【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
体が沈む。思考が痺れる。
〝あの時〟差し出された手の感触が、脳と掌にこびり付いて離れない。いつでも、いつまでも思い出せるようにと刻んだ記憶が呪いに転じる事が、どれだけ苦しい事か師匠は知っているのだろうか。いや、師匠は悪くない。私が全部悪いんだ。何かが足りなかったんだ。
だから、捨てられたんだよ。
「ああああああああああああ……」
最後も、師匠らしい綺麗な言葉だった。
不肖で不出来な弟子だったのに、未来に数多の幸福を願ってくれた。
「ははは、はははははっ」
思わず笑いが零れる。
これは何かの皮肉なのかな。師匠がせっかく幸福を願ってくれたのに、今の私は不幸そのものだ。碌に手入れもされてないベッドの上で打ち拉がれて、不可逆の象徴である時間をどうにか巻き戻そうと、なまじ出来の良い頭で捻り出そうとしている。
何の生産性もない愚かな行為。
もはや実る事など有り得ない、腐り果てた土に水を垂らすしか能がない物体に成り下がった。
「ううううう……………っ」
嗚咽に満たない穢れた声が肺から漏れ出る。
臓器を全部引きずり出して並べれば、少しは見合う報いになるだろうか。それとも、奴らの首を並べた方が幾分か見栄えはいいだろうか。分からない。今のこの思考が師匠に沿っているのかすら。得意だった師匠専用の予測機能も使えないところを見るに、私は本格的に何者でも無くなってしまったみたいだ。
うるさい、うるさい、うるさい。
それはもう分かってただろうが。
何で繰り返すんだ。
意味がない思考を巡らせるな。
あの瞬間を、思い出すな。
あぁ、ほら、また―――
『今日、現刻を以て逆月ミアは破門とする。金輪際、姿を現さない事だ』
師匠、やだ。なんでそんな事言うの。私、ちゃんといい子にするから。師匠と一緒に戦えるようになるから。強くなるから。捨てないで。捨てないで。そんな目で、私を見ないで。
【師匠の世界から、私を消さないで。】
「――あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”ぁ“!!!!!」
「ミアちゃんっ!? ミアちゃん、ねぇ大丈夫なのっ!? このドア開けてっ!」
「ミアっ! おい何があったんだ!!」
泣いても独り。
吐いても独り。
縋っても、狂っても独り。
この薄暗い空間でただ一人苦しさを大袈裟に吐露するのは、
きっとこの時間だけは正しいと知っているから。
◇◇◇
あれからどれだけ経ったのだろう。
いくら消えたいと願えど自然とそうなる訳もなく、一丁前に体は水と食べ物を欲する。その内健康な体を維持する為に太陽を求め始め、顔色や体付きは正常に戻っていく。あの時とまったく同じ、杜撰に模した形骸的な私に少しずつ戻っていく。
「……気持ち悪い」
「大丈夫なのか、ミア。吐き気止めもあるぞ」
「ねぇあなた、やっぱり病院に行かせた方が……」
私の機嫌と体調を逐一伺ってくる、ゴミの塊のような汚物。
蓋を開けて見ればこの世界も、随分と単純に出来ていた。何一つ思い通りにならないと思っていたのに、諦めた今なら指先一つで動かせる。多分このゴミは私が黙れと言ったら二度と喋る事はないだろうし、死ねと言ったら死ぬだろう。
何故ならそれが最も正しい事だと思い込むからだ。
『私が言うのなら全て正しい』と判断しなければ生きていけぬ程、弱く矮小に成り下がってしまった。
いや、それは私も同じか。
師匠の言葉が無ければ生きていけない。弱くて醜い、矮小な存在なんだ。
「誰なんだろ、私って」
もう私は弟子じゃない。
全てが貴方で満たされた、大切で愛おしい私じゃない。
「何すれば、いいんだろ」
また戻ってきたこの世界ともう届かないあの世界。
切り離して考えた過去が、今をこれでもかと邪魔している。ただ学校に行けば会えるはずなのに、どうしてか会えないと思ってしまう。遠く離れた別の場所で生きているのだと、そう本気で思い込んでしまう。
だから、考えるだけ無駄なのだ。
虚無に向かって許しを乞えど答えはないし、半ば祈りのような願いを馳せても届かない。私はこれから何者でもないまま過ごしていくのだろう。それを罰とすら思ってはいけない、無色透明な日々を無理矢理にでも謳歌しなければいけないのだろう。
「……あーあ、楽しかったなぁ」
言葉を吐いたその刹那の間だけ、ふと笑みが零れてしまうような記憶が駆け抜ける。
決別ではない。けれど、きっともう会えない。それなら、せめて一つだけ。一つだけ許されるのなら、どうかこの何もないくだらない世界でも、貴方の教えに生きても良いでしょうか。
ねぇ、師匠。
―――ねぇ、師匠。
「あのキモイ厨二病、ようやくミアちゃんに近付かなくなったねー」
「ね! 釣り合ってない事くらい、最初から分かって欲しかったわ」
渡り廊下の先にある、北校舎の二階へと降る踊り場。
理科用具室へ忘れ物をした私の耳に入ってきた、不快な甲高い声で交わされる会話。厨二病という蔑称があの人の事を指しているのはすぐに分かって、それ以外の言葉がいつまで咀嚼しても理解出来なかった。何故だか今姿を現しては駄目な気がして、咄嗟に柱の陰に身を寄せ聞き耳を立てる。だがそんなもの立てずとも、嫌と言う程その場に響き渡っていた。
「大体さぁ、人気者のミアちゃんを独り占めしようってのがおかしいよね」
「分かる。せっかく前々から忠告してやってたのに、あいつ全然聞かないし? ほんと頭おかしいよね。流石厨二病って感じ」
「忠告って言うか嫌がらせだけどね」
「あはははは、だめだって! だめだめ!」
目の前の光景が処理されるよりも先に、体が、魂が殺意を芽生えさせる。今までにない速度で血液が巡って、考えられない力が筋肉を強張らせていく。今殺すべきは私の息でなく、どこまでも愚弄して嘲るコイツらであると、ようやく追いついた思考が大声で訴えかける。
「ねぇ」
「…………あ、ヤバ」
「え? ……あ」
気が付けば、話しかけていた。
「どういうこと?」
端から答えを聞く気などない、ただそこに留まらせる為だけの問い。
一段ずつ階段を降り、決して目線を外す事無く距離を詰める。少しずつ近付いていく度、あの人から離れていく。空っぽだった心が、あの人以外のドス黒い何かで埋め尽くされていく。
【こいつが、コイツらが】
【私を、師匠を、師匠を!!!!】
「え、いや、ちが、え? な、何で怒ってるの?」
―――ねぇ、師匠。ごめんなさい。
「も、もしかしてあの厨二病のこと、好きだった? ご、ごめんね?」
―――貴方の教えに生きるって、そう思ってたのに。
「でもっ、あんなやつより絶対良い男いるって! あ、あんな馬鹿よりさぁぁ」
―――私はこの世界が、〝何もない〟に留まらないこの世界が。
「そ、そそ、そもそもミアちゃんも悪いじゃん。私達っ、と、ともだち、でしょ! 少しはこっちも優先するべきじゃんっ! そ、それに私達はっ! ミアちゃんのためを思っ」
どんっ。
―――どうしても好きになれそうにありません。
「えっ?」
どちゃ。
渾身の力を込めて、ゴミを下へと突き飛ばした。
一秒と経たずに鈍い音が踊り場に響いて、先程までの煩わしい騒がしさは嘘のように静まり返った。眼下では赤色が流動的に広がっていって、徐々に不快な臭いが辺りを汚し始める。肌のひり付きも、耳を劈く嫌な悲鳴も、舌に触れる微かな苦みも、もう何も私を縛らない。
「ひっ!? あがっ!!」
喉を潰す形で首を掴んで、足先が浮くまで持ち上げる。
あれだけ強張っていた筋肉も、何故だか使っている感覚はない。見えない手がもう一本あるような、そんな不思議な感覚が私を支配している。あぁ、きっとこれが私の能力なんだ。やっと開花したんだ。
「や“、や”だ……ごべっ、ごべんな“ざっ!!」
びちゃ。
嬉しさのあまり力加減を間違えて、そのまま捻り潰してしまった。飛び散った血肉や骨の欠片が私にかかる事はなく、手前にある透明な壁にぶつかりずり落ちる。多少グロテスクな死に方になってしまったが、むしろこの方が都合が良い。これで疑われる事無く師匠に会いに行ける。
「これがあれば、次こそは師匠の役に……」
そこまで言って、思い返す。
もうあの人は私の師匠じゃない。私はあの人の弟子じゃない。
だから次会う時は、私はあの人にとって何者でもない。
だったら、
別の唯一無二にならなくちゃ。
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