悪役令嬢さんと異世界転移者くん   作:お酒と煙草とエナドリ大好きマン

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知り合いのハメ作家さんがTwitterで匿名投稿いいよって感じのことを言ってた気がしたのでお酒の勢いでやりました。
僕は悪くありません。


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 ――フィオレニアスさんは窮地に陥っていました。

 

 

 これまで数々の陰謀と策謀と計略を張り巡らせ,あわや王国崩壊どころか世界滅亡一歩手前まで持って行った彼女をして攻略不可能と思える難攻不落の城塞染みた難題が目の前に立ちはだかっているのです。

 

 諦める――などという選択はありえません。

 それは彼女の矜持が許さないのです。

 

 なんとしても,どのような手段を用いても,この壁を打破しなくてはならないのです。

 彼女の愛する旦那さんのために,愛妻弁当を作り上げるという難易度EX級クエストを攻略しなければ、彼女の人生は何だったのかと思わず国を半壊させてしまいそうなのですから。

 

 奮起した彼女がフライパンに卵を殻ごとぶちまけ,半泣きで殻をちまちま取り除き,いよいよ加熱し始め……

 

 ――真っ赤に光る右手をかざした瞬間,爆発炎上したのでした。

 

 

「くっ……料理が,こんなにも難しいものだったとは……」

 

 

 卵だったものが飛散し,フライパンは大きくひしゃげ,魔力が渦巻く……そんな惨憺たる台所で仁王立ちしながら,フィオレニアスさんは汗を拭います。

 無論,最後の一手間が余計で無駄な行為であることは間違いありません。ただの料理に魔力なんて必要ないのですから。

 

 しかしながら元公爵令嬢だった彼女は家事なんて一度もしたことがないのです。

 なんとなーく聞きかじった知識と,これまで経験した全てが万能だったことに裏打ちされた自信と,間違った愛情が暴走した結果が現状でした。

 

 

「……隠し味(魔力)が足りないのかしら?」

 

 

 昔屋敷で働いていたメイドさんから聞いた,料理は隠し味の愛情が命という話を真に受けた彼女に,魔力を注がないという選択肢はありません。箱入りお嬢様は伊達ではないのです。

 彼女が正解に気がつくまで一体いくつの卵が犠牲になるのでしょうか。

 

 歪んだフライパンを力ずくで直しながら,フィオレニアスさんは原因究明に頭を悩ませます。

 愛おしい旦那さんのため,ひいてはもっと自分に夢中になってもらうため――と考えを巡らせ,ぽっと頬を赤く染めながら窓の外に目を向けて,まだまだ旦那さんが帰ってこないであろうことにちょっと残念な気持ちになり。

 

 

「……早く、帰ってこないかしら」

 

 

 これまでの人生で一度も理解し得なかった、寂しいという感情を吐露して。

 

 人生,分からないものだな――と。

 フィオレニアスさん――元悪役公爵令嬢フィオレニアス・エル・ノヴァリスは空を見上げたのでした。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 よく晴れた,透き通るような青空です。

 白亜の城塞都市と讃えられる王国の栄華の象徴。

 子供達の笑い声,商人の呼び込み,なんてことは無い会話。そんな小さな幸せが集まった日常。

 

 それらを見下ろせる尖塔――王城の一角で,彼女は。

 

 

「何も知らず,ただのうのうと生きているだけの人間が憎かった。私は望んでもいないのに役目を押しつけられて,期待されて,痛くて辛くて苦しくて悲しくて――それでも許してもらえなかったのに,どうして彼らだけが幸せに生きているんだろうって」

 

 

 何の感情も浮かばない顔で,そう零します。

 全ての悪事が暴かれ,追い詰められているとは思えないほどに平坦な様子で――ともすれば,感情が抜け落ちているかのようです。

 

 

「皆死んでしまえばいいと思った。泣いて喚いて懇願して――それでもどうにもならないことに絶望することを,皆が知ればいいって」

 

 

 結果は,彼女の心の隙間を埋めるに至りませんでした。

 何度も何度も丹念に丁寧に,壊され歪まされた彼女の心が本当に求めていたものがそこにあるはずもありません。

 

 だから,フィオレニアスさんは計画達成直前で阻止されてよかったとすら思うのです。別に,彼女は無意味な虐殺や悲劇は求めていないのですから。

 その様子に彼女を追い詰めた第一王子が険しい表情で言葉を投げかけます。

 

 レオンハルト・オーム・グラガンナさん。

 自他に厳しく悪徳や不正を許さない彼にとって,フィオレニアスさんの存在は憎悪し唾棄すべき存在です。

 

 

「そんなものはただの八つ当たりだ! 自分が苦しんだから他人にも苦しめなど,悲劇のヒロインぶった迷惑で独りよがりな押しつけでしかない!」

「そうね。貴方ならそう言うと思っていた。……でも,仕方ないじゃない。こうでもしないと誰も私の絶望を知らないまま生きていく。私一人がこの世全ての悪を押しつけられて,誰にも顧みられることのないまま死んでいくなんて,あんまりでしょう?」

 

 

 フィオレニアスさんは退屈そうに頬杖をつきながら眼下に計画がうまくいっていれば出来上がっていたであろう地獄を思い描きます。

 何も悪くはない,何も業のない人々が蹂躙され奪われていく。それはまさしく彼女自身の境遇,人生と同じ絶望です。

 

 

「まるで自分は何も悪くないと言いたげだな,悪女が」

「ここまで来ても罪を認めないつもりか?」

 

 

 第一王子の側近である次期宰相と近衛騎士団長が汚物を見るような目で,更にその後ろから――

 

 

「もう,こんなことはやめましょう……! これ以上罪を重ねないで!」

「……貴女もいたのね。影が薄いから気付かなかったわ」

 

 

 ジェシカ・オブライエンさん。

 フィオレニアスさんの婚約者だった第一王子を色香に惑わせ,その側近もまた虜にし,あることないこと吹聴して回ったことでフィオレニアスさんが孤立する原因となった少女です。

 

 ……まあ,確かにフィオレニアスさんは彼女に少しばかり嫌がらせはしていたのですが。

 それでも生粋の庶民である彼女がこの国で最も貴き者である第一王子や,その側にいる家格の高い方々に馴れ馴れしくすることを咎めただけなのです。それは別に,彼女だけではありません。他の貴族令嬢達も大なり小なり似たような事は行っています。

 

 貴族の常識で正義はフィオレニアスさんにありましたが,初恋に浮かれるレオンハルトさんには忠告はただの嫉妬故の行動としか取られなかったようです。

 おかげで第一王子の不興を買ったフィオレニアスさんには誰一人として近づいてこなくなり,家も表向きは没落寸前といった様相を呈しています。

 

 そんなことで一喜一憂できるほど感情は残っていないフィオレニアスさんにはあまり関係の無いこと……ではありますが。

 

 

「まあ,でもそうね。やりたかったことは終わってしまったし,これ以上に何をどうするというのもないので十分かしら」

「これだけ国内をかき乱し,人を殺そうとしておいて……!」

「人なんていつでも死にうるものでしょう,殿下? 貴方も,お近くにいるご友人方も……事故でも病気でも,今日この後すぐ,あるいは明日にでも何が起きるかなんて分からない」

 

 

 淡々と。

 万古不変の理を説くように,フィオレニアスさんは言います。

 

 ……いえ,事実そのものです。

 

 彼女はいつだって簡単に喪われていく命を眺めてきました。どんなに手を尽くしても結局同じ終着を迎えるものたちを。

 だから彼女にとって命とはあまりにも軽く,脆く,薄いもの。

 

 人は等しく無価値なのでした。

 

 

「貴様……!」

「そして,私も――」

 

 

 不意に彼女の口から溢れ出た赤黒い血が,着ていたドレスと床を濡らします。どう考えても常のそれではありません。

 

 

「な……っ!」

「どうせならと我が家の秘薬を飲んでみたわけだけど……なるほど。苦痛など慣れきったはずの私でもこれは,ん,ぶぇ……っ」

 

 

 先ほど比べものにならないほどの血塊が口から吐き出され,王子たちが思わず,といった様子で距離をとります。

 何故こんなことを,と言いたげな顔に,思わずフィオレニアスさんが笑みを零します。苦痛に歪みながらも美しいそれは,かつて王国内外にその美貌で知られた彼女のままで。

 

 

「毒に慣らされるのも,痛みを感じなくするのも,心を壊すのも,もう疲れたわ。王国の暗部たるノヴァリス家は私の代で終わり。残念――いえ,そういうのがお嫌いな貴方にとっては喜ばしいことかしら」

 

 

 フィオレニアスさんの実家であるノヴァリス家は古くから王国の闇を一手に引き受ける一族でした。

 暗殺,諜報,潜入,尋問等々……およそ表沙汰にはできないような,しかし国を動かしていく上では切り離したくても切り離せない闇。

 

 そういったものを全て担うのがノヴァリス家という王国の成立から続く最古の公爵家の裏の顔でした。

 

 当代当主たるフィオレニアスさんが死んでしまい,跡を継げる直系卑属がいない以上ノヴァリス家の終わりは必定です。表の当主は養子でも問題ありませんが,裏の顔――王国の暗部たるノヴァリスは血族以外に担わせることはありません。

 

 

「なにを……何の話をしている!?」

「……ああ,まだ聞かされていなかったのね。ご愁傷様」

 

 

 どうやらレオンハルトさんはその裏の顔までは知らされていなかったようです。

 現国王様がどう考えていたにせよ、ノヴァリス家という王国の最大暗部をレオンハルトさんに知らせていなかったことで、表向きのノヴァリス家が動きにくくなったことは確かです。

 

 

 無論,他にも暗部の仕事をする人間はたくさんいますが,一子相伝の口頭でのみ受け継がれてきた数百年のノウハウや技術などは喪われ,そういった裏の力は大きく減退するでしょう。

 

 それほどに,ノヴァリス家は暗部のほぼ全てを引き受け続けていたのです。

 

 

「なに,を……」

「ごきげんよう,レオンハルト王太子殿下。私のいないこの国がどうか末永く繁栄することを願っておいてあげるわね」

 

 

 ついに、フィオレニアスさんの足に力が入らなくなります。

 そのままふらりと尖塔の足場から身体がはみ出して,頂上から石畳の地面へと落下して――。

 

 その刹那の瞬間に、フィオレニアスさんはこれまでの人生を振り返ります。

 

 最初から最期までフィオレニアスの願いは叶わなかった。

 誰も彼女を助けてくれない。誰も彼女を見てくれない。誰も彼女を求めてくれない。

 毒の作り方,解毒の仕方,人の殺し方,人の生かし方,情報の奪い方,情報の流し方……それら全てを言われるがまま身につけていった。

 フィオレニアスという個人を顧みられることはなく,求められるのは社交界で人目を惹き付け男の下卑た欲望の矛先となる【永久氷華の薔薇姫】か,暗殺諜報潜入,全てにおいて歴代最高の作品【黒】か。

 何かに興味を持つことも,何かを大事にすることも,彼女の意志一つ許してはもらえなかった。

 必要なのはフィオレニアスのガワを被った意志を持たない人形。

 

 

「――ああ,一度だけでも。誰かに,愛して……ほしか――」

 

 

 願いを口にし終わる前に,衝撃が彼女の身体に襲い掛かって、

 

 

「空から女の子が降ってくる展開って結構あるけど、重力軽減されてないと難しいんだなって今実感したわ」

「……は?」

 

 

 フィオレニスさんは、何よりも愛おしい旦那さんと出会ったのです。

 それはまるで物語のように。

 

 

 ――彼女(元悪役令嬢さん)と、(異世界転移者くん)は出会ったのでした。

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