【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
長い……長くない?
「見て! あれが噂の新斗って先輩!」
新斗くんの事を初めて知ったのは、どこからか流れてきた噂を耳に入れた時だった。
当時は興味も無かったし、ましてや好意なんて感情は抱いてもいなかった。だって知らない人だし、何より流れてきた噂が最低最悪なものばかり。その時の私はむしろ、会った事もない新斗くんの事を若干嫌いになっていた。
「へー……」
17歳の秋。
進路についての話が多くなり始める頃に、私は初めて新斗くんを見た。
「そんなに悪い人じゃなさそうだけど」
「いやいや、生徒指導の常連よ? 赤点とか、素行不良も目立つみたい」
漫画に出てくるような『THE・悪者』を想像していた私にとって、気だるげそうにするだけの新斗くんはそこまでの人には見えなかった。だけど周りが言うにはダメダメで、反面教師の例として良く話に出されるらしい。でも友好関係は誰よりも充実しているようで、休み時間はしょっちゅう友達とふざけて怒られているそう。人見知りで友達が少ない私にとって、そこはとても羨ましかった。
それからは、新斗くんに関する話を求めて彷徨った。
その時もまだ『好き』なんて感情はなくて、ただ悪い噂だけで判断したくないという私のエゴのようなもの。話には尾ひれがつくものだし、現に万引き・カツアゲなどの話は全部ウソだった。だから必死に調べた。あんなに夢中になったのは、小学生の自由研究以来かもしれない。
けれど、あまり収穫物は芳しくなかった。
元々の噂自体、どこかで立ったものに色んな話がくっついて、まとまった一つが回ってきただけ。学校内のあらゆる場所に知れ渡り、ひっきりなしに話されている訳じゃなかった。遠回りを諦めて近しい関係の人に話を聞こうにも、総じて柄が悪くて近付きがたい。本人も同様だった。
「はぁ……」
「もしかして、まぁだ調べてんの。いい加減やめたら? もっとやるべき事あるでしょ。ほら、英語とか最近点数悪いじゃん。それで青沼先生にも言われてんだしさぁ~」
「もうちょっと……もうちょっとだけ」
他人からしてみれば、『くだらない』以外の何物でもない行為。
ただのエゴのためだけに貴重な時間を浪費して、勝手にストレスを溜めている。友達には特に心配させていた。いざ振り返ってみると、とても申し訳ない事をしたと思ってる。でも、考えてみればそれは『エゴ』だけじゃなかったのかもしれない。もっと不純な、『嫉妬』のようなもの――
【―――当時の私は、あまり頭が良いとは言えなかった。】
いや、頭だけじゃない。能力の全てが低かった。
〝ハーフなのに〟英語はからきしで。
〝スタイルは良いのに〟運動神経皆無で。
〝可愛い声なのに〟もの凄く音痴で。
皆から見られる私と実際の私が離れて行く度、心のどこかで濁る音が聞こえた。
理想を描いては現実で黒く塗りつぶして、自分で自分を台無しにしていく。
高嶺の花が嫌だった。
いっそ踏み荒らされた雑草のように見て貰えれば、息をするのだって苦しくなかった。
だからどうしても浮かんでしまう汚れた考え。
どっちが、上なんだろう?
【―――持ってるようで空っぽな私と、持ってないようで満たされているあの人。】
皆が思っているより新斗くんの本性が醜かったら、どこかで私は救われたんだろうか。
なんて今考えても、答えが見つかる事なんて未来永劫ない。昔も今も、新斗くんは綺麗だったから。思わず目を逸らしたくなる程に強く眩く輝いて、衒う私がより一層影に落ちていくのが理解出来た。
だけどそれと同時に、私の中にあった筈の感情が揺らぎ始めていた。
最初は内で巡っていた『羨望』や『嫉妬』も、蓋を開けて見てみればただの憧れでしかなくて、新斗くんに固執する理由の一つとして利用していたに過ぎなかった。大手を振って、胸を張って、『新斗くんに興味があります』なんて言えないから、自分の感情すら言い訳にして、影に隠れ続ける事に甘んじていた。
それに気付いてしまったから、そしてその感情を『好意』と呼ぶ事が出来ないから、定まらない〝カタチ〟が延々と腹の奥で黒く渦巻いていた。じゃあ、何で呼べないんだろう。恥ずかしい訳じゃない。後ろめたい訳でもない。何で呼べなかったんだろう。あのとき、あの瞬間に、それを『好意』だと割り切っていたら、こんなにも苦しんでいないのに。
……いや、本当は分かってる。
私が彼を好きになっちゃダメだったからだ。
プリントを落としてしまった人に迷わず手を差し伸べて、昼ご飯を忘れた人に躊躇なく財布を開いて、友達が怒られれば例え関係がなくても隣に立って、いつ何時も誰かを笑わせようとおどけてみせて、そしてそれらの全てに他意がなくて。
あの人の『当たり前』が理解出来なかった。
何でこうも眩いのか、鮮明に見えていく度に吐き気がした。
【私は彼に相応しくない。望んですらいけない。】
それが全能の神様にでも突き付けられたようで、抗う気力なんて湧かなかった。いや、その例えすらも卑怯だ。変わらない私を、変われない私を正当化している。自らを振り返る時でさえ、私は私が都合の良いように擁護しようとする。それは過去の私も同じだった。
『不良が猫を拾えば、真人間よりも評価される。』
『眩く見えているそれは、誰だって持っている善心の欠片でしかない。』
『騙されるな。自分と比べるな。冷静に、公平に物事を見ろ。』
抱いてしまった感情を否定する言葉はそこかしこにあって、何度だってそれを利用してきた。そうすれば苦しさだって紛れたから。歪んで消えないこの感情を『間違い』だと断じてしまえば、いつの日か消えると思っていたから。本気でそう思い込んでいたから、本当の自分すら捻じ曲げてみせた。噂に踊らされる他の群衆と変わらぬ目で彼を見て、いつだって自分に言い聞かせ続けた。
「彼は、悪い人だから」
そんな鏡もまともに見れない日々は、突如終わりを告げた。
とある教師に対する暴力行為が問題になって、新斗くんが自ら退学を申し出たらしい。
「殴られたの、やっぱり青沼だってよー」
「あー、確かにあの先生ちょっと嫌な感じだもんね。それにしても、殴るのは流石に馬鹿だけど」
「な。そこらへんの感覚がズレてんだろうな~、生徒指導常習犯なだけあるわ」
周りはその行動を馬鹿にした。
当然だ。人を殴るなんて、最低な人間がする事だから。
―――でも、違う。
吐き気がする。頭痛がする。
『彼が理由もなく殴る筈がない』と都合良く思ってしまったから。
知ろうとしてしまった。知ってしまった。
授業中、反面教師として酷く私をこき下ろした先生に激昂して、咄嗟に手が出てしまった事を。
そして指導室で問い詰められた時、一切の言い訳もせずにそれを隠した事を。
「ああ……ああああ……!」
人格否定や差別とも取れる発言だったらしい。
皆が、ましてや当の私ですら愛想笑いでやり過ごすところを、彼は見過ごせなかった。
「うあ、あああああ………!!!!」
自らの人生を棒に振ってまで、私の事に本気で怒ってくれたらしい。
じゃあ、私は?
私は何をしてた? 何をしてきたの?
〝それ〟が悪辣で最低だと分かっていながら楽な道に逃げて、
時折自分勝手な葛藤で悔いて恥じて苦しんで、
意味のない独り踊りに延々と興じていた。
「……あああ……あ……ぅ……」
嗚咽はやがて枯れて、久方ぶりに鏡を見る。
そこに映っているのはどこまでも愚かな自分で、その瞳の奥にはまだ浅はかな恋情が残っている。抉り出して詫びても何にもならないよね。こんな鈍い色じゃ飾りも出来ない。いや、そういう問題じゃないか。
でももし差し出すのなら、償うのなら、彼と同じ物を捧げなきゃいけない。
そう、人生。
元々価値があってないようなものだと思っていたけど、新斗くんが初めて明確に付けてくれた。だからきっと、代償としては吊り合う筈だ。でも、ああ、なんて重いんだろう。人生を捧げるなんて、例え脳内でも言語化するものじゃない。
「はは……はははは……」
―――あれ、何でだろ?
鏡の中の私は笑ってる。
これから私の人生を捨てるって決めたのに、
それが生半可な事じゃないって分かってるのに、
今までにない葛藤が生まれていい筈なのに、
鏡の中の私は何故だか笑ってる。心底楽しそうに、嬉しそうに、口角を吊り上げて笑ってる。
「ははは……♡ あはははは……っ♡」
【だって、〝望み〟じゃないから。これは〝贖罪〟だから】
「彼の隣に立てるから……っっ……♡」
―――ああ、これは私だ。
鏡の中じゃない。
正真正銘、私自身の笑顔で言葉だ。言い訳も出来ない、取り繕う事も出来ない、衝動的に溢れ出す抑え切れないドス黒い感情。これが私だ。これが本当の私だ。彼が彼自身の人生を壊した事を、心の底から祝福している私なんだ。
あぁ、なんて醜いんだろう。
こんな姿、誰にも見せられない。
―――じゃあ、隠そう。
バレないように、金輪際表に出てこないように。
鏡に布を被せて、顔に仮面を被せて。
その全てを、都合良く忘れる事にした。
評価まだの人はしてくれてもええんやで(小声)