Re:沈黙の栄光   作:ノービス

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書く時間が纏まって取れなくて進捗/Zeroだったので初投稿です。


第6話「舞台裏の大人達」

 シャムが初めてのレースで3着になり、スズカにぐずっていた晩の事。

 東条は行きつけのバーでカクテルをちびりちびりと飲みながら、待ち人を待っていた。

 呼び出した理由は1つ。スズカの事である。

 スズカが倒れた後、彼女から走れなくなった理由を聞こうとして上手くいかなかった。

 しかし、そのままにしておく事も出来ない。

 悪い夢だけで走れなくなるなんて前代未聞だ。しかも、それだけの影響を与えた夢の内容も分からず、どうすれば良いか分からなくなった東条は、自分の良く知る人物に相談しようと考えたのだ。

 漸く待ち人がやってきたのは、グラスが半分程無くなった頃だった。

 

「よう、おハナさん。そっちから呼び出しなんて珍しいじゃないか」

「今日は奢りで飲んでええねんて? いやー、ハナは太っ腹やなぁ」

 

 バーに入ってきたのは2人の男女。

 男性は少し雑に纏めた髪型に棒付きキャンデーを口に咥えており、女性は長くて綺麗な黒髪を白のリボンでポニーテールに纏めて勝気な笑みに八重歯を見せている。

 

「来てくれてありがとう2人共。でも、茜は自腹で飲んでよ? 貴方の飲み方に付き合ったら幾らあっても足りないから」

「なんや、呼び出したんはそっちやのにケチやなぁ。どーせ、こいつの分は出すんやろに」

 

 茜と呼ばれた女性はやれやれと言った風に肩を竦めると、東条の左の席に腰掛け、男性──ぶっちゃけるとスピカのトレーナーだ──は右の席に腰掛けた。

 東条は彼の方をちら、と見るとわざとらしい大きなため息を吐いて見せる。

 

「そっちはいつも自分のお金が無いのに飲みに来てるんだから仕方ないわよ」

「わりぃなぁ……。色々やってるとどうしてもな……」

「ま、奢らせといて貯め込んだり私事にどっさり使たりしとらんから憎めんけど……いやいやいや、男なら甲斐性ぐらい見せぇや。何自分の女に奢らせとんねん」

「は!? 何でそういう話になるんだ!?」

「そうよそうよ。貴方、もしかして来る前にもう呑んできたの?」

「話あるって聞いてんのに、呑んでから来る阿呆がいる訳無いやろ」

 

 それに、そんな調子やからそう言う噂が出てくんねん、と言いそうになるのを飲み込んだ茜は、とりあえずウイスキーのダブルをロックで頼んだ。

 茜──桐生院 茜はあのトレーナーの名門、桐生院家の人間だ。

 尤も、彼女の籍は東京の本家ではなく、大阪にある分家の方だが。

 彼女はチーム『ポラリス』のトレーナーを務めており、その実績と手腕はまさしく桐生院家のトレーナーと言って良い。

 スピカのトレーナーは……まあ、そのままである。一応、西崎という名前があるのだが、周りがその名前で呼ぶ事は殆ど無い。

 この2人とは所謂同期で駆け出しの時から何かと絡んでいた関係だった。

 

 西崎も注文を入れて、出てきたグラスを1度傾けた後で先に口を開いた。

 

「それで? 話ってなんだ?」

「サイレンススズカの事よ」

「あー、こないだぶっ倒れてた子やな。何かあったんか?」

 

 まあね、と言ってから東条もカクテルを一口飲み、スズカに起こった事を話す。

 併走前から調子が悪そうにしていた事。それを見て休ませようとしたら悪化して倒れた事。見舞いに行った時、彼女が伝えようとした事を正しく聞き取れなかった事。今もなおスズカが走れない事。

 溜まっていた物を全て吐き出すかの様に洗いざらい話し終わった頃には、カクテルはすっかりぬるくなってしまっていた。

 

「はーん。なるほどなぁ」

「走れなくなる程の悪夢、か」

 

 話を聞いた2人は揃って首を捻る。

 実際の怪我等で心に傷を負い、走れなくなる事はあり得る話だが、夢だけで走れなくなったという話は今まで聞いた事が無かった。

 しかし、そこでありえない、と言わないのがこの2人である。

 そして、すぐさま夢を見た原因を探る、と言う事もしない2人だった。

 東条が相談したい事はそこでは無いと理解していたからだ。

 

「と言っても、どんな悪夢を見たのかまでは分からなかったのか?」

「スズカから話を聞いたエアグルーヴによると、恐らくは自分が大怪我をしてしまう夢だろうと言っていたわね」

「自分が大怪我する夢ねぇ。それがよっぽど現実味あったんやったら、そうなるんも分かる気がするわ。──それで?」

 

 言外にこれからどうしたいのか、と含ませる茜に、東条はグラスの中を空けてから切り出した。

 

「スズカをどちらかのチームに移籍させたいの」

「……本気かいな?」

「本当にそこまでの事なのか?」

「ええ。うちのチーム方針だと、あの子をしっかり見てあげられないから……」

 

 チーム『リギル』は徹底した管理と指導によって、トップを目指す事が指標となっている。

 それ故に通常の怪我などのフィジカル的な問題へのケアは出来ても、メンタル的な問題のケアは性質が違う為に満足に行えないのが現状であった。

 それではスズカの折角の才能を腐らせてしまう事になる。

 彼女を活かせる方針を思い付いただけに、それだけは絶対に避けたい問題だった。

 そうなるぐらいなら、いっそ。そのつもりで、東条は2人を呼んだのだ。

 しかし、2人の反応は芳しくないものだった。

 

「あー、俺の所は駄目だな。この間、殆ど辞められてゴルシしか残ってない。募集のポスターは作ったが、いつ増えるかも、増えた所でそいつらが残ってくれるかも分からねぇ。だから、悪ぃ」

「ウチは3人在籍しとるから預かれん事無いけど、同世代被りすぎやからなぁ。いや、割と欲しい人材ではあるんやで? せやけどなぁ」

「貴方の方は仕方ないにしても、茜はそれなら何とかなるでしょ。どうにかできないかしら?」

「そない言うなら考えるけど、南坂はどやねん?」

「この前、彼と話した時にはカノープスも若干足りてないって頭抱えてたわよ」

 

 はぁー、と頭を抱える茜。この女、分かってて呼んだんじゃないか? とすら思う。

 専属トレーナーという手段もあるだろうが、この時期まで手ぶらで残っている野良トレーナーなど居はしないし、居たとしても駆け出しの新人だ。

 ジュニアからの付き合いならともかく、実績もそれなりにある上でのクラシック半ばから、というのは新人には難しいだろう。

 それならば、仕方がない。茜は5杯目となるグラスを一気に呷ってから口を開いた。

 

「しゃあないなぁ。サイレンススズカはウチで引き取ったるわ。こないだの選抜レースで気になる子も見つけたし」

「それは嬉しいけれど、気になる子って?」

 

 引き受けてくれる事になったのは有り難いが、今度は別に気になる話が出てきた。

 茜は1つ頷くと、6杯目に手を伸ばしてぐいぐい呑みながら話を続ける。

 

「今日の選抜レース、3位に居た奴やな。2人とも見とったやろ」

「ああ。あの逃げで突っ走ってた子だな。デビュー前で逃げ脚使ってあそこまで粘れるのはそうは居ない。俺もどうしようか悩んでた所だった」

「まあ、貴方の好きそうなタイプよね、あの子。私はリギルには向いてないと思うからマーク外したけれど」

「ウチは逃げがおらんからな。調べたらスズカと同期って話だし、2人で併せる為にも是非欲しい所なんや」

「結局、同世代ばかりじゃないの」

 

 知らん、勝手に同世代が固まってくるんや、と茜は大げさに肩を竦めると、空になった6杯目のグラスを置いた。

 それでいて、茜の顔はほんのり赤くなっている程度である。

 知らない人間が見れば、こいつの肝臓は鋼鉄製かと驚くだろうが、2人には見慣れた光景だった。

 

「ま、それならその子も茜さんが面倒見た方が良いだろうな。すごいな、5人の大所帯じゃないか」

「まだ決まった訳やあらへんのに皮算用過ぎんか? もう酔っ払ってんか? 水飲むか?」

 

 カラカラ、とグラスを振ってみせる茜に、西崎は手を横に振って断りを入れた。

 というか、酔っ払っているのかってなんだ、吞兵衛に言われたくはないぞ、と思った西崎だった。

 

「いや、まだ大丈夫だ。それで、おハナさん。スズカには?」

「まだ言ってないわ。話す時は茜にも来て欲しいのだけれど」

「それはかまへんけど、本人抜きで話進め過ぎてもあかんやろ。先に2人で話し合ってからにしぃや」

「そうね。そうするわ」

 

 東条の返事を聞いて、話は終わったと言うように、グラスを置いて立ち上がる茜。

 その背中に、東条は小さく頭を下げた。

 

「……ありがとう」

「はっ。後で大きな魚逃がした言うても知らんからな。覚悟しときや」

 

 ほなな、と勘定を済ませた茜は一足先にバーを出ていった。

 残された2人は、残った酒をゆっくりと飲み。

 

「……なぁ、おハナさん」

「……何?」

「今日……奢ってくれない?」

「……はぁ~。しょうがないわね」

 

 5円玉しか入っていない財布を見せてきた西崎に、東条は深い溜息を吐きつつも彼の勘定もしてあげるのだった。




少女たちの頑張りの裏で、大人たちも動き出す。
それが少女にとってどれほどの衝撃を与えるのか、今は誰も知らなかった。
――運命の針が、回る。


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