【急募】ヤンデレな彼女と別れる方法【助けて】 作:しろとらだんちょー
「……う、るる?」
「うん、そうだよ。だからあけて」
紗雪さんと同じだ。
覇気のない、命すら宿っていないのではと錯覚してしまう声。どんなときも明るく元気で、笑顔ばかりが目立つアイドルなのに。そうであるはずなのに。まるで雑に模倣したような、人間のふりをしている化け物をどうしても想像してしまう。
「ねぇ、あけて」
「あ、あぁ。今開ける……」
鍵に伸ばす手が震える。
恐れているのか。普通に考えて、人を真似る化け物なんていないんだ。雨流流であることは変わらないんだぞ。分かっている。のに、やはり震える。いつもと様子が違うだけで、こうも鳩尾から震え上がるものなのか。
「……はると」
扉を開けた先には雨流流が立っていた。
対峙してなお、恐ろしい。そんな感情の渦中でも、先程の言葉の意味を考えていた。『押し付ける』という表現を選んだ理由。わざわざ選ぶにしては少し棘のある、言ってしまえば不自然な語彙だ。今回の事柄がまさか、面倒ごとだとでも言いたいのか。恣意的な解釈を避けようにも、荒の残る言葉が明確に足を引っ張っている。
「ごめんね。はると、ごめんね」
雨流流は伏し目がちに謝罪を口にした。
謝られることなど、何一つもないというのに。感じる必要のない負い目に苛まれているのだろうか。もちろん相談の一つでもしてくれれば、また違う道を示せたかもしれないが。それもすべてたらればだ。雨流流が信じて選んだ道に、俺みたいな存在がケチを付けられるはずもない。
いや、一つだけ。
一つだけ言わせてほしいことがある。
どうしても聞きたいことが。
「……アイドル、楽しかったか?」
せめて、悔いだけは。
清々しく、未練を持たず歩んでほしいから。
「……わけ、ない……」
でも、返ってきた言葉は。
「楽しかったわけ、ないじゃん」
清々しさとは程遠い、ドロドロと濁ったもので。
「そりゃ、最初は、楽しかったかもしれないよ。たくさんファンだってできたし、子供の頃に憧れた姿そのものになれたと思うよ。でも、じゃあ、晴人は何をしてたの? 私がアイドルになって、晴人はずっとどう思ってたの?」
俯いたまま語られる、怨嗟を込めた声。
腹の底から響くその声は、地面を介してなお俺の身を貫かんばかりに揺さぶる。
「何とも思ってないんだよね? だって、嘘ついてまで、私のライブに来なかったから。知ってるんだよ。探したんだよ。見つけられなかったんだよ。ずっと最前列で応援してるふりして、本当は見てもいなかったこと、私分かってるんだよ」
弁明しようと口を動かしても、掠れた空気が出ていくばかり。
言語野が奪われたみたいだ。泳げない子供が激流の川を藻掻くように、一言たりとも形にできない。いや、この思考すらまともに形になっていないというのに、どうして言葉にできようか。徐々に上がってくる雨流流の表情を、一挙手一投足を、ただ見守るしかできなかった。
「大好きだったの。ファンの皆も、スタッフさんたちも、紗雪さんも、晴人も。全部大切で、かけがえのないものだったの。『きっとこれからも傍にあるんだろうなぁ』って、勝手に思ってて。仮にどれか一つ欠けたとしても、他のものが補って支えてくれるって思ってたの」
薄氷の上に成り立った幸福。
これは雨流流だけじゃない。俺もそうだし、他の人間すべても例外なく同じだ。この先も不変であり続けるという根拠のない自信を頼りにして、浪費するように日々を歩んでいる。だから必要以上に強い自覚が必要なんだ。たとえ今の幸せが無くなったとしても、また前を向いてやり直せるように。
それだけで言うのなら、雨流流は正しい思考を以て生きていたんだろう。
ファンにしろ、スタッフにしろ、俺らにしろ。欠けたことに固執せず、すぐに穴を埋めて、普段通り振る舞うよう心がけていたんだ。でもこの口ぶりからして、おそらく雨流流は。
「――駄目だった」
独り言のようだった。
訴えかける様相から一転、零すあるいは落とすような一言。あらゆるものに対する底なしの冷たさと諦観が透けて見えて、あまりの豹変に身震いをしてしまう。
「晴人がいなきゃ駄目だった」
一歩、近付いてきた。
土足だ。だがとても指摘できるような雰囲気じゃない。
「晴人がいないアイドル人生に、意味なんてなかったの」
また一歩。
踏み締めるようだ。何かを覚悟していることが分かる。
「ねぇ、晴人」
気付けば眼前にまで迫っていた。
互いの呼吸がぶつかるほどの距離で、初めて雨流流に触れた気がした。単なる体の接触ではなく、魂ごと触れたような感覚。あぁ、不思議だ。首に手をかけられている現実を、何故そこまで曲解できるのだろう。徐々に強まってくるこの苦しみさえ、何かの罰だと信じたくて仕方がない。
「――なんで、私のこと見てくれなかったの?」
そんな俺でさえ、雨流流はまっすぐに見ていた。
今すぐに消え去りたいだけの俺を。
◇◇◇
「――なんで、私のこと見てくれなかったの?」
気付けば、私は晴人の首に手をかけていた。
唾を飲み込む動きが手に伝わって、それだけで私がどう見られているか分かる。怖いんだろうな。苦しいんだろうな。きっと、夢にも思ってなかったんだろうな。涙と鼻水でびちょびちょに汚れて、面影もなくなった私に襲われるなんて。
「ねぇ、なんで?」
消え入りそうな声で晴人に問いかける。
納得する答えが返ってくるとは思ってない。本当のことを言ってくれるとも。ただ、私は私を見てほしい。息を継ごうと必死に言葉を繰るこの時間だけは、晴人が私で満たされているはずだから。
「っ、は……話し合えば、わかる。今はっ、混乱してるだけだ。落ち着いて、深呼吸して、考えよう。こんなこと、間違ってる」
「……それが、理由? 私が間違ってるから見てくれなかったの? 深呼吸したら見てくれる? ずっと考えてたらいいの? 私、混乱なんかしてない。晴人が好きなだけなのに、私の何が間違ってるの?」
「待ってくれ、違う……っ!!」
「いいんだよ。晴人が言うならきっとそうなの」
何が間違っているかなんて、聞き返さなくても分かってる。
あまりにも輝かしくて、眩くて、窮屈な世界からアイドルという光を見たのに。いざ自分が光になった途端、その輝きが失われた気がしてならなかった。たくさんの人を平等に照らして、幸せにしたいという思いは、晴人がいないだけで陳腐なモノに成り下がった。なんて我が儘で、自分勝手で、傲慢で。
「私ね、頭がおかしいの」
「っ……!?」
「あんなにアイドルになりたかったのに、あれだけ努力してなれたのに、たった一つ上手くいかないだけで捨てられちゃう。晴人に見られてないだけで、何の意味もないって思っちゃうの」
「意味なんて、っ、世界で一番にもなれたのに……っ!!」
「変わらないよ。私が世界で一番になったとしても、そこに晴人がいなかったらダメなの。私にとっての光はもう……アイドルじゃなくて、晴人だから」
これ以上ない愛の告白。
状況さえ違えば、結ばれる未来もあっただろうな。でも、もう遅い。繋ぎ合うはずの手は首に、向かい合うはずの顔は伏せて、ただ手放したくないと力を籠める。好きだよ、好きだよ。ごめんね、ごめんね。私にもっと魅力があれば、もっと別の方法で夢中にさせられたのに。
「待って、ぁ、話を……っ」
「もう少しだけこうさせて……ね。お願い、最後のお願いだから……」
晴人が苦しむ顔は嫌い。
でも、私のことだけ考えてくれるこの瞬間は好き。
「雨流、流」
「ごめんね、晴人」
名前を呼ばれただけでうれしい。
ずっとこうしていたいな。相思相愛みたい。
「う、るる……」
「ごめんね……?」
でも駄目なの。
苦しむ分だけ思ったとしても、真に私を想っている心には程遠いから。だから終わり。殺して、私も死んで、それで終わり。嫌われるかな。恨まれるかな。呪われるかな。大丈夫、全部本望だ。これでどんな関係になろうとも、晴人が私を見ているだけで、私はきっと幸せだろうから。
大好きだよ、愛してるよ。
私の人生、晴人だけだったよ。
絞める力を最大限に強める。
殺すために力むこの時間だけが切り取られ、引き延ばされ、さながら永遠のような感覚だけが私を満たしている。終わりでいいのに。早く終わって、鎖されて、光も何も届かない場所へ行きたいのに。まるで今から始まると言わんばかりに、同じ景色を繰り返す。
その途中で、晴人が確かに。
「――――」
何かを。
何かを、話した気がした。
「――だ」
勘違いじゃない。
晴人が私に向かって、何か伝えている。
一体、何を。何を言いたいの。
何でもいいよ。
でも、できれば心に残らない言葉であってほしいな。
「好き、だ」
「…………えっ?」
そんな我が儘な私にはそぐわない言葉。
包み始めていた闇はあっという間に退いて、私の世界はまた輝き始めた。
◇◇◇
その場しのぎなんかじゃない、心からの告白。
別に死んだって良かったんだ。ただ雨流流の手は汚したくなかった。アイドルを終わらせて、あまつさえ雨流流そのものを終わらせるなんて、許されていいはずがないから。だから止めたくて、伝えたくて、偶然合致した意思を統合した結果が今のこれだ。
「え、え、え?」
雨流流は面食らって止まっている。
少なくとも止めることについては成功しているみたいだが、ここからどうするかは一切決まっていない。さて、どうしたものか。息苦しさなどのデバフも特に食らってないし、何でもできる状態ではあるけど……
「雨流流?」
「え、あえ、すきって、え」
「駄目だこりゃ」
対して雨流流側は何もできない状態になってしまっている。
外側からの情報が遮断されている以上、打つ手なしで詰みだ。せめて一方通行でも意思疎通が可能なら光明が見えただろうに、果たして時間の流れでしかもう解決できないのか。
いや、違うな。
「んむっ……!?」
言葉がどれだけ届かなくても、肌に直に感じる“これ”は遠ざけようもないだろ。
どうせ死んでもいい心持ちなんだ。この後いくら拒絶されようと嫌悪されようと、身投げ一回で済む話。それより雨流流を救わねば。身の丈に合わない、背伸びした願望だろうと関係ない。我が儘でいいんだ。俺の我が儘でいいから、どうかまだ終わらないでくれ。
「ん、んむぅ……♡ んぅっ……♡」
よし。反応を見る限り、意識が戻ってきたみたいだ。
罵倒も覚悟の上、暴力だって上等だ。たとえたった今の愚行にそぐわない言動だったとしても、もう一回。正しく伝わるまで、雨流流に語りかけ続けろ。
「っはぁ。なぁ、雨流流。聞いてくれるか」
「うん、うん……♡ なぁに……?」
「俺、お前のことが好きなんだ。いつからかは覚えてないし、どこがどう好きかとかもあんまり言えないけど。でもちゃんと好きで、それは嘘じゃないって言える」
言語化が苦手なのは雨流流も知っていることだ。
だから“こう”なってしまっているわけだし。相手の気持ちを決めつけたり、そのために本意や感情をひた隠したり、そういうタイプの馬鹿なんだよ俺は。許してくれって言うわけじゃないが、都合よく聞こえる俺の言葉はどうか信じてほしい。
「本当に大好きだったんだ。アイドルのお前も、アイドルじゃないお前も、ずっと一番に大切で。何より大切だったから、大切にするほど綺麗に輝いていたから、『俺なんていなくてもそのままなんじゃないか』って勝手に思ってたんだ」
「……うん」
「たくさんの人に応援されて、遠い存在になって、それでも俺がそんな雨流流の特別を主張するなんて駄目だと思ってたから。……離れ、たんだ。ほんっ、とは、離れたくなかったのにっ。自分に嘘吐いてまで、やって……でも結局、うるる、にはっ。迷惑……かけてばかりでぇ」
あぁ、クソ。泣くつもりはなかったのに。
だって醜いし、ずるいだろ。傍観者がいるわけじゃないが、泣いた側が被害者に見えてしまう現象は当事者間でも変わらない。負い目を作らせたくなかった。雨流流が悪かったことは一回もないのに、これから話す言葉に重さが生まれてしまうなんて、きっと酷だろうから。
「そんなこと、ないよ」
「違うんだ。俺がっ、ぜん、全部悪くて」
それでも、言い切らなきゃいけない。
涙と鼻水で汚れた表情だろうと、伝えたい感情まで濁ってはいないから。
「悪いのは、俺なのにっ!! 一丁前に悟って、分かってるふりして、勘違いしてたんだ!!」
「晴人……」
「ごめん、ごめん。本当に、ごめんなさい……っ!!」
吐くだけ吐いておいて、随分と安い謝罪になったものだ。
伊達で下げてきた頭に期待など更々抱いていなかったが、ここまで誠意を表すことができないとは。申し訳ない。申し訳ないという気持ちを伝えきれないことが、申し訳ない。
ただひたすらに地べたを這うことでしか、謝罪を全うできないなんて。
「……晴人、私ね。私もね。晴人のことが好きなの」
厳しく責め立てる俺の心中とは裏腹に、雨流流は背中を優しく撫でる。
抱擁だと錯覚してしまうほどに優しく、温かい手の感触がじんわりと伝わってくる。
「本当に、晴人が想像も付かないぐらい大好きだったの。だから恩返しがしたかったの。晴人は凄いんだよって、人気になって皆に伝えたかった」
しなやかに伝う指先の、その爪の形までが慈愛に満ちている。
俺の情けない呼吸に合わせてそっと、されど確かに撫でてくれた。決して言葉だけでなく、心そのものが今ここにあるのだと、安心させてくれているようだった。
「でもね、上手くいかなかったみたい。私がどれだけ凄くなっても、晴人はこれっぽっちも幸せにならなかった。たとえそこに幸せがあったとしても、それは私の知らない幸せで、“私と”のものじゃなかった」
だけど、それだけじゃない。
寂しさも侘しさも、人並み以上に詰まっている。無垢なる愛だけでできていたら、今ここに涙なんかあるわけない。苦しんでいるんだ。蹲る俺を慰める余裕だって、本当は――。
「それでね、拗ねちゃったの。馬鹿みたいでしょ? こんな年齢にもなって、数え切れない人たちに応援されてたのに。私、やっぱり、何もできないんだ。何も、何一つだって叶えられない……っ!?」
皮肉るように笑う雨流流を、初めて真正面から見た。
ビックリするほど驚いている。そりゃそうだろうな。泣き腫らした顔なんて見せたことなかったから。本当は今だって見せたくはないけど、向き合わなきゃ終わらない。そう、終わらせるんだ。もう一度前を向き直せるような、また新たな章が始まるような、素敵で輝かしい終わりに。
「ぞんなごとないっ!!」
「ぁ……」
我ながら聞いていられないガラガラな声だ。
雨流流にはちゃんと聞こえてるだろうか。届いているだろうか。確認する暇も余裕もなく、息も絶え絶えに、半ば叫ぶように言葉を紡ぐ。
「俺は憧れたんだっ!! それぐらい雨流流のアイドル姿は圧巻だった!! 雨流流が歌えば一万人が笑顔になって、雨流流が踊れば一億人が幸せになる!! 史上最高のアイドルなんだよっ!! 俺がっ、俺が保証する!! だからもう一度、誰かのために歌ってくれないかっ!!」
「……私、でも、辞めるって」
「そんなもん、いくらでも覆していいんだよ!! 好きなだけ休んで、その後また何食わぬ顔で復帰すればいい!! それで来るようなくだらない批判はぜんっぶ俺に投げていいんだ!!」
「できないよ、だって、だって私……」
理想と現実の狭間で揺れていることが見て取れる。
ならば押すまでだ。嘘なんて一つも吐いてない。あますことなく本当で、うるさいくらい真実だ。雨流流の怯える表情も、竦む体も、元より丸ごと受け入れて、脇目も振らせず手を引いたことがかつてあっただろう? もう一度だ、もう一度あの勇気を、今度は打算など微塵もないままで。純粋な気持ちのままで。
「――お前は、アイドルになれるんだ!!」
ありのままで、雨流流に伝えた。
揺蕩う静寂は何よりも熱く、いつもは沸々と湧いてくる冷たい現実さえ介在できない。羞恥や自己嫌悪はかなぐり捨てて、猛る魂を省みることなくそのままぶつけたからだ。我武者羅だったため感触の良し悪しはどちらもないが、響くかどうかはとうに決まったようなもの。だって、雨流流は。
「…………うんっ!」
太陽のような明るさも、月のような淑やかさも兼ね備えた、生粋のアイドルなんだから。
◇◇◇
結局、雨流流の一連の騒動は“活動休止”として一旦の幕を閉じた。
理由の説明に関しては『整い次第追って報告』となっているが、そこらへんは事務所が上手い具合にやるだろう。本人の口からも事情を話していることだし。そういうデリケートな部分はいちファンとして立ち入るべきじゃない……いや、こういう考え方が良くないんだろうな。現に今回の件は驕るまでも無く当事者なんだから、それ相応の自覚を持つべきだ。すぐには変われないな、俺も。
『記者会見はだいぶあとにしてくれるってさ』11:47
『なんか皆優しくて逆に泣きそう(´;ω;`)』11:48
今しがた送られてきたメッセージを見て、改めて世界的スターとは思えない距離感だと笑う。今度は卑下してるわけでも過小評価してるわけでもない。単純に、世界的スターと記者会見だのと話している今の状況が、面白くなってしまっただけのこと。乱立された関連記事の一つを読んでいたから、余計にそう思うんだろうな。
既読『泣くなら家で泣けよ! お前が泣いたらとんでもない人だかりができる』
メッセージを返すのに、逐一時間を置くこともない。
なんて楽なんだ。むしろ距離を取ろうと躍起になっていたことが馬鹿らしい。
『わかった(´;ω;`)』11:49
『帰ったら晴人の胸で泣いてもいいかな……?笑』11:49
うーむしかし、雨流流も甘え上手になったものだ。
お互い隠すことをやめて本音で話し合うよう定めたとはいえ、こうも露骨に距離を詰めてくると、世界的スター以前に異性として気まずくなってしまう。いや、無理矢理キスした俺が言えることではまったくないが。ちなみに、キスの件は即裁判沙汰になるかと思いきや、不問としたうえで『責任、取ってくれると嬉しいな?』というスタンスだそうだ。
偶像崇拝のアイドルでは飽き足らず、実際に神となって崇拝されようとしているのだろうか。
そう疑わざるを得ないほど、器が広く慈愛に満ちている。告白の件もおおむね受理されて、今は内密な恋人として振る舞いつつも、時がくれば公表するそうだ。何だろう、“我が身が滅びようと救ってみせる!”と奮起していたが、実際のところ救われたのはかなり俺の方だ。
いや、ここで折れてなるものか。
ここからが重要なんだ。しっかりとした休養を万全にサポートして、いざ活動復帰するとなったときは全身全霊を以て応援する。決意するだけでなく、その安心感をきちんと伝える努力も怠らない。間違えることも今後あるだろうが、それでも雨流流を悲しませることは絶対にないと言い切れるだろう。
既読『おうよ! どんとこい!』
ただ、不安要素も多々残っている。
例えば紗雪さんとの関係だ。精神的に不安定な状態だったとはいえ、雨流流がこっぴどく拒絶してしまったことは事実。俺としては仲を取り持って、また前みたいな関係に戻したいのだが……肝心の紗雪さんはそれを望んでいないようだ。とはいっても、何もすべてを否定してるわけじゃない。
『嫌いってわけじゃないの。ちゃんと応援してるし、活動休止に留まったことはすごく嬉しい』10:25
『でも前の関係に戻っちゃうと、また邪魔しちゃうんじゃないかって怖いの』10:26
『だから少し考えさせて。おねがい』10:26
切実なメッセージから、痛いほど心情が読み取れる。
雨流流も謝りたいと言っているが、果たしてそれが最善の行動なのか考えたときに、100%頷けるものじゃない。だから今は紗雪さんの言う通り、今は考える時期なのだと思う。心身ともに休みながら、少しずつ生まれてくる余裕を割いて、してしまったことを真正面から考える。そんな時期なんだ。
「おーい! 晴人!」
「う、雨流流!? え、ま、まだ事務所のはずじゃ」
「えへへ、ちょっとしたサプラーイズ! 一緒に帰ろ!」
その休養と成長のバランスを崩さないために俺がいる。
また導いてやるんだ。気を抜き過ぎず、かといって気を張ることもない、限りなく正しい道と未来まで。
「……ねぇ、晴人」
「どうした?」
「もう、離さないから。もう、離さないでね」
胸元にガッチリと固定された腕には、雨流流の僅かな震えまでが伝わってくる。
後悔、不安、恐怖。数多の感情の波に揉まれ、今すぐにも押し潰されそうなのだろう。導く、と仰々しく言ったのはこれもあるのだ。時折寄せては返すその感情に呑まれないために、鉾となり盾となり、あるいは船となり浮き輪となり、変わらず傍で見守り続ける。
「大丈夫、ずっと
今度こそ、光を失わないように。
正真正銘ハッピーエンド
このお話完結まで1年3か月かかってるってマジ?
【晴人】
今回のクソボケアホ主人公枠
暇という飢饉の時代を乗り切るために、終わりかけの人間(雨流流ちゃん)を食べてしまった哀れな男。雨流流ちゃんのあまりの才能に『暇つぶし』などという不純な動機は莫大な情熱によって蒸発するが、その代償として劣等感のようなものを獲得。中身を開けて見れば単なる至らなさへの引け目と釣り合わない好意だったのだが、これが最悪な形で雨流流ちゃんの激重感情と噛み合ってしまう。プロデューサーとしての才にせよ、抱かれていた好意にせよ、自認がどうにも追い付いていないのが明確な弱点であり、そのせいで雨流流ちゃんを壊してしまったのは逆MVPといえる。あなたほんとに神様みたいなもんなんだからしっかりしなさいよ。(後日談を見る限りしっかりしているため流石)
【枢木 雨流流(くるるぎ うるる)】
幼き日の環境と付随した劣等感からモンスターと化した少女。
アイドルとしては類まれなる才能の持ち主であり、比類なき記録をいくつも樹立していくのだが、それほどの能力を持っていても自己肯定感(晴人くんという対象限定)はまったくと言っていいほど培われず、いつまで経とうと光・神様扱いであり、何を貢ごうと返そうと空を切る感覚に囚われている。だから「見捨てられた」と一瞬でも思ってしまったら、もちろん止まれるわけもなく、そのままの勢いで晴人くんに突撃してしまう。あえなう失敗に終わったものの、結果的に結ばれたため、しっかりと後ろめたさはありつつも雨流流ちゃん的にはオールオッケーかもしれない。