【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】   作:しろとらだんちょー

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あどうも
去年ぶりですね

ショートコント、『土下座』


偶像系アイドル 番外(中)

これはちょっと昔の、まだアイドルを追いかけることを馬鹿だと思っていた頃の話。

 

何事にもやる気がない時期だった。

ちょうど大学受験が終わったことが大きいんだろう。所謂、燃え尽き症候群。全てのエネルギーを使い切って、付属品のような時間を気だるく過ごす日々。端的に言えば楽しくなかった。人生という大きな尺度で計ったときに、必要ないと言い切れてしまう時間が、途轍もなく嫌いだった。

 

だから何でもいい、刺激が欲しかった。

本来ならば勉学に励むべきなんだろう。だがそれは当時の俺に言うにはあまりにも酷だ。やっとこさ解放されたというのに、『入学後を見据えてまた机に向かえ』なんて、そんな節制が脳内決議で通るわけがない。

 

ゆえに刺激だ。

兎にも角にも刺激。とは言っても道を踏み外すようなことはしない。何事も適度に、充足感が満たされるよう。例えばゲーセンだ。眩むほどあちこちが光って、所狭しと人がいる。あれほど分かりやすい非日常感はないだろう。

 

だが案の定か、物足りなかった。

元々入り浸っていたわけでもないんだ。耳にも目にも悪く、逐一金を払う娯楽など誰が嵌まれるというのか。強い言葉で言えばつまらなかった。まぁテーマパークの類だし、一人で行った当然の帰結だったのかもしれない。

 

映画館にも行ってみた。

何せフィクションは刺激の代表例だ。ちゃんとした作品さえ選び続ければ、いずれ退屈も去っていく。しかしこれは一般論だ。ある種の“尖り”を持っていた俺にとって、それが必ずしも当て嵌まるとは限らない。否、遠回しな言い方はやめよう。当て嵌まらなかったんだ。いくら高尚な創作でも、くだらない突き詰め方をすれば他人事だ。どこかの誰かが大層な方法で救われて、で? 俺には何の関係がある?

 

現実感がなかった。

ヒリつくような、あるいは包まれるようなあの“肌感”が。我ながら贅沢者というか、選り好みの激しいタイプだと自覚している。死活問題だと両手を広げて求めていながら、抱擁してきたそれを『そぐわない』と一蹴する。コンテンツに意思があるなら、まず間違いなくクズだと罵られていることだろう。

 

ならばどうすればいいのか。

派手なことはできない。けれども地味なことは嫌いだ。中途半端な欲とプライドが本来多岐に渡るはずの選択肢を阻害して、身動きの取れない状況を作り出している。苦しかった。窮屈とはまた違う、閉塞的な感覚。何でもよかったんだ。突き詰めれば単なる暇つぶしだったから。

 

この嫌になる停滞感さえなくなれば、何だってよかった。

 

だから、高架下で泣き叫ぶ雨流流を見つけたとき、誇張など一切なく運命だと思った。

より適した表現をするならば天命。瞬時に立った鳥肌にすら意味を見出して、“退屈が覆る予感”が俺の体を引っ張るように動かした。

 

「おい、大丈夫かよ」

 

「……あ、あ、はる、と……」

 

するとどうだろうか。

聞けば雨流流はアイドルを目指していて、深い深い挫折の最中にいると。背筋に電撃が走ったよ。これこそがまさに、俺の追い求めていた非日常ではないか。アイドルを応援するような輩は嫌いだが、アイドル自体は別に嫌いじゃない。手を貸すことに対して、何一つも忌避感はなかった。

 

むしろやる気さえある。

新たな才覚を発見できる可能性や、既知の能力で敏腕具合を再確認できる良い機会だから。それに、どうせ暇つぶしだ。成功すれば美味しい物でも食べられるし、失敗しても何食わぬ顔で退散すればいい。雨流流もそこまで俺に期待していないだろうしな。

 

気楽にいこう。

刺激を慢性的に求め続けるより、あるいは意味あることを熱心に追い続けるより、その方がずっと俺らしい。入れ込みすぎることなく、ほどほどに楽しもうじゃないか。

 

「え、全部独学でやってんの……?」

 

「うん、教えてくれる人もいないし。いたとしても、払えるお金がないから」

 

「それでその完成度なのか……」

 

だが現実は思っていたより残酷だった。

アイドルとしての出来の良し悪しではない。逆だ。逆に雨流流には才能が溢れすぎていた。魅せることに特化した踊りの数々、思わず聞き惚れてしまう歌声、言わずもがなのルックス。これを不味く料理しようものなら、それこそ天罰が下るのではないかと疑ってしまうほど。

 

これを残酷と言わずして、どう形容できるというのか。

神は告げているんだ。『暇つぶしなどではない。人生を捧げろ。命を懸けろ』と。我ながら、とんでもないものに手を出してしまったものだ。薬より、賭博より、よほどリスキーで刺激的じゃないか。

 

「ほら、この人が今日から教えてくれる講師の紗雪さん」

 

「えっ、えっ、でも、お金ない……」

 

「俺が払うに決まってるだろ。元アイドルらしいから、ノウハウ全部奪っちまえ!」

 

「あはは……よろしくね、雨流流ちゃん」

 

だから何事も本気でやった。

目的もなく溜めてきた金を惜しみなく使って、頭を下げることも厭わなかった。元より、プライドらしいプライドもなかったんだ。この程度、蔑ろにして好転するのなら望むところというもの。『大学が始まるまで』という前提もすっかり忘れ、始まってからもプロデュースの真似事に傾倒した。

 

結果が如実に現れたのは、SNS活動に手を伸ばしてからだった。

若者向けに作られた、短期的快楽に特化したサブカルなSNS。腰を据えて見るような動画媒体とは異なり手軽で、非常にフラットな気持ちで新たなコンテンツに触れることができる。これが見事なまでに雨流流の魅力を映えさせた。

 

「おお、100いいね超えたぞ!」

 

「すごいじゃん雨流流ちゃん!」

 

「えへへ……」

 

数十秒という制約の中でも不自由を感じさせず、逆に飾らぬ躍動が見た者に自由を感じさせた。

実際、コメント欄は持て囃すような意見ばかり。ときたま嫉妬から来るくだらないものもあったが、いとも容易く埋もれてしまうほど賞賛の声が圧倒的だった。

 

アイドルとしての雨流流は優れている。

単なる自己肯定感などではない。他を巻き込んだ認識が着実に広がり、そして影響を与えている。心地よかった。まるで自分のことのような喜びが全身を駆け抜けて、今まさに報われ始めているのだと言われているみたいだった。

 

雨流流がスカウトされたときなんか特にそうだ。

四方八方で天使がファンファーレを奏でているあの感覚。

ようやく実ったのだと、肩を寄せ合い号泣したものだ。

 

「雨流流ならきっとやれる! 事務所に入ってからも頑張れよ!」

 

「頑張ってね!」

 

「うん、行ってきます!」

 

出会った頃よりずっと頼もしい背中を見送った。

最初は暇つぶしだったはずなのに、気付けば本気で涙を流して喜んでいる。ずっと、この感動が続くと思っていた。いや、続くどころか更に上回っていくものだと、心の底から思っていた。思い込んでいた。

 

ましてや、壊れるだなんて。微塵も思っていなかった。

◇◇◇

 

「クッソ!! 何でかかんねぇんだよ!!」

 

先程から無機質な音ばかりを流す、役立たずのスマホをベッドに強く投げつける。

『せめて壊さないように』と、冷静でも気取ったつもりか。あぁ、腹が立つ。テレビに映し出された“引退”という単なる文字でさえ、俺の精神を嫌に逆なでする。頭に溜まった血液の熱さのすべてが、俺の思考を象徴している。俺の思考面を、ふりをしている。

 

引退、引退、引退?

そんなこと、あっていいわけない。いいわけがないんだ。ここからなんだぞ。ここから世界に羽ばたいて、旅立って、それでようやくあいつは報われたことになるんだ。一回成功したくらいで、もう怖気づいてしまったのか。そんな、そんなわけが。

 

「そうだ、紗雪さんに……っ!」

 

火照るばかりで鈍間な俺の頭が、ようやくまともなことを考え付いた。

投げつけたスマホを拾い上げて、上から二番目にある連絡先に電話をかける。紗雪さんなら、きっと紗雪さんなら何か知っている。紗雪さんは俺なんかよりずっと賢いんだ。それに同性だし、俺より雨流流と仲が良い時期もあった。

 

もしかしたら何か相談を受けていたかもしれない。

俺抜きで既に話が進んでいて、後々連絡する予定だったのかもしれない。

そんな推測とは名ばかりの淡い期待を胸に、焦燥と絶望を懸命に騙しながら電話口で待った。

 

『……晴人くん、どうしたの』

 

「あっ、よかった! 紗雪さん、あの、雨流流が引退するって……」

 

『やっぱり、そうなんだ』

 

「え……?」

 

だが繋がった先にいた紗雪さんは、俺が思い描いていたような人物じゃなくて。

いかにも憔悴しきった声色で、生気のない言葉を吐いている。紗雪さんにとっても他人事じゃないはずなのに、あれほど応援していたはずなのに、『やっぱり』なんて言葉で終わらせていいわけがない。あまりにもふざけてる。あぁいっそのこと、そのままぶつけてしまおうか。

 

いや、待て。

『やっぱり』ってどういうことだ。その言い草はまるで、雨流流が引退することを予期できていたみたいじゃないか。俺の推測通り、あるいは期待通り、雨流流から直接話を聞いていたんじゃないか?

 

「何か雨流流から言われてたんですか!?」

 

『……うん、言われたね』

 

「何で俺に……っ……いや、一体何を言われたんですか?」

 

『……色々と、ね』

 

曖昧に濁すばかりだ。

捉えどころのない反応を見せるだけで、素直に答える気は毛頭ないらしい。頼った俺が馬鹿だったのか? いや、そんなことはない。理由があるはずだ。少しは血の気を抑えて考えてみろ。言えないこと、言いにくいこと、そんな事情を慮れないほど俺は馬鹿じゃない。

 

「分かりました。言えないならいいです。ただ雨流流がどこにいるかだけでも知りませんか? さっきから連絡が取れなくて、少し話がしたいんです」

 

届かないものに手を伸ばしたところで、得られるものは虚しさばかり。

端から諦めてしまえばいいのだ。負の感情から生まれた原動力(エネルギー)など、どうせ長くは続かないのだから。叶わないものを追うよりも、より近くにある確かなものを求めればいい。この情報さえ秘匿を強いられていたとしたらもうお手上げだが。

 

『……大丈夫だよ。何なら向かってるんじゃないかな。晴人くんに会いに』

 

「え?」

 

『ごめんね。私、雨流流ちゃんに言われたの。晴人くんとはもう関わらないでって。理由とかも、聞いてみたんだけどね? でも答えてくれなくて……』

 

その言葉に、思わず息を呑んだ。

先程までの猛るような感情が、すべて嘘であるかのように冷たく振る舞う。否定など入り込む隙などなく、完璧なほど辻褄が合ってしまったからだ。欠けたピースが嵌まる感覚が、確かに体中を駆け巡ってしまったからだ。

 

「それって、じゃあ、つまり」

 

雨流流は、俺のことが、嫌い。

脳内で鮮明に言葉を模った。途端だ。ふと死を錯覚してしまう、酷い風邪に襲われたときに似た感覚が襲ってくる。吐き気、倦怠感、悪寒、発熱。“呪い”というイメージが最も近しく、ゆえに抗いがたい絶望と閉塞感がどこまでも付き纏ってくる。

 

『……うん』

 

心のどこかで驕っていたのかもしれない。

俺が彼女から距離を取ろうとも、彼女からの思いは変わらないと。矛盾していたんだ。ただのファンになりたいと願っていながら、彼女の中では揺るがない存在でいてほしかった。でも、俺からしてみれば不誠実でいたわけじゃない。最初から本心は二つあったんだ。

 

彼女と切磋琢磨した日々を忘れたくなくて。

でも彼女の邪魔をするぐらいなら忘れたくて。

忘れてほしくて。

 

『こんなこと押し付けちゃって、ごめんね』

 

だからわざとらしく行動を起こして、言うことの聞かない頭を騙そうとしたんだ。

その先にあるものが輝かしい未来などではない、停滞よりも救いようのない絶望だと知っていながら。俺はそれでも選んだんだ。楽だったから。晴れて解決したわけでもない醜さと、向き合いたくなかったから。

 

ただ、綺麗なふりをしたかったんだ。

彼女の隣にいても、消えたくなくなるように。

 

『――お幸せに』

 

紗雪さんはそう言い残して、電話はプツリと切れた。

それを合図に、一気に現実に引き戻される。目立つ音のせいもあった。だが、さながらジェットコースターのような緩急を見せる感情もまた、要因の一つとして数えられるだろう。『お幸せに』という言葉。最初は単なる皮肉だと思った。

 

“ピンポーン”

 

しかし、高鳴る胸がそれを受け入れまいとしている。

皮肉ではなく、言葉通りに受け取るとしたら。自分の世界に閉じこもり、深く考えなかった『押し付ける』という言葉を再考するとしたら。このインターホンが、『向かっている』という情報を反映したものだとしたら。

 

違う。違う。違う。

俺はまた都合の良いように考えている。そうなってほしいだけだ。

この扉にいる人間が、その人間の感情が、俺の思い描くものだと身の程知らずに願っているだけだ。

 

「あけて」

 

だがその予想に反して聞こえてきた、やけに聞き覚えのある声に心臓が大きく跳ねる。

高鳴るどころの騒ぎじゃない。世界が一瞬止まって見えるほど、強烈な衝撃が迸った。




次の話の投稿はまじではやいです
なぜなら話数に猶予がないと思って刻まずに1万弱文字を書いていたので(アホ)
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