アグネスじゃないタキオン   作:天津神

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No.3 不遇

 

 

「よし、とま……」

 

 れ、と続く言葉は出させない。

 私はここで止まる事を覚えた!!

 

「相変わらず賢いな……」

「藤峰さーん」

 

 美浦トレセンの練習場。坂路がなくて少し嬉しかったが、ちょっと不安。

 中山の坂は大丈夫だろうか……。

 

「休憩の時間です」

「そうだな。降りるぞ」

 

 はいはい。

 

「おわっ……」

「凄いですよね。気遣いというか」

 

 ん?なんや?降りやすいように座るのはあかんか?

 

「懐かれた、と言いますかね?」

「まだ1日目ですよね?」

「はい……多分、僕を気に入ったのでしょうね」

「さー、ライネルー。立ってー。休憩だけど、立っとかないとダメだから立ってー」

 

 はいよー。

 

「本当に言うこと聞きますね」

「賢すぎると、走らないとかあるからなぁ……不安だな」

「ですね」

 

 さてと……そういえば、厩舎にカレンダーが置かれたんだった。藤峰くんの練習予定入りのカレンダー。

 丸されてる日が練習の日って喋ってたから……2週間連続で練習だな!!

 

「……何してるんですかね?カレンダーを見つめて」

「さぁ……ライネルの考えることはわからないです」

 

 よし、馬房に一旦戻るぞ!!ほら、ほら!!

 

「ちょっ、押すな押すな」

 

 早くあーけーろ。あーけーろ。

 

「わかったわかった。開けるから落ち着けって」

 

 ほら、えーっと時房くん!!だったっけ?よく聞こえんかったから分からんけど、テキのトキ!!はよ水飲ませろや。

 

「ほら、開けたからさっさと入れ」

 

 ありがとさん。

 

「顔舐めるな」

「……ぷっ」

「そこ笑うんじゃねぇ!!」

 

 

 

 数日後、厩舎近くにある建物の中。

 

「テキ。あの馬、本当に賢いっすよね」

「確かにな。馬房に自分から戻る。人が乗り降りする時に座って乗りやすくする。止まるべきところでは自分で止まる。人間かよ」

「そうですね。それに、僕が来る前に、厩舎前で待ってるんですよ。周りに誰もいなくても、そこで一頭で足踏みして」

 

 人間慣れしすぎている。はっきり言って怖い。そんな感想が出てくるかもしれないが、それでも、僕にはこんな感想が出てくる。

 

「怖くないか?」

「全然。むしろ、楽しいですし、嬉しいです。こんなにも賢い馬と会えて、しかも懐いてくれる。僕、思うんですよ。あの馬なら、絶対に勝てるって。今まで思ったことないですよ。勝つんだ、とは思えても、勝てるなんて」

「そうか。あ、明日は並走だからな。併せ馬も用意してる」

 

 

 

「ちょっ、暴れるなライネルー!?」

 

 だって、コイツ、アンタを馬鹿にしやがった!!ぜってぇゆるさねぇ、その馬面に蹴り入れてやらぁ!!

 

 

「テキ」

「うん?」

「僕、あの馬がなんなのか分からなくなってきました」

「そうか。明日も併せ馬あるからな」

 

 

 

「今日は大人しいな……」

 

 だって、この子とのお話楽しいもーん。

 ねー、ブレインボールブくん。

 

 

 

 

 藤峰くんとトレーニングを何度も何度もやってきた。

 デビュー戦まで、後1週間。

 今日も、楽しく練習の日だ。

 天候は晴れ。いい練習日和だな。

 厩舎前で、いつものように待つ。

 毎朝厩務員さん達が洗ってくれるおかげで、毎朝綺麗だし、こうしてここで待つこともできる。

 足元の草を適当にハミハミしながら、厩舎の壁で背中をかきながら、足の調子を確かめるように地面を踏みしめながら、いつものように藤峰くんを待つ。

 

「テキ、藤峰は?」

「さぁな。そろそろくるはずなんだが……」

「時致さーん。電話が入ってまーす!!」

「今行く!!」

 

 1時間、2時間と待つ。

 3時間、4時間と厩舎前で待つ。

 

「ライネル、一旦戻ろう?な?」

 

 厩務員がそう言うが、ここで待つ。

 一度決めたことは、曲げない。

 

「ライネル。戻れ」

 

 え、藤峰は?

 

「藤峰さん、どうかしたんですか?」

「アイツはこれねぇ。事故だ」

「事故?」

 

 事故。そんな……。

 

「事故で怪我をして乗れねぇ。それに、まだ意識が戻ってねぇ」

 

 んなこと、酷い。運命は、そこまで邪魔するのか。




感想等お待ちしています。
なお、ライネルタキオンは、牝馬です。メスの馬です。なので、左耳に髪飾りがつきます。もう一度言います。牝馬で、左耳に髪飾りがつきます。

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