家が見えるようにと全てが逸る。内心冷静を装おうとしても、何かが過ってしまう。俺が見てきたルミナはそんなに弱くない。俺と違って自立した存在で、強く清いままの憧れだ。だから、大丈夫。
「はぁ……っ、はぁ……っっ!!」
『大丈夫』。思考に反して、俺は依然トップスピードを維持したままだ。
呼吸が喉に擦れて熱い。
心臓だって、いつ裂けてもおかしくない。
「着いた……っ…!」
乱雑に自転車を放り投げる。
激しく火照った体が邪魔だと感じられないほどに、開いたままの扉の異質さが大きかった。急いで玄関に駆け込むが、見える範囲にルミナはいない。俺は柄にもなく声を張り上げる。
「ルミナぁっ!!」
「あっ、おかえりなさい!」
すると、リビングの部屋からルミナはひょこりと顔を出した。かなりあっさりと。
「……?? あ、た、ただいま……」
「うんっ、おかえり。心配したよー、もう……どこか行くなら連絡してて欲しいな」
「……ごめんな」
……杞憂、だったか?
いや、現に連絡履歴は凄い事になっている訳だし。もしかするとそういうイタズラだったりするのか。だとしたら、意外とお茶目な部分もあるんだな。まったく、安堵したら急に息切れが出始めた――
―――ルミナのスマホ、あんなにヒビ入ってたっけ?
息切れが止まる。正確に言えば、呼吸が止まった。
自転車を漕いでいた時とは真反対に、全身の血液が冷えて流れていく。握り締めたような、強く押し付けたような、激しい感情がぶつけられたであろう痕跡。
「んーん、こっちこそごめんね。リビング、少し散らかっちゃってて。今から片付けるから、しばらくうるさくしちゃうかも」
『少し』だと? 良く言ったものだ。
最新の薄型テレビは見るも無残な形になって、棚に並べられていた雑貨や置物は須らく破片になって散らばっている。見ただけで数分は立ち尽くしそうな光景、なぜこうも平然としていられるのか。平然を装おうとしているのか。得体が知れない。理解が出来ない。
でも、
「なぁ、ルミナ」
「なぁに?」
言わなきゃいけない。
きっとこれを逃したらおかしくなる。俺も、ルミナも。
ここで全てを終わらせないと、取り返しが付かない事になってしまうだろうから。
「話があるんだ」
今度はちゃんと、逸らさないように。
しっかりとルミナの瞳を見た。
こわいね