No.1 回想
走る。走る。先頭をひたすらに走る。
2番手は置いてけぼり。自分の周りには、どのウマもついてこれない。
盛り上がるスタンド。響く歓声。聞こえてくる実況。そして、迫るゴールライン。
200、150、100と短くなる。
あと少し。あと少しで。
突如訪れる衝撃。
転倒。逃げの勢いのまま、芝の上を滑り、ゴールラインまであと少し。ほんの少しのところで止まる。
鞍上は、まだ落ちていない。しがみついている。
声が聞こえる。悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴。
足がかなり痛む。腹も痛い。何より、この悲鳴が聞こえてくるのが痛い。心が痛い。
『ライネル!!』
背中から声が聞こえる。そうだ。まだ、まだ終わっていない。
まだ、私は競争中止扱いになっていない。
そうだ。
あと少しなんだ。
あと少しで……。
『止まれ!!無茶するんじゃない!!』
あぁ……君は、そう言ってくれる。でも、私はそうはいかない。
これは、これは……私の意地なんだ。
わかってくれないか?
私は……ここで折れるわけにはいかない。
前へと進むしかないんだ。
前へ……前へ。
「…………夢見が悪い、とはこういうことなんだろうな」
美浦寮の一部屋。同室のウマ娘はまだ寝ている。
時間にして午前4時。
「はぁ……起きるか」
目覚まし時計の設定をいじって鳴らないように、起こさないように。
私と同室のウマ娘は、忙しいからな。
こんな時ぐらいはゆっくりしてていいだろう。
布団から出て、鏡台の前に立つ。
長く伸びた髪が少々邪魔だが、これがアイデンティティなので仕方ない。
所々が寝癖で跳ねてしまっているから、直す。
ふと、瞳の中を覗き込む。
青色の虹彩か……前は赤色だったな。
「これでよし……」
あとは着替えるだけ。
朝早くの寮の廊下は静かだ。
誰もいない。
「行きますか」
ジャージ姿でこんな朝早くに外に出ると言えば、定番のアレ。朝練。
「おや、こんな朝早くから熱心だね」
「目が覚めたものは仕方ない。時間を無駄にする方がどうかと思うからな」
寮長が現れた!!
どうする?
何もしない一択。
「模範的だな。同室含めて」
「いや、私は模範的ではないさ」
私室でテレビゲームしてるからな。
「んで、まだ会長さんはお眠りかい?」
「そりゃそうだ。こんな時間だからな」
現在時刻、午前5時。
さて、そろそろ走りに行くか。
「アタシも一緒に走っていいかい?」
「どうぞ」
「おはよう、ライネルタキオン」
「おはようございます、ルドルフ会長」
自室に戻ったら、会長が起きていた。
「朝練かい?」
「日課だからね」
「今度、私も参加したいのだが」
「生徒会の仕事を夜遅くまでしていなかったらね」
「ははは……これは手厳しい」
体調を万全にしてからだ、朝練は。
「それなら、今日は手伝ってくれないか?」
「今日“も”だろう」
全く。昔から変わらずだな。
「さ、早く支度しないと、テイオーが先に着いてしまうよ」
「それは急がないとな」
朝。1日の始まりを感じられる時間帯。そりゃ、1日の始まりだからねぇ。
そんな朝に響く怒声と駆け足の音。
「こら!!待てと言っているだろ、アグネスタキオン!!」
アグネスタキオンを追いかけるエアグルーヴ。
なにがあったん?
「ライネル、少し助けて欲しい」
「理由による」
「実は研究室で爆発を……」
「素直に怒られろ、アグネス」
アグネスタキオンが走りながら助けを求めてきた。こんなにも近いのに電話する必要なくね?
「助けてくれよぉ〜」
「嫌」
電話を切って、走っている姿を見る。
同じところをぐるぐる回るなよ。目が回るだろ。
「ライネル、すまないが手を貸せ。このバカをひっ捉えるのに1人は厳しい」
「友人が怒られる為の助長をすると思うか?」
「「鬼だな!!」」
いや、知るか。
「私はこれで」
「あ、ちょ……ライネルくん!?すまなかった!!だから、助けてくれ〜」
「ライネルさん、お疲れ様です」
「おつかれ、カフェ。清掃してたんだろう?」
「はい。ライネルさんの所も清掃しておきました」
私がやっとくのに……まぁ、いいか。
「ありがとう、カフェ」
「いえ……友達としては、当然、です」
おや、見えないお友達さん?どうしたんだい?
あー、カフェに自分以外のお友達ができて嬉しいのか。いつまでもそうやって泣いてると、カフェが心配するぞ?ほら。
「あ、あの……なんで泣いてるのですか……?」
ほらほら、泣いてないで笑っとけよ。涙拭けよ、なんもないけど。
「ま、嬉しいことでもあったのだろう」
「そう、なんですかね……一体なにが」
さてね、私は知らないよ。
「んじゃ、また放課後に」
「はい。また、後で」
近くの河の土手の上に寝転がり、溜息1つ。
目に入る空は、茜色を示し、時間が経つにつれて、雲が流れていく。
「はぁ……」
「どうしたんだい、ライネル」
「ルドルフ会長……」
影が差したと思ったら、ルドルフでしたまる。
「何か悩み事かい?」
「いや、違う。昔を思い出してただけさ」
遥かな昔のことだ。
走る。それしか求められていない。
勝利。当たり前に勝つことしか求められていない。
「昔、か」
「あぁ。3歳とかそのぐらいの頃のこと」
負ければ終わり。負けたら悲しい。負けたら悔しい。
負けたら、怖かった。
「少し、聞いてもいいかい?気になってね」
「別に構わない」
隣にルドルフが座るのを確認して、口を開く。
「勝つこと。それが、私が生きる為にこなさなければならないことだった。普通ではダメ。完璧でもダメ。そのさらに上を行く必要があった。でも、現実はそんなに甘くない。勝ち続けることなんて、誰にもできない。いつかは、負け、泣いて、喚いて、落ちぶれる。でも、それは求められていなかった。立ち上がるしかなかった。ひたすら、前に進むしかなかった。それでも、足りない時がある。絶対を求められても、絶対は存在しない。そんな話さ」
長々と話してしまい、申し訳なくなる。
「そうか、ライネル、君もか」
「ん?どういうことだ?」
「私も、同じような境遇だったのさ」
あー、なるほどな。
「私も、絶対を求められた。皇帝であれ、とな」
「似てるな。私は女王らしく、だったな」
女王。クイーンカップと桜花賞、エリザベス女王杯を制した私の二つ名。それらしくあれ。んな無茶なとは今でも思う。
「私はそろそろ戻るよ。生徒会の仕事が残ってるからね」
「そうか。あんまり根を詰めすぎるなよ」
「あぁ。わかってるさ」
ルドルフが立ち上がり、トレセン学園へと戻る。
「私も戻るか」
寝そべったことで背中についた草等々をはたき落とし、服装を整える。
足を進める先は地獄。争いの絶えぬ場所。
でも、そこが私の居場所でもあり、最も平和な場所。
「さて、これはどう落とし前をつけたらいいんだ」
「す、すまない。ま、まぁ、爆発しなかっただけ、マシとは言えるだろう……?」
「もう普通にキレていいと思います」
「ちょっ、カフェ。流石に……あ、すまない!!すみません!!ごめんなさい!!だから耳だけはー!!」
今日もトレセン学園は、活気豊かです。
ウマ娘回第1弾!!
果たして、容姿はどうなったのか!?
それはまたウマ娘回の次回にお楽しみに!!
アグネスじゃないタキオンの裏話(設定とかそうゆう系の考え等)を別の場所で
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ハーメルンの活動報告でしてほしい