「ここでいいですよ。ここから歩いてすぐですから」
手近な車の停めやすい所で下ろしてもらう。箱根で一泊して帰ってきた今日は木曜日。本来は今日も登校日だが、フランクの手回しで緊急の用事欠席扱いなので休みだ。
「悪いな。こんなところまで送ってもらって」
「いえ・・・任務ですから」
そう言うが、旅館を出てから一切こちらを見ようとしないマルギッテに、士郎は、
「・・・なんか悪いことしたか、俺?」
と問いかける。
「な、なにもありません!今日は休みですが明日は登校です。決して遅れないように」
「おう。ありがとうな。じゃあまた」
さっと手を上げてその場を立ち去る。
「・・・ええ。また」
もう聞こえやしないだろうほど間を空けて返事をするマルギッテ。その顔は普段とは違う優し気な笑顔であった。
ちなみに、バックミラーでバッチリマルギッテの微笑を見ていた運転手(部下)は、
(隊長に!隊長に春が!春がきたんですね!!!)
恋する乙女のような上司に思わずニヨニヨとしてしまう彼女であるが。
「・・・なにを笑っている!早く車を出しなさい!そしてお前は、この後、私とマンツーマンで訓練ですッ!!!」
「ええええ!?なんででありますかぁ!」
「口答えは許しません。みっちりと鍛え上げるので覚悟しておきなさい」
「ひえぇ~~!」
そんな悲鳴を上げて車が発進する。・・・後日、ピクピクと痙攣して倒れ伏す彼女の姿があったとかなかったとか―――
「さて」
長時間車に乗せられていたので固まってしまった体をぐーっと伸ばし、わが家へと帰宅する。
「ただいま」
もちろん返事はない。どんな時でも、必ず迎えてくれた言葉が返ってこないことに僅かに寂しさを感じる。
降って湧いた怒涛の一日だったが、立派な旅館に小旅行ができて温泉にも浸かれた。おかげで体は軽くやる気も満ちている。
「知らず知らずのうちに疲れが溜まっていたかな?」
行く前より調子のいい体を見て、よし、と気合を入れる。
掃除に洗濯・・・あと昼飯だな。その後は・・・
「アレをすることにするか」
土蔵の脇に積み上げられたそれを見て今一度気合を入れる。川神院に赴いたことで気の存在を知ることができたし、霊脈も確認済み。材料も規定量集めてある以上、魔術師として、いや、衛宮士郎という魔術使いとしての工房を作らねば。
―――いつか、己の師匠達が迎えに来てくれた時、文句を言われないようにしとかないと。
そう、高い空を見上げて想う士郎だった。
翌日の金曜日。彼はようやく見慣れてきた通学路を通り、学園を目指す。川神大橋(変態の橋というらしい)に差し掛かると自分と同じ制服を着た生徒たちがぽつぽつと増えてくる。学園はもう開いているが登校時間としてはまだ早い。主に勉学に力を入れている生徒らが有意義に時間をつかえるよう配慮されているのだろう。
「ふひひ・・・この時間なら武神もいなぶぎゅる!?」
早速発見した不審者を容赦なく橋から蹴り落とす。何故かは知らないが川神の住人は戦えても戦えなくても妙に耐久度が高いので問題なかろう。
「なに、真冬のテムズ川よりはましだろうさ。・・・いや、俺も毒されてきたかな・・・・」
普通に考えて橋から蹴り落とされたら死ぬよな・・・と、ちらりと落下した不審者を見るが、ぶふーぶふー!といいながら岸に上がっているあたり大丈夫なようである。
「ホント、なんなんだこの町は・・・」
折角の良い天気なのに朝から頭を抱える士郎であった。
橋を越えて校舎に到着し、下駄箱で靴を履き替えていると、
「おはよう」
「おはようございます。最上先輩」
すっと綺麗な黒髪が目に入る。彼女の名前は最上 旭。ここ川神学園の評議会議長であり、実質この学園生トップに君臨する人物である。
「早いのね。今日も頼まれごと?」
「ええ。今日はエアコン2台の修理と、掛け時計の調整・・・あと図書室の棚増築・・・でしたかね」
「・・・それ業者に頼む案件じゃないの?」
何でもないように答える士郎だが内容が内容だけに、一学生が行えるようなことではないのではと首を傾げる最上 旭。
「まぁ機械弄りや組み立ては得意なんで。最初はちょっとした手伝いだったんですけどね」
と笑う士郎。その顔を最上旭はじっと見つめる。
「・・・?俺の顔、何かついてます?」
と顔をごしごしと擦る姿に、クスリと笑い、
「あんまり無理しないでね。今、衛宮君が言った頼まれごとこそ、本来私達評議会の案件として挙がってくるものなんだから」
「ご心配ありがとうございます。まぁ、できる限りやらせてもらいますよ」
「もう、それじゃ意味ないじゃない」
あははとお互い笑う。士郎が頼まれごとを引き受けることが多くなって以来、先輩ではあるが、彼女と話す機会もかなり増えた。
「じゃあ私は行くから。無理しないでね、川神のブラウニーさん」
「・・・それ、やめてもらえません?」
元の世界でも言われたなと感慨にふける間に彼女の姿は消えていた。
(・・・気配遮断と認識阻害か。まるでアサシンのそれだな)
と、素知らぬふりをして
――――ただ、相手の方から来られるとどうしようもないのだが。
困ったものだと頭を振り彼は校舎を歩く。とりあえず今すべきことは己の教室に行くことだ。
彼が立ち去った後、最上 旭は振り返って今彼が居た場所を見る。
(やっぱり貴方には通じないのね)
本来ならば。こうして会話をしても相手は次の瞬間、自分のことを見失い、誰と喋っていたのかすらわからなくなる。否、わからなくならなければおかしいのだ。事実、彼女は三年間そうして自分の存在をうやむやにしてきた……だというのに。
(衛宮 士郎・・・いいえ、
最初こそ信じられなかった。
(計画を知ったら貴方はどうするのかしらね・・・正義の味方さん)
ふっと表情が曇る。それは迷いと恐怖、そして――――
彼ならば。答えをくれるかもしれないという希望が織り交ざった複雑な表情だった。
「よーし・・・これで終わりっと・・・」
早朝の内にエアコン二台を修理し、久しぶりに普通の昼食(食堂のお姉さま方にたまには休めと追い出された)を取り、空いた時間で時計を修理。そして午後の授業を終えてやっと本棚の増設を終えたところだ。
「いや悪いね。あれもこれもやってもらって・・・」
「いえいえ、俺にできることをしているだけなので、お気になさらず」
そう言ってうだつの上がらない雰囲気を醸し出すのは宇佐美 巨人。F組因縁の相手であるS組の担任だ。とはいえ士郎は特にS組に対して苦手意識などは持っていないし、なにより彼の担当する人間学は非常に勉強になるため、彼の中で結構評価はいいほうである。
「おじさんも若ければこれくらいのことは手伝ってあげられるんだけどねぇ・・・最近腰が・・・」
あいたたた、とわざとらしく腰を摩る。完全にめんどくさいだけなのを士郎は見抜いているが、これは自分の得意分野のため構わない、のだが・・・。
(なんでだろうな。この人の声を聞くとあのクソ神父を思い出す)
それだけが唯一の欠点だった。体格も雰囲気も全くもって似ていない。ただこの声と胸に一物ありそうなのが士郎の中で心を許しきれない原因だった。とはいえ、雰囲気は昔の
「そうそう。色々頼んじゃってるおじさんが言うのもなんだけど、直江がお前のことを探してるって聞いたぞ」
「直江が?」
はて?彼が自分に何の用だろうか?なにか約束した覚えはないし、彼お得意の人脈作りだろうか。それにしたって彼はきちんと手順を踏んでくるタイプだ。彼が探しているのなら既にこの場に現れているか連絡の一つもくれるはず。
「失礼」
そう言って最近買ったスマホを開く。
―――――新着メッセージ一件
「ああ、これ――――」
差出人:川神 百代
件名:美少女――――
スッとスマホをポケットにしまう。
「あれ?直江からじゃないの?」
「人違いでした」
うん。何も見なかった。件名に美少女とか打ってくるバカは放置してよいバカ。緊急性なし。というかむしろ内容見たくない!と自分を納得させる。
そう納得したのに、
ブー・・・ブー・・・
「・・・。」
着信。仕方がなくもう一度スマホを取り出す。
―――――新着メッセージ二件
差出人:川神 一子
件名:お姉さまが怒ってるわ!
本文:いまどこー!?
「はぁ・・・」
思わず頭を抱える。姉妹揃ってなんだというのだ・・・確かに色々あって次の鍛錬が先延ばしになってしまっていたのはわかっていたのだが、もう少しこう・・・まともな会話が成り立たないだろうか・・・・
「どれどれ・・・なんだお前、女の子とメールしてんの?若いねぇ・・・おじさんも若い頃はモテモテだったんだけどなぁ・・・」
「勝手に見ないでくださいよ・・・第一、この二人からのメールがまともなわけが―――」
――――――新着メッセージ三件
差出人:直江 大和
件名:時間空いてる?
本文:仕事終わった後、時間あるかい?みんなで遊ぼうと思うんだ。よければぜひ来てほしい。
「待ち人来たりじゃないか。いいねぇ・・・青春だねぇ・・・」
「青春って・・・先生。この流れで川神先輩と一子が一緒じゃないわけないじゃないですか・・・」
「いいじゃない、両手に花で」
フスンと不機嫌そうにする巨人。だが、
「・・・あれ見てそんなこと言えます?」
あえて覗きはせず窓の外を指さす士郎。巨人がそちらの方を見ると。
「・・・。」
腕を組んでなんか背後にゴゴゴとかドドドとかの効果音が付きそうな雰囲気を醸し出している百代とあたふたとしている一子の姿が。そしてさりげなく被害が及ばないようにだいーーーぶ距離を置いた直江とガクトと師岡と椎名。ついでにクリスティアーネ。
「・・・ごめん。俺が悪かった。遊ぼうって雰囲気じゃねぇわ」
どちらかというと面貸せコラァ状態である。
「とりあえず行きますね・・・」
「ああ・・・片づけはおじさんがやっておくから逝ってらっしゃい」
「なんか字面が違う気がするんですけど」
ギヌロっと睨めつけてやると当の本人は鳴りもしない(鳴らしたら激怒される)口笛を吹いてカチャカチャと道具を片付けていた。
仕方なし、と肩を落としてグラウンドに向かう士郎。また決闘とか決闘とか決闘させられるんだろうかと考えて。
(・・・ふむ。彼が武神が執着しているという衛宮士郎君か)
どこか煤けた背中を残して出て行った彼を見て、読書をしていた京極 彦一は興味深そうにうなずく。
(随分と強烈な女難の相がでているな・・・今後が楽しみだ)
人間観察が趣味の彼はそっと笑みをこぼして本に視線を落とした。
「あー!やっときたわ!」
校舎から出てくる士郎を見つけた一子が「おーい!」と手を振る。それに軽く手を上げることで応えて――――
「遅いッ!!!」
ドーンと無駄に大音声と覇気をぶつけられた。
「遅いって・・・川神先輩、俺にも用事がですね・・・」
「そんなことはわかってる!でもだな!この美少女が!美・少・女が!メルメルしてやったのに返事がないとはどういうことだ!」
やたらと美少女を強調してくる百代に、士郎はもはやめんどくさそうに
「あー・・・立て込んでて気づきませんでしたー。ごめんなさいー」
「お・ま・え!今めんどくせーって思ったろーー!!!」
「うおわ!?やめ、あがががが!」
怒髪天とはこのことか。お怒りのままサブミッションを掛けられる士郎。しかしそれも慣れたもの。よく赤い悪魔と金の獣のスーパーバトルに巻き込まれて居ただけあり、すぐにするりと抜け出した。
「痛いじゃないですか!?」
「お姉さまの関節技から抜け出したわ!」
「すげーなー俺様だったら間違いなく腕が変な方向いてたわ」
「衛宮君って何気にすごいよね・・・」
「そりゃあマルさんが認める男だからな!だが見事だぞ!」
「そりゃどうも・・・」
あいてて、と関節を鳴らす士郎。そこでふと気づいた。
(・・・ん?いつもの殺気が来ないな)
クリスティアーネが近くにいるのでまた警告の殺気が飛んでくるかと思ったのだが―――
そう思って校舎二階の窓を見るとマルギッテがなにやら複雑そうにこちらをみて、
「・・・。」
スッと教室内に引っ込んでしまった。
(どうも旅館の一件からやりづらいな・・・)
何かしただろうか?と首を傾げる士郎。しかしそんな士郎をお構いなしに、
「ぐぬぬ!この!この!」
視線はそらしていたもののまたサブミッションを掛けようとする百代を適当にあしらう士郎。
「おお・・・お姉さまの攻撃をあんなに簡単にあしらってる」
「これくらいは簡単だぞー」
「なにおぅ!」
もはや視線も合わせず棒読みで答える士郎。ついでに、
「ここをこうしてこうすると―――」
「んなぁ・・・!?」
それまで攻めていた百代がくるりんと一回転。背中合わせに両腕を絡めとる。
「こんなこともできる」
「ふぬぬ!」
百代は万力を込めているがこれはあくまで技術なので力任せに突破するのは難しい。
はっはっはと勝ち誇ったように笑う士郎。だがここで、
「・・・っていうか衛宮君。それ恋人同士みたいだよ」
それまで無関心を装っていた京が爆弾を投下した。
「恋人・・・?」
「同士・・・?」
二人で首を傾げる。
士郎の身長は高い。187cmあるのに対し百代は173cm。違いはあるがほぼ同じで士郎の方が少し大きい。そんな絶妙なバランスの取れた二人が両腕を絡ませて―――
「「・・・!!!」」
ばばっ!と互いに距離を取る。
「お前!こんな公衆の面前で何する気だ!」
「何もしない!というか絡んできたのは川神先輩だろう!」
ギャーギャー!とお互いに顔を赤くして言い争う二人に、
「・・・しょーもない・・・」
と京は呟き、
「・・・やべぇ俺様、ちょっとムカつく」
「やめときなよー・・・ガクトが行っても張り倒されるだけでしょ」
「んなこと言ったってよ!くー!衛宮の奴、羨ましい!」
それまでニヤニヤとやり取りを見ていたガクトは嫉妬を露わにし、モロは玉砕しないようにいさめる。そして京は―――
(やっぱり大和、複雑そう・・・)
なんだか居場所を取られたような表情をする大和を見て京は思う。
(今のでモモ先輩も衛宮君のこと意識しだしたみたいだし)
それまで自分と並び立つ男性のいなかった百代は未体験の異性との接触に、まだ気づいていなさそうだが確実に淡い乙女心が芽生え始めているのが見て取れた。
(先は長そうだけどこれはイケそう・・・頑張って!衛宮君!)
口には決して出さないが着々と京の計画は結果を出し始めていた。
そんなこんなで色々とあったがようやっと歩き始めた一行。目的地は彼らの秘密の場所。
「なぁどこまで行くんだ?だいぶ町から離れたけど・・・」
「それは、着いてからのお楽しみだな!」
「もう少し行けば見えてくるよ」
景色は住宅街を抜け随分と古いビルが立ち並ぶ殺風景な様子を見せてきた。
空き地があるわけでも公園があるわけでもない。なにより彼らは手ぶらとまではいかないが軽装だ。こんな所で一体何をして遊ぶのか?
(・・・そういや遊びっていう遊びしてこなかったな、俺)
ふっと懐かしい、まだ
『しーろうーお腹減ったー!』
毎日食事を貪る虎を相手にすることくらいだけだった。晩年
「着いたよ」
直江の声に遠い記憶の海から意識が浮上した。
「あ、あの!いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ・・・って」
それは一件の廃ビルだった。辺りを見回せば人の住んでいるような建物はなく、目の前にある廃ビルと同じようなものが数件立ち並ぶなんとも寂しい場所だった。
「えっと黛さん?なんでこんな所に・・・」
「ささ、中に入ろうぜ!」
「ああ!」
「うん!」
困惑する士郎を置いて一行はその廃ビルに入っていく。
「あ、お、おい!」
その後を追いかけて廃ビルの中に彼も足を踏みいれる。
カンカンカンと階段を上る。
(放棄されてだいぶ経っているな・・・だが、崩れる様子はない)
キョロキョロとあたりを見回してそう分析する士郎。
解析した方がいいだろうか?と思う内に様子が変わってくる。
(手入れが入っている・・・なんだ?人が住んでいるのか?)
途中から明らかに人の手が加えられた様子が見て取れた。
(・・・まさか)
嫌な予想が頭を過る。彼らは若い。悪意も感じない。魔力も感じない。だがこの場所は魔術師の工房としてとても―――
「それでは~どうぞ~!」
と一子が一番手入れの行き届いた扉を開けるとそこには――――
「ようこそ!風間ファミリー秘密基地へ!」
紫と白のずんぐりしたロボットと、小さなランプやろうそくに彩られた暖かな空間があった。
「―――。」
その光景に目を奪われる士郎。決して広くはない一室。そこにおかれたソファやテーブル本棚・・・どれもこれもが温かく、きらびやかに見えた。
「・・・あれ、士郎?士郎ー?」
呆然と室内を見る士郎に一子が前に立って手を振る。それでも彼は反応しない。
それは―――衛宮 士郎が捨て去ったものだ。この温かさ。この心を埋め尽くす空気。入口だけでわかる。自分が正義の味方として歩むため捨てたモノ。平穏の象徴。たくさんの想いの詰まった掛けがえのない宝。それがこの部屋だ。
「―――あ」
どれだけの間、忘れていたのだろう。どれだけの間、取りこぼしていたのだろう。衛宮 士郎の求めたモノは。何気ない幸せの形。これを、この
この手は血に濡れ、少なくないこの
答えは出ない。答えは出せない。それは衛宮 士郎がこの幸せを知らないから。このあり方を気づかずに捨ててしまったから。
『無関係な人間を巻き込みたくないと言ったな。ならば認めろ。1人も殺さないなどという方法では、結局誰も救えない!』
いつかの、
『戦う意義の無い衛宮 士郎は、ここで死ね。自分のためではなく誰かのために戦うなど、ただの偽善だ。お前が望むものは勝利ではなく、平和だろ。そんなもの、この世のどこにもありはしないというのにな』
否、それはあったのだ。こんなにも近くに。こんなにも―――
『戦いには理由がいる。だがそれは理想であってはならない。理想のために戦うのなら、救えるのは理想だけだ。そこに、人を助ける道は無い』
そうだ。理想などなくても。こうしてここにある。
『初めから救うすべを知らず、救うものを持たず、醜悪な正義の体現者が、お前の成れの果てと知れ!』
そうだ。お前は正しい。その言葉は正しい。なぜもっと早く、気づかなかったのか。
『シロウ』
『士郎』
『先輩』
『士郎』
ああ―――なんて愚か。こんなにも簡単なことだった。こんなにも当たり前のものだった。
後悔なんてしない。引き返すことなんてしない。そして――――過ぎた時間は戻せない。
もう少しで
「士郎!!!」
バチン、と視界が弾ける。歪んでいた視界が現実味を帯びてくる。
「川神先輩?」
「川神先輩?じゃない!今のお前、おかしかったぞ!?」
そう言われてやっと気づく。一子達の心配する顔が。
「ああ―――うん。大丈夫。少し、惚けていたみたいだ。」
大丈夫、と頭を振る。もう間違えない。彼らが教えてくれたこの想いがあれば。もう―――
「招待してくれてありがとう」
「ああ~びっくりしたぜ。いきなり彫像になったみたいに固まっちまってよ」
「う、うん。様子がおかしかったからモモ先輩に喝入れてもらったんだよ。大丈夫?」
「ああ。ガクト、師岡、・・・みんな。心配かけた」
そう言って彼は透き通った笑顔を作った。それをみて一同ははぁ、と息を吐く。
「よ、よかった~」
「やりすぎて心臓が止まってしまったのかと思ったぞ」
「いや十分に驚いてるよ。よくこんな所作ったな。それにこのロボットは・・・?」
「僕はクッキー!大和や京達のご奉仕ロボだよ!よろしくね!」
「あ、ああ。衛宮士郎だ。よろしく」
しゃがんで目線を合わせ、ちょこんとでたロボットアームと握手する。あまりに流暢に喋るものだから士郎も驚きを隠せない。元の世界でこんな頭のいいロボットなんてみたことない。
「まぁ驚くよなぁ・・・」
「クッキーは九鬼で作られた最先端ロボット・・・らしいぞ」
「らしいとはなんだよ大和!正真正銘の最先端ロボだぞ!」
ガション、ガションといきなり変形して円錐に頭を乗っけた・・・と言っていいのか。そんなロボになった。
「この通り変形機構付きの私が最先端技術ロボに決まっているだろう」
「変形!?いや、まて、今のどうやった!?口調も変わってるし!」
ゴシゴシと目を擦り目の前の変形ロボを見る。どう考えても質量保存の法則無視してるだろ!
「ふっふっふ・・・私には108の形態があるのだよ衛宮士郎君」
「108って・・・ああもう、どこからツッコめばいいんだよ・・・・」
質量保存どころか物理法則すら無視していそうで士郎は考えることをやめた。
「驚くのはいいけどよーそろそろ中に入ろうぜー」
「だねー」
「うん!」
頭を抱える士郎を気にも留めず一行は室内へと入っていく。
「あー・・・えっと、お邪魔します」
もうなんだか考えるのが馬鹿らしくなった士郎は一応断りを入れて入室する。
各々が所定の位置に座る。士郎は、はてどこに座ったらいいものかと周りを見渡す。
「あー衛宮、とりあえずお前は弟の隣にでも座っとけ」
「お、おう。・・・所で、みんなはなんで俺なんかをこんないい所に連れてきてくれたんだ?」
「説明してもいいけど・・・」
「まだキャップがいねぇからなぁ~腹減ったなぁ・・・」
「一応お菓子は持ってきたよ」
「んあ~でもキャップがまた何か持ってくんだろ」
「キャップ・・・翔一のことか。そういえばいないな。翔一はいつも遅れてくるのか?」
「はい。キャップさんはたくさんのアルバイトをしていまして・・・」
「いつもみんなのために売れ残りの食べ物を持ってきてくれるんだぜー!ひゅう!」
「こ、こら松風!衛宮先輩の前ですよ!・・・あの、私も晩御飯になりそうなものを作ってきました!」
「まゆまゆの弁当か~うーんカワユイ上に料理上手・・・いい子いい子~」
「ひゃう~~!?」
「うわぁ!?まゆっちあまりこっちに・・・うわちち!」
ぺしゃりとふとももに落ちたお茶をごしごしと擦るクリス。
そのなんとものんびりした空気にまだ訳が分からない士郎は居心地の悪さを感じる。
そんな士郎の心境を察したのか、
「そんな肩肘張らなくていいよ。ここは俺たち風間ファミリーの秘密基地。みんなで使う共有スペースみたいなもんだよ」
「そうそう。みんなで色んなものを持ち寄ってるんだよ」
「風間ファミリー、ってギャングみたいだな・・・」
「あっはっはっは!ちげぇねぇ!昔はいろいろ悪だくみもしたからなぁ」
「・・・椎名菌は今日も順調に育成中・・・・」
「その話はやめろって!」
「椎名菌・・・察するにイジメを受けてたのか」
「うん。でも、大和が助けてくれたの。大好きだよ大和、結婚して「お友達で」むう・・・」
「はは・・・京は相変わらずだね」
なんとも自由奔放な彼らはしかし、各々が楽しく話をしている。皆が笑顔で実に幸せそうだ。
と、
「お、キャップが来たぞ」
「みたいだな」
百代の言葉に反応して士郎がカーテンの隙間から窓を覗くと見覚えのある赤いバンダナが見えた。
「へぇ・・・衛宮、そこから視えるのか」
「これでも視力はいいほうですから」
実際には視力がいいどころの話ではないのだが本人が言い張るのだから皆それをとりあえず信じている。
ダダダダダダダ!
バン!
「よう!お前ら!揃ってるな~?」
「とっくについてるっつーの」
「キャップさん、おかえりなさい」
「おかえりー」
「ワン!ねぇねぇ今日は何々!?」
「こら、ワン子。まて」
「クゥ~ン・・・」
「いやいや犬じゃないんだから・・・」
「ワン子はファミリーの犬ポジション、私と大和の愛犬・・・」
「愛犬て・・・」
「・・・。」
「・・・ッ。」
何故か。何故かは知らないが赤毛の左右に耳が視える・・・ような気がする。
「それよりキャップ。説明してやれよ。今日なんで集まったのかをよ」
「おう!・・・てかこのなごんでる感じ、問題なさそうじゃね?」
「問題?」
はて?と首を傾げる士郎。
「クリスとまゆっちの時は大変だったからなー」
「こんな危険な場所は取り壊すべきだ!」
「うわああああ!もう言わないでくれぇ・・・」
「京はねちっこいからなーずっと言われ続けるぞ」
「ガクトも人のこと言えないからね」
「なんだ、ガクトも椎名をイジメてたのか?」
「昔!昔の話!・・・ほら、いいからキャップ本題に入れよ!」
「このままガクトがイジられるのを見るのもいいが流石にそろそろ話を進めるべきだろ」
いい加減話が進まないと百代が頬杖をついて言う。
「だな。今日はビッグニュースがあるから巻きでいくぜ!・・・士郎!」
「ん?」
クッキーの淹れてくれたお茶を口にキャップの方を向く士郎。
「俺たちはお前を・・・ファミリーの一員にしたい!」
「!?」
飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになる士郎。
「ちょ、ま、ゴッホ・・・ファミリーの一員?またなんで俺を・・・」
ゲホゲホと器官に入ったお茶を吐き出しながら問う士郎。
「それはな・・・」
「それは?」
まじめな顔をするキャップ。だがすぐにニカリと笑い、
「勘だ!」
「・・・」
そのどうしようもない返答にジト目になる士郎。
「勘って・・・お前なぁ・・・」
正直に聞き耳を立てて損したとため息つき、
「・・・俺の推測だが、風間ファミリーってのは名前の通り、翔一、お前を中心としたなんというか・・・特別な・・・仲間達なんじゃないのか?」
「その通りだ!」
「そんな特別な仲間に何で勘だけで俺を入れようと思うんだ?」
シン、と士郎の言葉で場が静まり返る。見ていてわかる。ここにきて分かった。彼らは特別な強い絆で結ばれている。そんな場所になんの理由もなしに自分なんかが割り込むのが――――士郎は納得できなかった。
「衛宮。始まりはキャップの勘だったんだがな?ここ二か月お前と接してきてここにいる全員が、お前を仲間に入れたい、そう思ったからだよ」
「全員って・・・俺、そんな大したことしてないぞ?」
「そんなことないわ!」
士郎の言葉に素早く一子が反応した。
「士郎は私達をたくさん助けてくれたもの!」
「俺様もワン子に同意だな。つーか衛宮。お前は自己肯定感が無さすぎんだよ」
「うん。僕もそう思う。衛宮君はいつも他人の事ばかり優先して、自分をないがしろにするよね」
ガクトとモロがいうその言葉は、ぐさりと衛宮士郎を串刺しにした。
「俺もそう思う。朝早く登校して、しなくてもいい用事を受けて、昼には食堂盛り上げて、今日も放課後まで使ってなにか頼まれごとをしてたんだろ?物理的に考えても、衛宮の時間はこれっぽっちも残らないじゃないか」
知っているぞとばかりに大和がすべて言い当ててくる。それは、衛宮士郎の致命的な欠陥。
―――自分ではない誰かのために。それが衛宮士郎の根幹。
「・・・」
「私も・・・衛宮先輩と仲良くなりたいです!お料理とか剣術とかもっと沢山教えてほしいです!」
「自分もだな。・・・初日はすまないことをした。でも自分はもっとお前のことを知りたい!」
「私には大和がいた。だからこうしてみんなといられる。衛宮君にはそういうのないでしょ?」
由紀江が、クリスが、京までが彼を受け入れると仲間になってほしいと訴える。
「・・・っ」
だが士郎は考えてしまう。自分は魔術使いであり、裏の人間。
――――もし、もし、彼らに何かあれば自分は・・・
「衛宮。私たちはお前に守られるほど弱くはないぞ」
百代の言葉にドキリとする。
「お前は顔に出やすいな。だから戦闘時はポーカーフェイスなのか」
「・・・。」
ぐうの音も出ない士郎。彼が風間ファミリーを見ていたように、ファミリーも彼を見ていた。結局のところそういうことなのだろう。
(俺は――――)
ここに、こんな温かい場所に居ていいのだろうか。そう考えた。
その時、遠坂の言葉が頭を過った。
『いい?士郎。正義の味方をするのは構わない。ただし必ず帰ってきなさい。貴方は幸せにならなきゃいけない。それだけのことを貴方はもうしているの。そしてこれからもっともっと沢山幸せになるために行くの。誰かのためじゃない。貴方自身が幸せになるために。それを絶対忘れないで』
―――そうか。そうだったな。
忘れかけていたことをまた一つ思い出した。
救うすべを知らず、救うものを持たないのならば。
その術を知ればいい。救うものを持てばいい。
それが結果として己の理想に近づくのだと信じて。新しい道を歩んでみるのも悪くない。
「・・・クッ」
と思わず笑いが漏れる。そうだ。英霊・エミヤは既に最期を迎えた。だが、自分は、この衛宮士郎はまだ終わっていないのだから。最後の最後まであがいて見せよう。
「―――わかった。その申し出ありがたく受け取らせてもらうよ」
「「「!!!!」」」
その言葉に一同がガッツポーズをした。
「よっしゃー!決まりだな!俺はキャップ!これからはキャップと呼べ!」
「川神 百代!特別にモモ先輩と呼ぶことを許そう!」
「川神 一子!一子でいいわ!」
「直江 大和。これからは大和でいい」
「島津 岳人!変わらずガクトでいいぜ!」
「師岡 卓也。呼びにくいからモロでいいよ」
「椎名 京。・・・京でいいよ」
「ま、黛 由紀江です!そ、その・・・まゆっちでもまゆまゆでもお好きにお呼びください!・・・あぅぅ」
「クリスティアーネ・フリードリヒ!クリスでいいぞ!」
みんなが自己紹介してくれる。ただそれだけなのに胸が詰まる。だが、
「衛宮 士郎。士郎で構わない。みんなよろしくな」
しっかりと。胸を張って。本来歩まなかった道を。経験したことのない新たな道を。彼はこれから歩んでいく――――
難産でした・・こう、書きたかったことを詰め込みすぎたのが原因です。全体的、特に後半理解不能な文でしたらごめんなさい。
ただ、どうしても書きたかったんです。楽しい学校生活を大勢の友達とおくる士郎が。原作の士郎には衛宮切嗣と藤村大河という存在しかいないのです。もちろん高校に通って一成や美綴など一部のモブの皆さんはいましたがあくまでモブなのです。士郎を深く掘り下げて叱咤激励するのは凛しかいません。その凛も通常ではない裏の人間なのです。桜もイリヤも残念ながらそうです。
作風が違うのだからと言われればそれまで。ですがそれではあまりに、士郎が報われないとfateの後にマジ恋シリーズをプレイして私は思いました。
後半の描写はできうる限り、誰もが送るはずの普通の暮らしと幸せを知らないから士郎は偽物で救い方も何が幸せなのかもわからないと言われるのだから、だったら味あわせてやろうじゃないか!存分に!という気持ちで書きました。
これ以上は本当に意味の分からない文章になりそうだったのでここで一度切ります。次回もう少し金曜集会が続く予定です。力不足で申し訳ないです。たったこれだけの描写に約七時間もかかってしまいました・・・楽しみにしてくださっている方々、申し訳ありません。良ければこれからもよろしくお願いします。