【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
アイスティーしかなかったけど、いいかな?
「おっ、おっ、おおおおお!!」
起き抜けで覗いたスマホの画面。
喉の乾燥を無視して叫んでしまうほど、強烈な情報がそこに詰まっていた。
『NEWスターアイドル『枢木 雨流流』、全世界のトレンドを独占‼‼』
俺が寝ている間、ほんの数時間程度で雨流流の人気は爆発していた。
それこそ、昨日上々だと感じた反応が種火だと思えてしまうほどに。
「すげぇ……すげぇっ……!!」
まさに飽和状態。
どのSNSでも雨流流の話題で持ち切りで、どれだけ更新をかけても人の波は途切れない。動画の切り抜き、スクショ、ありありと伝わってくるその圧倒的な熱量に、まんまと俺は浮かされた。
既読『おはよう! すごいな、一気に人気者だ!!』
『うん、そうだね(笑)』7:21
『これから新しいレコーディングだってさ!楽しみだ~』7:21
『【写真】【写真】』7:22
『いってきます!!』7:22
朝一番に送られてきていた挨拶を興奮気味に返す。
既読の早さは昔からだから特に気にならないが、何となく一歩引いたような様子には少し引っかかった。まぁ、まだ実感が湧かないんだろうな。加えて、それどころじゃないんだろう。新しい曲をリリースするための準備やライブの練習、いちいち驚いているようじゃ務まらない。
しかし……この写真も昨日と同じで中々にきわどいな。
開いた胸元といい、短いスカートといい……こんな格好でレコーディングするのか? 悪徳プロデューサーに騙されてたりしないだろうな。ていうか、何で煽りの構図でも撮ったんだ。いらないだろ二枚目。
既読『かわいいな!いってらっしゃい!』
でも、それに言及したら一気にキモオタ感が増す。
昨今のファッションはこういうものなんだろう。そう無理矢理にでも納得しておかないと、厄介オタクに成り果ててしまいそうだ。第一、人気アイドルなんだから多岐に渡るアドバイザーぐらいいるさ。俺程度が口を出さなくたって、上手くいくようになってるもんだ。
だから、俺に許されているのは感想のみ。
当たり障りのないかつ正直な言葉で賞賛したが、本格的に忙しくなったのか、返ってきたのはコミカルな猫のスタンプだけだった。少し悲しいけど、いつもこれくらいの距離感なら悩んでないんだけどな。
「……さて、バイト行く準備するか」
現実に引き戻されたようで、自然と体が重くなる。
布団から生じる引力がより一層強まるが、そう易々とは屈していられない。なぜなら、学費を除いたあらゆる出費は俺の実費だからだ。水道代、ガス代、電気代、食事代、通信費、交通費に至るまで全て。学費の高い私立大学で、特待も取れなかったんだから当然だ。
むしろ学費を丸々出してくれるだけ感謝だ。
ギリギリではあるが、最低限人間の生活を保ったまま暮らしていける。怠惰に負けている暇なんて無いんだ。これから更に売れていく雨流流のためにも、少しでも多くの金が必要なんだ。今までの距離から遠ざかる分だけ、俺は最前線で応援しなきゃいけないんだよ。
「―――お、おお、お前っ!! あの雨流流ちゃんと幼馴染ってマジか!?」
「あー……まぁ、そうだけど」
故に、というべきか。
こういう類のイベントも付きものだ。昔からやっかみや揶揄いを受けることはしょっちゅうだったが、今となってはそんなものノウハウにもならない。明らかに質が違うからだ。『瞬く間にスターになった人間と、家族に次いで親しい存在』という価値。烏滸がましいとは思うが、本人さながらな重圧と形容したくなる。
「すっげぇなお前! え、連絡先とかも知ってんの? ツーショットとか撮ったことある?」
「仕事に集中しようぜ」
「えー、私も気になる! ていうか、認知してくれるよう言ってくれたりしない? お願い!! 私マジのファンなの! デビュー前から応援してたし!」
「……っ」
少し前までほとんど他人だったくせに、スターの幼馴染だと知った瞬間これだ。
そんな情報を知ってどうするんだ。仮初めの優越感でも得るつもりか? 飲み屋の席で人脈自慢する終わったおっさんにでもなるつもりなのか? それに女、そのセリフは聞き捨てならないぞ。デビュー前に応援していた少人数の中に、お前の顔は確実になかったぞ。
「っ……集中しようぜ」
捲し立てるように言い返そうとする魂を、どうにかこうにか抑えることができた。
我ながら偉い。既に厄介オタクに似たマインドになっている点を除けば、褒めちぎりたくなる素行だ。だってそうだろ? このちやほやじみた環境が、正しくないと知っているんだから。
薄っぺらい賞賛も透けて見える欲望も、俺に向けられたものじゃないと理解している。
だからこそ冷静に対応できる。厄介オタクなら厄介オタクなりに、できることもあるもんだ。
「……あ! 晴人くん? 晴人くんだよねっ?」
「え? あぁ、紗雪さん。久しぶりです」
同じ類の人間が来たかと一瞬警戒したが、よくよく見れば知った顔。
塩対応にもめげず粘っていた逆ナメクジのような輩も、客で知り合いの来訪には蜘蛛の子散らすように消えていった。何て丁度良いタイミングだ……やっぱりこの人はいつも頼りになる。昔の雨流流を一緒に推していた時からそうだった。
アイドルとしての心構えや必要な技術、効率的な練習方法など。
元アイドルとしての経験を出し惜しみなく伝授してくれて、雨流流の成長に大いに貢献してくれた。俺の次に雨流流を支えた人物と言っても差支えないだろう。この人となら存分に感動を分かち合える。あぁ、せめてバイト中じゃなかったらな。
「久しぶり。雨流流ちゃん、デビューしたね! しかも世界中で人気なんて……夢みたい」
「ですね! 最高のかたちで努力が報われて……昨日は号泣してました」
「あはは、私も! ティッシュ一箱使っちゃった!」
「ふふふ、俺は二箱ですよ」
他愛ない、されど愛に溢れた会話。
バイト中であることを察してか早々に切り上げてくれたが、スマホには『後で話そ!バイト頑張って!』としっかりメッセージが入っていた。うーむ、やはりちゃんとしている。そこはかとなく香る爽やかさ然り、健全かつ着実に育まれた愛情然り。これから爆発的に増えていくファンに飲み込まれようとも、あれだけ高みにいれば堂々としていられるだろうな。
尊敬の念を抱くと同時に、少し羨ましく感じてしまう。
……いやいや、俺も負けてはいないぞ。それに愛なんて比べるもんじゃない。自分の中で確固たる位置を築いていればそれでいいんだ。元より単位も何もないものを比べること自体、非常に馬鹿げた行為だしな。
「ん? 何か新たな通知が……」
『レコーディング終わった~!すんごい疲れた~……』17:30
『特大の労いを所望するよ~~~』17:30
バイト終わりの通知確認作業中、まるで狙ったかのように雨流流からのメッセージが届く。
いつものくせで速攻返信をしそうになるが、強い自制心を働かせて直前で踏み留まる。考えたんだ。距離を取らなきゃいけないなら、踏まなきゃいけない順序ってものがある。多分、それが〝これ〟だ。環境をいきなり変えたら反発も大きくなる。さながら、温度差で死ぬグッピーの如く。
「ってあ!! 既読付けちゃった!!!!」
はい、アホ。
踏み留まった意味がたった今無くなった。どうする。このまま返信を遅らせてたら既読無視だと思われてしまうだろう。そういう心無い距離は俺も求めてない。……よし、賭けよう。雨流流もまだ忙しいはずだ。再確認するまでの時間が一時間くらいだと仮定すれば、初期段階の距離として適切な返信時間になる。
それに仮定せずとも所詮、ただの幼馴染なんだ。
恋人と違ってそう何度も確認し直すこともないさ。
気楽に行こう。幼馴染らしく、駄目人間らしく。
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