【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
これで終わりじゃないってのが驚きだよ
齢3年。幼さは当然まだまだ残り、実感できる成長とは到底無縁の中。
『逆月ミア』という名前が私を指している事を認識すると同時に、自分が天才である事を自覚した。
きっかけは、親の一言。
『ミア……それは何をしてるんだ……?』
『? パズルだよ?』
元より私は言葉の発達の早さを両親から持て囃されていた。
だから机上の紙に書いてある事は何となく理解出来たし、その理解から発展して問題を解く事も一種のパズルだと本気で思っていた。
―――その問題が有名難関大学の過去問題だった事は、より知識が深まった後に知った。
そこからは本格的な英才教育ならぬ天才教育が始まった。
高校教師を務めていた父からは毎日のように課題が出されて、それを流れ作業のように解いていった。皆が可愛さという武器を存分に発揮している中、私は一人狭い部屋の中で自己の知力を確立し続けた。はっきり言って、楽しくなかった。既に分かる問題を何百回と出されては、ペンを走らせただ書くだけ。微々たる成長なんかよりも、よっぽど手首の痛みの方が鮮明だった。
でも、不思議と充足感はあった。
文字で埋まった紙を手渡す度、両親の笑顔が見れたからだろうか。
その笑顔が私に向けられたものだと、そう本気で思っていたからだろうか。
今となっては分からない。
朧気ながら、不可解で不愉快な記憶だ。
鮮明に覚えている記憶すら、全てが禄でもない。
『絵? 〝そんなもの〟描いて何になるんだ、今すぐにでも辞めなさい』
道端で偶然目に入った、芸術誌と思しき物の一ページ。
そこに載せられた彫刻が、絵画が、詩が。〝答え〟のある学問とは一線を画す、明確で壮大な凝縮された美しさが。私の脳を直接殴りつけ、魂にまで行き届いて震わせた。それは、かつてないほどに鮮明だった。夢に見ては恋焦がれ、黒鉛の棒には時折筆の姿を重ねる。解像度の低い惰性に塗れた人生が、途端に色付き動き始めた気さえした。
『それはミアの未来に繋がらない、〝くだらない〟事なんだ。分かるかい? ミアの為に言ってるんだ』
衝動に負け、試しにスケッチブックを買ってみた。
ほんの興味本位、何てことないただの紙の束。そこに筆を走らせる度、色を重ねる度、本当の自分を表現出来たようで楽しかった。文字以外で紙が埋まっている事が、嬉しくて仕方がなかった。過ぎ去る季節に、移りゆく風景に、趣を見出せる感性が育っていくのが、堪らなく心地よかった。
『さぁ、捨てなさい。今ここで、全部』
だからこそ、鮮明なんだ。
人として美しくなっていたあの日々が、時折背筋を撫でては思い出させる。
いとも容易く、夢が潰えた感覚。
【肌に張り付き】
【鼻孔を通り抜け】
【眼球を縛り付けて】
【鼓膜を嫌に劈いては】
【舌に苦みを残留させる】。
五感の全てが不快感に鎖され、私の世界は酷くつまらない〝それ〟で満たされた。
父親はクソだ。母親はクソだ。私を囃し立てる奴らも、媚び諂う奴らも、僻む奴らも、全部クソだ。伸び伸びとあるがままを感じ、謳歌出来る世界が消えた時点で、この世の全てを憎悪するのは必然だった。でも、それを実らせる事は決してしなかった。
理由は自分でも上手く言語化出来ない。
端的に言ってしまえば、『面倒臭い』だろうか。使命感も大してない、興も乗らない。そんな事に時間を割くほど私も愚かではなかった。だから、前と同じだ。言われた通りに問題を解いて、約束された未来を模る作業に集中する。もはや、反抗する気力もなかった。
―――何一つだって出来ない事は無いのに、何一つだって上手くいかない。
この世界で面白いものが唯一あるとすれば、私の人生に他ならないだろう。
そう、本気で思った。
『随分と暗い顔をしているのだな、少女よ』
馴れ馴れしくもそう言い放ち、私の隣に腰掛ける不審者。
見た目や声質からして、私と同年代か一つ上。私がこれまで出会ってきた中でも、突出して厄介な類である事はすぐに察する事が出来た。だって、普通の人は他人の事を少女と呼ばないから。
『皆まで言うな、楽しくないのだろう? 現状……日常……あるいはこの世界が』
会って、話しかけられて、十秒も経たない内に本心を容易く見抜かれる。
だが、別に私は焦らない。一人ベンチで憂う表情で座っている事以上に、分かりやすいシチュエーションもないだろう。馬鹿でも推測出来る事だ。普段の私なら耳を傾けすらしない、至って無価値の低度な会話。いや、私が返していないのだから会話ですらない。
『吾輩もそんな時期はあった。本当にこの世界に価値はあるのか、自問自答を繰り返してな』
一人称が吾輩とは、本格的におかしくなってきた。例え一人称に目を瞑っても、世界の価値を自問自答する事も十分おかしい。想定外かつ規格外な人物の登場に、思わず笑いが零れた。が、すぐに途絶える。当然だ。これから嬉々として講釈を垂れる人間を目の前にして、笑い続けていられるものか。〝どうせ同じ〟だ。いくら異端に目立とうと、くだらない事には変わりない。
『ただ、吾輩はそこで気付いたのだ。この世界に対して正しく評価を下したいのなら、とにかく知見を広げ観測を続ける事だ。退屈で満たされ、恥辱や嫌悪に塗れ、絶望に打ち拉がれる世界だとしても、諦めず観測するのだ。さすれば、答えは必ず見つかる……とな』
「……要は、広く物事を考えろって事ですよね」
ここで初めて私は言葉を返した。
予想は案の定、的中。ひたすらに耳障りの悪い綺麗事に、憤り以外の感情は瞬時に消え失せた。
「私は、私のこの思いが〝正しい〟か〝正しくないか〟なんて、どうだっていいんです。今見えている景色がこれ以上なく醜いのに、その他を見てみようなんて考え、行き着く訳がない。それは多分、行き着いたとしても同じです。見たくない……知りたくないんです。この世界は私にとって、大嫌いなままでいて欲しいんです。そうじゃなきゃ……やってられない……!」
久しく持たなかった熱が言葉の節々に宿り、自らの意思をこれでもかと訴える。
『私がこの目に映す全て』が『この世にとっての全て』で無い事は、これ以上ないほどに耐え難い絶望だ。この世に存在するどこかの誰かが、私以上の幸・不幸を享受しているという現実を、私は許容出来ないから。これは多分、感覚的な問題なんだろう。理由も上手く言えないのだから、そう思うほかない。単なる我が儘に成り下がるより、ほかが無いのだ。
『傲慢だな』
「……!」
そんな事は分かっている。
分かっていてなお、腹立たしさの残る言葉だ。
「何も知らないくせに、随分と言うんですね」
〝正しさ〟はいつだって私を敵に見る。
成功の道を歩む事こそ至上だと糾弾するクソも、世間一般的に見れば親としての正しさを冠している。私のためと宣い、苦労を積んでこその人生だと説き、世界に貢献してこその人間だと酔う。外面だけの怪物ですら正しさを使えるのに、私は未だ正しさという
つくづく、反吐が出る。
『何も知らないのは少女も同じ事だろう? それに、吾輩は傲慢である事に対して否定などしていない。むしろ素晴らしい事だ。それほどの豪胆さが無ければ、〝アルバニア〟は務まらん』
「……あるばにあ?」
―――反吐が、出ていた筈だった。
『あぁ。いつの日か、闇に蠢く〝奴ら〟がこの世界を終焉に導くだろう。それを防ぎ、皆を守るのがアルバニアだ。少女の言う〝意味〟や〝価値〟に溢れた、素晴らしい役目だと吾輩は自負しているぞ』
私が吐く言葉よりも、よっぽど荒唐無稽な世迷言。
勿論、さも〝意味〟や〝価値〟といった概念が、今まさに私を苛んでいるかのような物言いも気にかかった。だが、それをも極限まで薄れさせる圧倒的違和感。最初から気付くべきだった。全ては伏線だったのだ。この異常者がいかにして吾輩などという頓狂な一人称を使っていたか。
厨二病なのだ。
私以上に捻じ曲がっている、私以上に面白い存在だったのだ。
「なっ、えっ、奴ら……?」
『奴らはこうしている間にも、着々と力を蓄えている。吾輩が想像し得ない程にな。だから吾輩には仲間が必要なのだ。だが、やはり……そう簡単には見つからんのだ。吾輩と同程度の力を持つ者となると、尚更……な。――しかぁし! 今ここに! まさに! アルバニアに相応しい人材がいる!』
「わ、私?」
『そう! その通りだ!! 少女からは底知れぬ力がヒシヒシと伝わってくる!』
底知れぬ力を感じ取ってくれた事は評価するが、それ以外は妄言に妄言を重ねた狂言だ。
この思考と言動がどこから生まれてきているのか、俄然興味が湧いて仕方がない。ここまでそそられるのは芸術以来だろうか。まるで目の前でピエロが躍っているような、一切の不快感がない新鮮味溢れる感覚。芯まで通るその感覚が思いのほか心地良く、吐いた反吐など底から忘れ、しばらくの間全てを委ねてしまっていた。
「―――じゃあ、アルバニアになる条件は何なんですか?」
『吾輩が直々に電磁波を脳に送る。それを受け取れば立派なアルバニアだ! もちろん、最初は個人差がある。能力の発露もまちまちと言ったところだな』
「ふふっ、じゃあ能力っていうのは具体的にどういったものなんですか?」
『吾輩の場合は超強力な念動力だったな。細かい調節が効かぬがゆえ、普段使いが出来ないのが難点だ』
「へー、少し見せてくれませんか?」
『残念だが、披露する事も儘ならん。ここら一帯を吹き飛ばしかねん。それにこの力は奴らにのみ使うものだ。軽い気持ちは見せつけたりなど言語同断……』
「見せてくれたらアルバニアも考えますよ?」
『なっ、ぬぬ……す、少し待て。今あの缶を動かしてやろうではないか』
「超強力なのに、動かすのは缶なんですね」
『強弱の調節が著しく効かんのだ、どちらかに振り切るのは仕方あるまい!』
分かり切ってる。この人が言ってる事は全てが嘘っぱちだ。
なのに、どうしてこうも惹き込まれるのか。虚空に手を翳し力まずとも、じきに夜風に煽られ缶は倒れる。それでもなお全力で向き合うその姿に、私はどこか魅力を感じてしまっているのか。分からない。私はこの人の何を見ているのだろうか。
『ッ!! 倒れたっ、倒れたぞっ! これでアルバニアに成ってくれるなっ?』
―――心底嬉しそうに、弾ける鳳仙花のような。
あぁ、わかった。この人は私だ。
不確かで大切だった一瞬に、直向きに向き合い続けたかつての私。もしあの時筆を持ち続けていたら、もしあの時自分の美しさを守り続けていたら、私はこの人だったのかもしれない。いや、それは言い過ぎか。流石にこんな尖り方はしないだろう。
でも本質は同じだ。
だからあの時と同じ感覚が微かに渦巻いているんだ。
「さぁ? 考えると言っただけですか――」
『ならば深く!! 深く考えてみてくれ!』
冷やかそうとしても、圧倒的な熱量でねじ伏せられる。
微々たる渦巻きが、大きな台風となって襲ってくる。
『これほどまで才能に満ち溢れた者は、未だかつて見た事がなかった。今はまだ青く、その自覚も薄いだろう。だが、次第に色付き大きく熟れて実る。絶対にだ! これは吾輩の全てを賭けても誓える!』
私を見て、私を語る。
向けられてきた幾百かの目線も、かけられてきた幾千かの言葉も、その全てが汚らわしくて、だからこそ全てが嫌いだった。でも、違う。この人は違う。こんなにも真剣で、本気で、全力で私を見てくれる。失われていた魂を、まだここにあるんだと震わせてくる。澄んでいた思考が、心地よく揺らぎ出した。
『だから、少女が必要なのだ。もちろん、無理にとは言わない。実際、この世界が嫌いなのだろう。守る価値など、感じた事は微塵もないだろう。ただ、それでも! 奥底に眠る微かな希望があるのなら―――』
差し出された手。
何て都合の良い展開なんだろう。もしかしたら本物は私はもう既に息絶えていて、気まぐれについたマッチの明かりが幻影も見せているだけなのかもしれない。もしかしたら神様がせっかく作った世界を否定されたくなくて、何かと手を回しているだけのかもしれない。
それでも、私はこの世界が嫌いだ。
だから私は嘘でいい。嘘で出来た世界でいいから、どうかまた私に夢を見せて。
『どうかこの手を取ってはくれまいか』
静かに、確かに。
私はその手を強く握り返した。
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