シャムがめでたく『ポラリス』入りを決めた所で、3人揃ってぞろぞろと『ポラリス』のチームルームに向かうと、フクキタルが前髪の一部が白い鹿毛のウマ娘と一緒に机の上で水晶玉と睨めっこしていた。
「今日の運勢は……」
「運勢はぁ……?」
「……凶です」
「えぇっ!? 救いはあるのですかぁ……?」
「今日のラッキーカラーは栗毛……つまり私ですね!」
「救いはあったんですねぇ……!」
「何やっとんねん」
部屋に入るなり茶番のようなやりとりを見せられた茜が思わず裏手で突っ込みを入れる。
その突っ込みにフクキタルは、おおっ! と声を上げた。
「トレーナーさん! いえ、日課の今日のトレーニング運勢をドトウさんと占っていた所ですよ! トレーナーさんもどうですか!」
「いや、ウチはトレーニングさせる側やろ! やらんわ! フクは後でメニュー増やすから覚悟しぃや」
「ふんぎゃろ! もしかして凶が出たのってこれの事だったんですか!?」
「救いは無かったんですねぇ……」
無慈悲な宣告を受け、頭を抱えて叫ぶフクキタル。隣では鹿毛のウマ娘がとても悲しそうに呟いていた。
それを横目に、茜は部屋をぐるりを見回して、それから首を傾げた。
「アイツはまだ来とらんか?」
「うぅ……あの人ならもう少しで来るって言ってましたよ」
「ほうか。なら先に二人に紹介しとくか。ほら、並べ並べ」
茜が部屋にいた2人を促して並べると、左から順番に紹介していく。
とは言っても、1人は知っているウマ娘なのだが。
「はい! マチカネフクキタルです! まあ、お2人は同じクラスなので、もう知っていると思いますが」
まずは、マチカネフクキタル。
今は重賞での勝利経験は無いが、スズカは知っている。
彼女がこの先の神戸と京都の新聞杯、そして菊花賞で勝利する事を。
そして、その神戸新聞杯で彼女に惜敗した事を。
折角過去をやり直しに来ているのだから、今度こそは勝ちたい。スズカはそう思うのだった。
「私は、メイショウドトウですぅ……。よろしくお願いしますぅ……」
もう1人の気が小さそうなウマ娘はメイショウドトウと言うらしい。
スズカの記憶に覚えが無いのと、彼女は中等部だと話したので、恐らく怪我をした後にデビューした子なのだろう。
隣のシャムに目配せをしてみると、スズカだけに聞こえる声で、その翌年にデビューして、『リギル』のテイエムオペラオーと競い合った子だと言ってきた。
オペラオーが自らを覇王と名乗るだけあってデビュー前から実力十分だった事を考えると、彼女も相当の実力を持っている事になる。
茜の目が確かだと分かった所で、スズカとシャムの番になった。
「『リギル』から移籍してきました。サイレンススズカです。よろしくお願いします」
「スズカと同じクラスのシャムよ。よろしく頼むわ」
お互いに挨拶を済ませた所で、茜がパン、と手を打った。
「よし、これで2人は正式にウチのチームや。もう1人はちょいしたら来る思うし、改めて、ウチが
「私はサブトレーナーでお姉ちゃんの従妹の
「あ、姉妹じゃなかったんだ……」
「ウチは分家で、葵は本家やからな」
「すみません。少し遅くなりました──」
驚いたように声を上げるシャムに茜がそう付け加えた時、チームルームの扉が音を立てて開かれる。
入ってきたのは松葉杖をついた鹿毛のウマ娘だった。
その姿を見たスズカは、どくん、と心臓が跳ねたような気がした。
何故なら、彼女はスズカの良く知る人物だったからだ。
「貴方は──」
「君は──」
見つめ合ったまま固まる2人。
鹿毛のウマ娘は、スズカがここに居るのが信じられないと言った様子で口をぽかんと開けている。
スズカの方は、安堵の中に少しばかりの憧憬が混じった何とも言えない表情を浮かべていた。
お互い黙り込んでしまったので、取り敢えず茜は間を取り持つことにした。
「お帰り、サニー。怪我の方はどないや」
「あ、ああ……はい。……やっぱり、菊花賞には間に合わないそうです」
彼女──サニーから結果を聞いた茜は目の間を揉むようにしながら唸った。
少しダービーで無理させたなぁ、とごちるも今となっては仕方ないと切り替える事にした。
「んー、しゃあないな……。ゆっくり養生して来年から頑張ろか」
「はい。……ところで、どうして彼女がここに?」
サニーがスズカを示して茜に尋ねる。
彼女からすれば、『リギル』にいるはずのスズカがここに居る事に疑問を覚えたようだ。
それに対して、茜が書類を取り出して見せる。
「スズカはな、『リギル』からこっちに移籍したんや。……色々あったらしいしな、空いてる時にでも相談に乗ってやってくれんか」
「はあ……分かりました」
未だに疑問符を浮かべながらも頷くサニー。
どうしてここに来たのかは、追々話す事もあるだろう。
だけど、今はまず、彼女達を迎えるのが先決だ。
そう考えて、サニーはスズカとシャムの方へ向いて、改めて自己紹介をした。
「改めて、私はサニーブライアンです。……よろしくお願いします」
サニーブライアン。
逃げ脚で皐月賞とダービーを制した太陽の輝き。
しかし、ダービー後に骨折が判明し、長期休養の後、復帰前に屈腱炎を発症してしまい、志半ばでターフを去った二冠ウマ娘。
そして、先頭を走り続けたスズカの憧れの人でもあった。
スズカはサニーの手を取り、嬉しそうに微笑む。
「サニー……。改めてよろしくね」
「貴方がサニーブライアンなのね。私はシャムよ。この間、編入でスズカと同じクラスに入ったの。よろしく頼むわ」
「はい。……ねえ、スズカ。今度、何があったのか聞かせてね」
「……ええ」
2人の挨拶の後、サニーはそう言って、スズカの顔を覗き込んだ。
その澄んだ橙色の瞳に惹かれるように、スズカは頷いた。
「ほな、全員揃った所で、今日のトレーニングと行こか」
そこで茜が手を打ち、トレーニングメニューらしき紙束を用意する。
桐生院は伊達では無いようで、紙にびっしりと書き込まれていた。
「まずウォーミングアップの後、メニューに沿ったトレーニングをやってもらうで。フクキタルだけ坂路2本追加な」
「いやあああっ! ご無体なぁぁぁ!」
茜の仕打ちにひんひん、と泣き叫ぶフクキタル。
当たり前や、と茜に追い打ちされ、ついに崩れ落ちてしまった。
「トレーナーさんの鬼ぃ……悪魔ぁ……」
「そら菊花賞出すんやから、気合入れて鍛えんとアカンやろ。気張りや」
「分かりましたぁ……とほほ」
がっくり肩を落としながらトレーニングの準備をし始めたフクキタルの横で、茜はドトウとシャムにもトレーニング内容を告げる。
「ドトウは基礎トレな。しっかり鍛えてデビューに備えるんやで」
「分かりましたぁ……頑張りますぅ……」
「シャムは早々にデビューしてもらうからな。基礎トレに加えて併走とダンスレッスンやるで」
「えっ!? もうデビューするの!?」
当たり前やろ、もうクラシックやで、と茜がぴしゃっと言う。
確かにクラシックの半ばを過ぎているシャムは出来るだけ早急に仕上げてデビューする必要があった。
本格化は始まってるみたいだし、早めが良いだろうという判断からだった。
しかし、裏を返せば、詰め込む分かなりトレーニングが大変という事でもある。
「えっとぉ、あの、手心とかは……」
「あるかいな。安心せぇ、詰め込む分、1つ1つは軽めや」
「安心できる要素どこ……」
ええから準備せぇ、と急かされたシャムも肩を落としながら準備し始める。
残された2人はどうするのか、と思っていると、茜は大きなスポーツバッグを渡してきた。
渡されたスズカは首を傾げて茜に尋ねる。
「トレーナーさん、これは?」
「2人は走れんからな。皆のサポートをお願いするで」
「えっ……」
茜に言われたのはトレーニングでは無く、他3人のサポートをする事だった。
それに対して、スズカは食い下がるように少し声を荒げる。
「私は基礎トレーニングぐらいなら出来ます。それに、少しなら走る事だって──」
「今日ぐらいゆっくりしてもええやろ。な?」
「──それなら、分かりました」
茜の言わんとしている事を理解したスズカは、それ以上は何も言わずに頷いた。
気を遣ってくれたんだろうな、と思うと同時に、サニーとどう話せばいいのか、何を話せばいいのか、それが分からなかった。
サニーの方もスズカの方を心配そうに見ているだけで、同じように迷っているようだった。
2人の間に微妙な空気が流れる中、シャムだけが少し不満そうにそれを見ていた。
──こうして、どこかぎくしゃくしたまま、『ポラリス』での最初のトレーニングが始まろうとしていた。
北極星に導かれ、少女はかつての太陽と出会う。
斜陽の中にあるその太陽に、彼女は何を見出すのか。
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