「ライネルー、歩いてくれー」
中山競馬場から移動して美浦トレセン内。
急遽用意された馬運車を前に、ライネルと格闘していた。
「怖くないからなー。ほら、早く」
島さんが引っ張るものの、ライネルは動かない。座ったままだ。
「馬体検査しないと、次走れなくなるんだぞー」
馬体検査。その言葉が出た途端、ライネルは立ち上がり、馬運車に自ら乗り込んでいく。
「………頭いいと面倒ですね」
「だな」
なんか、転倒したら、馬体検査とか言われたんだが。
そして、無言で馬運車から下ろされそうになっているんだが。
どう動けばいいんだよ。
「あのー、すみません。ライネルは賢いので、言葉で動かした方がいいですよ」
「あ、ほんとですか」
うんうん。言葉で動かしていけ?
「こいつに常識とかいらないんで」
「あ、はい。ちなみに、どう呼べばいいですかね?」
「私たちはライネルと呼んでますが、タキオンでもついてくると思いますよ」
「あ、そうなんですね」
説明してくれてるのはいいんだけどさ、この傾斜、キツいのよ。早く降ろして欲しい。
「ライネルさん、降りて左側に行くからねー。厩舎に行くから」
降りて左だな?
「おー、本当に動いた……」
「賢すぎるんで、そこは気をつけてください」
「では、始めますか。まずは脚部のレントゲンか……」
ライネルタキオンが、専用の場所で立ち尽くしている。
「うーん……歩いている様子からも、足に異常は見られない……」
試しで撮ってみると、結果がわかった。
「足の骨折はなし。なら、他の部位か……全身レントゲンに変更!!」
「「はい!!」」
場所を変えて、他に原因がないか調べる。
全身レントゲン用の部屋にライネルタキオンを移し、撮る。
「……そうか。これか」
「何かわかったんですか?」
「あぁ。しかも2つだ」
「2つ!?」
さて、どう伝えるものかね……。
「え?もう馬体検査終了ですか?」
「はい。原因が分かったので」
時致さんが懸かりながら、馬体検査してくれたおっちゃんに詰め寄ってる。
「原因としては……まず、肋骨の骨折です」
「肋骨……?」
「はい。人間で言うここの辺r……」
「いえ、場所はわかります」
「あ、はい」
なんか、変わってる会話だなー。時致さんがあんなのは初めてだ。
つか、肋骨骨折したてのってマ?これ、マだよな。
そりゃ痛いわけだ。
「あと、別の事でですけど……ライネルタキオンは牝馬ですよね?」
「はい。牝馬ですけど……」
「残念ながら、ライネルタキオンは、繁殖は不可能でしょう。子宮が潰れています」
「はい?」
は?ん?なんて?もう一回聴きたい。
「ですから、子宮が潰れています」
聞き間違いじゃなかった。ガチかよ。
「そうですか……馬主に言っておきますね」
繁殖ができない、か。こりゃ、引退時期がやばそうだね。
「あぁ、あとそれと、脚部についてですが」
「あ、はい」
「内出血してるので、しばらく安静にさせといたほうがいいかと」
あおたんができたみたいなもんか。
「にしても、子宮が、ですか……」
「今は治ってますが、多分最初に怪我した時は、かなりの痛みだったでしょうね。血の塊ですよ」
ん?痛い時期なかったぞ……?
「これで、走ってたのか……疲れただろ。しばらくは休むぞ、ライネル」
時致さんが身体ポンポンと叩いてくるけど、そこ痛いのよね!!やめて!!
「あ、すまん。そこか、骨折した箇所」
ほんと、気をつけろよな。
「さてと……検査、ありがとうございました」
「いえいえ。仕事ですし。にしても、かなりやりやすかったですよ。いい馬ですね」
「コイツ、人の言ってることを理解してくれるので。目的地を言ったら紐なしでついてきますからね」
談笑してるとこ悪いが、痛いからゆっくりしたいんだが。
早く馬房の中でゴロゴロさせてくれ。
「えぇ……はい。そうです。いつからかは不明ですが……はい……」
時致さんが電話している相手は山城さん。
ライネルの馬主。
見つかったライネルの異常。
その2つとも、馬主と要相談となった。
肋骨の件は治るのを待ってから、また復帰。
だが、子宮の件はそうはいかない。
「引退の時期を伸ばす、ですか……はい……他の馬よりかなり長くなりますが……はい……ここまでの結果から見るに、可能ではあると思いますが……はい……わかりました」
引退。最初は、新しく開催されるジャパンカップを最後に繁殖入りさせようか考える、という予定を組んでいたが、繁殖できないことが判明したために、今、引退を先延ばしにすることが決まった。
次は、2年後のシニアで。
そこまで安全に走り切れるかどうかが、ライネルの運命を左右するだろう。
「はい。それでは……」
受話器を置いて、こちらに振り返る時致さん。
その顔は、少し怖かった。
「ライネルはしばらく休養。オークスは回避する。狙うはエリザベス女王杯だ。それまでに必ずに治すぞ、いいな」
「はい」
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早く読み終えたい
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もう少しゆっくりと進んでほしい