【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】   作:しろとらだんちょー

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二か月あああああああああああああああ!!!!


偶像系アイドル 番外(上)

私はずっと、私以外の人に憧れていた。

 

 

確か、小学校のころだったと思う。

足が速い人を見たの。皆から持て囃されて、その人が話題に上がらない日はないくらい。ピアノが上手い人を見たの。拍手喝采をその一身に浴びて、頼られることがしょっちゅうだった。羨ましかったの。他より優れたものを持つ人が、それを如何なく発揮していることが。

 

私だって何か欲しかった。

何か特別なものを持ってるって、証明したかった。そのために絵を描いたの。根拠もない独創性を信じて、気取った線と色を重ねた。できた物は当然、ゴミ同然の落書きで。何気ない日常風景を描いた一枚が最優秀賞を飾っていた。それを誇らしげに掲げる人を、私はただ見るだけだった。

 

でも、でも諦めたくなかった。

だから泳いでみたの。金メダルが取れる気がしたから。勉強してみたの。順位表に載れる気がしたから。字を習って、そろばんを弾いて、英語で話して。全部頑張れば、何か一つでも誇れるようになる気がしたから。だけど、駄目だった。

 

不純な動機は成功に相応しくないと、この世界がそう決めている。

どんなに大きな種を植えても、腐った水と肥料じゃ何一つ実らなかった。努力不足も才能不足も分かってる。分かったうえで、やっぱり誰かに認めてほしい。小さくて非力に私には、たとえ空っぽでも肯定が必要だった。

 

『ほんと、あんたは何やってもダメね』

 

だって、それをくれる人がいなかったから。

お母さんは事あるごとに私を〝失敗作〟と罵って、お父さんはそんなお母さんに嫌気が差して逃げるように去っていった。『私も連れて行って』と頼んだけど、苦しそうに顔を歪めるばかりで手を引いては貰えなかった。私は一人、狭い世界に取り残されてしまった。

 

『あんた、何のために生まれてきたの?』

 

芳しくない結果を残すたび、正解のない問いを投げかけられた。

 

『調子に乗ってんじゃないわよ!!』

 

多少なりともマシな姿を見せても、〝当てつけ〟だと喚かれた。

 

『媚でも体でも売って稼いできなさいよ!! この役立たず!!』

 

現状維持にも意味を見出してもらえず、終わりのない人格否定が続いた。

 

痣と傷だけが残されて、他には何もない空っぽな私。

羨むばかりで何を与えない。悲しむばかりで笑顔を見せない。隠すばかりで話さない。そんな体たらくで愛され方を知らないから、それを誰かに埋めてもらうこともできない。

 

このまま漠然と、ただ死んでいくんだなって思ってた。

アイドルに出会うまでは。

 

≪みんなー!! 愛してるよー!!≫

 

津波のような声援を華奢な一身に浴びて、見上げた星々のような色光を向けられる。

数え切れない数の人間がその人だけを求めて集まって、その場を眩いばかりの感情だけで埋め尽くす。神様だと思った。荒い画面越しに見たその姿だけで、私は強烈なほど惹かれてしまった。

 

『勝手にして。もうあんたに何の期待もしてないから』

 

見返したかったわけじゃない。

ただこの世界に居続けることが、どうしようもなく苦痛だったから。逃げ出す動機が欲しかった。今度こそ誰かに認められたかった。あんな神様になれば、心の底から幸せになれると思っていた。

 

 

 

知っていたはずだったのに。

 

 

 

不純な動機じゃ夢は叶わないって。

 

「――また落選……」

 

多数の事務所に出願しては書類選考落ちの日々。

魅力、風格、経歴。足りないものを挙げたらキリがない。必死に培おうと藻掻いても、掴めるものは僅かな変化と冴えない現実だけ。足りないものを補うための要素が圧倒的に足りてなかった。

 

「むり、なのかな」

 

母親の言葉がフラッシュバックする。

自分は能無しで、出来損ないで、役立たずで。否定したくて目指したのに、肯定されたくて志したのに、これじゃ何も間違っていなかったことを、自ら証明しているようなものじゃないか。

 

「そんな……ことない。私ならやれる……!」

 

根拠のない自信を掲げては体を動かした。

立ち止まっていることは何より辛い。停滞感に一度吞まれてしまえば、抗うことができなくなる。それに体さえ動いていれば、余計なことを考えなくて済んだ。思考に回す酸素が少なくなるからだろう。思考停止の踊りなんて誰も魅了されやしないのに、私はバカの一つ覚えのように踊り続けた。

 

「…………落、選」

 

その先にあるものが、最も恐れていた停滞だと知らなかったから。

またフラッシュバックする。揺らぐ脳が知覚する現実よりよっぽど鮮明に、いつかの私を追体験する。狭い世界でも、脱した先の広い世界でも、変わらず私は必要とされていない。胃液が煮立って、脳が沸騰して、溶けて無くなりたいと体が叫んでいる。

 

あぁ、こんなことなら。

 

 

 

『あんたなんか、生まなきゃ良かった』

私なんか、生まれてこなきゃ良かった。

 

 

 

≪おい、大丈夫かよ≫

 

その叫びが、止まった気がした。

 

忘れもしない、高架下の再会。

ずっと昔に出会って以来、彼の存在を忘れていた。思い出してからも、幼馴染だという認識は未だに薄い。家こそ隣だったけど、幼い私には馴れ合う余裕もなかったから。きっと、それは向こうも同じだと思う。習い事を初めては辞め、媚び諂うことでしか関係を築けない私なんか、幼馴染と思いたくもなかっただろう。

 

それでも、彼は……晴人は私のことを助けてくれた。

アルバイトで稼いだお金を私の活動費に充ててくれて、人見知りだった私のために元アイドルの紗雪さんを講師として紹介してくれた。今見ればお粗末な出来のオリジナルソングも真摯に聴いてくれて、稚拙な自己流の振り付けにもちゃんと感想をくれた。

 

自分一人で成し遂げたいがあまりに無くなっていた余裕を、晴人くんは代わりに補ってくれた。

 

嬉しかった。ファンだと言ってくれて。

楽しかった。近くで応援してくれて。

心地良かった。『生きる理由だ!』なんて大袈裟に褒めてくれて。

 

晴人は私の欲しかったものを全部くれた。

だから返したかった。返さなきゃって思ったの。

 

晴人だけに特別な衣装を見せて。

晴人だけに特別な歌を歌って。

晴人だけに特別な席を用意して。

 

それで喜んでくれてると思ってた。

晴人にとって一番のアイドルが私だから、私にとっての一番も晴人なんだよって、遠回しに伝えたかった。でも、ダメだったみたい。距離を縮めようとしても遠ざかるばかりで、前まで当たり前だった優しい態度はどこかぎこちなくなっていった。

 

お金の無心とか、態度が一変した訳じゃない。

徐々に、バレないように少しずつ、晴人が単なる〝一ファン〟に変わっていく感じ。いつからだっけ、一緒に遊ばないようになったの。いつまでだっけ、アイドルじゃない私を見てくれていたの。

 

世界一のアイドルになって、晴人の特別になりたかったくせに。

一緒に切磋琢磨したあの日々こそが特別だったことに、何で気付けなかったんだろう。

 

何で、何で、なんで。

 

 

 

「――なんで、いなかったんだろ」

 

夢のようなライブが終わってすぐ。

舞台が暗転して私が去ったあとも、未だ観客席からは熱狂的な歓声が響いていた。会場案内が残っているスタッフさんは慌ただしく動いているけど、一方の私は面白いくらいに静かだ。どれだけ頑張っても晴人を見つけられなかったから。

 

遠い席だから見つけにくい。

そんなことは分かってる。だから今までにないほど目を凝らした。ファンの皆には悪いけど、多分歌よりも集中していたと思う。でも、見つけられなくて。最後の策で仲が良いスタッフさんにも確認してもらった。遠い席でファンサが難しい分だけ、何かできればと思ったから。だから意地でも見つけたかった。

 

でも、スタッフさんが教えてくれたのは晴人の場所じゃなくて。

 

『うーん……おそらくですけど、その人は席を取っていませんね』

 

メッセージで言っていた席に、晴人はいなかった。

嘘を吐かれたんだって、すぐに分かった。本当なら『何かの手違いかも』って思わなきゃいけないのに。咄嗟に、『あぁ嘘なんだ』って。心のどこかで、こう諦めていたのかもしれない。

 

【晴人は私を見ていない】

【晴人は私に光を見ていない】

 

既読が遅くなっても、遊ぶ頻度が少なくなっても、それでいいやって思ってた。

晴人は優しいから用事が多いの。優しいから忙しい私に配慮してくれるの。それ以外なんてない。優しいから、その優しさに何度でも救われてきたから、たとえ嘘を吐かれたって構わないって。そう思ってた。確かに思ってたの。

 

「なんで……?」

 

思ってたはずなのに、私はなぜか納得できない。

言ってくれたのに。ちゃんと行くって、言ってくれたのに。どれだけ嬉しかったと思う? モチベーションがどれだけ上がったと思う? 歌も踊りも表情管理も、完璧になるようにどれだけ頑張ったと思う? わかんないよね、だってどうでもいいもんね。見てくれないってことはそういうことでしょ。嘘吐いてまで誤魔化したかったんでしょ。

 

「違う、違うちがうの……」

 

こんな考えはよくない。

分かっているのに止まらない。ふとした拍子に湧き上がって、瞬く間に私の思考を支配する。心が二つあるのではなくて、一つの心が二つに割れようとしている感覚。私を求める歓声が邪魔な雑音に思えて、耳を塞ぎ込んではまた無駄に考える。こんなこと考えたって、何にもならないのに。

 

「大丈夫ですか、雨流流さん」

 

「っ、大丈夫です! ちょっと疲れと……ショックが」

 

「ライブ後ですからね。疲労で色々考えちゃうと思いますけど、幼馴染の方にも来られなかった理由があると思うので。あまり考え込まずに、とりあえず今は休んでください。送迎まで当分かかりそうですし」

 

「そう、ですよね。ありがとうございます」

 

スタッフさんの声であるべき思考に戻される。

そうだよ。来られなかったことにも、嘘を吐いたことにもちゃんと理由がある。それが私の感情にそぐわない理由だったとしても、晴人は中身のない行動をしたりしない。落ち着いて、アイドルとして振る舞って。スタッフさんにこんな姿、見せられるわけない。

 

「……すみません。一つ、お願いがあるんですけど」

 

分かっていながら、私は私のためにアイドル(わたし)を使う。

 

「――行き先を、いつもと変えてほしいんです」

 

何てことない小さな願い。

会いに行きたいだけだった。会場にいないのならきっと家にいるだろうから。必要ないって分かってても、晴人に直接あってファンサがしたかった。勘違いでもいい。思い違いでもいい。私の存在理由はまだこの世界にあるんだって、心の底から安堵したかった。

 

ねぇ、晴人。大好きなの。

 

車窓から差し込む夜光が恋心を呼び覚ます。

どれだけ離れても愛しくて、恋しくて、ふと気付けば考えてしまう。ときたま異常なまでに想ってしまうけど、逆に言えば私が正常であったことなんてない。晴人のおかげでまともなふりができるようになっただけなんだから。

 

ねぇ、晴人。大好きだよ。

 

頬に当たる冷ややかな風が恋心を昂らせる。

閑散とした街にも晴人の気配があって、何気ない道ですら特別に感じた。一歩、また一歩踏み締めるたびに心臓が呼応して、感情と入り混じった血液が体中を巡り火照る。息苦しい、だけど堪らなく心地良い。風では到底冷ましきれない熱が、何かの始まりを告げている気がしてならなかった。

 

ねぇ、晴人は、私のこと――――

 

最高潮まで至った恋心は、ついに行き先を見つけた。

晴人がいたの。私と同じくらい楽しそうで、私と同じくらい嬉しそうで、幸福が混じった白い息を贈るみたいに吐き出していた。ただ、ただその白い息は。

 

一つじゃなくて。

 

一人じゃなくて。

 

「――紗雪、さん……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けば、私は晴人の首に手をかけていた。




感想・評価オナシャスセンセンシャル!


納得いかなかったので大幅推敲しました。(2024/12/07 21:14)
話のオチや展開に変更はないです。
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